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関連ワード 創作性 /  アイデア /  美術工芸品 /  模様 /  登録 /  著作権侵害 /  差止 /  損害賠償 / 
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事件 昭和 45年 (ヨ) 3425号
裁判所のデータが存在しません。
裁判所 大阪地方裁判所
判決言渡日 1970/12/21
権利種別 著作権
訴訟類型 民事仮処分
主文 本件仮処分申請を却下する。
申請費用は申請人の負担とする。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
(申請人)一、被申請人らは、別紙目録(二)記載の純金製大判を生産し、譲渡し、貸し渡し、譲渡もしくは貸渡のため展示してはならない。
二、申請人が委任する大阪地方裁判所執行官は、被申請人らが現に占有している別紙目録(二)記載の純金製大判の既成品および半製品ならびにその製造に使用する機械器具一切に対する占有を解いて、自ら占有しかつ保管しなければならない。
三、執行官は、右物件を封印その他の方法により、その譲渡、貸渡、譲渡もしくは貸渡のために展示することができぬようにしなければならない。
四、申請費用は被申請人らの負担とする。
との決定。
(被申請人ら) 主文同旨の決定。
当事者の主張
(申請の理由)一、当事者 申請人はパール工芸品、貴金属の加工売買を業とする者、被申請人株式会社平原製作所は貴金属加工業、同珠光は貴金属加工品等の売買業を営む者である。
被申請人らは、形式上は別会社であるが、事実上は同一建物の一階と二階に所在し、被申請人平原製作所は同珠光の指定する貴金属の加工を担当し、製品全部を同珠光に納入譲渡し、同珠光がその販売を担当しているものであつて密接不可分の関係にある。
二、被保全権利(一) 著作権(1) 物件目録(一)の大判(以下、申請人の大判という)は申請人の創作にかかる純金製の大判であるが、申請人が右大判を創作するに至つた経緯は次のとおりである。
申請人は、昭和四四年三月頃から、日本万国博覧会を記念する商品の開発を企画し、日夜苦心を重ねて良いアイデアについて考えぬいた末、遂に豊臣秀吉が大阪のシンボル大阪城を築城した記念として天正一九年後藤徳乗に命じて鋳造させたと称せられる世界最大の金貨(いわゆる天正菱大判)を模し、表面にこれと同一の意匠を用い、裏面に万国博記念の趣旨の記載をした右天正菱大判と同一形状・同一寸法の大判の鋳造、販売を思いついた。天正菱大判は現在日本に五枚しかないといわれる貴重品で、容易に現物を確認することはできなかつたけれども、苦心の結果これを確認する機会を得てその形状および寸法等を知り、さつそく大阪造幣局に赴き、
表面を天正菱大判に模した純金の大判の製造許可を求めたところ、たとえ現在は使用されていない古銭であつても、それをそのまま複製することは法律的に無理であるとのことであつたため、申請人は更に考慮を重ねた結果昭和四四年一〇月頃に至り、ようやく天正菱大判と徳川家康が鋳造させたといわれる慶長笹大判の形状模様および色彩の結合に想到した、すなわち、天正菱大判から「拾両」の文字を削つて笹大判の「拾両」の文字を代入した意匠を基本とし、その上部に一つ、下部に二つある菱形の中に桐の模様を配した紋章の桐の模様をそれぞれ申請人の画き上げた鮮明な模様と差し替え、両側に大きな申請人の画き上げた桐の模様をあしらつて、目録(一)の大判を創作した。その大きさも形状も天正菱大判と同一である。
(2) 申請人の大判は菱大判の意匠の一部と笹大判の意匠の一部と申請人の創作した意匠とを有機的に組合せ、一定の表現形式において独創的に具体化した美術的創作物であつて、その著作権は申請人に属する。右著作物は美術工芸品であり、いわゆる美術的著作物もしくは芸術的著作物の範囲に属するものである。
(二) 不正競争防止法にいわゆる周知性取得 かくて申請人は右著作権の実施にかかる目録(一)の意匠を用いた純金製大判を大量に製造し、これに天正出世大判または天正大判という名をつけ、一枚金二九八、〇〇〇円の定価で、三越百貨店、阪急百貨店、近鉄百貨店等を通じて大々的に発売したところ、万博ブームの時流に乗つて大好評を博し、売行きは激増した。
各百貨店は、申請人の大判を店頭に展示するとともに、有力得意先に対してはダイレクトメール等によつて大々的に宣伝広告をした結果、純金製大判に目録(一)の意匠を用いたものは、需要者の間では申請人の名や製造者が何人であるかは知られていなかつたかも知れないが、少くとも或るメーカー(申請人)の商品であるということは、大阪を中心とする関西一円の商店および需要者の間に広く認識せられるに至つた。目録(一)記載の申請人の大判は昭和四五年三月から販売を開始したのであるが、右純金製大判と完全に同一商標、同一意匠、同一包装の銀製品は、昭和四四年一二月より日本一の規模と老舗を誇る三越百貨店から大々的に売出していたのであり、右金製品と銀製品とは本来のアイデア、意匠は同一で、単に材料を銀から金に変えたに過ぎない以上、右昭和四四年一二月に既に申請人の大判はいわゆる周知性を取得していたといえるのである。
三、被申請人らの侵害行為(一) 侵害行為の概要 申請人の大判が需要者の間で爆発的な好評を博し、販売高が上昇するのを知つた被申請人らは、共同して申請人の大判と同一意匠の大判を偽作し、もつて申請人が得た名声を利用し、かつ廉売によつて申請人の開拓した市場をかく乱、奪取するとともに、申請人が不当の利益を得たかの如き印象を同業者および需要者に植えつけることによつて申請人を駆逐することを企てた。そして、昭和四五年九月頃から、
申請人の大判と見分けのつかぬほど類似した目録(二)記載の大判(以下、被申請人の大判という)を、被申請人珠光の指揮の下に同平原製作所が製造し、同珠光がその販売を開始した。最初のうちは申請人の大判と同価格の一枚金二九八、〇〇〇円で販売していたが、その後、申請人に徹底的打撃を与えるため、各新聞紙上にあいついで、申請人の大判よりも一〇万円も安い一枚一九八、〇〇〇円で販売する旨の広告を掲げるとともに、店頭に展示し、大々的に宣伝した。その結果、事情を知らない需要者は申請人の大判と被申請人らの大判とを混同し、両者を同一のものと誤認し、申請人の大判を取り扱つた百貨店があたかも同一商品を市価より一枚一〇万円も高く販売したと誤解した。当然右百貨店には購入者からの苦情が殺到した。
そのため、申請人は各百貨店および同業者間の信用を失墜し、あまつさえ大判納入先の百貨店からは需要者の苦情解決まで代金の支払を停止する旨を申し渡されるに至つた。
(二) 被申請人らの著作権侵害行為 被申請人らの大判は、申請人の大判と並べて対比すれば、製法が粗雑であるために仕上りが悪く、表面の地模様に僅かの相異があり、大判自体の腰が弱く、明らかに粗悪であることが判るが、その意匠は申請人の大判に用いられた美術的著作物と同一であり、大きさも形状も同じであつて、別々に見た場合は見分けがつきにくい程類似している。
すなわち、被申請人らの大判は、その形状、意匠のいずれをみても申請人の大判を寸分違わぬ程度に模写(偽作)している。大判表面に書かれている文字、字体、
その大きさおよび字配りも全く同一である。上部と下部にある桐を囲んだ菱形の大きさ、模様、その数およびその配置も全く同一である。両側にある桐についても全く同一である。
右事実から明らかなように、被申請人らは、故意に、申請人の著作物の偽作をなし、その偽作物を発売または頒布しているから、申請人の著作権の侵害である。
(三) 被申請人らの不正競争行為(1) 被申請人らの大判を被申請人平原製作所が製造し、同珠光が販売している右共同行為は、著作権侵害であると同時に、不正競争行為にも該当する。すなわち、右共同行為は、不正競争防止法施行の地域内において前記のとおり広く認識せられている特定の他人(この他人の名称は需要者間では知られていないかも知れないが、その実体は申請人である)の商品であることを示す表示である申請人の意匠と同一または極めて類似した意匠を同一の商品に使用して、これを製造販売拡布し、もつて申請人の商品と混同を生ぜしめたものであるから、不正競争防止法第1条第1項第1号に該当する。
(2) なお、申請人の大判に用いた「天正大判」および「天正出世大判」という商標(ただし、未登録)もまた、申請人の商品(大判)であることを示す表示として、日本国内において周知である。申請人の大判は当初全国の三越百貨店から売り出されたが、これにすべて「天正出世大判」という商標を用い、今日に至つている。その後好評に応じて著名スーパーストア、在阪の百貨店、九州の有名百貨店でも「天正大判」なる商標で売出し、いずれもいわゆるダイレクトメールで大々的に宣伝した。
申請人自身も全国的にダイレクトメールを出して直接販売した。このようにして、
「天正大判」および「天正出世大判」なる商標は日本国内において申請人の商品の表示として周知となつた。
また、申請人の大判収納箱は、内装としては、濃紺のビロードで敷かれた凹形の大判型の中におさまり、その上に外箱に見合うように作られた濃紺ビロードの蓋でおおわれ、外装としては、箱上蓋の表面中央に「天正出世大判」(三越百貨店から売出す場合)または「天正大判」(三越百貨店以外から売出す場合)、右側に「万国博記念」と黒字で書かれた桐箱が用いられ、紺色の房のついたりつぱな紐で結ばれている。
ところが、被申請人らは、申請人の大判であることを示す周知表示(商標)と類似の「天正名門大判」という表示を使用し、また収納箱についても桐の外箱上蓋表面中央に申請人の大判であることを示す周知表示と類似の「天正名門大判」と表示した点のみが異る外は内外装とも完全に同一の収納箱に入れて被申請人らの大判を売出し、もつて申請人の大判と混同を生ぜしめているのである。以上の行為もまた不正競争防止法1条1項1号に該当する。
(四) 以上で明らかなとおり、申請人は被申請人らに対し、右著作権侵害行為および不正競争行為の差止請求権ならびに営業上の信用回復措置請求権を有する。
四、仮処分の必要性(一) 申請人が受けつつある被害 被申請人らの右著作権侵害行為および不正競争行為のために、申請人の大判は全く売れず、また申請人の大判を取り扱つた各百貨店は同じ商品を被申請人珠光より一枚につき一〇万円も高く売つたとの非難を受け、申請人の信用は暴落し、申請人は各百貨店から、需要者からの苦情が解決するまでは代金の支払いをしないと宣告されている。
(二) 緊急性 申請人は、被申請人らに対して申請人が受けつつある打撃と申請人の窮状を訴えて右偽作物の製造販売行為の中止を懇願したが言下に拒否された。そこでやむなく、申請人は被申請人らに対し、被申請人らの著作権侵害行為および不正競争行為につき差止および損害賠償等の請求訴訟を提起する準備を進めている。
しかし、被申請人珠光は現に大々的に新聞広告をし、被申請人らの大判の販売の拡張を企てつつあり、そのため申請人の大判の売行きは止まり、需要者から百貨店への苦情、返品があい次ぎ、その結果申請人は百貨店から商品代金の回収をすることができない。いま至急に被申請人らの右侵害行為を差し止めなければ、申請人は急速に得意先を失い、売掛代金回収困難による資金面の行詰りの結果、倒産のおそれが増大している。現在準備しつつある本訴の判決確定を待つていては、一旦失つた信用や得意先の回復が不可能となることは必至であつて、その損害は金銭をもつては回復し得ない。申請人が倒産してからではすべての権利は無に等しいのである。
(三) 本件仮処分申請後の事情 被申請人らは、申請人が本件仮処分申請をしたことを知るや、ますます不正競争行為によつて申請人の市場を荒らし、もつて不正の利益を挙げ、申請人に致命的打撃を与えることを企図し、昭和四五年一〇月下旬更に大々的に宣伝文書と申請人の大判が被申請人らの大判より一枚につき一〇万円高く売られている旨を記載した新聞記事のコピーとを封入したダイレクトメールを各方面に発送して広告販売を強化した。右新聞記事のコピーの頒布は、申請人に対する最も有力な悪罵である。このため、申請人の大判の販売は不可能となり、解約返品の申入れが相次ぎ、申請人の信用はますます毀損されつつある。
(申請の理由に対する被申請人の反論)一 被申請人の大判は著作物に該当しない。
(一) 著作物は、その主観的内面的要素として、人の創作的な思想感情を有すること、そしてそれが一定形式の外部的発現をとることすなわち法で定める形式例えば「美術の範囲」に属するものでなければならない。しかるに、申請人の大判には右の要件がいずれも備わつていない。
(二) まずそのデザインを検討するに、創作性は皆無に近い。すなわち、その基本には天正菱大判という著名かつ公知の形状、地模様、字体、文字配置、桐の極印等が以前から存在し、これと申請人の大判とは殆んど異らない。天正菱大判は世界最大という点において極めて著名であり、またその形状等もよく知られているのである。天正菱大判と申請人の大判とにいか程の差異があるといえようか。かかる微少な差異をもつて創作的な感情思想がそこに表白されているといえるであろうか。
皆無といわざるを得ない。
(三) また、その表現形態が「美術に属するもの」との要件にも欠ける。その宣伝文句はどうであれ、申請人の大判の製造過程、出来上つた製品自体の審美感等は美術的工芸品というには程遠い。材質が純金である。従つて純金としての価格を有し、貴金属の扱いは受けるが、この点を除けばもはや工芸品としての精緻さも、それから醸し出される美しさ気品は存在しない。純金二〇〇グラムの派手な輝きが感じられる程度である。
(四) なお、事情として付言するに、美術工芸品にはその譲渡の際物品税が課税されることになつているが、申請人の大判も被申請人の大判もともに物品税の課税対象とはされていない。右両方の大判とも物品税上の取扱いでは「地金」「インゴツト」としての取り扱いしか受けていないのである。この税務行政上の扱いは我々の常識とも全く一致する。
(五) 以上で明らかなとおり、申請人の大判は美術に属するものではない。従つて、著作物ではあり得ない。
二 申請人の大判にはいわゆる周知性はない。
(一) 貴金属店や古銭古貨扱い店では従来から様々の名称を付し、または開業五〇周年記念等という発表の動機理由を付して、大判・小判の複製品(より良心的に、かつ正確に表現すれば大判・小判型地金)を販売している。一例をあげれば、
そごう百貨店が数年前より売出しているものに「天保型中判金七五グラム」とか「天保型小判九〇グラム」がある。かかる例は過去に多数あつたのである。
(二) 今回の日本万国博にコマーシヤリズムが便乗し、ありとあらゆる物品にEXPO70記念を付して売りまくつたことは周知の事実である。例えば、万国博会場内日本館で売られた記念小判がある。これは万博そのものの記念小判であるが、
以下に記する通り、万博記念に便乗し、数業者により故事来歴あるかの如き名称を付して、「大判型地金」が売り出された。
すなわち、申請人の「天正大判」、被申請人らの「天正名門大判」の他に、他業者による「天正出世大判」、「太閤大判」、「天正慶長天保大判」、「純金小判型地金」等多数がある。このように、異なる業者が、異なる名称を付して大判型地金の販売を競つたのである。
(三) かかる取り引きの事実関係の存在下において、申請人の大判が特定メーカーの商品であるとの認識が需要者間において広く生ずる余地はない。
(四) 大判型地金を売出した各業者ともその有するマスコミ媒体を利用して宣伝広告に努めており、宣伝広告という点からみると、被申請人らの方が申請人より量質ともに上廻つているといえる。また、被申請人らはパンフレツトも多数ダイレクトメールで各家庭へ送達した。従つて、被申請人らの大判は申請人の大判より以上、少くとも同程度に需要者間において広く認識されているのである。かかる事情の下にあつては、申請人の大判のみが不正競争防止法の被保護客体であるというを得ないことは明白である。
(五) なお、申請人は周知表示としての商標、包装の主張を追加している。この追加主張は、論理的にいつて、被申請人らの大判自体の製造・販売の差止めを求める本件申請の趣旨を理由あらしめる主張ではあり得ない。けだし、商標、包装が申請人のそれと同一もしくは類似であるとすれば、他人の商品と混同を生ぜしめる行為はかかる商標、包装の使用であつて、商品自体の製造、販売ではないからである。本件仮処分申請の趣旨の関係でこれを理由とすることは筋違いである。
三 本件仮処分申請とその背後事情について(一) 被申請人珠光は、目録(二)記載の大判を製造原価約一五万円で製造し、
昭和四五年三月頃から百貨店納入業者である申請外トピー商事に若干のマージンを加えて売渡し、同人を通じて近畿一円のデパートでこれが販売されていた。百貨店では三〇万円近い価格で一般需要者に販売されていた。しかし、同年八月、トピー商事の不信行為に端を発した紛争の結果、同被申請人はトピー商事との関係を断ち切り、自ら通信販売を主力として直売を始めるベくダイレクトメールによる広汎な広告活動を開始した。
そして価格も十分な利益を見込んだうえ、一九八、〇〇〇円の適正価格としたのである。
(二) そのため従来から約一〇万円も高い暴利を得てこれを分け合つていた百貨店や申請人らは、原価の秘密を需要者に知られることを極度に恐れ、種々の裏取引を被申請人らに申し出て来た。例えば、一、〇〇〇万円を支払うから手を引けというのである。そして業界の圧力のために一度は他の業者の売値と同じく二九八、〇〇〇円の広告を出さざるを得なかつたが、これは明らかに需要者を欺き甘い汁を吸うことである。被申請人らは、同業者からの非難反対は覚悟の上で一九八、〇〇〇円の適正価格による販売に踏み切り、販売を強行したのである。
(三) この結果、高いものを掴まされたことを知つた需要者から申請人らの暴利行為に対する非難が生じ、新聞紙上でもとり上げられた。この非難に対する弁明が百貨店より種々行われて今日に至つている。
(四) そして、目的のためとはいえ、右の如き利益をめぐつての俗事に対し、申請人から著作権法が持ち出されたのである。正に独自の見解である。本件は商人間の文字通りの金販売方法をめぐつての争いである。そこには一片の芸術的香気も存在しない。
四 被申請人らが現在製造、販売している大判 被申請人らは昭和四五年一〇月上旬からその製造、販売する大判を別紙目録(三)のとおりのデザインに変更した。可能な限り天正菱大判の複製品に近ずけたわけである。
すなわち、申請人の大判が天正菱大判との差異とされる表面両側の桐の極印を取り除き、「拾両」の字体を出来るだけ天正菱大判の字体に近ずけた。現在の被申請人らの製品は天正菱大判の複製品という方が正しい。しかし、将来長い年月を経た後天正菱大判の偽作として扱われるようなことがあつては不本意であるので、裏面にはEXPO70なる表示を従来通り打刻している。
故に、仮に申請人主張の如き被保全権利があると認められたにしても、被申請人らは現在別紙目録(二)の大判を製造、販売していないし、将来もこれを製造、販売する意図を有していないから、仮処分の必要性を欠くものである。
五 以上で明らかなとおり、申請人の本件申請は理由がないから却下されるべきである。
当裁判所の判断
(本件紛争に至る経緯等事実関係)本件疎明資料を総合して考えると、次の事実が認められる。
申請人はパール工芸品、貴金属の加工、売買を業とする者であるが、大阪に於て開催された日本万国博覧会を記念する目新しい商品の開発を考えた結果、大阪に最もゆかりの深い豊臣秀吉が天正一九年後藤徳乗に命じて鋳造させた世界最大の金貨と称せられるいわゆる天正菱大判の意匠を基本とし、徳川家康が鋳造させたといわれるいわゆる慶長笹大判の意匠を加味した純銀製および純金製の大判を製造し、これを大々的に売出す計画を樹てた。
そして、申請人は、天正菱大判の意匠、形状を基本とし、その表面に書かれている「拾両」の文字を削除して慶長笹大判の表面に書かれている「拾両」の書体を代入し、菱大判の表面上部に一つ、下部に二つある菱形の枠で囲まれた不鮮明な桐の模様を鮮明な桐の模様(但し、一般にありふれた桐の模様である)に画き替え、更に菱大判にはないが大判の表面両側の中間辺に桐の模様(これも一般にありふれた桐の模様)を画き加え、天正菱大判と同一の大きさ、形状の純銀製および純金製の大判(別紙目録(一)の大判)を製造し、天正出世大判(三越百貨店扱いの場合)または天正大判(同百貨店以外の場合)と名付け、百貨店店頭およびダイレクトメールにより大々的に売出した。その売値は百貨店扱いの場合も直接ダイレクトメールによる販売の場合も一枚二九八、〇〇〇円とした。
その販売実績をみると、申請人は、昭和四三年一二月にまず純銀製の大判の販売を開始し、同月中に純銀製大判六一六枚、同四五年一月中に純銀製大判一〇枚、同年二月中に純銀製大判六六五枚を販売した。同年三月からは純金製の大判(別紙目録(一)のもの)の販売を開始し、同月中に純金製大判八一枚、純銀製大判三二〇枚、同年四月中に純金製大判一六二枚、純銀製大判四〇五枚、同年五月中に純金製大判六三〇枚、純銀製大判二七一枚、同年六月中に純金製大判五四三枚、純銀製大判三七九枚、同年七月中に純金製大判一九六枚、純銀製大判一六五枚、同年八月中に純金製大判一一一枚、純銀製大判一二一枚、同年九月中に純金製大判四三三枚、
純銀製大判四八一枚、同年一〇月中に純金製大判一〇枚、純銀製大判二一枚を販売した。
他方、被申請人らは、右申請人の大判製造、販売行為が順調に伸びているのをみて、これを模倣しようと企図し、天正菱大判と同一の大きさ、形状で、申請人の大判の意匠と類似の意匠を付した別紙目録(二)の純金製大判を製造し、昭和四五年三月頃から販売を開始した。被申請人らは、最初は、百貨店納入業者であるトピー商事に右大判を納入し、トピー商事がこれを百貨店に納入し、百貨店から売出すという販売方式をとつた。この場合には、百貨店の名で広告宣伝を行い、百貨店の店頭販売価格は申請人と同じく純金製では一枚二九八、〇〇〇円であつた。
しかし、被申請人らは、昭和四五年八月右トピー商事との関係を断ち、被申請人ら自らが通信販売の方式で一般需要者に右大判を直接販売することを計画し、同年九月から右大判を一枚一九八、〇〇〇円で販売する旨の広告宣伝を大々的になし、
その価格で販売を始めた。なお、一枚一九八、〇〇〇円で販売することは被申請人らにとつて出血販売ではなく、この価格で販売しても十分利益を挙げ得る価格である。被申請人らは昭和四五年三月から同年九月末までの間に、右純金製大判を合計一、六二八枚販売した。
このように被申請人らが、同じく純金製で、大きさも目方も異らない大判を、百貨店の売値よりも一枚につき一〇万円も安い価格で販売し始めた結果、先に百貨店から一枚二九八、〇〇〇円で申請人の大判を買つていた需要者が、購入先の百貨店に対し一斉に苦情を申し出たため、右百貨店はやむなく代金を返還してその返品を受入れることとし、これを全部申請人に対して返品して来たため、申請人は非常な苦境に陥つてしまつた。申請人の大判も、被申請人の大判も、美術工芸品として取引されているものとはいい難いものであつて、申請人の大判の購入者も万博記念を兼ねて実質的な価値の一番安定している純金製という点に着目してこれを購入していたからこそ、右のような非難や返品行為が生じたのである。
申請人は、被申請人またはトピー商事が百貨店を通じて申請人の大判に類似した純金製大判を売出していたことは知つていたはずであるが、その販売価格が申請人と同じく一枚二九八、〇〇〇円の間は何ら異議を申し述べなかつたが、一枚一九八、〇〇〇円で売出して初めて本件仮処分申請の如き異議を述べ始めた。
ところで、古貨である大判や小判の複製品、模造品を作成し、これを売出したり、記念品として配付したりすることは、申請人がこのたび初めて案出したアイデアではなく古くから存在したアイデアであつて、このことは造幣局作成の「貴金属製品品位証明手数料(昭和四二年七月一四日大蔵省告示)」なるパンフレツトにも、大判・小判の品位証明手数料が明記されていることからも明らかである。
ここで、日本万国博覧会が終幕に近づいた昭和四五年九月末当時、この種純金製大判の販売状況を一瞥すると、大阪にある百貨店のうち、申請人の大判を取扱つていたのは三越、阪急および近鉄の各百貨店であり、売値は一枚二九八、〇〇〇円であつたが、他に申請人の関係しない天正菱大判または慶長笹大判を模した純金製大判も多種販売されていた。すなわち、高島屋百貨店では一枚二九八、〇〇〇円、大丸百貨店では一枚二九五、〇〇〇円、阪神百貨店では一枚二四万円、そごう百貨店では一枚二二万円、松坂屋百貨店では大閤大判なる名称で一枚三〇万円で、同様の純金製大判が、同種の名称の下に同種包装で販売されていた。また、万博会場内の日本館においては、「記念小判」という名称で純金製(一枚一〇万円)および純プラチナ製(一枚四〇万円)の小判を売出しているという有様であり、多数業者が大判・小判の販売競争を行つていたのである。
その後、被申請人らの安値販売強行が他業者にも影響を及ぼした結果、この種純金製大判の価格が下り、そごう百貨店では純金製天正出世大判+純銀製天正出世大判なる名称の下に純金製、純銀製セツトで合計二一万円、大丸百貨店では純金天正長大判または純金慶長大判なる名称の下に一枚一九八、〇〇〇円で販売されるに至つている。
(申請人の大判は著作物に該当するか) 申請人は、その製造にかかる別紙目録(一)記載の大判はいわゆる美術工芸品であり、美術的著作物に該当する旨主張する。
著作物とは思想または感情を創作的に表現したものであつて、文芸、学術、美術または音楽の範囲に属するものをいうと解すべきである。そして、一回の芸術的活動の成果として止まるものではなく、多量生産を予定している美術工芸品であつても、それが高度の芸術性を備えているときは、著作権の対象となりうる場合があり、申請人の大判も、後述する創作性に関する点を除けば、著作権法にいわゆる美術の範囲に属すると解する余地はあろう。
しかし、申請人の大判は、既に認定したとおり、既に存在した天正菱大判と大きさ、形状共に同一であり、申請人の創作部分は、@天正菱大判の表面中央に書かれている「拾両」の字体を慶長笹大判の「拾両」の字体と差し替えた点、A天正菱大判の上および下にある菱形の枠で囲まれた桐の模様をありふれたものであるが鮮明な桐の模様と差し替えた点、B天正菱大判にはないありふれた桐の模様をその表面両側中間辺に各一個宛書き加えた点のみに過ぎないというべきである。そうすると、全体的にみて、申請人の大判が既存の著作物である天正菱大判の本質部分を基礎とする作品であることは疑いを容れないところであり、既存のものに前記程度の軽微な修正増減を施したからといつて、そのため別個の美術工芸的価値が生ずるに至つたものとは認め難いので、申請人の大判は著作権法第19条但書にいう「新著作物と看做さるべきもの」に該当せず、所詮は天正菱大判の模造品の域を出ないものといわねばならない。
従つて、申請人の大判について著作権が成立するものでないことは著作権法第19条本文の規定に徴して明らかである。
(不正競争行為に該当するか) 申請人は、被申請人らは大阪を中心とする関西一円の地方において広く認識せられている特定の他人(申請人)の商品および収納箱であることを示す意匠および商標と同一または極めて類似の意匠および商標を同一の商品たる大判および収納箱に使用し、もつて申請人の商品(大判)と混同を生ぜしめた旨主張する。
しかし、申請人がその製造にかかる別紙目録(一)の大判の販売を開始した時期が昭和四五年三月で被申請人を含む他業者より若干早かつたとはいうものの、既に認定したとおり、もはや同年九月末では被申請人ら数業者の製造にかかる類似の純金製大判が数多の百貨店で、同種名称を付し、同種包装で販売されていた事実、これら数業者は申請人と同様ダイレクトメール等の方法で広く自己の大判につき広告宣伝をしていた事実、大判や小判の複製品、模造品を作成、販売、頒布することは申請人の独自のアイデアではなく従来から存するアイデアである事実、申請人の大判が他の大判に比較して特別顕著な特徴を有することもなく、また特別に美術的に優れていることもなく、いずれも天正菱大判の複製品といいうるようないわゆる似たり寄つたりの大判であること、申請人は同年三月から同年一〇月末までの間に別紙目録(一)の純金製大判を合計二、一六六枚販売しているが、被申請人らもこれに劣らず同年三月から同年九月末までの間に別紙目録(二)の純金製大判を合計一、六二八枚販売していること、申請人の大判を含めこの種大判の購入者は、その美術的価値に着目して購入したものではなく、むしろ物価上昇の傾向にある現今最も実質的価値の安定している純金で作られた大判という点および万博記念という点が動機となつて購入したものと認められること、被申請人らの大判が申請人の大判より一〇万円も安く販売されたことを知つた後、すなわち被申請人の大判と申請人の大判とが別物であることを十分認識したうえ、申請人の大判の購入者が多数、一〇万円も高かつたことを非難し、これを続々と返品したこと、申請人の使用している「天正出世大判」、「天正大判」なる名称も既に存在した天正菱大判なる名称の菱を削除したに過ぎないか、「菱」とありふれた「出世」とを差し替えたに過ぎないもので特別顕著なものでないこと、等の事実に照して考えると、申請人の大判およびその収納箱の意匠ならびに「天正出世大判」「天正大判」なる名称が、特定の者の製造販売にかかる商品(大判)の表示として一般に広く認識されるに至つているものとはとうてい認められない。すなわち、申請人の大判はいわゆる周知性を取得するに至つているとは認められない。
従つて、申請人の大判に類似した大判を被申請人らが製造、販売したことにより、申請人が意図した利益を挙げられないとしても、それは企業の自由競争に起因する結果に過ぎず、被申請人らの自由競争行為を目して不正競争行為ということはできない。
(結論) 以上によつて明らかなとおり、被申請人らの行為は著作権侵害にも不正競争行為にも該当するとは認められないから、本件仮処分申請は結局被保全権利の疎明がないことに帰し、しかも保証をもつて疎明に代えることは本件事案に徴し明らかに不適当であるから、保全の必要性の有無を判断するまでもなく、本件仮処分申請は失当として却下すべきである。
よつて、主文のとおり決定する。
追加
(別紙)目録(一)<11642-001>目録(二)<11642-002>目録(三)被申請人の現在実施する大判つぎに貼付した写真に示されるような書体で、表面中央に「拾両後藤(花押)」、右側に「天正一九」、左側に「六月」と黒字で書かれ、上部に菱形で囲まれた桐の紋章の模様を一個、下部に同二個施し、裏面にEXPO七〇、日本万国博記念、OSAKAJAPAN1970と打刻した純金製大判。
(写真(カラー)省略)
裁判官 大江健次郎
裁判官 近藤浩武
裁判官 庵前重和
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