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審判番号(事件番号) データベース 権利
平成19ワ7877著作権侵害差止等請求事件 判例 特許権
関連ワード 著作物性 /  創作的表現 /  著作者 /  言語の著作物 /  二次的著作物 /  翻案 /  複製物 /  同一性 /  著作者人格権 /  氏名表示権 /  同一性保持権 /  複製権 /  引用 /  損害賠償 / 
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事件 平成 11年 (ネ) 5641号 損害賠償請求控訴事件
亡A訴訟承継人
控訴人 B
訴訟代理人弁護士 宮本 岳
被控訴人 オーデリック株式会社
被控訴人 株式会社ディー・エヌ・ピー・メディアク リエイト
両名訴訟代理人弁護士 相馬 功
同 赤尾直人
同 杉田禎浩
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2002/02/18
権利種別 著作権
訴訟類型 民事訴訟
主文 本件控訴及び控訴人の当審で拡張した請求をいずれも棄却する。
控訴費用及び当審で拡張した請求に係る訴訟費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
1 控訴人 (1) 原判決を取り消す。
(2) 被控訴人らは、控訴人に対し、各自金494万円及びこれに対する平成9年7月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え(内金454万円及びこれに対する付帯金員を超える部分に係る請求は当審で拡張した請求)。
(3) 訴訟費用は、第1、2審とも被控訴人らの負担とする。
2 被控訴人ら 主文と同旨
事案の概要
本件は、控訴人の被承継人亡A(以下「亡A」という。)の著作に係る書が写されている写真を照明器具の宣伝広告用カタログに掲載し、これを制作、発行した被控訴人らの行為が、当該書に係る亡Aの著作権(複製権又は翻案権)及び著作者人格権(氏名表示権及び同一性保持権)の侵害に当たると主張して、亡Aが、被控訴人らに対し、損害賠償を請求した事案である。なお、当該請求をいずれも棄却した原判決に対し亡Aが控訴をした後、翻案権侵害の主張を予備的に追加し、また、請求の拡張をしたが、同人の死亡に伴い、控訴人が本件訴訟を承継した。
1 前提となる事実(証拠を掲げた事実以外は当事者間に争いがない。) (1) 本件著作物 亡Aは、平成4、5年ころまでに、別紙目録1上段及び2左上の各写真に写されている「雪月花」の文字を書した書(以下「本件作品A」という。)、同目録3左下及び4右上の各写真に写されている「吉祥」の文字を書した書(以下「本件作品B」という。)、同目録5右下の写真に写されている「遊」の文字を書した書(以下「本件作品C」という。)並びに同目録6右下、7下段及び8左上の各写真に写されている「遊」の文字を書した書(以下「本件作品D」といい、これらを併せて「本件各作品」という。)を制作した。
本件各作品は、亡Aがその思想又は感情を創作的に表現したものであって、美術の範囲に属する著作物(美術の著作物)であり、亡Aは、本件各作品に係る複製権翻案権、氏名表示権及び同一性保持権を取得した。
(2) 被控訴人らの行為 ア 被控訴人オーデリック株式会社(以下「被控訴人オーデリック」という。)は、各種照明器具の製造、販売等を行う会社であるが、その商品の宣伝広告用として、平成7年に「OHYAMA HOME&SHOP LIGHTING住宅・店舗用照明カタログ’95〜’96」と題する照明器具カタログ(以下「7年カタログ」という。)を、
平成8年6月に「あかり物語Lighting Stories House Lighting Catalogue1996〜1997」と題する照明器具カタログ(以下「8年カタログ」という。)を、平成9年6月に「あかり物語Lighting Stories House Lighting Catalogue1997〜1998」と題する照明器具カタログ(以下「9年カタログ」といい、以上のカタログを併せて「本件各カタログ」という。)を発行し、これを電気工事店等に配布した。
イ 被控訴人株式会社ディー・エヌ・ピー・メディアクリエイトは、広告物、宣伝物の企画、制作等を行う会社であり、本件各カタログを制作した。
ウ 別紙目録1は8年カタログ274頁、同2は9年カタログ363頁、同3は8年カタログ277頁、同4は9年カタログ361頁、同5は8年カタログ293頁、同6は8年カタログ298頁、同7は9年カタログ66頁、同8は9年カタログ360頁の各原寸大カラーコピーであり、いずれも、掛け軸として装丁された本件各作品が和室の床の間に掛けられた状態で写されている(以下、本件各カタログの写真中の本件各作品の影像部分を「本件各カタログ中の本件各作品部分」ということがある。)。
7年カタログは本訴において証拠として提出されておらず、具体的態様は明らかでないが、本件作品Aが別紙目録1、2と同様の態様で写真に写されている。
なお、本件各カタログには、本件各作品の落款部分がそのまま写されているほか、本件各作品が亡Aの著作物であることを示す同人の氏名の表示はない。
エ 本件各カタログの上記各写真は、住宅会社のモデルハウスで撮影されたものであり、本件各作品は当該モデルハウスに設置されていたものであるが、その後、本件各作品の現物は所在が不明となっており、本件訴訟においてもその現物は証拠として提出されていない(乙27、28、弁論の全趣旨)。
(3) 承継 亡Aは本件控訴審係属中の平成13年10月13日死亡し、その姉である控訴人が法定相続人として亡Aの権利義務を単独で承継し、本件訴訟を承継した。
2 争点 (1) 本件各カタログに本件各作品が写された写真を掲載した被控訴人らの行為は、本件各作品の複製又は翻案に当たるか。
(2) 本件各作品の掲載は、著作権法32条1項所定の引用に当たるか。
(3) 被控訴人らの上記行為は、本件各作品に係る亡Aの氏名表示権及び同一性保持権の侵害に当たるか。
(4) 控訴人による本件損害賠償請求は権利の濫用に当たるか。
(5) 損害額はいくらか。
争点に関する当事者の主張
1 争点1(複製又は翻案の成否)について (1) 控訴人の主張 ア 本件各カタログ中の本件各作品部分は、写真撮影という最も基本的かつ正確な方法で本件各作品を忠実に再現しているのであるから、当該写真を本件各カタログに掲載した被控訴人らの行為は、本件各作品の複製に当たることは明らかというべきである。
書の複製の成否の判断基準を、書の創作的な表現部分が再現されているか否かに求める(原判決24頁10行目〜25頁1行目参照)としても、書が造形芸術であることは万人の疑わないところであって、その最も重要な要素、すなわち創作的な表現部分は形、すなわち造形性であると解すべきである。書においては、
運筆のリズムから生ずる帰結、抑揚、細太、緩急、それによるにじみとかすれなどの造形があり、書の形が形成され、逆にいえば、書の形から運筆、リズム等が感得される(Eの意見書〔甲17〕のほか、書に関する各種文献である甲14、15、
乙20、22、24、25参照)。したがって、書の複製の成否の判断においても、本質的な要素とされるべきは形であって、それ以外の要素は補助的に用いれば足りる。例えば、墨の濃淡は、書の複製となることが明らかな拓本においては全く問題にならないし、篆書、隷書等では一様な墨の濃さで制作されるためほとんど意味を持たない。この点について、被控訴人らは、書の本質を形に求めた場合、タイプフェイスの著作物性を否定する判例に反することにもなる旨主張するが、控訴人は字体をもって書の本質的特徴であるなどと主張するものではなく、議論のすり替えにすぎない。
そこで、本件各作品の書の形が本件各カタログに再現されているかどうかを見るに、本件各カタログ中の本件各作品部分は、本件各作品の現物と比較して縮小されてはいるが、そもそも書の大きさが縮小されたからといって、書の造形性が再現されていることに変わりはなく、その美的要素が変更されるものではない。
墨の濃淡、にじみ、かすれといった補助的な要素についても、元来、本件各作品は一様な墨の濃さで、にじみを用いないで制作されていること、かすれについては、
本件各カタログ中の本件各作品部分の再現の程度が細部の一本一本の筆の跡まで完全でなく、わずかな欠落があるにせよ、取るに足りない程度にすぎない。このような枝葉において多少の修正、増減があっても複製の成立が否定されることはない。
そして、本件各カタログ中の本件各作品部分が現物と比べて縮小されているという点についても、この程度の大きさであれば、書家のみならず一般人においても、その美的要素を感得する上で何ら妨げにならない。このことは、前掲甲17の意見書中で、書家であるEが本件各カタログ中の本件各作品部分から本件各作品の美的要素を読み取り、これを忠実に再現していること、書に詳しくない控訴人において、本件カタログを見ていて本件各作品が写されているのを偶然発見し、これが本件各作品であると認識したことからも明らかである。
したがって、いずれの観点から見ても、本件各カタログに本件各作品が写された写真を掲載した被控訴人らの行為は、本件各作品の複製に当たるというべきである。
イ 被控訴人らは、本件各カタログは本件各作品を鑑賞の目的として扱っていないので、鑑賞を行う動機付けが生ずることはなく、そのような態様での再製は複製に当たらない旨主張するが、そもそも複製の成立において鑑賞の目的という要件はない。しかも、本件各カタログにおいて、本件各作品は、和室の装飾品としてその有する美的要素を発揮するために用いられていることは明らかであって、鑑賞の目的として扱っていないという前提自体失当である。
ウ 本件各カタログにおいて本件各作品が現に使用されている以上、仮に、
本件各カタログに本件各作品を撮影した写真を掲載した被控訴人らの行為が本件各作品の複製に当たらないとした場合、翻案に当たるというべきである。
(2) 被控訴人らの主張 ア 書の創作的表現において複製が成立するためには、その美的感情を創作した特徴的部分を一般人に覚知することができる程度に再現されていなければならない。そこで、書の複製の成否の判断に当たっては、書の著作物としての本質が考察されるべきところ、書においては、彫刻にも比すべき深さ、筆順に示される速度の定着、空間的かつA間的な書字行動及び字画を書く深さや速度を統御する力を介して創作されるものであり、これらは文字の形状だけでなく、墨の濃淡、かすれ具合、筆の勢い等の具体的な毛筆の痕跡による要素によって実現される。したがって、書の複製が成立するためには、上記の要素が再現されていなければならないところ、本件各カタログ中の本件各作品部分からは、せいぜい本件各作品の字体の概要を察知し得るにすぎず、墨の濃淡、かすれ具合、筆の勢い等を知ることは不可能であるから、書の本質的特徴が再現されているとはいえず、複製が成立するとはいえない。
控訴人は、書の最も重要な要素は形、すなわち造形性である旨主張するが、書の字体を画する線が書の生命とされているのは、線を構成する墨の濃淡、筆勢、かすれ具合などの毛筆の痕跡が具現されているからにほかならない。しかも、
書の本質を形に求めた場合には、タイプフェイス(印刷用書体)の著作物性を否定する判例(最高裁平成12年9月7日第一小法廷判決・民集54巻7号2481頁)に反することにもなる。
イ また、本件各カタログはそもそも照明器具の宣伝広告のためのものであって、照明器具の形状及びその使用状況を知るために閲覧されるものである上、本件各カタログ中の本件各作品部分は、単に床の間の装飾物として配置されているにすぎず、本件各作品の鑑賞を目的とするものではないから、これを見る者においても、鑑賞を行う動機付け、鑑賞の姿勢が生ずることはあり得ない。すなわち、鑑賞の対象物としての独立した存在価値を失っているのであるから、そのような態様での再製が複製に該当するとはいえない。
なお、本件各カタログの写真はモデルルームで撮影されたものであるが、美術作品が設置されているモデルルーム等で撮影された写真をパンフレットやカタログに掲載することは、当然のこととして一般的に行われており、当該写真に写された美術作品の著作権者からクレームがつくこともなく通用している慣行となっている。
2 争点2(引用の抗弁)について (1) 被控訴人らの主張 美術作品が設置されているモデルルーム等で撮影された写真の背景に当該美術作品が写っていたとしても、著作者の氏名を表示することなくそのままパンフレットやカタログに掲載して引用することは、上記のとおり、一般的に行われているところであり、公正な慣行に該当するから、本件各カタログに本件各作品を掲載することが複製に当たるとしても、著作権法32条1項にいう適法な引用に該当する。
(2) 控訴人の主張 被控訴人らの主張する態様での引用が公正な慣行として存在していたとはいえない。現に、広告業界大手の株式会社博報堂の作成した殖産住宅相互株式会社のカタログの写真中に、本件と同様、亡Aの著作に係る書が無断で写されていたという件では、亡Aの指摘を受け、株式会社博報堂が亡Aに著作権利用料を支払った。また、三菱石油株式会社(当A)及び東横のれん街のテレビコマーシャル中に亡Aの著作に係る書が無断で写されていたという件でも、亡Aの指摘を受けると担当者がすぐに手みやげを持参の上謝罪に来ており、このような事実に照らしても、
被控訴人らの主張するような公正な慣行が存在しないことは明らかである。
3 争点3(氏名表示権及び同一性保持権の侵害)について (1) 控訴人の主張 まず、本件各カタログ中の本件各作品部分には、本件各作品の美的要素が再現されていることは前述したとおりであるところ、本件各カタログにおいては、
本件各作品を和室の写真として撮影の上掲載しているという点で本件各作品の外面形式に変更が加えられており、同一性保持権の侵害がある。また、本件各カタログ中の本件各作品部分に、墨の濃淡やかすれ具合などの点で一部再現されていない部分があるとすれば、同一性保持権による利益が喪失されていることになる。
また、本件各カタログには本件各作品の著作権者としての亡Aの表示がなく、氏名表示権の侵害は明らかである。なお、本件各作品には亡Aの雅号が付されているものの、本件各カタログ中の本件各作品部分ではその識別が困難となっている。
(2) 被控訴人らの主張 本件各カタログ中の本件各作品部分に本件各作品の書としての本質的特徴が再現されているといえないことは前述のとおりであるから、同一性保持権及び氏名表示権の侵害は成立しない。しかも、本件各作品を本件各カタログに掲載した態様が公正な慣行に該当することは前述のとおりであるから、この点からも、氏名表示権及び同一性保持権の侵害は否定されるべきである。
4 争点4(権利の濫用)について (1) 被控訴人らの主張 本件各カタログが照明器具の宣伝広告を目的とし、これを見る側においても照明器具に注目することを考えると、本件各カタログ中の本件各作品部分は、独立した鑑賞の対象物としての性格を有しておらず、他の装飾品とともに背景の一要素となっているにすぎない。このような利用態様は、著作物の実質的利用がなく、
公正な利用というべきであるから、仮に、形式的には複製又は翻案に当たるとしても、本件各作品に係る著作権及び著作者人格権に基づく権利行使は、権利の濫用として許されないというべきである。このように解さないと、著作物の公正な利用が不当に抑制され、逆に著作権者の利益の保護が過剰となるばかりでなく、著作権及び著作者人格権の侵害の射程が不明確となりかねない。
(2) 控訴人の主張 被控訴人らは、本件各カタログ中の本件各作品部分が独立した鑑賞の対象物としての性格を有しない旨主張するが、広告であってもそれ自体鑑賞の対象となるものであるし、そもそも利用の目的や態様のいかんは著作物性を左右するわけではない。また、本件各カタログ中の本件各作品部分は、照明器具以上に目立つ状態で明りょうに写されており、これが背景にすぎないとは到底いうことはできないし、仮に背景として利用されたものであるとしても、それゆえに著作物の無断利用が正当化されるものではない。被控訴人らの主張は、広告主と広告業者の一方的な都合と利益をいうものにすぎず、著作権者等の保護を図る著作権法の目的にかなうものとはいえない。
5 争点5(損害額)について (1) 控訴人の主張 ア 8年カタログ及び9年カタログには本件各作品が4箇所ずつ掲載されており、7年カタログには少なくとも本件作品Aが1箇所掲載されているところ、本件各作品の利用許諾料は、一作品につき一回当たり20万円を下らない。ただし、
同一カタログに同一作品が複数箇所で掲載されている場合には、二回目以降の分の利用許諾料は2万円であり、また、本件作品C、Dはいずれも同一の造形性を意図して制作された「遊」の書であることから、損害額の算定上は同一作品として取り扱って差し支えない。
そうすると、延べ9箇所の掲載箇所中、上記の複数箇所での掲載に当たるのは、いずれも「遊」の書を掲載した別紙目録5と6(8年カタログ)、同7と8(9年カタログ)であるから、本件各作品の利用許諾料相当の損害額は合計144万円である。
200,000円×7(箇所)+20,000円×2(箇所)=1440,000円 イ 亡Aが本件各作品に係る氏名表示権及び同一性保持権の侵害により受けた精神的苦痛を慰謝するための慰謝料は、300万円を下らない。
ウ 亡Aが本件訴訟を遂行するために要した弁護士費用のうち、被控訴人らの不法行為と相当因果関係のある損害は50万円を下らない(内金10万円を超える部分は当審で拡張した請求に係る分である。)。
エ 亡Aは、以上合計495万円の損害賠償請求債権及びこれに対する不法行為の日の後である平成9年7月1日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金債権を取得したところ、控訴人は、これを相続により承継した。
(2) 被控訴人らの主張 控訴人の主張は争う。
当裁判所の判断
1 争点1(複製又は翻案の成否)について (1) 前記前提となる事実及び証拠(甲2、3、6、10、乙1、27〜29、
検甲1〜7)並びに弁論の全趣旨を総合すれば、以下の事実が認められる。
ア 亡Aは、A″との雅号を称し、昭和58年日本書道美術館展推薦賞、昭和59年汲五書展朝日新聞社賞、昭和61年墨東書展日本美術協会賞等の各賞を受賞し、平成3年ころから錦糸町西武百貨店において個展を開催するなどして活動していた書家である。
イ 本件各カタログは、被控訴人オーデリックの販売に係る照明器具の宣伝、広告用に作成されたものであり、8年カタログ及び9年カタログは、縦約31センチメートル、横約25.5センチメートルの大きさで、500〜600頁の大部のカタログであり、写真写りの良い上質紙が使用されている。
本件各カタログ中の本件各作品が写されている写真は別紙目録1〜8のとおりであり、いずれも、座卓、掛け軸、生け花等の配された和室が被写体とされており、天井には被控訴人オーデリックの室内照明器具が設置され、後方の床の間に掛けられた掛け軸として本件各作品が写されている。写真の印刷は美麗で、本件各作品部分を含め、ピントのぼけもなく比較的鮮明に写されている。
なお、この掛け軸は、カタログ写真の撮影現場とされた住宅会社のモデルハウスにもともと配置されていたものである。
ウ 本件各作品の文字構成、書体及び現物の紙面の大きさは、おおむね以下のとおりである。
本件作品A 「雪月花」の文字を縦書き2行、柔らかな崩し字 縦約70〜80p、横約60p 同 B 「吉祥」の文字を右から左へ横書き、肉太で直線的な字 縦約50〜60p、横約50p 同 C、D 「遊」の文字を中央に、流麗な崩し字 縦約40p、横約40p エ 本件各カタログ中の本件各作品部分の大きさ(表装部分を除く。)及び撮影の角度は、おおむね以下のとおりである。
(本件作品A「雪月花」) 別紙目録1 縦約18o、横約13o 正面やや右側から撮影 同 2 縦約20o、横約15o 同上 (本件作品B「吉祥」) 同 3 縦約 9o、横約 8o 右約45度の方向から撮影 同 4 縦約10o、横約 9o 同上 (本件作品C「遊」) 同 5 縦約 7o、横約 6o 右約30度の方向から撮影 (本件作品D「遊」) 同 6〜8 縦約 9o、横約 7o 右約45度の方向から撮影 オ 本件各カタログ中の本件各作品部分の1文字の大きさは、おおむね以下のとおりである。
「雪月花」 縦約7〜8o、横約4〜5o 「吉祥」 縦約6〜7o、横約3〜4o 「遊」 縦約5〜6o、横約4〜5o (2) 複製の成否について ア 本件各作品の複製の成否を判断する前提として、まず、書の著作物としての特性について検討する。
書は、一般に、文字及び書体の選択、文字の形、太細、方向、大きさ、
全体の配置と構成、墨の濃淡と潤渇(にじみ、かすれを含む。以下、同じ。)などの表現形式を通じて、文字の形の独創性、線の美しさと微妙さ、文字群と余白の構成美、運筆の緩急と抑揚、墨色の冴えと変化、筆の勢い、ひいては作者の精神性までをも見る者に感得させる造形芸術であるとされている(甲14、15、17、18、乙20〜25、30、31、34、35参照)。他方、書は、本来的には情報伝達という実用的機能を担うものとして特定人の独占が許されない文字を素材として成り立っているという性格上、文字の基本的な形(字体、書体)による表現上の制約を伴うことは否定することができず、書として表現されているとしても、その字体や書体そのものに著作物性を見いだすことは一般的には困難であるから、書の著作物としての本質的な特徴、すなわち思想、感情の創作的な表現部分は、字体や書体のほか、これに付け加えられた書に特有の上記の美的要素に求めざるを得ない。そして、著作物の複製とは、既存の著作物に依拠し、その内容及び形式を覚知させるに足りるものを再製することであって、写真は再製の一手段ではあるが(著作権法2条1項15号)、書を写真により再製した場合に、その行為が美術の著作物としての書の複製に当たるといえるためには、一般人の通常の注意力を基準とした上、当該書の写真において、上記表現形式を通じ、単に字体や書体が再現されているにとどまらず、文字の形の独創性、線の美しさと微妙さ、文字群と余白の構成美、運筆の緩急と抑揚、墨色の冴えと変化、筆の勢いといった上記の美的要素を直接感得することができる程度に再現がされていることを要するものというべきである。
イ このような観点から検討すると、本件各カタログ中の本件各作品部分は、上質紙に美麗な印刷でピントのぼけもなく比較的鮮明に写されているとはいえ、前記(1)ウ、エの紙面の大きさの対比から、本件各作品の現物のおおむね50分の1程度の大きさに縮小されていると推察されるものであって、「雪月花」、「吉祥」、「遊」の各文字は、縦が約5〜8o、横が約3〜5o程度の大きさで再現されているにすぎず、字体、書体や全体の構成は明確に認識することができるものの、墨の濃淡と潤渇等の表現形式までが再現されていると断定することは困難である。すなわち、この点については、本件各作品の現物が本件訴訟で証拠として提出されていないため、直接の厳密な比較は困難であるが、亡A自身が本件各作品を再現したという検甲1〜4を参考に検討してみると、例えば、本件作品A(雪月花)を再現したという検甲4の「雪」の1画目のわずかににじんだ濃い墨色での表現、
同3画目の横線が右側でわずかにかすれ、切り返し部でいったん筆が止まって、左側に大きく筆を流している柔らかな崩し字の表現、「月」の1画目の起筆部分の繊細な筆の入り方、同2画目の力強い縦線の濃く太い線とその右に沿って看取できるわずかなかすれによる表現、「花」の草冠の2本の縦線のうち右側の「ノ」とその下の「一」の間にある微細な空げきによる筆の流れを示す表現等が、墨色の濃淡と潤渇といった表現形式から感得することができるのに対し、本件各カタログ中の本件各作品部分においても、また、検甲4を本件各カタログ中の本件各作品部分とほぼ同一の大きさに縮小したもの(甲19の比較図面)においても、こうした微妙な表現までは再現されていない。同様に、本件作品B(吉祥)を再現したという検甲3の「吉」の4画目に入る筆の勢い、「祥」の2本の縦線の肉太で直線的な筆の止め方の妙、本件作品C(遊)を再現したという検甲2及び本件作品D(遊)を再現したという検甲1の「遊」の字画中の「子」からしんにょうの起筆部分に至るまで一気に運筆して形成される流麗な崩し字の表現、かすれ痕を伴ったしんにょうの左から右に弧を描くような伸びやかな筆使いといった表現が、墨色の濃淡と潤渇等の表現形式から感得することができるのに対し、本件各カタログ中の本件各作品部分においても、また、検甲1〜3を本件各カタログ中の本件各作品部分とほぼ同一の大きさに縮小したもの(甲19の比較図面)においても、こうした微妙な表現までが再現されているとはいえない。
そうすると、以上のような限定された範囲での再現しかされていない本件各カタログ中の本件各作品部分を一般人が通常の注意力をもって見た場合に、これを通じて、本件各作品が本来有していると考えられる線の美しさと微妙さ、運筆の緩急と抑揚、墨色の冴えと変化、筆の勢いといった美的要素を直接感得することは困難であるといわざるを得ない。なお、控訴人は、書に詳しくない控訴人が本件カタログ中に本件各作品が写されているのを偶然発見し、これが本件各作品であると認識した旨主張するが、ある書が特定の作者の特定の書であることを認識し得るかどうかということと、美術の著作物としての書の本質的な特徴を直接感得することができるかどうかということは、次元が異なるというべきであるから、上記の認定判断を左右するものではない。
したがって、本件各カタログ中の本件各作品部分において、本件各作品の書の著作物としての本質的な特徴、すなわち思想、感情の創作的な表現部分が再現されているということはできず、本件各カタログに本件各作品が写された写真を掲載した被控訴人らの行為が、本件各作品の複製に当たるとはいえないというべきである。
ウ 控訴人は、書の最も重要な要素は形、すなわち造形性であり、書の複製の成否の判断においても、本質的な要素は形であるところ、本件各カタログ中の本件各作品部分でも本件各作品の書の造形性が再現されている旨主張する。しかし、
上記のとおり書が文字を素材とする造形芸術である以上、その著作物としての本質的な特徴としては、字体や書体に付加される美的要素を軽視することはできず、単に書の形が再現されていれば複製が成立すると解した場合には、字体や書体そのものに著作物性を肯定する結果にもなりかねない。そうすると、書の著作物としての本質的な特徴、すなわち思想、感情の創作的な表現部分については、上記のとおり解さざるを得ないというべきであり、控訴人の上記主張は採用することができない。
また、控訴人は、墨の濃淡は拓本や篆書、隷書においては問題にならない旨主張するが、拓本による再製や篆書、隷書の複製一般の問題は、これらの複製が問題となっていない本件においては、上記判断に何ら消長を来すものではない。
(3) 翻案の成否について 言語の著作物翻案とは、既存の著作物に依拠し、かつ、その表現上の本質的な特徴の同一性を維持しつつ、具体的表現に修正、増減、変更等を加えて、新たに思想又は感情を創作的に表現することにより、これに接する者が既存の著作物の表現上の本質的な特徴を直接感得することができる別の著作物を創作する行為をいう(最高裁平成13年6月28日第一小法廷判決・民集55巻4号837頁)ところ、美術の著作物においても、この理を異にするものではないというべきであり、また、美術の著作物としての書の翻案の成否の判断に当たっても、書の著作物としての本質的特徴、すなわち思想、感情の創作的な表現部分のとらえ方については、上記(2)アに述べたところが妥当すると解すべきであるから、本件各カタログ中の本件各作品部分が、本件各作品の表現上の本質的な特徴の同一性を維持するものではなく、また、これに接する者がその表現上の本質的な特徴を直接感得することができないことは、前示(2)の判断に照らして明らかというべきである。
そうすると、本件各カタログに本件各作品が写された写真を掲載した被控訴人らの行為は、本件各作品の翻案にも当たらないというべきである。
(4) したがって、本件各作品に係る亡Aの著作権(複製権又は翻案権)の侵害に基づく控訴人の請求は理由がない。
2 争点3(氏名表示権及び同一性保持権の侵害)について 本件各カタログ中の本件各作品部分が本件各作品の著作物としての本質的な特徴、すなわち思想、感情の創作的な表現部分を有するものではなく、本件各カタログが本件各作品の複製物であるとも、その翻案に係る二次的著作物であるともいえないことは上記1のとおりであるから、亡Aの氏名表示権及び同一性保持権は本件各カタログに及ばないというべきである。
したがって、本件各作品に係る亡Aの著作者人格権(氏名表示権及び同一性保持権)の侵害に基づく控訴人の請求も理由がない。
3 結論 以上のとおり、控訴人の被控訴人らに対する請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。
よって、本件控訴及び控訴人の当審で拡張した請求をいずれも棄却することとし、控訴費用及び当審で拡張した訴訟費用の負担につき民事訴訟法67条1項本文、61条を適用して、主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 篠原勝美
裁判官 長沢幸男
裁判官 宮坂昌利