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事件 昭和 45年 (ワ) 637号
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裁判所 千葉地方裁判所
判決言渡日 1979/02/19
権利種別 著作権
訴訟類型 民事訴訟
主文 被告【A】は原告に対し、金四万円を支払え。
原告の被告【A】に対するその余の請求及び被告株式会社医学書院に対する請求は、いずれもこれを棄却する。
訴訟費用中、原告と被告【A】との間に生じた分はこれを一〇分して、その一を被告【A】の、その余は原告の各負担とし、原告と被告株式会社医学書院との間に生じた分は、全部原告の負担とする。
事実及び理由
申立
(原告)一 請求の趣旨1 被告らは原告に対し、連帯して金七七万円を支払え。
2 被告らはその費用を以つて原告のために、別紙謝罪広告目録記載の広告を、
(一) 被告株式会社医学書院(以下被告会社という)発行の「週間医学界新聞」の新刊案内書評欄にその第一記事として六号活字を以つて四週間、
(二) 日本医事新報社発行の「週間日本医事新報」のニユース欄に、その第一記事として六号活字を以つて四週間、
(三) 千葉大学医学部(附属病院を含む)の掲示板及び広報板合計九ケ所に、広報用紙一枚の大きさを以つて一週間(但し、休暇期間を除く)、
各掲載ないし掲示せよ。
3 被告【A】(以下被告【A】という)は被告会社に対し、別紙著書目録記載の図書(以下本書という)のうち、第一版で被告会社が所持しているもの及び第二版以下でこれから発行するものにつき、別紙著作目録記載の(a)ー(b)、(c)ー(d)、(e)ー(f)部分の各文末並びに本書の目次のうち治療編V胃手術の術式F項胃成形術(以下本書F項という)の目次部分(以下本件目次部分という)に原告氏名を各印刷して記載することを指示せよ。
4 被告会社は前項の指示に基づいて本書につき右各部分に原告の氏名を印刷して記載せよ。
5 訴訟費用は被告らの負担とする。
二 予備的請求の趣旨仮りに請求の趣旨第3・4項の請求が認められないときは、
1 被告【A】は、本書F項につきその文末及び本件目次部分に、原告氏名を同項の共同著作者として記載するよう被告会社に指示せよ。
2 被告会社は、前項の指示にもとづき、これを実行せよ。
(被告ら)答弁1 原告の請求並びに予備的請求はいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二、主張(原告の請求原因)一 原告は、文部教官であつて、国立千葉大学医学部第二外科に、助手として勤務しているものであるところ、被告【A】は右第二外科教授であり、被告会社は医学図書の出版販売を業とする株式会社である。
二1 原告並びに右第二外科に所属している講師、助手、其他の者ら(以下第二外科教室員という)は、昭和四一年七月ころ被告【A】から、「第二外科教室において研究し、開発・考案されてきた胃疾患についての診断治療に関する業績をまとめて、教授である被告【A】の編集で出版したい。ついては同教室員は、各自割当てになつた部分を執筆して、右出版に関する細部の事務をすべて担当する同教室の【B】講師(以下訴外【B】という)に提出してもらいたい。」旨の依頼を受けた。
2 そこで原告は、右依頼を承諾して、昭和四二年四月ころ、割当てを受けた胃下垂症の診断と治療について別紙著作目録記載の(a)ー(b)、(c)ー(d)、
(e)ー(f)の各部分によつて構成されている一個一連の医学上の論文(以下本件著作という)ほかを創作・執筆して、これを被告【A】の著作権法(明治三二年三月四日法律三九号、昭和四〇年法律六七号による改正後のものー以下旧著作権法という)14条所定の編集著作物たる本書に収録されるべき論文として、訴外【B】に提出した。
3 しかるに被告【A】は、本件著作を別紙著作目録記載の(a)ー(b)、
(c)ー(d)、(e)ー(f)の各部分に分断したうえ、その各部分の間並びに(e)ー(f)の部分の後に他人の論文を挿入ないし付加して、本件著作を著しく改変して本書中、「F項1胃下垂症」の一部の記述として利用するとともに、本書F項文末及び本件目次部分には、同項の著作が第二外科教室の【C】講師並びに同【D】助手の共同執筆にかかるかのように、右両名の氏名のみを表示し、同所に原告の氏名を記載しないまま、本書を被告会社に出版・販売せしめた。
4 従つて被告【A】の右所為は、原告の本件著作に関する旧著作権法18条所定の著作人格権(完全性確保権、氏名公表権)を故意又は過失により侵害するものである。
三1 被告会社は、本書が被告【A】の編集著作物であつて、個々の項目については原著作権者が存在することを知悉していたのであるから、編集会議を開催する等して、被告【A】が、第二外科教室員らによつて分担執筆された原稿を適法に編集したかどうかを確認したうえで出版原稿を確定すべき義務が存するのにこれを怠り、被告【A】から受取つた原稿をそのまま本書第一版として一五〇〇部印刷し、
これを漫然と出版・販売して、原告の著作人格権を故意又は過失により侵害した。
2 また仮りに被告会社において、右注意義務の懈怠が存しないとしても、被告会社と被告【A】との間には、本書の出版という共同目的が存するところから、右両名は民法上の組合に類似する共同体を構成し、その目的に基づいて結合して前記のとおり行為したのであるから、被告【A】の故意過失はそのまま被告会社に承継される。
四 従つて、右のとおり被告【A】と被告会社は共同して本書の出版をなしたことから、被告らの間には、原告の著作人格権侵害に関し、主観的共同意思が存する。
仮りにそうでないとしても、被告らの前記各行為には、客観的な関連共同性が存するものといわなければならない。
よつて被告らの前記各不法行為は、原告に対する共同不法行為を構成する。
五 原告は、被告らの本件共同不法行為により、原告の多年に亘る研究と臨床経験とに基づいて執筆した原稿を改変のうえ、他者名義にされ、また自己の考案にかかる例えば胃前壁固定術等の手術の方法が、あたかも他者によつて考案されたかのような著作を出版され、その結果、本件著作の引用に不便を強いられる等、医学研究者としての名誉信用を著しく毀損され、その精神的損害は甚大である。右により蒙つた損害を金銭に評価すれば、金五〇万円を下らないものである。
そして原告は、本訴の提起追行を訴外田中正一弁護士に依頼し、訴え提起時に着手金一七万円を支払い、第一審判決言渡し時に報酬金として金三〇万円を支払う旨約したが、右弁護士費用のうち金二七万円は、被告らが負担すべき、本件共同不法行為と相当因果関係にある原告の損害である(なお田中正一弁護士は、昭和五二年死亡により代理権が消滅した。)。
また前記各諸事情を総合すれば、原告の医学研究者としての名誉信用を回復し、
かつ、本件著作についての原告の著作人格権に対する侵害状態の回復を図るためには、請求の趣旨3・4各記載、ないしは予備的請求の趣旨1・2各記載による本書の訂正及び請求の趣旨2記載のとおりの謝罪広告を行なうことが必要である。
六 よつて原告は被告らに対し、民法719条710条723条、著作権法付則17条、旧著作権法36条の218条に基づき、請求の趣旨、ないしは予備的請求の趣旨各記載の判決を求める。
(請求原因に対する被告【A】の認否並びに抗弁)一 認否1 原告の請求原因一記載の事実は認める。
2 同二の1記載の事実のうち被告【A】が、胃疾患と治療に関する本を同被告の編集物として出版する旨説明したことは否認するが、その余の事実は認める。被告【A】は、同書を同被告の単独著作物として出版する旨説明したものである。
3 同二の2記載の事実のうち、原告が割当に従つて本件著作等を執筆して、これを訴外【B】に提出したことは認めるが、その余の事実は否認する。本件著作は、
被告【A】が、単独著作物として本書を執筆するに当つて資料として提供されたものに過ぎない。
4 同二の3記載の事実は認める。但し、被告【A】は、昭和四四年暮ころ、本書の最後の校正並びに内容の検討のための会合を伊豆において開催するため、本書の資料たる原稿の分担執筆者全員に参加を求めたところ、原告は出席しなかつたが教室員七名の出席を得た。そこで同会合において、本書は被告【A】の単独著作物として出版することが最終的に確認されたが、出席者から本書の資料を分担執筆した教室員らの氏名も記念のため、本書のいずれかの部分に何等かの形式で載せて欲しい旨の希望が多かつたことから、被告【A】もこれを了承した。そこで右意を承けて、訴外【B】が、被告会社に対し、本書の著作者の表示を、編著被告【A】、協同編著訴外【B】としたうえ、目次及び本書各項の文末には、執筆者名を表示するよう指示した。しかし、訴外【B】は、右各氏名の表示の指示を、記憶のみに頼つて行つたため、本書F項文末及び本件目次部分に原告の氏名を表示することを指示するのを失念したばかりでなく、他にも同様の誤まりをおかした。たとえば訴外【E】、【F】他の氏名も、各その担当部分の末尾に掲記するよう指示するのを失念したものである。
以上述べたように、本書は、被告【A】と訴外【B】の編集著作物としての形式を備えるものとはなつているが、実質的にはあくまでも被告【A】の単独著作物であることに変りはないから、分担執筆者の氏名の記載は、本書が同執筆者の協力を得て出版されたことがわかるように同人らの氏名を記載すれば足りるのであつて、
その記載の方法は、被告【A】に一任されたものである。
従つて本書F項の文末及び本件目次部分の一部に原告の氏名が表示されなかつたことは、妥当でないとしても、違法とはいえない。
5 同二の4記載の主張は争う。
6 同四記載の事実は否認し、その主張は争う。
7 同五記載の事実のうち、原告の弁護士費用に関する記載部分は不知、その余の事実は否認する。原告の主張する慰謝料額並びに著作人格権の侵害に対する回復並びに謝罪広告の各必要性は争う。
二 抗弁1 被告【A】は、第二外科教室には特に胃疾患の診断・治療につき優れた業績のあることから、その中から現場の医師らに役立つものを取捨選択してまとめてみたいとかねてから考えていたところ、たまたま被告会社から勧められたりしたので、
昭和四一年七月ころ胃疾患の診断と治療に関する著作を同社によつて出版することを計画した。
2 そこで被告【A】は、昭和四一年七月ころ第二外科教室員に対し、胃疾患の診断と治療に関する同教室の業績を世に発表するために、教授である被告【A】が教室の代表者としてこれをまとめて同被告の単独著作名で出版したいので、同教室員は各自割当てられた部分につき同著書のための資料となる原稿を提出するよう協力を求めたところ、原告をはじめとする全員の承諾を得た。そこで被告【A】は、
右著書の出版に関する右資料の整理其他の細かい事務を訴外【B】に一任したものである。従つて、
(一) 本書は、第二外科教室の代表者である被告【A】が、同教室員らに、そのもととなる原稿を分担執筆させたものであるが、その内容は、同教室員らの職務としての診断・治療に関し、もしくはそれに関連して学習研究されたもので、いわば同教室において永年にわたり蓄積されてきた業績を、その教育的効果をも意図してまとめさせたものである。そしてそれを同被告が全般的に手を入れて改作したうえ、著作出版したものであるから、本書は旧著作権法6条所定のいわゆる第二外科教室の団体著作物である。
(二) そうでないとしても、原告は、被告【A】が本書を著作するに際して、その指揮の下に同被告の精神的労作を助けた著作補助者にすぎないものである。
よつて仮りに本件著作が旧著作権法の保護の対象となるとしても、原告は、本件著作につきその著作人格権を主張しえない。
3(一) 仮りに右主張が採用されないとしても、本書の性質及びその出版に至る経緯からして、原告は、被告【A】が昭和四一年七月ころ原告らに本書の出版につき協力を求めたさい、同被告が原告の本件著作につき自由に加除、変更等を加えたうえ、本書の一部に組み入れて出版することを承諾したものである。
(二) そうでないとしても、原告及び其他の教室員らは、昭和四三年五月ころまでに各自割当てになつた部分についての原稿をいずれも無記名で訴外【B】に提出したところ、訴外【B】は、これらの原稿を順次教室員らの回覧に供してその意見を求めたうえ、それを参考として文章の配列(相当の加除訂正を含む)、字句の訂正を加えて、被告【A】のもとに持参した。
そこで被告【A】は、昭和四四年四月ころまでに更にこれに訂正加筆をなして本書の出版原稿としてまとめ、被告会社に手渡した。同社はこれを直ちにゲラ刷りにして被告【A】に交付し、同人はそのゲラ刷りを昭和四四年九月ころから三回に亘り原告を含む本書の分担執筆者全員に校正のため回覧したが、原告は、本書F項に関し何らの異議を述べることはなかつた。
従つて、原告は、右日時を以つて本件著作を被告【A】が改変したことにつき黙示的に承諾をした。
4 また本書第一版を被告会社が出版した後に、原告から本書F項及び本件目次部分における原告氏名の脱落を指摘されたので、訴外【B】及び被告【A】は、すぐさま被告会社に連絡したが、同会社から第一版は既に一五〇〇部を印刷済みとなつているので、右氏名の印刷加入は第二版以降にしてもらいたい旨の希望があつた。
そこでこれを原告に伝えたところ、原告はこれに対して特に異議を述べず、従つて黙示的にそのままの形で本書第一版の出版販売を承諾した。しかもなお大事を取り、被告【A】らは、右当時既に第一版一五〇〇部のうち寄贈ないし市販済みである二七九部を除き、本書F項及び本件目次部分につき、原告氏名を前記訴外【C】、【D】ならびに【E】の氏名と並べて掲記した。また本書は第一版を以つて絶版となした。
5 仮りに以上の抗弁がいずれも採用にならないとしても、前記のとおり本書出版の経緯、原告の氏名が脱落するに至つた事情、その後の被告【A】らの措置、それについての原告のあいまいな態度などを合わせ考え、さらに原告の著作人格権の受けた損害が極めて軽微なことに比し、原告一人のみの異議によつて第二外科教室の代表著作ともいいうる本書を絶版とせざるを得なくなつた被告【A】の蒙つた損害の重大性などをも考慮すると、原告の本訴請求は、いたずらに事を好み、訴外【B】の軽微な手落ちを捉えて、ことさら被告【A】に攻撃を加えるものであつて、権利の濫用といわねばならない。
(被告【A】の抗弁に対する原告の認否並びに反論)一 認否1 被告【A】の抗弁1記載の事実は不知。
2 同2記載の事実のうち被告【A】が本書の出版についての世話役を訴外【B】に任せたことは認めるが、その余の事実は否認する。同2の(一)、(二)の各主張はいずれも争う。
3 同3の(一)記載の事実は否認する。同3の(二)記載の事実のうち、訴外【B】が、提出された原稿の一部を原告らに回覧したことは認めるが、同訴外人が本件著作を回覧に付したこと、被告【A】が本書のゲラ刷りを原告に回覧したことは否認し、その余の事実は不知。
また原告が本書の改変につき黙示的に承諾したとの主張は争う。
4 同4記載の事実のうち、原告が本書F項及び本件目次部分の原告氏名の脱落を指摘したことは認めるが、その余の事実は不知。原告が黙示的に承諾したとの主張は争う。
5 同5記載の事実は否認し、その主張は争う。
二 反論1 原告は、本件著作を編集著作物たる本書の一部に収録されることを承諾のうえ、被告【A】に提出したのであるから、本書の性格及び字句ないし表現の統一の必要性からして、本件著作の本質にかかわらない程度の、被告【A】による加除訂正を認めていたことは争わないが、本書において被告【A】が本件著作につき加えた改変は、この限度を大幅に超えたものである。
2 原告が、本書について行なわれた伊豆における校正のための会合に出席しなかったのは、そのような遠方で校正を行うのは妥当ではないと考えたことと、所用のため出席することが不可能であったためであり、原告は、本書において本件著作が収録された部分には、原告の氏名が当然表示されることを前提として、本件著作を提出したものである。
(請求原因に対する被告会社の認否並びに抗弁)一 認否1 請求原因一記載の事実は認める。
2 同二の1ないし3記載の事実のうち本書F項文末及び本件目次部分における執筆者の表示が、訴外【D】並びに訴外【C】となつていることは認めるが、その余の事実は不知。
3 同三の1、2各記載事実のうち被告会社が、本書第一版一五〇〇部を出版販売したこと、編集会議を自ら開催しなかつたことは認めるが、その余の事実は不知。
原告主張の注意義務の存在並びに被告会社が被告【A】の故意過失の責任を承継するとの主張は争う。
4 同四記載の事実は否認し、その主張は争う。
5 同五記載の事実のうち原告の弁護士費用に関する事実は不知。その余の事実は否認する。慰謝料額の相当性及び謝罪広告等の必要性については争う。
二 抗弁1(一) 被告会社は、昭和四一年春ころ、被告【A】から胃疾患に関する医学書の出版企画を持ち込まれた。そのさい同人からその内容は、第二外科教室の歴代教授指導の下に同教室によつて行なわれた一万数千に余る胃切除の手術例によつて蓄積された胃疾患に対する診断手術法等に関する同教室の業績をふまえて現在実際の治療の場で実施されていることを、実地医家を対象として記述されるものであることならびに同書の執筆等は同教室員がそれぞれ手分けして原案を作成し、それを被告【A】がとりまとめることとし、その出版の形は、同被告の単独著作物としたいこと等の説明を受けた。
(二) そこで被告会社は、右同書の企画内容・販売対象・市場性等を、独自に調査検討の結果、被告【A】の右説明の通りであれば出版を考えてもいいとして、これを引受けることとし、昭和四一年六月末ころ、被告【A】との間で、右医学書の出版契約を締結した。なお同書は第一版を一五〇〇部印刷すること、著作内容に関する一切は、被告【A】が担当して責任を負うこと、被告会社は同被告から直ちに組版に着手できる完全原稿を受領することとなつていた。
(三) 被告会社は、昭和四三年六月ころ右出版原稿を受け取つて、これをそのまま、何らの編集ないし変更をなすことなくゲラ刷りし、校正のためこれを被告【A】に返戻した。しかして昭和四五年五月二一日に校了されるまで、被告【A】を中心とする第二外科教室員らによつて前後四回の校正がなされた。出版に至るまでの校正とは、単に誤字脱字を訂正するだけでなく、著作者が著作物の内容を変更したり、表現を訂正するのに加え、出版原稿どおりの出版がなされるか否かの審査、確認さえもなしうるものである。
即ち被告会社は原告に対し、充分に校正の機会を提供したのである。
(四) 以上のとおり本書の出版は、いわば持込み企画であるのに加え、本書の性格が第二外科教室の業績集といつたものであるところから、当然のことながら同教室の指導者である被告【A】が、同教室員の原稿をまとめて持参したものを、被告会社として出版確定原稿として受け取つて印刷し、これをさらに同教室員らが校正したのである。
従つて被告会社においては、仮りに本書が被告【A】の編集著作物であるとしても、自ら編集会議を開催したり、個々の教室員に対し、その分担執筆部分につき出版許諾の確認をなすべき注意義務はない。よつて、本書の出版により原告の本書における著作人格権が侵害されたとしても、被告会社としては右侵害につき過失がない。
2 そうでないとしても、原告は、本件著作の出版を許諾し、かつ、校正の機会が存したにもかかわらずこれをなさなかつたこと並びに前記本書出版に至る経緯からみて、本件は原告側にも過失があるから、損害額の算定につき過失相殺がなされるべきである。
3 其の他の被告会社の抗弁は、被告【A】の抗弁2ないし4の記載と同旨である。
(被告会社の抗弁に対する原告の認否)1 被告会社の抗弁1(一)ないし(四)記載の事実のうち、本書が被告【A】の単独著作物であるとして被告会社が被告【A】と出版契約を締結したこと、本書のゲラ刷りが校正のため原告に対し回覧されたことにより、被告会社が原告に対し校正の機会を与えたことは否認し、その余の事実は不知。
2 被告会社の過失相殺の主張は争う。
3 同3項に対する認否は、被告【A】の主張に対する認否と同旨である。
(証拠)(省略) 理 由
請求原因について
一 原告の請求原因一記載の事実及び原告が本書出版のため、被告【A】の依頼に基づいて昭和四二年四月ころ、分担割当てを受けた部分である胃下垂症の診断と治療に関し、本件著作を執筆したこと、被告【A】は、本件著作を原告主張のとおり大きく三つに分断したうえ、その中間並びにその後に他人の論文を挿入ないし付加して、本件著作を本書F項1胃下垂症の記載の一部として利用したこと、また同被告は、同項文末及び本件目次部分には、いずれも第二外科教室員である訴外【D】及び同【C】の氏名を表示したのみであつて、同所に原告の氏名を表示しなかつたこと、被告会社は、本書を被告【A】からの依頼に基づき出版販売したこと、以上の事実はいずれも当事者間に争いがない。
なお被告【A】は、本件著作は、同被告が本書を執筆するにつき利用するために提出させた単なる資料であつて、旧著作権法1条所定の保護の対象となる著作物ではないと主張するが、成立に争いのない甲第九号証の二、四、七、及び乙第二号証の二、四、七のうちの成立につき争いのない部分並びに原告本人尋問の結果(第一、二回)によれば、本件著作は、教授である被告【A】の意見をまとめたとか、
当時第二外科教室で一般化していた見解を他の教室員らに代つて記述したなどというのでなく、原告が自ら学習ないし研究して獲得した知識に基づいてこれを創作・記述した医学上の著作であると認められるから、旧著作権法1条所定の学術の範囲に属する著作物であることは明らかである。
従つて右各判示の事実によれば、原告は、本件著作につき、著作権を有するので、旧著作権法36条ノ二所定の著作人格権の保護を受けるところ、被告【A】は、本件著作につき、改変を加え、また原告氏名の表示をなさないで、これを本書F項1胃下垂症の記述の一部として用いたことは明らかである。
被告らの抗弁について
一 本書が出版販売された経緯については、いずれの当事者間においても成立に争いのない、甲第一号証の一ないし四、第八号証の一、二、第九号証の一ないし八、
第二一号証の一ないし七、原本の存在並びに成立とも争いのない第七号証、原告と被告会社との間においては成立に争いがなく、原告と被告【A】との間においては証人【G】の証言により成立が認められる甲第一〇、一一号証の各一、二、原告と被告【A】との間においては証人【B】の証言(第二回)により全部成立が認められ、原告と被告会社との間においては、下から四行赤字部分は同証人の証言(第二回)により成立が認められ、その余の部分については成立に争いのない第一〇号証の三、原告と被告【A】の間においては証人【B】の証言(第二回)により全部その成立が認められ、原告と被告会社との間においては書き込み部分は同証言により成立が認められ、その余の部分については成立に争いのない第一〇号証の四、第一一号証の三の一、二、原告本人尋問の結果(第一、二回)により成立が認められる甲第二号証の一、二、第五、六号証、第一五号証の一ないし三、第一六号証の一、
二、第一七号証の一ないし一二、第一八号証の一ないし八、第二〇号証の一ないし三、第二四号証、第二五、二六号証の各一、二(第二五、二六号証は被告会社との間では成立に争いがない)、証人【B】の証言(第二回)により成立が認められる第一二号証、成立に争いのない乙第一号証の一ないし一二の各イ、同号証の一、
二、六、七の各ロの一、同号証の三、四、八の各ロ、同号証の五、九の各ロの三、
同号証の五のロの五、同号証の一〇のロの二、第三号証、第五号証、第八号証の一、二、証人【B】の証言(第一回)並びに被告【A】の本人尋問の結果により書き込み部分の成立が認められ、その余の部分については成立に争いがない乙第二号証の二、四、八、証人【C】、同【D】、同【B】(第一回)の各証言により成立が認められる乙第二号証の一、三、五、六、七、証人【C】、同【B】の各証言(第一回)及び弁論の全趣旨により成立が認められる乙第一号証の一、二の各ロの二、三、同号証の一の五のロの一、二、四、同号証の六、七の各ロの二ないし四、
同号証の九のロの一、二、同号証の一〇のロの一、三、同号証の一一のロの二、
三、同号証の一二のイ、ロ、被告【A】の本人尋問の結果により成立が認められる乙第四号証の一ないし一〇、証人【D】の証言及び弁論の全趣旨により原本の存在及び成立が共に認められる乙第六、七号証、成立に争いのない丙第一号証、証人【H】、同【I】(第一、二回)の各証言により成立が認められる丙第二ないし第四号証、第五号証の一ないし三、弁論の全趣旨によりいずれも真正に成立したと認められる第六号証の一ないし六、七、八号証、第九号証の一ないし三、第一〇ないし第一二号証、第一三号証の一ないし三、証人【B】(第一、二回)、同【C】、
同【D】、同【I】(第一、二回)、同【J】、同【G】、同【H】、同【K】、
同【E】の各証言並びに原告(第一、二回)及び被告【A】の各本人尋問の結果を総合すれば、次の事実を認めることができる。即ち、
1 被告【A】は、第二外科教室には【L】、【M】、被告【A】の歴代教授のもとにおける一万数千に余る胃切除の手術例を通して蓄積された胃疾患の診断・治療等に関するすぐれた業績があることから、これらをまとめて、単に同教室の業績集といつた尖端的な学術書としてのみでなく、開業医等の実地医家にも向いた一般の医療現場に役立つような医学書として出版したいと考え、その企画をたてた。しかも被告【A】としては、同書のうちの主要な部分は自ら執筆するが、同書は第二外科教室員の衆智を結集し、かつ、同教室員らに対する教育的効果も考慮し、同教室員らにそれぞれ得意な部分を分担執筆させ、これを被告【A】が文体・表現等を統一するばかりでなく、その必要のあるものは全面的に書き改め、ないしは分断・加除・訂正を加える等して、利用できるところを利用し、右目的に添う統一のとれた書物として、被告【A】の著作名義で出版することを考えた。
2 そして被告【A】は、右企画の遂行についての事務一切は第二外科教室の訴外【B】講師にさせることとして、同訴外人に原稿の収集整理等の出版のための下準備並びに被告会社との折衝を依頼したところ、訴外【B】は、医学部の教室では、
教授が、依頼を受けた医学上の原稿につき、講師や助手らに対し、下書きをさせることはよくあつたのに加え、被告【A】からは、以前にも同被告が依頼された雑誌への原稿の下書きをたのまれたこともあつたことから、今回の依頼も右と同様のものと理解して、これを承諾した。
そこで訴外【B】は、まず内外の医学書を参照して、出版目的に沿うように大略の目次を作成し、被告【A】の了解を得て、同目次に従つて原告其他の第二外科教室員らに、各項目ごとに原稿執筆のための事前の依頼をなし、その内諾をとつた。
3 さらに被告【A】は、昭和四一年六月ころ、被告会社に前記企画を持ち込んだところ、被告会社としても、同企画が前記目的のものであつて、本の体裁がB五判の約五〇〇頁の大きさで、定価は六千円前後、著作者として千葉大学医学部教授【A】の氏名が表示されていれば、商業ベースにも乗るであろうと判断したことから、同企画を了承して出版を約した。そして被告会社としては、被告【A】が右医学書を著作するにあたつては、第二外科教室員の協力のもとになされるであろうことは、同書の出版目的等から容易に推測できた。しかし、企画が右のとおり持ち込みであつたこと並びに被告【A】が同教室の指導者であつて事実上の代表者であることから、被告【A】が教室員の協力を得ることによつて生ずる各教室員の著作権の問題並びに検印料の分配等に関する一切は、被告【A】がこれを調整することとし、被告会社はそれには関与せず、従つて確定した出版原稿を被告【A】から受領することを同被告との間において約するに止まつた。
4 そこで被告【A】は、昭和四一年七月ころ、原告ら原稿の分担執筆を内諾した教室員らの出席を得て、出版を企画した図書の前記目的並びに被告会社との折衝で決まつた図書の規模の説明及び引用文献の範囲や表記方法等の技術上の打合わせなどを行なつたほか、特に同書をして第二外科教室の資料を主として用い、かつ、従来の体系的内容をも盛り込んだ一貫したものにしたい旨の説明をなし、正式にその分担執筆を依頼した。しかし被告【A】は、同書を同被告の単独著作名義として出版するつもりであるとの点については何らの説明をするところはなかつたし、また分担執筆された原稿の内容的重複ないしその表現、文体の統一などについては、後日同被告が調整すると述べたに止まり、どの程度の加筆、修正等を行なう考えがあるかという点については、明確な方針を示すことはなかつた。
5 しかしながら、被告【A】から右説明を受けた教室員らの大部分は、従来から、一つの教室で教授が中心となつて教科書的な図書を出版する場合によくなされるように、同書も被告【A】の単独著作名義ないしはそれに類似したものとして出版され、教室員らの提出原稿の採否ないし加除訂正は、教授たる被告【A】によつてかなり自由になされるであろうと考え特にこれらの点について、改めて疑義をはさむ者もなかつた。
6 但し原告は、右説明の前に訴外【B】から、右企画は、第二外科教室員全員で執筆することになつていると聞かされていたことから、同説明を受けたときにも、
同書は、教室員らの分担執筆した原稿を被告【A】が編集のうえ出版する、同人の編集著作物に該当するものであると理解したので、同書の目的、性格並びに被告【A】の第二外科教室における地位等からして、原告の提出する原稿に対しても、
同被告によつて、文体の統一とか、表現方法の修正等の若干の改変が加えられることは予想しており、原告は、そのような改変が同原稿の本質にかかわるものでない限り、承服するつもりであつた。
7 訴外【B】は、分担の項目ごとに、専攻の研究部門の教室員に対して執筆の依頼をする方針であつたが、胃下垂症については、第二外科教室には特にこれを研究する部門がなかつたのに加え、胃下垂症の診断と治療については、いまだ定説といつたものがなかつたところから、原告から胃下垂症部分を執筆したい旨の希望を受けてこれを了承した後も、胃下垂症の項目に関する第二外科教室としての一般的見解を載せたいと考え、いずれも当時の研究員であり、かつ、個人的に同症を研究していた訴外【C】講師に、胃体部切除の方向から、訴外【D】助手に、胃下垂症の臨床像と手術適応の方向から、訴外【N】研究生に、物理療法としての胃加温法についての方向からと、それぞれ胃下垂症についての執筆を重複をいとわず依頼した。
8 訴外【B】は、昭和四二年春ころから原稿が提出され始めたので、これを執筆を依頼した者ばかりでなく、広く第二外科の主だつた者に対し、順次回覧し、同原稿に対する意見を求め、これを参考にして原稿の整理に着手した。そして、その整理の方法は、誤記や表現の統一にとどまらず、場合によつては自由に原稿の取捨選択を行なつたり、また、原稿に貼付されている手描きの手術図等を切り離して専門の画家に新たに描き直させたり、重複している原稿は一部を削除したり、する等、
相当大幅のものであつたばかりでなく、中には提出された原稿が、掲載に値するほどの内容がないとして、全部没にし、【B】らにおいてまつたく新たに書き下ろしたこともあつた。
そして、特に胃下垂症に関する原稿は、前記のとおり原告ら四名から提出されていたこともあつたので、訴外【B】は、被告【A】の指示に基づいてこれを重複のない一つのまとまつた原稿にするべく訴外【D】に意見を求めたところ、同訴外人は、右四者の原稿をこまかい項目の記述ごとに分け、これを総合して体系に合うように順次並べかえると共に、重複した部分については、通説ないしは、より適切と考えられる説を採用するようにとの意見を述べた。
9 そこで訴外【B】は、本書治療編X胃手術の術式F胃成形術を、胃下垂症と迷走神経胃枝切離・前壁固定兼幽門成形術の内容に大別し、さらに右胃下垂症の内容を順次、概説、定義、臨床像、診断、治療、(付)加温法に分けて構成することとして、原告が提出した原稿は、その一枚目から五枚目まで(本件(a)ー(b)部分)を概説の記述とし、同六枚目から一六枚目まで(本件(b)ー(c)部分)を診断及び治療の胃下垂症の程度の分類と治療の適応から外科的治療の各種術式の沿革の記述とし、同一七枚目及び一九枚目から二二枚目まで(本件(e)ー(f部分)を、外科治療の胃後壁膵固定術、胃前壁固定術の各記述として、いずれも採用することとし、原告のその余の原稿は採用しないこととした。また訴外【D】の原稿は、右定義並びに臨床像及び治療の外科的治療、手術適応の各記述部分に限り採用し、訴外【C】の原稿は、右外科的治療の胃体部切除の記述の部分として採用し、訴外【N】の原稿は、(付)胃加温法の記述として、それぞれ採用することとした。
従つて、本件著作は、当初原告が執筆した胃下垂症の原稿のうちの一部である一枚目から二二枚目(但し一八枚目は除く)の部分であるところ、これが(a)ー(b)・(c)ー(d)・(e)ー(f)の各部分に分断され、(a)ー(b)部分と(c)ー(d)部分の間に訴外【D】の原稿が、(c)ー(d)部分と(e)ー(f)部分の間には、訴外【D】と、訴外【C】の各原稿が、そして(e)ー(f部分の後には、訴外【N】の原稿が、いずれも組み合わされて、結局、本書F項胃下垂症の出版原稿としては、右四名の原稿が一本化された。
10 以上のようにして訴外【B】によつて整理された原稿(当初は被告【A】は、自ら手術方法については相当部分を執筆するつもりであつたことは、前記のとおりであるが、結局多忙等のため自らは執筆せず、すべての部分を教室員に分担執筆させることとなつた)を受け取つた被告【A】は、右原稿の一部については相当手を入れた部分も存したが、前記胃下垂症の一本化された原稿については、内容的重複となる訴外【C】の原稿の一部を削除したり、その表現方法に多少の訂正変更を加えた程度で、その他はすべて訴外【B】の整理を了承した。
なお同被告は、右胃下垂症についての原稿は、筆跡等の違いから数人の原稿が配列されたものであることを承知してはいたが、全く無記名であつたところから、誰がどの部分を執筆したかは了知していなかつた。
11 本書の出版原稿の大部分は、以上のようにして、昭和四四年六月ころには、
一応確定されたので、被告会社に交付され、順次ゲラ刷りされた。そこで訴外【B】は、このゲラ刷りを、被告【A】の指示に基づき、分担執筆者全員に第一回目の校正のため閲覧させるべく回覧に付した。また、一部の原稿については、二枚、三枚のため、二度三度と回覧に付した。
しかし本書F項1胃下垂症部分のゲラ刷りは、何かの手違いのためもあつてかついに原告の手許には届かず、従つて現実には原告の目に触れることがなかつた。
12 被告会社は、右ゲラ刷りの原稿を受け取つた段階の昭和四四年七月三日、被告【A】と正式に出版契約(以下本件出版契約という)を締結したが、その際被告【A】から、「本書の出版のためには教室員に当初考えていた以上に協力してもらつた結果になつたから、右協力にこたえて本書の検印料の相当部分を分配したい。
ついては、一応本書の著作者を被告【A】外八名とし検印料は、二%を編集者に、
一〇%を各著作者らに、その頁数に按分して支払うような形式をとつて欲しい」旨の申入れをうけたので、法的には本書はあくまでも被告【A】の単独著作であるとは考えていたけれども、同被告の希望どおり、形式上は編集著作物としての体裁をもつ契約書を作成することに応じた。
なおその後、被告会社と被告【A】は、昭和四五年六月二六日、被告【A】が、
右検印料のうち六%を協力者たる教室員に実質的に分配し、その余を同被告が実質的に取得することと確定したことから、改めてその旨の覚書きを取りかわしている。
13 しかるのち、被告【A】は、昭和四四年一二月ころ、原稿の最終的な校正及び内容の検討を集中的にかつ能率よくなすため、分担執筆した教室員全員を伊豆七滝の旅館に集めることを計画し、右全員に参加を求めたところ、原告は所用のためと出席を断つたが、教室員七名の出席を得た。同会合では、レントゲン部分の原稿に問題があつたので、これを新たに書き直させることとしたが、その他の原稿については、内容表現等について、すべて最終的な校正を完了した。
その際、出席者の一部から、被告【A】に対し、出版にあたつては、各分担執筆者の名前を記念のために書物のどこかに表示して欲しい旨の希望が出され、被告【A】はこれを了承した。但し、その表示方法については、具体的に決定されるに至らず、その詳細は訴外【B】に一任された。
14 これを受けて訴外【B】は、被告会社の担当者と相談のうえ、教室員らの様々な希望も考慮して、本書の著作者の表示は、表紙ないし扉部分には、被告【A】を編者、訴外【B】を協同編者と表記するばかりでなく、現実に分担執筆に当つた者を協同執筆者として列記し、さらに右協同執筆者については、各その執筆した原稿を含む項目の文末並びに当該目次部分にもその氏名を表示することとした。なお、項目によつては、複数の執筆者の原稿を組み合せたものもあつたため、これについては、その複数の者の氏名を右各部分に並記することとした。
そこで訴外【B】は、右方針に従つて被告会社にこれを指示したが、訴外【B】は、分担執筆を依頼した者らの氏名を記載したメモ等を既に処分してしまつていたため、同指示を記憶にのみに頼つて行なわざるをえなかつたし、一方、出版の予定日時も切迫していたので、執筆者らから確認をとる暇もなかつたことから、同指示から、本書F項文末及び同目次部分につき、原告氏名と訴外【N】の氏名とを、過失により脱漏し、また他の項目につき訴外【F】ら何名かの氏名をも同じく脱漏した。
なお被告会社においては、当時においても、教室員の誰がどの部分を分担執筆をなしたものであるかを、具体的かつ正確には知らなかつたし、またそれを知るよしもなかつた。
15 かくして被告会社は、昭和四五年春ころ、被告【A】から出版のための校正を完了した確定原稿を受け取つたので、同原稿に基づく印刷により本書の第一版を出版し、同年六月一五日ころからその販売頒布を開始した。
16 原告は、右日時ころ、被告会社から執筆者らに対して贈呈された本書を閲読したところ、原告が提出した胃下垂に関する原稿はそのまま収録されずに、前記のとおりの形でその一部のみが本書治療編F項1胃下垂症の記述に利用されているにすぎないこと、並びに同項文末及び同目次部分には、訴外【C】、同【D】の氏名の表示がなされているのみで、原告の氏名が脱落していることを初めて知り、直ちに訴外【B】に対し、異議を申し述べた。
17 これに対し訴外【B】は、右原告氏名の脱落については、自分のミスであつたことを認め、即座に被告会社と連絡をとつたが、同被告より、本書は既に第一版として一五〇〇部を印刷済みであるから、原告氏名の前記脱落箇所への追加印刷は、第二版以降にすることで了承してほしい旨の返答を受けたので、これを原告に伝えたところ、原告はこれに対しては特に意見を述べなかつた。しかし、原告は、
この直後、被告会社へ直接抗議に行つた。
18 被告会社は、本書出版に関しては、自己には何らの過失も存しないと考えたが、原告からの右抗議を受けたことから、紛争の拡大を防ぐため、被告【A】と協議して、本書第一版として既に出荷したものについては、すぐさま回収にかかり、
既に一般に販売される等して回収が不可能な二七九部を除くその余を回収した。そして同回収分と被告会社の在庫分につき、昭和四六年二月ころまでに、原告氏名の脱落部分の追加印刷を完了した。また、本書を第一版のみで絶版とすることにした。
以上の事実を認めることができ、他に右認定を左右するに足る証拠はない。
二 従つて右認定事実によれば、本書は、第二外科教室という団体名で発行されたものでないこと、また、本件著作は、原告がかねて独自に研究学習して蓄積していた胃下垂等に関する学識に基づいて創作したものであることは、いずれも明らかであるところ、他に原告が、第二外科教室における職務上の規定あるいは暗黙の諒解又は慣行等により、本件著作を、第二外科教室という団体の著作物として出版することにつき承諾を与えたとみられるような事情は全く窺えないし、また、原告が本件著作を執筆するに当つては、被告【A】の具体的な指揮監督の下に、単に、同人の著作を助けたにすぎない者であることなどの事実も認められないので、被告らの抗弁のうち、本書が第二外科教室の団体著作物であるとの点、及び原告が、被告【A】の著作補助者にすぎないとの点はいずれも採用できない。
三 次いで被告【A】は、「原告は、被告【A】が本件著作につき自由に加除、変更を加えて、その全部又は一部を本書の胃下垂症の記述として利用すること並びに本書第一版においては本書F項文末及び目次同項部分に原告の氏名を記載しないことを、事前又は事後に承諾した。」と主張するところ、原告が本書の性質上、ないしは他の分担執筆者の原稿との表現の統一等の必要の限度で、被告【A】において、本件著作につき、加除訂正をなすことを事前に承諾していたことは、原告の自認するところである。
1 そこで以下、被告【A】が本件著作につきなした分断が、右承諾の範囲内に存するか否かを検討する。
本件著作が(a)ー(b)・(c)ー(d)・(e)ー(f)の各部分に分断され、その各中間及び(e)ー(f)部分の後には、訴外【D】、同【C】、同【N】が胃下垂症につき執筆した原稿が挿入ないし付加されて、本書のうちのF項胃下垂症が構成されたことは、前判示のとおりであるが、前掲甲第一号証の四、第二号証の一、二、第九号証の一ないし八、乙第二号証の二、四、七によれば、
(a)ー(b)・(c)ー(d)・(e)ー(f)の各部分は、それぞれ胃下垂症についての概説、手術方法等の各記述として、いずれも胃下垂症に関するある程度まとまつた項目であることが認められるのに加え、右各部分の間ないし後に続けられた前記訴外【D】らの原稿は、胃下垂症に関する第二外科としての見解を示すについて、原告の執筆した原稿に不足していた項目についても記述しているか、ないしは同原稿の記述より適切詳細なものであること、本件著作自体も、原告が胃下垂症に関して執筆提出した原稿の一部にすぎないこと並びに原告としても本書が第二外科教室における業績を一般に広める目的のため、被告【A】がすべての提出原稿につき、これを右目的に合致するよう適切に配置することを了承していた以上、その一部が分断されその間に被告【A】らの筆になる原稿もしくは見解が挿入されるなどのことも当然予想していたと認められること等前判示の本書の目的、体裁、その出版に至つた経緯並びに被告【A】の本書についての役割等を総合して考えるときは、被告【A】と同被告の補助者である訴外【B】が右のように本件著作を分断しその間に他の原稿を挿入、付加したことは、原告が事前になしていた右承諾の範囲内にあるものと解するのが相当である。
2 しかしながら、被告【A】及びその補助者である訴外【B】が、本書F項文末並びに目次同項部分に原告氏名を記載しなかつたことについては、医学部の教室において、教授が中心となつて医学書が教室員らの協力のもとに出版される場合には、教授の単独著作名で出版されることもまれではなく、また分担執筆をした教室員の氏名が表示される場合においても、せいぜい表紙ないしその扉部分等に列記されるにすぎない場合も多いこと及び原告が本書は右態様の医学書であることを承知のうえ原稿を提出したことは前判示のとおりであるので、右事実からすれば、本書への執筆者としての原告の氏名の掲記の方法を具体的にどのようにするかについては、原告は、被告【A】の裁量に委ねていたものと推認することができる。
しかしながら、被告【A】は、分担執筆をした教室員らからの申し出に従い、本書に分担執筆者すべての氏名を掲記することを承諾し、その掲記方法については訴外【B】に一任したこと、そこで訴外【B】は右氏名を表紙扉部分に列記するばかりでなく、各分担執筆部分を含む各項目、文末並びに目次部分にも記載することとして、その記載方を被告会社に指示したが、過失により原告氏名の記載の指示を前記本書F項文末等において脱漏し同箇所には訴外【D】、同【C】両名の氏名のみが掲記されるに止まつたこと、本書第一版出版後、訴外【B】は、原告の右氏名の脱漏についての指摘に対し、第一版についてはそのまま何の手当もしないでおくことの趣旨で了解を求めたところ、原告は、そのとき直ちに特段の異議は述べなかつたが、その直後に被告会社に対して右点につき抗議していることは前判示のとおりである。
以上の事実によれば、原告が本件著作部分を含む本書F項が訴外【D】ないし同【C】によつて執筆されたかのような外観を呈していることを事前ないし事後に承諾したとは到底解されず、他に前記原告の氏名の脱漏したまま本書第一版が出版販売されることを原告が承諾したと認めるに足る証拠はない。
ところで、もともと執筆者の氏名の具体的な掲記の方法については、被告【A】の裁量に委ねられていたことは前記のとおりであるところ、同被告が、訴外【B】を通じ、被告会社に対し、単に、本書の扉や目次に執筆者名を掲記することを指示するに止め、各文末にまでこれを挿入することの指示をしなかつたとすれば、それは当然裁量の範囲内の指示ということができるから、原告は、F項文末に原告の氏名が掲記されていないことにつき、なんら被告【A】の責任を追及しえないというべきである。しかし、本件では、事情は異なり、被告【A】は、訴外【B】を通じ、執筆者全員の氏名を、扉や目次に掲記するばかりでなく、各分担執筆にかかる文末にまでも挿入するように被告会社に指示していることは前記のとおりである。
そうだとすれば、特定人の文末における氏名の脱漏は、氏名を掲記されたその他の者との間に差別を生ぜしめたという意味において、結果としては、その特定人の人格権を侵害する行為となるのである。
3 従つて以上によれば、被告【A】は、本書出版のための確定原稿を被告会社に交付するに当り、本書各編の各項目ごとの分担執筆者の氏名をその文末及び目次部分に掲記して、各分担執筆者の著作人格権を侵害しないよう注意すべき義務があるのにこれを怠り、漫然とこれを訴外【B】にまかせきりにした過失により、本書F項文末及び目次同項部分に原告氏名の掲記を脱漏し、その結果原告の著作人格権を侵害したものというべきである。
四 被告【A】は、原告の同被告に対する本訴請求は権利の濫用であると主張する。なるほど、前認定によれば、被告【A】もしくは訴外【B】が、前記の手落ちが判明した後直ちに是正のための措置を採り、結果として既に頒布ずみの二七九部を除いては全部訂正され、前記権利侵害の大部分は回復されたことが認められるけれども、前記本書出版に至る経緯として認定された事実関係を総合して考えるとき、右請求が権利濫用と解することはできないし、また他にこれを認めるに足る証拠もない。従つて被告【A】の右主張は採用できない。
被告会社の抗弁について
一 被告会社は、「仮りに本書出版によつて原告の著作人格権が客観的には侵害された部分があつたとしても、被告会社は同書出版につき無過失であつた。」と主張するので検討する。
本書F項文末及び目次同項部分に原告の氏名を脱漏せしめたまま本書を出版販売したことは、原告の著作人格権に対する侵害になることは前判示のとおりである。
そして被告会社は、本件著作を本書の一部として前認定の形で出版することにつき、自ら編集会議を開催する等して直接原告の承諾をとることをしなかつたことは当事者間に争いがない。
しかしながら被告会社としては、本書出版の企画は被告【A】のいわゆる持ち込み企画であつて、本書出版の企画を被告会社自身として決定した当初においては、
本書は、被告【A】の単独著作物として出版されるものであると説明を受けていたこと、また、本書のような目的内容を有する医学書は、たとい教室員の協力があるとしても、教室の事実上の代表者である教授の単独著作名義とすることがこれまでにも多く、仮りに当初から協力教室員の氏名を各分担部分に記載するような編集著作物として出版を申し込まれたとすれば、その商品的価値の点においては、問題があることから、出版販売を受諾していたかどうか疑問であること、従つて被告会社は、本書出版に際しては、被告【A】に対し、特に本訴のごとき著作権に関する紛争を予防するため、その持込み企画の性格上からしても、被告【A】において本書の著作内容及び協力者との関係等一切を調整して、確定した出版原稿を受け取る旨の約束をとりつけていたこと、被告会社は、ゲラ刷りのための原稿を受取つた時点においても、同原稿には、執筆者の氏名の記載は一切なく、また出版についての著作者側との折衝は被告【A】並びに訴外【B】との間においてのみ行なわれていたため、原告が本書の本件著作部分を担当執筆したことを知らなかつたばかりでなく、それを知る必要もなかつたし、またその機会もなかつたこと、そして本書の分担執筆をした教室員らの氏名を本書に掲記することになつた旨の申し入れを受けた時点においても、その氏名の掲記方法並びに掲記すべき者の範囲は、前記出版に関する約定に基づきすべて訴外【B】の指示に従つてこれをなしたものであることは、いずれも前判示のとおりである。
従つて被告会社としては、本書出版の確定原稿は、著作者側の代表者である被告【A】ないし実質的統括者であり、かつ、その履行補助者である訴外【B】によつて、すべての点につき、調整が完了しているものと信じたことは、むしろ当然のことと解せざるを得ない。
よつて右事実関係の下においては、被告会社としては自ら本書出版のために編集会議を開催する等して、原告に対し本件著作を本書第一版のような形式で出版することにつき同意を求めるべき注意義務は存しなかつたと言わざるを得ないし、他にそのような注意義務があることを認めるに足る証拠もない。
なお原告は、請求原因三・2に記載したとおり、被告会社は、被告【A】が原告の著作人格権を侵害するに至つた過失を承継する旨主張するが、原告の同主張は独自の見解にすぎず、当裁判所の採用しえないところである。
よつて被告会社は、本件原告の著作人格権の侵害については無過失であつたと認められる。
原告の損害について
(請求の趣旨1に関して) 原告の医学研究者としての地位、被告【A】の原告の著作人格権侵害の程度、右侵害を生ずるに至つた経緯、その過失の態様、特に被告会社は、原告の著作人格権を侵害した本書第一版のうち回収不能である二七九部を除き、その余の第一版については、既にその侵害部分につき訂正を加えたことにより、現在その害は回復されていること、その他本書が著作出版されるに至つた経緯等以上判示の一切の事情を総合するときには、原告が被つた損害は、軽微であつたと言わざるを得ないので、
本件で原告が被つた精神的損害を慰謝すべき金額としては金三万円と評価するのが相当である。
そして前記甲第五、第六号証、第二四号証によれば、原告は本訴の提起と追行を訴外田中正一弁護士に依頼し(但し同弁護士は、昭和五二年に死亡により辞任)、
同弁護士に着手金一七万円を支払い、報酬金として金三〇万円を支払う旨約したことを認めることが出来るが、本訴における認容額等を総合するときには、右金員のうち金一万円が、本件著作人格権の侵害と相当因果関係にある損害で、被告【A】に負担させるべきものと認めるのが相当である。
(請求の趣旨2に関して) また原告は、医学研究者としての原告の毀損された名誉信用の回復をはかるためには、別紙謝罪広告目録記載の広告をその主張の新聞等に行なうことを求めると主張しているが、前記判示の原告の受けた損害の程度・態様から考えると、その回復は、前判示額の金銭賠償をもつて足り、謝罪広告の必要性は全くないものと解するのが相当である。その他本件全証拠によつてもそれが必要であるとの事情を認めることはできない。
(請求の趣旨3、4および予備的請求の趣旨に関して) 他人の著作物を発行する場合に於て発行者が、著作者の同意なくして、その氏名称号を変更若は隠匿したときは、著作者は、著作者たることを確保し、又は訂正其の他其の声望名誉を回復するに適当な処分を請求しうる(旧著作権法36条の2
18条参照)ところ、前判示のとおり被告【A】並びに被告会社は、いずれも原告の同意なく本書F項文末及び本件目次部分に同人の氏名を掲記せずに本書の出版をなして原告の著作人格権を侵害したものである。
しかしながら、被告【A】及び被告会社は、原告から右各部分についての原告氏名の脱漏を指摘されるや、本書第一版として印刷された一五〇〇部のうち、回収不能の二七九部を除くその余につき、原告の氏名を右各部分に追加印刷し、また、本書を第一版を以つて絶版としたことも前判示のとおりであるから、右二七九部の回収不能分を除いては、本件の氏名の脱漏により、被告らが現にないし将来さらに原告の著作人格権を侵害する恐れは、全くないことが明らかである。そして、回収不能分については、これを被告会社が入手することが不可能なことは、弁論の全趣旨から明らかであるから、これが入手の可能なことを前提とする請求の趣旨3、4ないし予備的請求の趣旨は、これを認容するに由ない。
よつて原告の被告らに対する請求の趣旨3、4記載の請求並びに予備的請求の趣旨記載の請求は、いずれも理由がないものと言わざるを得ない。
結び
以上によれば、原告の被告【A】に対する本訴各請求は、原告の同被告に対する金四万円の支払を求める限度で理由があるのでその限度で認容し、その余の主位的並びに予備的請求は理由がないのでこれをいずれも棄却することとし、原告の被告会社に対する請求は、主位的並びに予備的各請求ともすべて失当であるのでこれをいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担については、民事訴訟法89条93条92条を適用して、主文のとおり判決する。
追加
謝罪広告目録株式会社医学書院発行発売に係る、千葉大学医学部第二外科教授【A】編集の「胃疾患の診断と治療」と題する書物の治療編F項に関し、その執筆者の一人千葉大学医学部勤務の文部教官【O】氏の原稿を無断で分断し、且つ同氏の氏名を記載せず他人の氏名を冠して編集発行し、もつて同氏の著作人格権を侵害し、多大の迷惑をお掛け致しました。よつてここに同氏に対して謝罪致します。
千葉大学医学部第二外科教授編集者【A】株式会社医学書院代表取締役【P】著書目録題名胃疾患の診断と治療著作者編著被告【A】、協同編者【B】協同執筆者原告他二一名発行者被告会社第一版第一刷一九七〇年六月一五日著作目録著書目録記載の著書本文治療編V胃手術の術式F項胃成形術1胃下垂症部分のうち、
(一)二六九頁1胃下垂症「概説」から二七〇頁二八行目まで((a)ー(b)部分という)(二)二七三頁一三行目「診断」から二七六頁九行目まで((c)ー(d)部分という)(三)二七八頁一三行目「d)胃後壁膵固定術」から二八〇頁三行目まで((e)ー(f)部分という)別紙更正決定(省略)
裁判官 小木曽競
裁判官 鈴木経夫
裁判官 広田民生