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審判番号(事件番号) データベース 権利
平成15ネ3575著作権侵害差止等請求控訴事件 判例 特許権
平成2ネ2733 判例 特許権
昭和58ワ4872 判例 特許権
平成16ネ3893違約金等請求,不当利得返還請求控訴事件 判例 特許権
平成10受332著作権侵害差止等請求本訴、同反訴事件 判例 特許権
関連ワード 著作物性 /  創作的表現 /  著作者 /  アイデア /  応用美術 /  美術工芸品 /  実用品 /  模様 /  量産品のひな型 /  建築の著作物 /  映画の著作物 /  実演家 /  レコード /  レコード製作者 /  放送 /  放送事業者 /  録音 /  引用 /  保護期間 /  登録 /  著作隣接権 /  著作権侵害 / 
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事件 昭和 54年 (ネ) 590号
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裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 1983/04/26
権利種別 著作権
訴訟類型 民事訴訟
主文 本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
(控訴人)1 原判決を取消す。
2 被控訴人柏書房株式会社は、被控訴人【A】編著「ニユーアルフアベツト」及び同「装飾アルフアベツト」と題する各出版物のうち、それぞれ別紙第二目録記載の部分(ただし、二次的請求については、同目録記載A・4、A・6及びB・2の部分―以下同じ。)を発行してはならない。
3 被控訴人柏書房株式会社は、その所有にかかる被控訴人【A】編著「ニユーアルフアベツト」及び同「装飾アルフアベツト」と題する各出版物及びその紙型のうち、別紙第二目録記載の部分を廃棄せよ。
4 被控訴人らは、連帯して控訴人に対し、金一、〇六〇、〇〇〇円及びこれに対する昭和四九年四月一四日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
5 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人らの負担とする。との判決並びに仮執行の宣言(被控訴人ら)主文同旨の判決
当事者の主張
当事者双方の主張は、次に記載するほか、原判決の事実摘示のとおりであるから、これをここに引用する。
一 控訴人の主張(デザイン書体の著作物性について) 原判決は、「著作権法上『美術』とは、原則として、鑑賞の対象たるべき純粋美術のみをいい、応用美術でありながら著作権法上により保護されうるのは、同法第2条第2項の規定によつてとくに美術の著作物に含まれるものとされる美術工芸品に限られると解するのが相当である。」と判断し、この判断を前提としてデザイン書体の著作物性を否定したが、この判断は誤りである。
1 まず、「純粋美術」、「応用美術」という既念内容自体、法的には勿論、講学上又は社会通念上も必ずしも明確であるとはいえず、果して原判決のいうとおり「両者は相互に排斥し合う関係に立つもの」として完全に割り切れるかは疑問であり(たとえば、一般に著作物性が認められている、【B】氏が三越の包装紙に用いるために著作した図案は、純粋美術であるか応用美術であるか)、少なくとも、著作権法は、単に「美術」及び「美術の著作物」と規定しているのみであつて、「純粋美術」と「応用美術」とを区別していない。しかも、著作権法第2条第1項第1号にいう「美術」とは、同法第2条第2項第10条第1項第4号などにいう「美術の著作物」のほか、場合によつては「建築の著作物」「写真の著作物」「映画の著作物」などをも包摂する広い既念であり、「美術の著作物」にしても、絵画、彫刻にとどまらず、書、舞台美術などをも含むものと解されている。したがつて、右にいう「美術」とは純粋美術のみをいい、応用美術はこれに含まれないとする根拠は、著作権法上何ら存在しないといわざるをえない。
2 原判決は、著作権法上の「美術」の趣旨を前記のように解すべき法律上の根拠の欠缺を現行著作権法制定の経過を斟酌することによつて補い、同法成立に至るまでの過程においては、「応用美術をどの範囲まで著作権法によつて保護すべきかが大いに論議されたが、結局、意匠法など工業所有権制度との調整措置の法制化が困難であること、使用者側関係団体に強い反対があつたことなどの事情から、応用美術については、純粋美術に最も近い実体をもつ美術工芸品だけをとくに保護することとしたのである。」とし、前記の判断を導いているが、およそ、法の解釈にあたつては、立法者の意思に拘束されるいわれはないばかりでなく、右説示自体もまた不当である。原判決の挙示する「著作権制度審議会審議記録(一)」によつても、
著作権法は「応用美術については、純粋美術に最も近い実体をもつ美術工芸品だけをとくに保護することとした」ものということはできない。
「著作権制度審議会答申説明書」(乙第七号証の二)によれば、「応用美術」の範ちゆうに属するものとして、次のものを例示している。
(イ)美術工芸品、装身具など実用品自体であるもの(ロ)家具に施された彫刻など実用品と結合されたもの(ハ)文鎮のひな型など量産される実用品のひな型として用いられることを目的とするもの(ニ)染織図案など実用品模様として利用されることを目的とするものこれに対し、右著作権制度審議会において「保護の対象」とされたものは、「著作権制度審議会答申」(乙第六号証の二)及び同説明書(乙第七号証の二)によれば、左のとおりである。
(1)実用品自体である作品については、美術工芸品に限定する。
(実用品自体であるものについては、保護の対象をいわゆる一品製作の美術工芸品に限定し、量産される実用品は、それが美的な形状、模様あるいは色彩を有するものであつても、著作権法による保護の対象とはしない。)(2)図案その他量産品のひな型又は実用品模様として用いられることを目的とするものについては、それ自体が美術の著作物でありうるものを対象とする。
(図案その他量産品のひな型又は模様として用いられることを目的とするものについては、それが物品に応用されることを目的とする点を除外すれば美術の範囲に属する著作物として考えうるものを保護することとし、たとえば、家具、食器類に係るいわゆるプロダクト・デザインなどは、現段階としては、著作権法による保護の対象としないこととする。)(3)ポスターなどとして作成され、又はポスターなどに利用された絵画、写真などについては、著作物あるいは著作物の複製として取り扱うこととする。
(ポスター、絵はがき、カレンダーなどとして作成され、あるいはこれらのグラフイツクな作品に利用された絵画、写真などについては、形式的には、意匠法との重複の問題があるが、その性質上、図案などにおけるような問題の生ずる余地はないと考えられるので、単純に、著作物あるいは著作物の複製として取扱うこととした。)以上によつて明らかなとおり、右答申は、応用美術全般について著作権法による保護を否定し、僅かに「美術工芸品」のみを保護することとしたというものではなく、応用美術に属するとされているもののうち、前記(イ)のグループに属するもの、すなわち「実用品」自体について著作権による保護を否定し、実用品自体に属するものであつても一品製作の美術工芸品についてはこれを保護することを明らかにしたものにほかならない。これに対し、前記(ロ)ないし(ニ)のグループに属するもの、すなわち、
「図案その他量産品のひな型又は実用品模様」については、プロダクト・デザインを除き、いわゆる兼有説、すなわち「それが物品に応用されることを目的とする点を除外すれば美術の範囲に属する著作物として考えるものを保護する」との立場を採るものである。してみると、右著作権制度審議会の審議経過を斟酌しても、現行著作権法上、「応用美術でありながら著作権法により保護されうるのは、同法第2条第2項の規定によつてとくに美術の著作物に含まれるものとされる美術工芸品に限られる。」と解することはできない。むしろ、現行著作権法上、明確に著作権法による保護が否定されているのはいわゆる応用美術のうち実用品自体(ただし美術工芸品を除く)及びプロダクト・デザインだけであつて、その他の応用美術については、それが実用に供され、あるいは産業上の利用を目的とするものであつても、これを問題とすることなく、応用美術以外の分野における作品の取扱いと同様に、端的に著作権法第2条第1項第1号の規定にいう「著作物」に該当するか否かによつて決すべきものとしているというべきであり、このことは、右「答申説明書」にも「応用美術の著作権制度による保護についてはベルヌ条約ブラツセル規定は、保護する著作物の例示に、『応用美術の著作物』を加え、世界の主要国も、保護の態様に相違はあるが、応用美術を著作権法において保護する法制をとつている。」「現行法(=旧法)において、応用美術に該当するものが保護を受ける著作物に含まれるかどうかは、必ずしも明らかではないが、絵画、彫刻などと同様に美的な創作であるものが、実用に供され、あるいは産業上の利用を目的とするからといつて、著作物としての保護を全く与えられないとすることは適当でない。」と述べられていることからしても明らかである。すなわち、著作権法第2条第2項の規定は、原判決の判断とは逆に、一般に著作権保護を否定される実用品自体のうち、
とくに「美術工芸品」について著作権保護を認める趣旨で設けられたにすぎず、
美術工芸品」以外のすべての応用美術について著作権保護を否定する趣旨のものではないというべきである。
もつとも、応用美術の性質上、意匠法など工業所有権制度の適用領域にもまたがつているところから、右答申がそれとの調整をも配慮し、できる限り著作権法と意匠法との重複適用を避けようとしていることは事実である。しかしながら、その場合でも、答申は、「美術工芸品」を除く応用美術はその本質上すべて意匠法などの工業所有権制度上の保護によるべきものとしているわけではなく、現行意匠法などの制度の枠内ですでに十分に保護されうるものは、できる限りこれによるとの態度を採つているにすぎない。このことは「答申説明書」に、「著作権法と意匠法などとでは、権利保護の方式、権利の性質、保護期間などにおいてかなり顕著な相違があり、単純に図案などを絵画、彫刻などと全く同様に著作権法によつて保護することとすると、両制度の重複適用によつて、従来意匠法などを基調としてその秩序を保つてきている産業界に対し、大きな影響を与えるおそれがあるからである。」と述べられているところからも窺うことができよう。前記のとおり「実用品自体」及び「プロダクト・デザイン」について著作権保護が否定されたのも、それが大量製作を予定される量産品だからではなく、また、「実用に供されあるいは産業上の利用を目的とする」応用美術だからでもなく、まさに、これらが物品の形状の考案(アイデア)を保護対象とする意匠法の保護領域に属するものであり、したがつて、また、意匠法の枠内においてすでに十分に保護されうるものだからである。また、「図案その他量産品のひな型又は実用品模様」として用いられることを目的とするものについて「原則として意匠法など工業所有権制度による保護に委ねるものとする」というのも、これらが「物品の形状、模様若しくは色彩又はこれらの結合」として現行意匠法の枠内で保護されうるものだからにほかならない。いずれにしても、右答申が「応用美術」であるという理由だけで、意匠法などによる保護措置が現に存在しないものについてまで、著作権法による保護を否定し、何ら法的保護のないいわば著作権法と意匠法などとのはざまにこれを追いやるという態度を採るものでないことは確かである(そうでないとすれば、加盟国に対し応用著作物の原則的保護義務を定める、文学的及び美術的著作物の保護に関するベルヌ条約ブラツセル規定第2条第5項にも違反することになろう。)。むしろ、前記図案などについては、原則として意匠法などによる保護に委ねるとしながらも、「量産品のひな型又は実用品模様として用いられることを目的として製作されたものであつても、それが同時に純粋美術としての絵画、彫刻等に該当するものであれば、美術の著作物としての保護を受けうるものとする。」として積極的に著作権法と意匠法との重複適用を認めているし(ここにいう「純粋美術」とはいかなる内容を意味するか必ずしも明らかではないが、いずれにしても、「美術の著作物」一般の要件ではなく、右の重複適用を認めるための限定条件として用いられているものである。)、まして、現行意匠法の枠内で必ずしも保護対象とはされていない「ポスター、絵はがき、カレンダーなどとして作成され、あるいはこれらのグラフイツクな作品に利用された絵面、写真など」については、たとえそれが実用に供され、あるいは産業上の利用を目的とするものであつて、美術鑑賞を目的とするものではなく、したがつてこの意味において応用美術に属するものであるとしても、意匠法との重複適用のおそれがないところから、「純粋美術」か否かをも問題とすることなく前記のとおり「単純に、著作物あるいは著作物の複製として取り扱うこと」とされているのである。
3 以上が現行著作権法の基調をなすものであり、右の分析によつても明らかなとおり、美術工芸品以外の応用美術応用美術という理由だけですべて著作権による保護は否定されるという冒頭掲記の原判決の解釈、判断は、原判決も自認するとおり、現行著作権法の規定に根拠を置くものでないばかりか、原判決が右解釈の唯一の根拠とする現行著作権法制定の経過=著作権制度審議会審議記録(一)の観点からしても誤りである。
原判決は、この解釈・判断を前提として、デザイン書体一般につき、「デザイン書体は、一般に、専ら美の表現のみを目的とする純粋美術の作品とはいえず、また、通常美術鑑賞の対象とされるものでもない。すなわち……デザイン書体は……実用に供されることを目的とするものということができる。デザイン書体のうち、
印刷用活字、写真植写用文字盤など大量生産を予定する実用品に直接応用されることを目的としてデザインされるタイプ・フエイスにおいては、実用品との関連性は極めて直接的であるが、一応これら実用品との直接的関連をはなれて、抽象的に記号としての文字にデザインを施す場合にも、その本質においてはなんらの差異も認められない。」、「デザイン書体が美術工芸品に該当しないことは説明するまでもない。」と述べ、要するに単に、(1)デザイン書体は実用に供されることを目的とするものであつて、通常美術鑑賞の対象とされるものでないこと、(2)デザイン書体が美術工芸品に該当しないことのみを理由に、本件デザイン書体の著作物性を否定しているものであるが、前記著作権制度審議会の審議経過に鑑みても、右(1)及び(2)の理由だけで本件デザイン書体の著作物を否定する根拠となしえないことは明らかである。
デザイン書体が一般に応用美術に属するか否かはともかく、実用に供され、又は産業上の利用を目的として作成されたものであつても、デザイン書体は、「実用品自体」ではなく、また、「プロダクト・デザイン」でもない。更に、「図案その他量産品のひな型又は実用品模様」に該当するものでもないし、「物品の形状、模様若しくは色彩又はこれらの結合」にも該当しないから、現行意匠法の枠内において保護されうるものでもない。したがつて、デザイン書体は、これに著作権の保護を認めても意匠法との重複適用のおそれは生ぜず、逆にこれに著作権保護を認めない場合には、何ら法的保護のない著作権法と意匠法などとのはざまにこれを追いやることにもなるが、現行著作権法制定の基調をなす著作権制度審議会の答申がかかる帰結を容認する態度を採つていないことは前記のとおりである。この意味においてデザイン書体は、いわば前記の「ポスター、絵はがき、カレンダーなどとして作成された絵画、写真など」とその法的状況において近似するものといえよう。結局、現行著作権法制定の経過に鑑みても、デザイン書体に著作権による保護を認めることは何ら飛躍ではなく、右答申の基本的な考えに反するというものでもないといわなければならない。当該デザイン書体が著作権法第2条第1項第1号の要件に照らし「著作物」と認められる場合には、いわゆる純粋美術か応用美術かを問わず、これに著作権の成立を認めるべきである。
一方、本件デザイン書体は、各文字ごとに、又はそうでないとしても各一連のセツトとして、著作権法第2条第1項第1号に規定する著作物たる要件をすべて具備するものである。
まさに、本件デザイン書体(装飾文字)は、アルフアベツト文字を素材とする一個の美的表現にほかならず、この点においては、「書」又は「花文字」と何らの径庭もないというべきである。一般に著作物性が肯定されている「花文字」について、原判決は、「文字に装飾が施され、社会的には『花文字』といわれるものであつても、それが書籍のテキストなどに使用され、情報伝達のための実用的記号として機能するものである限り、いまだ著作物とはいえず、絵画ともいえる程度にまで達し、通常美術鑑賞の対象とされるに及んで、はじめて美術の著作物として保護されるものというべきである。そして、ここに至れば、その文字は実用的記号としての性格を喪失するのである。」というが、この判断は、花文字の社会的機能を無視するものといわざるをえない。いかに装飾を施し変形されていても、花文字は情報伝達の手段としての文字の基本的形態をとどめているものであり(だからこそ花「文字」なのである。)、したがつて、花文字がポスター、絵はがき、カレンダーなどのいわゆるグラフイツクな作品において、「文字」として、すなわち、一面において「情報伝達のための実用的記号たる機能」をも有するものとして、使用されることは往々にして見受けられるところであるし、むしろ、花文字は、一般にこれらのグラフイツクな作品に使用するというまさに実用的な目的の下に製作されるものであつて、純粋に美術鑑賞用として製作されることはほとんどないといつてよい。花文字が現実の使用態様において「実用的記号としての性格を喪失する」という場合はないのである。成程、原判決のいうとおり、花文字が「書籍のテキストなど」に本文叙述用として用いられることはなく、この意味において、専ら「情報伝達のための実用記号」としてのみ機能するものではないといえよう。しかしながら、そうであれば、本件装飾文字も、書籍のテキストなどに本文叙述用として用いられるものではなく、専ら「情報伝達のための実用記号」としてのみ機能するものでないことに変りはない。
4 加えて、原判決は、前記のとおり「著作権制度審議会審議記録」を唯一の根拠として立論しながら、「著作権制度審議会各小委員会審議結果報告」(乙第八号証の二)に、「ところで、応用美術の範囲に属する著作物についての現行法の保護の関係は必ずしも明らかではないが、……応用美術の著作物を著作権法によつて保護するにあたつてとくに問題とされるのは、それが産業上利用された場合において著作権が主張されることによつて生ずべき影響であつて、それ以外の分野、たとえば図案を図案集として複製、頒布するについては、むしろそれが保護されるべきことには異論のないところである。
著作権の考え方からしても、一般の美術的著作物と同様な独創的創作物について、それが実用に供されるということのために、あるいは産業上利用する目的を有するということのために著作物としての保護をまつたく与えられないとすることは適当ではない。」と述べられていることを看過するものといわざるをえない。前述した応用美術の保護に関する著作権制度審議会答申もこの考えを当然の前提とするものである。すなわち、答申が応用美術の著作権保護について意匠法など工業所有権制度との調整を配慮し、図案など現行意匠法の枠内において保護が可能なものについては、原則として工業所有権制度の保護に委ねるとしたのも、それが産業上利用された場合において著作権が主張されることによつて生ずべき影響を考慮したためにほかならず、したがつて、答申が図案などについて、この原則を適用し、図案など意匠法の枠内で保護が可能なものについて、原則として著作権保護を否定するのも、工業所有権制度が有効に機能する産業上の利用、製品化(意匠の実施)の分野に限られ、それ以外の分野、すなわち意匠法など工業所有権制度が機能しない利用態様(たとえば図案自体の複製・頒布)については、答申はむしろ著作権による保護を認める立場に立つものといえよう。
したがつてまた、本件においては、ますます本件装飾文字に対する著作権保護を否定する理由はない。けだし、本件においては、印刷用活字へのデザイン書体の適用という産業上の利用が問題となつているものではなく、本件装飾文字又はその一連のセツトをいわば装飾文字集ともいうべき被控訴人出版物に複製・頒布したという、まさに意匠法など工業所有権制度が機能しない利用態様が問題とされているからである。したがつて、仮に応用美術たることを理由に、印刷用活字への本件装飾文字の適用に対する著作権主張が否定されるとしても、出版物への複製、頒布に対する著作権主張は否定されるいわれはないというべきである。
5 被控訴人は、本件装飾文字に著作権を否定する根拠として、まず、意匠権と著作権の各保護期間の相違を指摘するが、すでに述べたとおり、「応用美術」という概念内容自体、法的には勿論、講学上又は社会通念上も必ずしも明確であるとはいえず、様々な範ちゆう及び種類のものを含むものである以上、これらをすべて同一の保護期間の下に律しなければ不合理、不公平であるとは必らずしもいえない。
応用美術」であつても、著作権法に規定する「著作物」たる要件を具備する限り、これに著作権による保護を認めることは、むしろ当然のことである。
また、被控訴人は、著作隣接権について触れているが、その主張も誤つている。
著作隣接権は、あたかも著作権に隣接する権利(neighbouring rights)であるかのような命名をされ、わが国においては著作権法中に規定されているが、本来著作権とは別個の制度であり、その趣旨も「著作物を世の中に伝える媒体としての働きを重視し」たからではない。このことは、著作物とは全く関係のない実演(たとえば奇術、曲芸)、レコード(たとえば自然音を収録したもの)、放送(たとえばスポーツ放送)もまた、著作隣接権の対象とされていることからも明らかである。しかも、著作隣接権と総称されてはいても、実演家の権利、
レコード製作者の権利、放送事業者の権利は、それぞれその保護の趣旨を異にするものであつて、実演家の権利保護の趣旨がいわゆる機械的失業(mechanical unemployment)からの救済にあるのに対し、レコード製作者及び放送事業者の権利保護の趣旨は端的に産業的生産物による独占的利潤の保障にある。いずれにしても、著作隣接権は、「美的創作物」の保護を直接の目的とするものではなく、デザイン書体の保護の問題とはその立脚する観点を異にするものである。
更に、被控訴人は、著作権法第119条の規定を援用し、「保護される著作物の範囲も、罪刑法定主義の要請により厳格かつ明確に解釈すべきである。」というが、控訴人も、同法第2条第1項第1号に規定する「著作物」の定義の枠内で、本件装飾文字について著作権の成立を主張しているものであり、したがつて、何ら「著作物」の範囲を広げすぎているわけでもなければ、不明確な基準を主張しているものでもない。もつとも、右「著作物」の定義規定自体の解釈については、いわば価値判断の相違により広狭がありえようが、右第119条の規定が「著作権を侵害した者は」というように、それ自体法的価値判断を含む規定をしている以上、前記解釈の広狭いずれにしても、罪刑法定主義に反するというものではない。同様の解釈上の対立は、たとえば右第2条第2項に規定する「美術工芸品」についても、
当該物品が「美術工芸品」に該当するか否かをめぐつて生じうるところである。
二 被控訴人らの主張1 控訴人は、「著作権制度審議会答申」と「同説明書」とを引用して、応用美術という理由だけで著作権による保護が否定されうるものではないと主張するが、右答申の過程においては、応用美術作品でありながら同時に純粋美術の性質をも兼有する作品をどのように保護すべきかが議論されたのである。
換言すれば、右答申過程において、応用美術作品に対して、著作権法上の保護を与えるべきか否かが議論されたのは、少なくとも純粋美術の性質をも兼有する場合のことであり、したがつて、全く純粋美術性を問わずに応用美術作品を保護せよという議論はどこにも出てこないのである。控訴人は、原判決の純粋美術と応用美術との峻別に関する判断に専ら批判を向けており、著作権法上の「著作物」といいうるために純粋美術性を全く要しないという見解をとるようであるが、右見解は答申過程に表われているいわゆる「兼有説」とも異なり、控訴人独自の見解である。
また、原判決は、デザイン書体が純粋美術作品ではなく、また、通常美術鑑賞の対象とされるものでもないことを理由として、「著作物性」を否定しており、その中で、文字の情報伝達という実用的機能の本質から考察した判断をしているが、右判断は文字に対する深い洞察に基づく正当な判断である。
2 応用美術作品は、原則として意匠法上の保護を受けるとされており、その保護期間は設定登録の日から一五年間とされている。一方、著作権は、著作者の死後五〇年を経過するまで存続する。控訴人は、「実用品自体」及び「プロダクト・デザイン」について著作権が否定されている理由は、これらが意匠法の保護領域に属するからであると主張するが、上述のとおり、意匠法による保護期間は意匠権の設定登録後一五年であり、一方、本件各文字ないし本件文字セツトにつき、著作権法上の保護を与えることになれば、控訴人死後五〇年間保護を与えられることになる。
これは、同じ応用美術の作品でありながら、たとえ適用される法律や保護の要件が異なるとはいえ、保護を受ける期間に極めて大きな差異があり、かつ、応用美術について著作権法の適用のある場合とない場合とが存するとすれば、その分類の基準自体が不明確であることと相俟つて、保護について著しい不合理を生ぜしめることになるものといわざるをえない。
3 ところで、著作権法には、著作隣接権の制度があり、著作物を演奏などによつて世の中に伝える媒体としての働きをする実演家と、これと同じような働きをするレコード製作者放送事業者の三者の権利を保護しており、保護期間は、実演、放送録音が行なわれてから二〇年となつている。その趣旨は、これらが、著作権の生ずる著作物のように思想、感情の創作的な表現とはいえないが、著作物を世の中に伝える媒体としての働きを重視し、著作権とは別個にその権利の内容を定めたものである。そして、デザイン書体についていえば、右著作隣接権の趣旨と極めて類似している。すなわち、デザイン書体もまた、実演、放送録音も、著作物を世の中に伝える媒体であり、意思伝達手段であるという点において共通であり、いずれも意思伝達手段における美的創作物というべきものである。その意味で、デザイン書体は、著作権の生ずる著作物ではなく、右の実演、放送録音などのように著作隣接権によつて保護されるものにむしろ近いのである。
右の観点からしても、デザイン書体を「美術の著作物」とみることは誤りである。
更に、著作権法においては、著作権を侵害した者は、三年以下の懲役又は三〇万円以下の罰金に処するとされており(第119条)、著作権侵害者に対しては厳罰で臨んでいる。この点からも、保護される著作権の範囲も罪刑法定主義の要請により厳格かつ明確に解釈すべきであるところ、「著作物」の範囲に関する控訴人の主張は、広げすぎであり、かつ、不明確な基準を内容とするものであつて失当である。
4 控訴人は、「タイプ・フエイス」を「ポスター、絵はがき、カレンダーなどとして作成された絵画、写真など」と同視し、かつ、「著作権制度審議会答申」及び「同説明書」では「ポスターなどとして作成され、又はポスターなどに利用された絵画、写真などについては著作物あるいは著作物の複製として取扱うこととする。」と述べられていることを前提として、タイプ・フエイスも法的状況において「ポスターなどとして作成され、又はポスターなどに利用された絵画、写真など」と近似するものであり、著作権法第2条第1項第1号の規定する要件に照らし「著作物」と認められる場合には著作権の成立を認めるべきであると主張する。しかし、右の主張は、その前提において全く誤つている。
(一) まず、ポスター、絵はがき、カレンダーなどとして作成され、又はこれらに利用された絵画、写真などは、それぞれが思想又は感情を創作的に表現したものであるから、美術の範囲に属する場合には著作権の成立を認めうることになろう。
これに対して、タイプ・フエイスに表現される文字は、人類が意思を伝達する手段方法として歴史的に形成した「記号」、「符号」であり、特にアルフアベツト文字、仮名文字は表音文字であり、それ自体では、思想又は感情を表現するものたりえない。勿論、文字といつても、文字を構成する線や点の形態(直線か曲線か、太いか、細いか、など)によつて文字から受ける印象が異なることはあるが、それはあくまでも、印象、感覚にすぎず、思想、感情という高い段階の表現をしえないことは明らかである。すなわち、「タイプ・フエイス」は、「ポスター、絵はがき、
カレンダーなどとして作成され、又はこれらに利用された絵画、写真など」とその本質を異にするものであつて、これを同一視し、もしくはその差異を量的なものとする控訴人の主張は、誤つたものである。
(二) タイプ・フエイスは、単純に文字その他の付属物(記号、数字、句読点など)そのものから成立つているものであるから、思想、感情の創作物たりえないばかりでなく、「書」や「花文字」のような「美術」の著作物としての範ちゆうにも入らない。我が国において著作権法学者などが、文字については、「書」や「花文字」を別として、著作権の保護が及ばないという一致した見解を採つているのも、
このような根拠に基づいている。控訴人は、本件各文字について、装飾文字であり、アルフアベツトを素材とする一個の美的表現であることを強調するけれども、
本件各文字にみられるアルフアベツトは、裸のアルフアベツトであり、美的な装飾が施されているとはいい難いものである。
タイプ・フエイスは、著作権法が対象とする「美術の著作物」の範ちゆうには到底入らないものである。
(三) タイプ・フエイスについては、我が国だけでなく、外国においても著作権の保護を与えていない。
控訴人は、当審において、著作権資料協会編「タイプ・フエイスの法的保護」(甲第九号証の一ないし五)を提出したが、これらによると、外国においてもタイプ・フエイスに著作権の保護を与えていないことが明らかである。すなわち、国際タイポグラフイ協会会長【C】の「『タイプ・フエイス』はなぜ国際的に保護しなければならないか」(同号証の三)によれば、
(1) イギリスでは、タイプ・フエイスが「デザイン著作権法」によつて美術作品(artistic work)であると確認された場合にはじめて工業デザインと同じ最長一五年間の保護を受けることとなつているという。このことは、イギリスでは、タイプ・フエイスが、美術作品の水準であつても、著作権そのものの保護を受けるのではなくて、工業デザインとしての保護しか与えられていないことを示している。
(2) アメリカでは、判例法によつて、タイプ・フエイスに対してデザインとしての保護さえ与えられていない。アメリカ連邦裁判所は、Goudy 対 Hansen 事件で「印刷のかたちは、アルフアベツト文字とアラビア数字とからできる。これらの文字及び数字は、幾世代も以前から世界中に知れわたつているものである。」から、タイプ・フエイスのデザインが保護される価値をもつとは認められないとした。
(3) ドイツ連邦共和国(西ドイツ)には、意匠法、著作権法があるが、これらの法律によつて、タイプ・フエイスが保護されているという叙述はない。かえつて、活字鋳造者がタイプ・フエイスを美術作品の範ちゆうに入れる目的で活字のデザインを専門美術家に依頼し、タイプ・フエイスが美術的デザインであることを主張しやすくしようと試みたけれども、非常に美術的なデザインは、巧妙に商業的な使用に合せて改造されなければならなかつたという事実が述べられているにすぎない。このことは、おそらく、タイプ・フエイスは意思の伝達方法としての文字の実用的使用を目的とするものであることから、花文字のように、装飾が多い美術的デザインとしては商業的に採用されえない事情にあることを推測させる。
(4)その他の諸国では「不正競争を禁止する法律」によつて、タイプ・フエイスの許諾のない模倣を攻撃して、二、三の訴訟で成功をおさめた例があると述べられているが、著作権の保護を受けているということは挙示されていない。
以上のように、タイプ・フエイスは、諸外国においても著作権法による著作物としての保護を与えられていない。
(四)一九七三年に開かれた世界知的所有権機構(WIPO)主催の外交会議において、「タイプ・フエイスの保護及びその国際寄託に関するウイーン協定」が採択されたことは、タイプ・フエイスの保護を既存の著作権法によつて保護することが適当でないということの国際的表明である。控訴人は、タイプ・フエイスの保護を著作権法によつて認めるべきであると主張するけれども、それは、タイプ・フエイスの本質を見誤り、タイプ・フエイスを、本来タイプ・フエイスの保護まで予定していない著作権法の保護対象に無論に押込もうとするものであり、タイプ・フエイスに適応した国際条約と国内立法とによる保護という合理的な国際的潮流に逆行するものである。
証拠関係(省略)
理 由一 控訴人の被控訴人らに対する本訴各請求は、いずれも、本件各文字(別紙第一目録記載の文字、記号などの書体)ないし本件文字セツト(同目録AないしD記載のとおり配列された文字などの書体の一揃い)が著作物性を有すること、換言すれば、著作権法第2条第1項第1号に規定された著作物たる要件をすべて具備することを前提として主張するものである。そこで、本件各文字及び本件文字セツトの著作物性について検討する。
二 文字及びこれに付随して広く用いられる記号(以下、これを「文字等」という。)は、様々な態様をとりうる書体をもつて、はじめて、かつ、専らこれによつて表出されうるものであり、書体を伴わない文字等はない。すなわち、文字等については、その表出に用いられうる書体が文字等と不可分に存しているといいうべきものである。したがつて、特定人に対し、書体について独占的排他的な権利である著作権を認めることは、万人共有の文化的財産たる文字等について、その限度で、
その特定人にこれを排他的に独占させ、著作権法の定める長い保護期間にわたり、
他人の使用を排除してしまうことになり、容認しえないところである(文字等が本来情報伝達の手段である以上、それは直ちに公に用いられるであろうから、他人がそれとは全く独自に同一著作物を創作して著作権を取得するという余地は、まず考え難いし、万人共有の財産を独占してしまうことには変りはない。)。
もつとも、いま文字等の限度において考えるに、たとえば、書や花文字のあるもののように、文字を素材としたものであつても、専ら思想又は感情にかかる美的な創作であつて、文字等が本来有する情報伝達という実用的機能を果すものではなく、美的な鑑賞の対象となるものであるときには、それは、文字等の実用的記号としての本来的性格を有しないから、著作物性を有するとしうべきものである。
また、文字等ひいてその書体は、その本来の性質として、必要に応じ、大小、太細、濃淡などの態様、黒、青などの色彩をもつて、種々の素材上に、思想又は感情を表現する文を構成するための手段として組み合せられて用いられるべきものであることはいうまでもなく、この意味で、まさに実用的なものである。そして、一般に、実用的なものが、おのずから様々に美的な表現を包含するのは当然であり、現に、文字等の広く一般に用いられている書体においても、そのままで美的な表現を十分具えており、更には、日常個々人が作出する書体も、美的な創作的表現を様々に具えることが多いことは疑いの余地のないところであつて、むしろ、実用的なものこそ、美的かどうかは優れて主観的な面を有するものであるとはいえ、多くの優れた美をおのずと具現するものである。そして、著作権法上の著作物性は、美的な価値の多寡高低によつて決せられるものではなく、単に美術の範囲に属するか否かによつて決せられるものであつて、文字等の書体について美的な表現を創作するにあたつての労作の多少などは、著作物性の決定については考慮されるべきものではない。
文字等の書体は、結局、著作物として特定人に付与される排他的権利の対象とされえないものというべきである。
三 (一)著作権法は、著作物について、「思想又は感情を創作的に表現したものであつて、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものをいう。」(第2条第1項第1号)と定め、著作物の例示をし、「絵画、版画、彫刻その他の美術の著作物」を美術の範囲に属するものの代表的な著作物として示しており(第10条第1項第4号)、また、「この法律にいう『美術の著作物』には、美術工芸品を含むものとする。」(第2条第2項)と規定している。更に、「美術の著作物」については、「著作者は、その美術の著作物……をこ……の原作品により公に展示する権利を専有する。」(第25条)と規定し、また、「美術の著作物」の原作品の所有者による展示についても、「美術の著作物……の原作品の所有者又はその同意を得た者は、こ……の著作物をその原作品により公に展示することができる。」(第45条第1項)とし、右の「展示が行なわれた場合には、公表されたものとみなす。」(第4条第3項)と定めている。
たしかに、著作権法第2条第1項第1号の規定にいう「美術の範囲に属するもの」のうちには、同法の「建築の著作物」や「写真の著作物」なども包摂されるものであるが、著作権法における前記のような著作物についての例示規定や「美術の著作物」の展示に関する規定などに鑑みても、著作権法が第2条第1項第1号の「美術の範囲に属するもの」とした著作物は、そのうち実用に供されるものについては、創作されたときに、これを客観的にみて、鑑賞の対象と認めうる一品製作の著作物というものと解するのが相当である。著作権法の規定全体を通してみても、
実用に供され、あるいは、産業上利用される、本来、量産の予定されることが外観からも認められるような美的な創作物について、これを著作権法による保護の対象としたものと理解しうる、たとえば意匠法など工業所有権制度との調整措置などを定めた規定は見出せない。かえつて、成立に争いのない乙第六号証の一、二(著作権制度審議会答申)及び第七号証の一、二(著作権制度審議会答申説明書―答申の付属書として審議会から文部大臣に提出されたもの)によれば、著作権法改正の審議過程においても、「実用に供され、あるいは、産業上利用される美的な創作物」(応用美術)の保護(答申説明書第一の四)について検討されてはいるが、そこには、「応用美術とくに図案、ひな型などは、その産業上の利用に関しては、意匠法又は商標法の適用を受けるものであるから、これらについて著作権法による保護を図る場合には、意匠法など工業所有権制度との調整に配意しなければならない。著作権法と意匠法などとでは、権利保護の方法、権利の性質、保護期間などにおいてかなり顕著な相違があり、単純に図案などを絵画、彫刻などと全く同様に著作権法によつて保護することとすると、両制度の重複によつて、従来意匠法などを基調としてその秩序を保つてきている産業界に対し、大きな影響を与えるおそれがあるから」、図案などについては、著作権制度、工業所有権制度双方の利点を取入れた別個のより効果的、合理的な保護制度の検討が必要であるが、右の調整措置の法制化が困難である場合には、今回の著作権制度の改正においては、著作権法による保護の対象を、実用品自体については、美術鑑賞の対象たりうるいわゆる一品製作の美術工芸品に限定することとし、量産される実用品は、それが美的な形状、模様あるいは色彩を有するものであつても、著作権法による保護の対象とはせず、図案などについては、将来において、効果的な保護の措置を検討すべきものである旨述べられている。
右の趣旨を受けて、著作権法は、とくに「美術工芸品」についての規定(第2条第2項)を設けたものと認められる。著作権法の規定内容と右の立法過程における審議内容とを併わせ考えてみても、著作権法が実用に供されるもので「美術の範囲に属する」著作物としたのは、創作されたときにこれを客観的にみて、鑑賞の対象となるべき絵画、彫刻などと同視しうるような一品製作の美術工芸品であると解するのが相当である。
そして、右の立法過程において期待された著作権法と意匠法など工業所有権制度との調整措置が現在なお実現されていないからといつて、著作権法についての右の解釈を変更することはできない。けだし、意匠法などを含む工業所有権制度における調整措置なしに、著作権法による保護の対象をひろげることは、これまで意匠法などを基調として確立されてきた工業所有権制度内の法的秩序を大きく乱すことになるからである。
(二)成立に争いのない甲第三号証、控訴人主張のとおりの物であることに争いのない検甲第一号証ないし第三号証及び原審における控訴人本人尋問の結果(第一、二回)並びに弁論の全趣旨によれば、本件各文字及び本件文字セツトは、単にデザイン書体であつて、一九六九年から翌七〇年にかけて、控訴人が、写植機及び写植用フイルムの販売を業とするフアクシミル・フオト・タイプ社の注文に応じ、
いずれもタイプ・フエイスとして製作したものであることが認められ、これに反する証拠はない。
右認定事実によれば、本件各文字及び本件文字セツトは、それぞれ「一組のデザインとして、印刷、タイプライター、その他の印刷技法によつて文を組立てる手段として意図された」タイプ・フエイス(書体)であることが明らかであつて、本件各文字にはデザインが施されているとはいえ、各文字、数字、その他の記号などは、本来的にそれらの組合わせによつて、情報伝達という実用的機能を期待されたものであり、それがため、そこに美の表現があるとしても、文字等についてすべての国民が共通に有する認識を前提として、特定の文字なり、数字なりとして理解されうる基本的形態を失つてはならないという本質的制約を受けるものである。この点からしても、本件各文字を美術鑑賞の対象として絵画や彫刻などと同視しうる美的創作物とみることはできない。
更に、本件文字セツト(各一揃い)を客観的にみても、タイプ・フエイスとして文を組立てるうえでの実用的利用目的のために、それぞれのセツトは、アルフアベツト、各種記号、数字の順に配列されたものとみられ、この配列形態によつて、鑑賞の対象として絵画や彫刻などと同視できる鑑賞美術の著作物を創作的に表現したものとは認められない。
四 以上のとおりであるから、いずれの点からしても、控訴人の本件各文字及び本件文字セツトについての著作権侵害を理由とする本訴各請求は、理由がなく失当として棄却されるべきものであり、これと同趣旨に出た原判決は正当であつて、本件控訴は、理由がないから、棄却されるべきものである。
よつて、控訴費用の負担について民事訴訟法第95条第89条の各規定を適用して、主文のとおり判決する。
追加
第一目録A「ヤギ・ボールド」と称する一連の装飾文字<12358-001>B「ヤギ・ダブル」と称する一連の装飾文字<12358-002>C「ヤギ・リンク・ライト」と称する一連の装飾文字<12358-003>D「ヤギ・リンク・ダブル」と称する一連の装飾文字<12358-004>第二目録A「ニユーアルフアベツト」1箱のうち「ヤギ・ボールド・ダブル」の部分2表紙のうち「ヤギ・ボールド・ダブル」の部分3扉のうち「ヤギ・ボールド・ダブル」の部分4七九頁5一二九頁6一三三頁B「装飾アルフアベツト」1一三頁のうち「ヤギ・リンク・ダブル」の部分2一四九頁
裁判官 荒木秀一
裁判官 舟木信光
裁判官 舟橋定之