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審判番号(事件番号) データベース 権利
昭和55ネ911 判例 特許権
昭和46ワ8643 判例 特許権
昭和51オ923損害賠償 判例 特許権
平成12ネ1268謝罪広告等請求控訴事件 判例 特許権
平成12ワ944損害賠償請求事件 判例 特許権
関連ワード 著作者 /  表現方法 /  模様 /  二次的著作物 /  同一性 /  著作者人格権 /  氏名表示権 /  同一性保持権 /  引用 /  出所の明示 /  著作権侵害 / 
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事件 昭和 47年 (ネ) 2816号
裁判所のデータが存在しません。
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 1976/05/19
権利種別 著作権
訴訟類型 民事訴訟
主文 原判決を取り消す。
被控訴人の請求を棄却する。
訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。
事実及び理由
当事者の申立
控訴代理人は主文と同旨の判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。
被控訴人の主張
被控訴人代理人は、本訴請求の原因及び抗弁に対する答弁として次のとおり述べた。
(請求の原因として)一 被控訴人は、山岳及びスキー関係の作品を主とする写真家であるが、昭和四一年四月二七日オースリア国チロル州サン・クリストフにおいてスキーヤーが雪山の斜面を波状のシユプールを描きつつ滑降している場景を撮影して別添写真(1)のようなカラー写真を創作し、これについて著作権を取得し(以下、その原作品並びに後記写真集及びカレンダー掲載の複製を「本件写真」という。)、昭和四二年一月一日附実業之日本社発行の写真集「SKI’67第四集」にその複製を掲載して発表した。本件写真は、その後被控訴人の許諾のもとに複製されて、アメリカン・インターナシヨナル・アンダーライダーズ社(略称A・I・U社)発行の昭和四三年用広告カレンダーに掲載された。
二 控訴人は、【A】のペンネームで合成写真を発表しているグラフイツク・デザイナーであるが、本件写真が被控訴人の著作物であることを知りながら、被控訴人の同意なくして、前記写真集またはカレンダーに掲載された本件写真(カラー)を利用して、周囲をトリミング(カツト)するとともに、その右上部は自動車タイヤの写真を配して映像を合成し、白黒写真に仕上げ、これに、被控訴人の氏名表示をせず、控訴人のため(C)マークを入れて、別添写真(2)のような合成写真(以下、「本件モンタージユ写真」という。)を偽作し、昭和四五年一月ころ発行の自作写真集「SOS」に掲載発表し、また、講談社発行「週刊現代」同年六月四日号のグラフ特集「【A】の奇妙な世界」に「軌跡」と題して掲載し、もつて被控訴人の著作たる本件写真についての著作者人格権を侵害し、これがため被控訴人に損害を与えた。
三 その損害は次のとおりである。
(一) 被控訴人は、すでに世界一三〇か国において写真の取材、撮影を行い、その作品を多くの作品集等によつて内外に紹介してきたが、その芸術活動によつて地球の美しさを再発見して、人間の良識と人間性の回復に何らかの可能性を見出したいと意図しているものであつて、本件写真は右意図の一環を示す作品である。
控訴人の前記行為は本件写真そのもののみならず、右意図を完全に破壊し、かつ、茶化し侮辱したものといわなければならない。
(二) 被控訴人は、本件写真を撮影するため、撮影地所在のオーストリア国立スキー学校校長【B】教授と二カ月にわたる交渉の末、ようやく撮影の許可を得るとともに、特に優秀なスキー教師をモデルに使用する便宜を与えられたものであるが、控訴人の本件モンタージユ写真の偽作、公表によつて、右教授ならびにスキー教師の善意が裏切られることになつたため、被控訴人は今後オーストリア等、外国における撮影活動に従事しえなくなるおそれがある。
被控訴人は、写控家として社会的に相当の評価を得ているが、それは、これまで最も時間と労力とを注いで来たアルプスとヒマラヤに関する写真著作に由来するから、外国における仕事に支障をきたすことは被控訴人にとつて耐え難いところである。
(三) 以上の事情があるので、被控訴人が本件著作者人格権侵害行為のため名誉信用上蒙る打撃は大きく、これによる精神的損害は甚大であつて、金銭に評価すれば少くとも五〇〇、〇〇〇円を下らない。
四 よつて、控訴人に対し、右金額の損害金及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和四六年一〇月七日から完済にいたるまで法定の年五分の割合による遅延損害金の支払に併せ、写真家としての被控訴人の名誉信用の回復のため、控訴人の費用をもつて、株式会社朝日新聞社(東京本社)発行の朝日新聞、株式会社毎日新聞社(東京本社)発行の毎日新聞及び株式会社読売新聞社発行の読売新聞の各全国版社会面に、二段抜左右一〇センチメートルのスペースをもつて、見出し二〇級ゴシツク、本文一六級明朝体、控訴人名及び宛名一八級明朝体の写真植字を使用して、次のような文面の謝罪広告を一回掲載することを求めるものである。
謝罪広告 私の写真集として、昭和四五年四月刊行した「SOS」中二〇葉目の写真および週刊現代昭和四五年六月四日号に「軌跡」と題して掲載した写真は、株式会社実業之日本社発行「SKI’67第四集」、または昭和四三年用AIUカレンダーに貴殿が発表されたサンクリストフを滑降するスキー写真を無断で複写盗用し、かつ、
右上部にタイヤを配して合成し改ざんしたものであつて、貴殿の著作人格権を侵害したものであり、多大のご迷惑をかけたことを、ここに深くお託びいたします。
【A】こと【C】【D】殿(抗弁について)五 控訴人主張の抗弁は、次の諸点において失当である。
(一) そもそも、旧著作権法第30条第1項第二によれば、原著作物の節録引用が偽作とみなされないためには「自己ノ著作物中ニ」なさるべきものとされているところ、本件モンタージユ写真には、控訴人自身の著作物が存在せず、本件写真の剽窃が存在するだけである。また、その引用は原著作物に忠実になさるべきものであるが、本件モンタージユ写真は、本件写真の思想、感情を全く改変してしまつている。
(二) 同条第二項の規定の解釈上、著作物の複製において出所の明示は偽作とみなされないための要件ではないという控訴人の主張は首肯することができない。本件モンタージユ写真は、その素材に引用した本件写真の出所明示を欠くから、当然、偽作たるを免れない。
(三) 他人の作成した写真の合成によるモンタージユ写真において原著作者の氏名表示を省略することが公正な慣行に合致するものであるという控訴人の主張は事実に反する。このことは、モンタージユ写真の作成によつて新たな著作物が生れることがあつても、そうである。
(四) 本件モンタージユ写真が本件写真を引用して作成されたことの目的上の正当性に関する控訴人の主張はナン歎瞞に満ちた言い逃れに過ぎない。本件モンタージユ写真は、本件写真がカラー写真なのに、これを白黒に変え、その約三分の一をカツトしたうえ、これが出所の明示もなく、控訴人により自己の作品として公表されたものであるから、本件写真の引用が正当の範囲に止まるものといえたものではない。
控訴人の主張
控訴人代理人は、請求原因に対する答弁及び抗弁として次のとおり述べた。
(請求の原因について)一 前掲請求原因のうち、一の事実は認める。二の事実は、控訴人において本件モンタージユ写真作成当時、本件写真が被控訴人の著作物であることを知つていたこと、本件モンタージユ写真の作成が、本件写真の偽作であつて、被控訴人の著作者人格権を侵害したことを否認するほかは、すべて認める。但し、控訴人が利用した本件写真は「SKI’67第四集」掲載のものではなく、A・I・U社のカレンダー掲載のものである。三の事実は、控訴人の本件モンタージユ写真作成が本件写真そのもののみならず、被控訴人の著作意図を完全に破壊し、かつ、茶化し侮辱したとの点を否認するほかは、すべて知らない。
(抗弁として)二 控訴人が作成した本件モンタージユ写真は、被控訴人の著作物たる本件写真を「自己ノ著作物中ニ正当ノ範囲内ニ於テ節録引用」(旧著作権法第30条第1項第二)したものであつて、いわゆるモンタージユ写真(合成写真、フオト・モンタージユPhoto montage)の範疇に属し、その作成によつて、本件写真の表現する思想、感情とは別個の思想、感情を創作的に表現した美術上の新たな著作物が生じたというべきであるから、本件写真の偽作とならない。というのは、旧著作権法第30条第1項第二が著作物の複製が偽作とみなされない場合として規定する「正当ノ範囲内ニ於テ節録引用スルコト」とは、現著作権法(昭和四六年一月一日施行)第32条第1項が公表された著作物の引用を許す要件として規定する「公正な慣行に合致するものであり、かつ、報道、批評、研究その他の引用の目的上正当な範囲内で行なわれるもの」と同様に解すべきところ、控訴人が本件モンタージユ写真作成のため本件写真を引用したのは、後記のように、モンタージユ写真の社会的意義に照らして公正な慣行に合致するものであり、また、美術的批評と社会風刺とをあわせた、価値ある美術上の新たな創作を行なう意図に出たものであることに徴して、目的上正当の範囲内で行なわれたものであるからである。なお、本件モンタージユ写真は、本件写真を適当にはぶいて引用した点において、節録引用である。
以下、若干、敷衍すると、
(一) モンタージユ写真一般について1 モンタージユ写真とは、全く異質の空間なり、物質なりの写真を組合わせて(モンタージユというフランス語には「組合わせ」の意味がある。)作成された、
視覚的にも思想的にも元の写真に託された意図と異なる映像の創作物をいう。元来、写真は対象のもつ意味をイメージとして表現し伝達するものであるから、これをいくつか組合わせると、イメージの衝突と意味の複合とが生じ、それらの写真を別の表現的次元に飛躍させる効果があるのである。
そして、芸術作品としてのモンタージユ写真の作成においては、自分の作成した既存の写真を素材とすると、自己満足に終る遊びしかないから、勢い、他人の作成した既存の写真を素材とし、その複合によつて生じる思想、感情の葛藤を表現内容として新たに造り出すのが目的となる。なお、他人の作成した写真を批評するため、その写真を素材としてモンタージユ写真が作成されることもある。
ところが、いずれの場合にも、原作者との間に思想、感情の葛藤が生じるわけであるから、その作成した写真を利用するについては、もともと原作者の諒解を取付けることができるものではない。
2 モンタージユ写真は西欧絵画におけるコラージユ(フランス語の collc に由来し、何かを「糊」で貼り付けた作品を意味する。)の手法を写真の技法として取入れたものであるが、コラージユ自体は印象派以後に新しい表現手法として出現し、【E】、【F】らが初期の作品の多くにこれを用いてから、社会的に定着し、モンタージユ写真は一九三〇年代に出現して、前衛的あるいは風刺的な表現に対する社会的要求に応じ、マスメデイアの発達した情報化時代の今日では、ポツプアーチイストたちにより、マスメデイアの虚像の中の人間像を表現するのに、好んで用いられ、既に原写真とは別個の創作として社会的にも認められるに至つている。
(二) 本件モンタージユ写真の作意について 控訴人は、スキーヤーが雪山を滑降する美しい景観を表現した本件写真(ただし、A・I・U社発行の広告カレンダーに掲載された複製)に自動車タイヤの写真を組合わせ、これによつて、スキーのシユプールの映像を自動車タイヤのわだちに、スキーヤーの映像を自動車から逃げようとする人間にそれぞれ擬して、本件写真も見方では自動車公害に追われる人間の悲しさを示すように受取られるとして、
その美術的意図を批評するとともに、自動車公害の現状を風刺しようとした。すなわち、自動車事故による災害保険を取扱う保険会社たるA・I・U社のカレンダーに載つている写真を素材とし、自動車関連企業の姿勢に対する割切れない感情をモンタージユの手法により端的に表現したものであつて、著作権法の目的とする「文化の発展」に寄与するところもあると信じる。現に、多くの写真家、写真評論家は本件モンタージユ写真について、その作意を認めて、十分に評価している。
(三) 旧著作権法第30条の適用について1 まず、本件モンタージユ写真の作成が旧著作権法第30条第1項第二の「正当ノ範囲内ニ於テ節録引用スルコト」に該当し、本件写真の偽作とみなされないためには、その出所の明示を要しないと解する。なるほど、同条第二項には「本條ノ場合ニ於テハ其ノ出所ヲ明示スルコトヲ要ス」と規定されているが、同法第37条は偽作をなした者に対する罰則を、同法第39条第30条第2項の規定に違反し出所を明示せずに複製した者に対する罰則を各規定しているから、もし正当の範囲内における節録引用出所の明示を欠くときは偽作となるものとすれば、同法第39条の罰則は同法第37条の罰則がある以上、全く必要のない規定となるのみならず、右両罰則には刑の軽重があること並びに出所の明示をなすべき旨の規定は同法第20条の規定する新聞紙又は雑誌に掲載した政治上の時事問題を論議した記事の転載及び同法第20条ノ二の規定する時事問題についての公開演述の新聞紙又は雑誌上の掲載についても存することに徴して、著作物の出所の明示は、その複製が偽作とみなされないための要件ではなく、著作物の自由利用が許される場合についてこれを要求し、罰則の対象としているに過ぎないと考えるほかはないのである。
したがつて、本件モンタージユ写真の作成は、引用にかかる本件写真の出所を明示していないが、偽作とされるいわれがない。
また、同法第30条第2項が著作物の複製につき出所の明示を要求する所以は原著作者の人格の保護にあるが、その保護の態様については現著作権法第19条(氏名表示権)の規定するところと同様に解するのが相当である。
そして、本件モンタージユ写真の素材に利用された本件写真は、前記のようにA・I・U社発行の広告カレンダーに原著作者たる被控訴人の氏名の表示がなく使用されていたものであるが、被控訴人が本件写真のそのような使用を許諾したことは、本件写真について「著作者名を表示しないこととする権利」(同条第一項)を行使したにほかならず、また、本件モンタージユ写真の素材として右カレンダー掲載の本件写真を利用したのは「著作物の利用の目的及び態様に照らし著作者が創作者であることを主張する利益を害するおそれがないと認められるとき」に該当するとともに、その著作権者の表示を省略しても「公正な慣行に反しない」といえるから、本件モンタージユ写真においては本件写真の著作権者たる被控訴人の表示を「省略することができる」(以上について、同条第三項参照)ものである。
したがつて、仮に旧著作権法第30条の解釈上、正当の範囲内における節録引用が偽作とみなされないためには出所の明示を要するとしても、本件モンタージユ写真の作成は、被控訴人の氏名表示がないというだけで、偽作とさるべきものではない。
2 次に、本件モンタージユ写真は、その素材たる本件写真を同法第30条第1項第二にいう「節録引用」したものに該当する。けだし、「節録引用」とは、原判決理由中の説示と異なり、他人の文章、事例を、適度に省いて、自己の著作目的に適合するように利用するという意味に解すべきところ、本件モンタージユ写真は、本件写真の左側約五分の一をカツトされてA・I・U社の広告用カレンダーに掲載された写真の左側三分の一を更にカツトして、スキーヤーとそのシユプールの映像を中央に置いたものを素材に利用したものであるからである。
そして、右規定によれば、これが偽作とみなされないためには「正当ノ範囲内ニ於て」なされたものでなければならいが、ここに「正当ノ範囲内」とは、原著作物との対比における引用の程度についていうのではなく、現著作権法第32条第1項の規定するところと同様、引用の目的についていうものと解するのが相当であるところ、本件モンタージユ写真は、前記のような作成意図のもとに、社会的に認められた芸術上の表現手法たるフオト・モンタージユを用いるため本件写真を素材として引用しているのであるから、その引用は目的上正当の範囲内でなされたものというべきである。原判決がその理由中で、本件モンタージユ写真をもって正当の範囲内の引用ではないと判断したのは著作権法の規定の解釈を誤つたことによるものであつて、不当である。
証拠関係(省略)
理 由一 被控訴人が、昭和四一年四月二七日オーストリア国チロル州サン・クリストフにおいて、スキーヤーが雪山の斜面を波状のシュプールを描きつつ滑降している写真を撮影し、別添写真(1)のような色付の本件写真を創作し、その著作権を取得したうえ、昭和四二年一月一日附実業之日本社発行の写真集「SKI’67第四集」に複製、掲載して発表したこと、その後、本件写真が被控訴人許諾のもとにアメリカン・インターナショナル・アンダーライターズ社(A・I・U社)発行の昭和四三年用広告カレンダーに複製、掲載されたことは当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第一号証の二及び乙第一号証によると、右写真集掲載の本件写真は縦約三〇センチ、横約三七センチの大きさで、その右側には、六行にわたる解説があり、未尾に「写真/【D】」と記載されていること、また、A・I・U社のカレンダー掲載の本件写真は縦横とも約三七センチの大きさで(「SKI’67第四集」のものと比べると、左側部分が約五分の一カットされ、残部がやや拡大されている。)、その右下側に「Sankt Christob AUSTRIA」という地名が記載されているだけで、著作者名の表示はどこにもないことが認められる。
そして、控訴人が「SKI’67第四集」に掲載された本件写真を利用して本件モンタージユ写真を作成したという被控訴人の主張を認むべき証拠はないが、被控訴人がこれとの選択において主張するように、控訴人がA・I・U社のカレンダー掲載の本件写真を利用して別添写真(2)のような本件モンタージユ写真を作成したことは控訴人の認めて争わないところであり、控訴人がこれを昭和四五年一月ころ発行した自作写真集「SOS」に掲載して発表し、また、講談社発行「週刊現代」同年六月四日号のグラフ特集「【A】の奇妙な世界」(【A】は控訴人のペンネーム)に「軌跡」と題して掲載したことは当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第二号証の二、第三号証の三及び原審における控訴人本人の供述によると、
控訴人は、A・I・U社のカレンダーに掲載された本件写真からその左側の一部(「SOS」の場合は約三分の一、「週刊現代」の場合は約六分の一)をトリミング(カツト)し、白黒の写真として複製したうえ、その右上部にブリジストンタイヤ株式会社の広告写真から複製した自動車スノータイヤの写真を配して映像を合成し、本件モンタージユ写真を作成したものであること、それは、六人のスキーヤーが波状のシユプールを描きつつ滑降する雪山の斜面の頂上附近に巨大なスノータイヤ(その上部は画面からはみだしている。)が屹立し、丁度、その真下からシユプールが下降しているため、全体として現実にはありえない虚構の世界を表わしているが、本件写真を素材としていることは一見明白であることが認められる。
二 そこで、控訴人主張の抗弁について審究するのに、本件モンタージユ写真が出版物に掲載されたのはいずれも昭和四六年一月一日前であるから、その作成が偽作に該当するか否かについては、著作権法附則第17条により、なお旧著作権法(明治三二年法律第39条)第29条第36条及び第36条ノ二の規定の例によるべく、したがつて、同法第30条の規定が適用される。そして、同条は、著作物の社会性に鑑み、何人にも広く利用し得るものとすることが公共のためであるという考え方から、第一項各号に規定する方法によることを要件として著作物を複製することを偽作とみなさないものとする反面、第二項の規定により、利用者にその著作物の出所明示の義務を負わせて著作権者の保護をはかつていると解されるが、控訴人が本件モンタージユ写真の作成を偽作とみなされないとする主張の根拠はその第一項第二の「自己ノ著作物中ニ正当ノ範囲内ニ於テ節録引用スルコト」に該当するというにあるので、その当否について考察する。
(一) まず、本件モンタージユ写真が控訴人からみて右規定にいう「自己ノ著作物」に該るかについてみると、その表現形式は本件写真の主要部分たる雪山の景観がそのまま利用されているけれども、作品上、これに巨大なタイヤの映像を組合わせることによつて、一挙に虚構の世界が出現し、そのため、本件写真に表現された思想、感情自体が風刺、揶揄の対象に転換されてしまつていることが看取される(本件モンタージユ写真が本件写真の思想、感情を全く改変してしまつていることは被控訴人自身の認めるところである。)が、それは、本件モンタージユ写真に組入れた自動車タイヤの映像の選択と配置(大きさ、位置関係等)によるものと認められ、この点にフオト・モンタージュとしての創作力を見出すことができるから、
本件モンタージユ写真は本件写真のパロデイというべきものであつて、その素材に引用された本件写真から独立した控訴人自身の著作物であると認められるのが相当である。被控訴人は、本件モンタージユ写真には控訴人自身の著作物が存在せず、
本件写真の剽窃が存在するだけであると主張するが、剽窃とは、一般に、他人の詩歌、文章その他の著作物に表現された思想感情をそのまま自己の作品に移行させる意図のもとに、その表現形式を自己の著作物に取りこむ場合に起る問題であつて、
たとえ原著作物の表現形式を取りこんでいても、それが原著作物の思想、感情を批判、風刺、揶揄する等まつたく異なる意図のもとに行なわれ、しかも、作品上客観的にその意図が認められる場合には、原著作物の剽窃ではなく、原著作物の存在を前提とするものの、それとは独立したいわゆるパロデイの領域に属するのである。
(例えば、小倉百人一首の「ほととぎすなきつる方をながむればただ有明の月ぞ残れる」に対して、江戸時代の狂歌に「ほととぎすなきつる方をながむればただあきれたるつらぞ残れる」があるが、後者は、前者を本歌とするパロデイであつて、前者の剽窃と目すべきものではない。)から、被控訴人の主張は当らない。
(二) 次に、本件モンタージユ写真が本件写真を素材に利用したことが右規定にいう「節録引用」に当るか否かについてみると、「節録」の語は、本来、文書の著作物について「節略シテ記録スルコト」(「大言海)」、「適度にはぶいて書きしるすこと」(「広辞苑」)という意味であるが、右規定における「節録引用」も、
他人の著作物の一部を省いて残部を原作のまま自己の著作目的に適合する形式において引用することを広く指称するものと解するのが相当であつて、その引用の結果、原著作物の思想、感情が改変されるような場合を排除する趣旨まで含むものと解することはできない。さような場合、原著作物の引用が偽作とみなされないか否かは、ひとえに、その引用がなおかつ右規定のいう「正当ノ範囲内ニ於テ」なされたということができるか否かによつて決せられる問題たるにすぎない。しかるところ、本件モンタージユ写真の作成は、前記認定のように、独自の著作目的に適合する形式態様をもつて本件写真を素材として利用したものであるから、本件写真の「節録引用」に該当するということができる。
(三) したがつて、次には本件写真の引用が右規定のいう「正当ノ範囲内ニ於テ」なされたといえるか否かについて考えなければならないが、ここにいう「正当ノ範囲」とは、右規定が著作権の社会性に基づき、これに公共的限界を設け、他人による自由利用(フエア・ユース)を許諾する法意であることに鑑み、自己の著作物に著作の目的上引用を必要とし、かつ、それが客観的にも正当視される程度の意味と解するのが相当である。
ところで、成立に争いのない乙第三号証、第二三号証の六、第二四号証の二、第四一号証、第五〇ないし第五二号証、第五八号証及び原審証人【G】の証言を総合すると、次の事実が認められる。すなわち、一九一〇年代の初期に西欧の画家【F】、【E】らは画面に絵具を塗る代りに模様紙、新聞紙、切手、レツテル等を貼りつけるパピエ・コレという絵画の前衛的表現手法を始めたが、ダダイズム並びにシユールレアリスムの作家たちは、これを引継いでコラージユ(フランス語の「糊」colleに由来する。)の技法に発展させた。これに影響されて、ドイツの写真家【H】及び風刺画家【I】は一九一九年フオト・モンタージユの技法を創り出した。もともと二枚以上の写真の貼りつけ、多重露出、二重焼付け等による合成写真術は写真史の初期から行なわれていたが、フオト・モンタージユ(モンタージユはフランス語の「組合わせ」montageに由来する。)は、他人の手になつた既成写真を素材とし、これにトリミング(カツト)のほか、右のような合成写真術を施したものをいくつか組合わせて一つの写真を構成し、コラージユ等が画面の絵画的統一を狙つたのとは逆に、相互には無関係な原写真による意識的な違和効果を狙い、これによつて、看者に対し、原写真の本来のイメエジとはまつたく異質の風刺的、比喩的あるいは象徴的な印象を与えようとするものである。(なお、
【H】は後にフオト・モンタージユの手法を用いてナチズムを痛烈に風刺したことで知られている。)以来、フオト・モンタージユは、世界的にひろまり、現在では、宣伝広告用にも多く使用されているが、
特に、産業経済の急激な発達に伴う情報化時代を迎えて、過剰情報に対処すべき今日的な表現形式として、ポツプアート、イラストレーシヨン、前衛漫画等の分野とも交錯しながら美術写真家の一派によつて用いられ、社会的にも美術上の表現形式として、それなりに受け容れられ、評価されるに至つている。なお、フオト・モンタージユが風刺の目的をもつて作成されるとき、それは「言語によらないパロデイ」ともいわれ、視覚映像による批評形式にあたるものである。そして、右認定を左右するに足りる証拠はない。
また、本件写真を、さきに認定したように、その発行の広告カレンダーに無記名で掲載したA・I・U社がアメリカ系資本による世界有数の損害保険会社であるという公知の事実に前出乙第一号証を照らしあわせると、A・I・U社のカレンダーは企業の宣伝広告用として昭和四二年当時国内の顧客らに広く配布されたものと推認されるが、成立に争いのない乙第五三号証及び原審における控訴人本人の供述によると、控訴人はグラフイツク・デザイナーとして昭和四二年ころからフオト・モンタージユの創作活動を続け、たまたまA・I・U社のカレンダーを入手して、美しい雪山の景観を対象とした本件写真に接し、かえつて、これに演出された疑似ユートピア思想を感じたため、フオト・モンタージユの形式で本件写真を批判し、併せて自動車公害におびえる世相を風刺することを意図し、本件写真の一部を素材に利用するとともに、これに自動車公害を象徴する巨大なスノータイヤの写真を合成して、本件モンタージユ写真を作成したうえ、風刺を基調とする作品集「SOS」に掲載して発表したものであること、なお、控訴人は当時本件写真が誰の著作物であるか知らなかつたことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
以上の事実によると、控訴人は、本件写真を批判し、かつ、世相を風刺することを意図する本件モンタージユ写真を自己の著作物として作成する目的上、本件写真の一部の引用を必要としたものであることが明らかであると同時に、その引用の方法も、今日では美術上の表現形式として社会的にも受け容れられているフオト・モンタージユの技法に従い、客観的にも正当視される程度においてなされているということができるから、本件モンタージユ写真の作成は、他人の著作物のいわゆる「自由利用」(フエア・ユース)として、許諾さるべきものと考えられる。
ただ、問題は、本件モンタージユ写真の作成が本件写真のさきに認定のような改変を伴うので、その利用が著作者の有する同一性保持権(現著作権法第20条第1項参照)を侵害するとして、正当の範囲を逸脱するという議論の成否である。なるほど、その問題を原著作物とこれに依存する二次的著作物との対立として考えるならば、後者が前者の枠内に止まるべきことは著作物の同一性保持権の当然の要請であつて、原著作者の意に反する改変は許されないことになるであろうが、これと異なり、他人が自己の著作物において自己の思想、感情を自由に表現せんとして原著作物を利用する場合について考えるならば、その表現の自由が尊重されるべきことは憲法第21条第1項の規定の要請するところであるから、原著作物の他人による自由利用を許諾するため著作権の公共的限界を設けるについては、他人が自己の著作物中において原著作物を引用して、これに対して抱く思想、感情を自由な形式で表現することの犠牲において、原著作物の同一性保持権を保障すべき合理的根拠を見出すことはできない。したがつて、他人が自己の著作物に原著作物を引用する程度、態様は、自己の著作の目的からみて必要かつ妥当であれば足り、その結果、原著作物の一部が改変されるに至つても、原著作者において受認すべきものと考えるのが相当であるから、本件モンタージユ写真における本件写真の引用がその同一性保持権を侵害するとして正当の範囲を逸脱するという考え方は成立しない。
なお、一般にパロデイは、既存の著名作品に依存しがちであるため芸術相価値が相対的に低いといわれ、また、本格に対する破格という意味合で、多くの場合相当に不行儀でも、皮肉的でもあるが、批評の一形式として社会的には正当な表現方法というべきであるから、本件モンタージユ写真が本件写真のパロデイであるからといつて、その引用の目的における正当性を否定すべきいわれはない。
(四) 最後に、本件モンタージユ写真の作成に利用されたA・I・U社のカレンダー掲載の本件写真に著作者たる被控訴人の氏名が表示されていないことはさきに認定したとおりであるが、この場合にも本件写真の自由利用については、旧著作権法第30条第2項に「其ノ出所ヲ明示スルコト」という要件を充さなければならないか。
思うに、右規定が出所の明示を他人の著作物の自由利用の要件としたのは前示のように著作権者の保護を旨としたものと解されるが、その出所の明示については、
利用される原著作物に表示されている著作者名を表示すれば足り、もしその著作物が無名のものである場合には著作者名を調査してまで表示する必要はないと解するのが相当である(現著作権法第48条第2項参照)。けだし、著作者は、その著作物の原作品又は複製品に著作者名を表示する権利のほか、表示しないこととする権利(無名で発行する権利)を有すること(旧著作権法第5条、現著作権法第19条第1項参照)に鑑みると、無名の著作物はその著作者において氏名を表示してないこととする権利を行使したものと考えられるところ、さような場合に、その著作物の利用上著作者名を表示することは、著作者の保護につながらず、また、その必要もないからである。したがつて、控訴人としては、本件モンタージユ写真作成のため、本件写真を出所の明示なく利用することを許諾されているものというべきである。
(五) してみると、本件モンタージユ写真の作成は本件写真の偽作とはみなされないものといわねばならない。
三 以上の次第であるから、著作権侵害に基づく損害の賠償及び名誉の回復を求める被控訴人の本訴請求はその余の判断をするまでもなく理由がないものというべきであつて、これを認容した原判決は失当である。よつて、民事訴訟法第386条に則りこれを取消し、本訴請求を棄却することとし、訴訟費用の負担について、同法第96条第89条を適用して、主文のとおり判決する。
裁判官 駒田駿太郎
裁判官 中川哲男
裁判官 橋本攻
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