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事件 昭和 44年 (ワ) 1528号
裁判所のデータが存在しません。
裁判所 東京地方裁判所
判決言渡日 1977/02/28
権利種別 著作権
訴訟類型 民事訴訟
主文 被告は、原告に対し、金五三万五、〇五八円及びこれに対する昭和四八年六月一二日以降支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
被告は、原告に対し、別紙目録記載の映画フイルムの完成プリント一三本を引渡せ。
原告のその余の請求を棄却する。
訴訟費用は、これを一〇分し、その九を原告の、その余を被告の各負担とする。
この判決は、第一項に限り執行することができる。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
一 原告(一) 被告は、原告に対し、金一、三〇八万六、五二五円及びこれに対する昭和四八年六月一二日以降支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
(二) 被告は、別紙目録記載映画フイルムの各篇冒頭部分の「東京福原フイルムズ作品」と表示したタイトル、映写時間八秒、長さ五呎の部分を切除せよ。
(三) 被告は、原告に対し、別紙目録記載の映画フイルムの完成プリント一三本を引渡せ。
(四) 訴訟費用は、被告の負担とする。
との判決並びに右(一)につき仮執行の宣言を求める。
二 被告(一) 原告の請求を棄却する。
(二) 訴訟費用は、原告の負担とする。
との判決を求める。
当事者の主張
一 請求原因(一) 原告の著作権及び原、被告間の契約1 原告は、被告から、昭和四〇年一〇月ころ、九州地方の文化映画の製作を依頼されてこれを受諾し、同月二〇日九州へ赴きその映画製作に着手し、別紙目録記載の一三篇からなる映画フイルム(以下「本件映画」といい、各篇を示すときはその題名で表示するものとする。)の企画、演出、編集、シナリオ作成及び録音などを行い、「遠賀川」を除く一二篇を昭和四一年一月二六日から同年三月二三日までの間に、「遠賀川」を同年六月七日にそれぞれ製作完成し、本件映画一三篇を被告に引渡した。
右のとおり、本件映画は、原告が単独で著作し、その著作権を有するものである。
2 原、被告は、当初、本件映画の製作につき、原告の企画に基づいて九州地方の風景に絡ませた歴史、文学等を主題とした映画を一三篇作成するとその簡単な口頭契約を締結していたものであるが、昭和四一年五月二五日、本件映画の製作その他について、書面をもつて次のとおりの契約を締結した(甲第一号証。以下(本件契約」という。)。
第1条 本映画は、一本映写時間正味一二分三〇秒(四五〇呎)総計一三本を、カラー一六ミリトーキーフイルムにより製作する。
第2条 本映画の製作に際し、甲(原告を指す。以下同じ。)は、構成、脚本、演出、編集、録音を担当し、乙(被告を指す。以下同じ。)は、撮影その他必要物(製作費を含む。)を負担する。
第3条 本映画の所有権(ネガ、ポジフイルム)及び著作権(上映権放送権、有形無形複製権その他興業権、人格権等)は、甲、乙共有とする。従つて、甲乙共に相手当方の同意なく本映画の一部たると全部たるとを問わず、第三者に譲渡し若しくは賃貸し、且つまた自己又は第三者のための担保の用に供してはならない。
第4条 前条の規定に従い、乙は本映画の取扱いに関し、左の事項を履行しなければならない。
1 乙は、本映画を甲の同意なく、カツト、再編集、タイトル、サブタイトルの変更その他甲の人格を毀損するような行為又は改変を行わないこと。従つて、乙は甲に一三本の完成プリントを提供すること。
2a プリント販売、上映、放送、興業等を行うときは、契約書その他必要書類を甲に提示すること。
b 乙は、本映画のNGフイルム及びキープフイルムを他の目的に使用することを得。
3 内外コンクールに本映画を出品する際は、必ず事前に甲に提示し、通知し、承諾を受けること。
4 本映画の宣伝、広告、PRに際しては、必ず事前にその原稿を甲に提示し承認を受けること。
第5条 乙は、甲に対して製作費(著作権料を除く。)として金五〇万円を昭和四一年五月二六日支払う。
第6条 前項に規定する製作費以外に日本国内においてプリント販売、上映、放送その他本映画の営業活動に伴う収入は、左のとおり配分するものとする。
1 甲の活動による場合甲は七〇パーセントとし、乙は三〇パーセントとする。
2 乙の活動による場合乙は七〇パーセントとし、甲は三〇パーセントとする。
分配は、その都度日時を定め履行する。
(第7条第8条略)第9条 甲、乙いずれかが、本契約に違反した場合は、それぞれの相手方に対し、
契約解除の効力発行日及び解除の理由とを記した文書による通知を送り、本契約を解除することができ、また受けた損害の賠償を請求することができる。
第10条 乙の都合により本映画の製作を中止した場合は、乙は甲に対し、キヤンセル料を支払うものとする。
(以下略)(二) 著作者人格権及び著作権侵害に基づく損害賠償請求1 被告は、本件映画の著作者が原告であることを知りながら、原告に無断で、本件映画各篇の冒頭に、「東京福原フイルムズ作品」という虚偽の著作者名義を示すタイトル・フイルムを加え、著作者の氏名を変更隠匿し、原告の本件映画について有する氏名表示権を侵害した(旧著作権法第18条第1項)。すなわち、本件映画一三本シリーズには、その末尾に「東京福原フイルム製作」との表示並びに原告、
被告会社代表者及び助手等の氏名が表示され、本件映画のいわゆる製作者が被告であることが表示されているほかに、本件映画各篇の冒頭に「東京福原フイルムズ作品」と表示されているのであるが、(1)右表示は、その表示中の「作品」という言葉が著作者がだれであるかを示すものであるから、東京福原フイルムズが著作者であることを示しているのであり、(2)仮に右表示が著作権の帰属を示すトレードマークであるとすれば、原告が著作者であることを示すクレジットマークは何ら表示されていないことになるし、(3)仮に右表示が著作権の帰属を示すものであるとしても、この表示は、第三者に本件映画の著作者が東京福原フイルムズであると誤認させる類のものであり、現に朝日放送株式会社をそのように誤認させたものである。なお、本件映画の末尾に、製作スタツフと同列に、「脚本、構成、【P1】」と表示されているが、この表示は、脚本及び構成の著作者名を示すクレジツトマークであつて、本件映画の著作者名を示すクレジツトマークとはいえず、若しも著作者であることを示すとすれば、「演出、【P1】」又は「【P1】作品」というようなものでなければならない。右のとおりであるから、本件映画各篇冒頭に「東京福原フイルムズ作品」と表示した被告の行為は、著作者である原告の氏名を変更隠匿するものであり、原告が本件映画について有する氏名表示権を侵害するものである。更に、被告は、本件映画に「東京福原フイルムズ作品」という表示のあるタイトル・フイルムを加えることにより本件映画の呎数四五〇を四五五とし、原告が、本件映画について有する同一性保持権を侵害した。
原告は、被告の右侵害行為により重大なる精神的損害を被つた。原告の被つた右精神的損害に対する慰藉料額は、本件映画各篇当り金三〇万円、合計三九〇万円が相当である。
右金額が相当である理由は、次のとおりである。
原告は、昭和元年、東京府立第一高等女学校卒業後、共立女子大学から文化学院大学部美術学部に進み、昭和四年同大学を卒業したものであるが、在学中から二科会、独立美術協会、一九三〇年協会、アンデパンダン等に作品を発表し、他方催青会、くろも会の同人として画道に専念した。原告は、昭和九年、読売新聞社に入社し、以来記者として文化権、婦人権の記事を担当し、戦後は、民放ラジオのライターとして、ラジオ東京、大阪朝日放送の東西のキー局から全国各ネツト局に送るドラマ、デイスクジヨツキーのシリーズ、CMを執筆し、トクホン、アネホルモンエーのCM等を対象とするラジオ民放賞を受けた。次いで、原告は、昭和二八年日本テレビの発足とともに読売新聞社から日本テレビに移籍し、教養部責任者として教養プロの企画に従事し、また主任プロデユーサーとして各デイレクターの養成に当る一方、作家として文学、美術、科学及び山岳等のジヤンルにおいてテレビ番組や映画の脚本の製作、演出を続け、この間皇族が始めてテレビにタレントとしてレギユラー出演する企画をした【P2】のシリーズ「オリエントの旅」については民放企画賞、日仏文化交流の「廿世紀フランス美術展」の二元放送について新しい美術放送の演出と技術の成功により正力松太郎賞を受け、国宝を一堂に集めた映画「日本の国宝」は文部省に買上げられ、その他フランス及び日本各外務省主催の記録映画「フランス美術展」で民放カラー技術賞を受け、山岳に関しては国内南北アルプスをはじめ全国の山々を描き続け、エキスペジシヨンの海外部門ではヒマラヤのビツグホワイトピーフによる「氷の祭壇」、ムクトヒマールによる「ミユールの鈴」、アラスカの山岳映画「マツキンレー」、同地方のドキユメンタリー映画「アラスカの顔」について民放映画賞、「加賀、能登」、「長崎遊歩」、「佐賀から柳川へ」等について全日本観光映画コンクール賞、八ミリ映画作品「金砂田楽」について全国八ミリコンクール優秀賞などを受賞し、テレビプロ製作本数は二、〇〇〇本を超え、且つ映画製作本数三五〇本以上を著作した。このように、原告は、絵画、新聞、ラジオ、テレビ及び映画の道三〇数年を経、昭和四一年末に、学士会々員故【P3】博士、芸術院会員【P4】、評論家【P5】、早稲田大学教授【P6】博士、作家【P7】、日展理事金彫作家【P8】等ブレーンの支持により、テレビ、映画の企画、脚本製作を業とする株式会社マチプロダクシヨンを設立し、現在に至つているものである。かくて、原告は斯界においては、特に文化教養物の分野できわめて高い評価を受けてきたのである。
ところで被告の前述の侵害行為のために、後述三、1、(2)のとおり、被告が各放送局に本件映画一三本を提供した際、各放映放送局は、「東京福原フイルムズ作品」の表示に幻惑されてこれを放映したものであるといえるし、この表示さえなければ、各放映放送局が本件映画の著作者を誤り紛争が生じるという可能性も減退したであろう。
また、原告は、テレビ界に広く且つ深い関係を持つていたから、それだけ右表示によりテレビ界における原告の信用が著しく失遂するという影響を受け、この信用の回復に多大の努力を要したのである。
2 原告は、当初本件映画の一篇として「博多周辺」と題する映画(以下「博多周辺」という。)の製作をしていたところ、被告からこの製作を止めるよう求められたので、その代りに原告の発案によつて被告の承諾の下に「遠賀川」を製作することとなつた。そこで、原告は、シナリオ作成、演出、編集等の大半を完了し、昭和四〇年一〇月二〇日から同年一二月二五日にかけて北九州ロケも行い、一部編集済みであつた映写時間九分五八秒六、長さ三五九呎の未完成品「博多周辺」の製作を中止し、「遠賀川」を製作して本件映画の一篇にこれを加えた。
ところが、被告は、昭和四一年七月ないし八月ころ、「遠賀川」を除き、原告の関知しない映画作品「北九州と博多」と題する映画(以下「北九州と博多」という。)を本件映画の一篇に加え、「九州雑記」一三篇として、その企画台本を一般に頻布し、かつ日本国有鉄道「以下「国鉄」という。)西部支社に納入した。被告の右行為は、原告の著作物である本件映画に改ざんその他の変更を加え、原告が本件映画について有する同一性保持権を侵害したものである(旧著作権法第18条第1項)。原告は、本件映画一三篇を「九州雑記」と名付け、一つのシリーズとして製作したものであつて、一方において九州の各ブロツクのイメージをそれぞれ独立して特色付けながら、同時に九州という地域社会全体に着目して、その社会的歴史的観察を通して創出した映画を意図したものであつて、このように一連の作品を一シリーズとして著作した場合、これをシリーズものとして全体を一つの著作物としてとらえることができ、そのうち一部作品を入れ換えて全く別個の作品を加えた場合、それが本来のシリーズ物の同一性を侵害するものであることは明らかである。
被告は、「遠賀川」を除き、「北九州と博多」を加えた「九州雑記」について、
構成脚本の担当者として原告の氏名を表示しているのであるが、前述のとおり、
「北九州と博多」は原告の全く関知しない作品であり、しかも除かれた「遠賀川」は、九州の歴史の要としてシリーズの締めくくりに作成された重要な一巻であつて、被告の右行為は、著作者の権利を一顧だにしない映画製作者にあるまじきものであつて、原告の信用等を傷つけるものであり、被告の右行為による原告の精神的苦痛は著しい。
被告の右行為により被つた原告の精神的損害に対する慰藉料額は、前述の原告の経歴等をも勘案し金一〇〇万円が相当である。
3 被告は、前述の未完成品「博多周辺」の編集済フイルム、未使用フイルム(キープフイルム)に、著作者である原告に無断で、若干部分の切除を施したり、歌手【P9】のカツトを加えたりして改ざん編集し、つぎはぎの長さ三五八呎の「九州の旅博多」と題する映画(以下「九州の旅博多」という。)を製作し、「九州雑記」とは別個にこれを国鉄に納付し、発表した。被告の右行為は、原告が「博多周辺」について有する同一性保持権を侵害するものである。
被告の右行為は、原告の未完成作品「博多周辺」を冒涜し、原告の芸術に対する精神を著しく汚すものである。しかも、被告は、「博多周辺」の製作中止が被告の要請に基づくものであること、「遠賀川」製作が原、被告の合意に基づくものであることを一切隠蔽し、原告がこれらを一方的に強要した旨主張し、「遠賀川」製作の出費につき原告に対する損害賠償請求権を取得した旨主張する。原告の受けた精神的損害は、回復することができない程のものである。被告の右行為により被つた原告の精神的損害に対する慰藉料額は、前述の原告の経歴等をも勘案すると、金一〇〇万円が相当である。
4 被告は、昭和四一年三月七日から昭和四二年八月一日七日までの間に、本件映画の一篇である「牧水のふるさと」について、一六ミリカラーフイルムから八ミリカラーフイルムに縮小し、いわゆる海賊版フイルムを作成した。被告の右行為は、
原告が本件映画について有する複製権を侵害するものである。本件契約第4条2、
第6条には、プリント販売について規定されているが、右規定は、一六ミリフイルムによることを前提とするものであつて(本件契約第1条参照)、八ミリフイルムに縮小して販売することは許容されていないのである。
ところで、原告は、被告の右侵害行為により、次のとのり損害を被つた。すなわち、八ミリカラートーキー映画のプリント製造原価は、昭和三七年ころから昭和四七年ころまで、高いもので一五分もの一本当り金九、七五〇円であつた。そこで、
右金額にリール、ケース代金三〇〇円を加算した金一万五〇円が、合計実費である。
ところで、本件映画一三本シリーズの一巻の販売価格は、少なくとも金三万三、
〇〇〇円を下らない。従つて、一本当りの利益は、右金三万三、〇〇〇円から前述の実費金一万五〇円を控除した金二万二、九五〇円となる。
そして、この種八ミリカラーフイルムは、業界において一種類について通常二〇〇本プリント販売されるものであるから、「牧水のふるさと」について、被告が八ミリカラーフイルム海賊版を二〇〇本プリント販売したことは明らかである。従つて、被告が、右侵害行為により得た利益は、前述の一本当り利益額金二万二、九五〇円に右販売プリント数二〇〇を乗じた金四五九万円であり、原告は、同額の損害を被つた。
そこで、原告は、被告に対し、右損害金の内金一〇〇万円の支払いを請求する。
仮に右主張が認められないとしても、被告の右行為は、原告の人格権を侵害するものである。すなわち、(1)一六ミリフイルムである「牧水のふるさと」を八ミリフイルムに縮小する行為は、著作物の表現方法を変更するものであつて、原告が「牧水のふるさと」について有する同一性保持権を侵害するものであり、(2)仮に被告の右行為が同一性保持権を侵害するものではないとしても、被告の右行為は、著作者である原告の名誉又は声望を害する方法により「牧水のふるさと」を利用するものであつて、著作者人格権を害するものとみなされるものであり、(3)更に、被告の右行為は、原告の一般的人格権を侵害するものである。しかして、被告の右行為により被つた原告の精神的損害に対する慰藉料額は、金一〇〇万円が相当である。
5 よつて、被告は、原告に対し、損害金合計金六九〇万円の支払義務がある。
(三) 本件契約に基づく金員支払義務の履行請求1(1) 被告は、昭和四一年二月ころ以降、本件映画一三本(一三篇)につきプリントを作成し、国鉄西部支社に合計一六九本、熊本県、大分県、長崎県及び長崎市に各一本あて計四本、鹿児島県に二本、総合計一七五本を販売した。そこで、原告は、被告に対し、本件契約第6条に基づき、右販売によつて被告が挙げた収入の三〇パーセントに当る金員の配分を求める権利を取得した。ところで、プリント製造原価は、一本当り金一万三、九五〇円であり、一本当りの販売価額は、金七万五、〇〇〇円であるから、被告は、原告に対し、右一本当りの販売価額金七万五、
〇〇〇円から右一本当りの製造原価金一万三、五〇〇円を控除した一本当りの収入金六万一、〇五〇円に前述の販売本数一七五を乗じた額の三〇パーセントに当る金三二〇万五、一二五円の支払義務がある。
(2) 被告は、教育テレビ、朝日放送、RKB毎日放送、熊本放送、琉球放送に、それぞれ本件映画一三本を提供し、一本当り放送料相当額金八万円の収入を挙げた。そこで、原告は、被告に対し、本件契約第6条に基づき、右収入の三〇パーセントに当る金員の配分を求める権利を取得した。従つて、被告は、原告に対し、
右一本当り収入金八万円に本件映画の本数一三及び提供放送局数五を乗じた額の三〇パーセントに当る金一五六万円から、原告が被告から右配分金の一部として受領した金七万八、六〇〇円を控除した金一四八万一、四〇〇円の支払義務がある。
2 前述(二)、2のとおり、原告は、被告から、シナリオ作成、演出、編集の大半を完了し、一部はその進行中であつた「博多周辺」の製作をキヤンセルされた。
そこで、原告は、被告に対し、本件契約第10条及び右キヤンセル時の被告の支払約束に基づきキヤンセル料の支払いを請求する権利を有する。右キヤンセル料は、
業界の慣行からみて金五〇万円が相当である。被告は、原告に対し、キヤンセル料金五〇万円の支払義務がある。
3 よつて、被告は、原告に対し、本件契約等による義務の履行として、合計金五一八万六、五二五円の支払義務がある。
(四) 本件契約に基づく本件映画の完成プリント一三本の引渡請求 被告は、原告に対し、本件契約第4条に基づき、本件映画の完成プリント一三本を引渡すべき義務がある。
(五) 著作者人格権侵害に対する原状回復請求 前述(二)、1のとおり、被告が、本件映画各篇の冒頭に「東京福原フイルムズ作品」というタイトル・フイルムを加えた行為は、原告の本件映画について有する氏名表示権を侵害するものである。そこで、原告は、被告に対し、旧著作権法第36条の2第1項に基づき、原告が本件映画の著作者であることを確保するための処分として、右タイトル・フイルム、映写時間八秒、長さ五呎の部分の切除を求める。
(六) 「加賀、能登」について有する原告の著作者人格権侵害に基づく損害賠償請求 原告は、昭和三七年秋ころ、被告会社の前身であるアマチユアグループ訴外福原フイルムからの依頼により「加賀、能登」と題する映画(以下「加賀、能登」という。)のシナリオを書き、且つ演出等を行い右映画を製作した。原告は、これを昭和三八年三月完成したが、その引渡先が昭和三七年一二月に設立された被告であることを知り、被告から右映画製作上の資料の収集のための実費として金五万円を受けて右映画を被告に引渡した。
ところで、原告は、被告に対し、「加賀、能登」を金沢鉄道局に貸与し又は引渡し、同局が内部的に映写することだけを許諾したに過ぎないのに、被告は、原告に無断で、「加賀、能登」をプリント製作し、「製作福原フイルム」と表示して放送局からこれを放映した。被告の右行為は、原告が右映画について有する氏名表示権及び公表権を侵害するものである。原告は、被告から、右テレビ局からの放映につき何らの連絡も受けず、被告の右行為を本件訴訟において始めて知つたのである。
これを知つた原告の精神的損害は著しい。右侵害行為により原告が被つた精神的損害に対する慰藉料は、金一〇〇万円が相当である。被告は、原告に対し、損害金一〇〇万円の支払義務がある。
(七) 結論 よつて、原告は、被告に対し、損害金及び本件契約に基づく支払請求金合計金一、三〇八万六、五二五円及びこれに対する請求拡張の申立書送達の日の翌日である昭和四八年六月一二日以降支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払い、本件映画各篇冒頭の「東京福原フイルムズ作品」と表示した部分の切除並びに本件映画の完成プリント一三本の引渡しを求める。
二 被告の答弁及び主張(一)1 請求原因(一)、1のうち、原告が本件映画製作に関しシナリオ作成を担当し、その著作者の一人であり、本件映画につき著作者人格権を有することは認めるが、その余の事実は否認する。被告は、原告に対し、本件映画製作につき映画の構成、脚本の作成を依頼したに過ぎない。
2 同(一)、2のうち、原、被告間に本件契約書が作成されたことは認めるが、
その余の事実は否認する。原告主張の製作費用金五〇万円は、原告の本件映画の構成、脚本の作成に対する報酬として支払う旨約したものである。
3 本件映画が作成されるに至つた経緯及び本件映画の権利関係は、次のとおりである。
被告は、昭和四〇年一〇月一六日、国鉄からテレビ巡回映画用観光映画「九州路を行く」の製作注文を受け、同月一五日付で次のとおりの右映画の製作請負請負契約(以下「本件請負奨約」という。)を国鉄との間に締結した。
(1) 契約年月日 昭和四〇年一〇月一九日(2) 請負物件名総天然色発声映画「九州路を行く」、一六ミリスタンダード・イーストマンカラー、一本一四三メートル、製作本数一三本(3) 期限撮影開始 契約締結の日、撮影完了 昭和四一年三月二〇日、納期 同日(4) 納入物件初号プリント、イストマンカラー一六ミリ、スタンダード、一本一四三メートル、
一三本(5) 請負代金六五〇万円(6) 物件受渡場所北九州市<以下略>日本国有鉄道西部支社 (7) 支払請求場所 右に同じ(8) 請負代金支払場所北九州市<以下略>門司鉄道管理局経理部出納係(9) 契約条項第1条 被告は、別冊の脚本によつて映画「九州路を行く」(一三本)を、国鉄又は国鉄の指定する職員の指示を受けて撮影し、頭書2号から5号までの条項に基づいて製作の上、指定の納期までに頭書6号の場所において国鉄に引渡すものとする。
2 被告は、この契約締結の日から一〇日以内にその物件の製作責任者及び製作日程その他必要な事項を国鉄に通知するものとする。
3 前項について変更の必要を生じたときは、あらかじめ国鉄の承諾を得た上で行うものとする。
第2条 (前払金)国鉄は、被告に対し、頭書の契約金額の三分の一に相当する金額を、撮影の前半を終了した際前払いするものとする。
前項の場合、国鉄は被告に対し、撮影経過報告を求め確認するものとする。第一項の前払金は国鉄が被告に頭書の代金を支払う際に、当該前払金及び利子日歩二銭の割合にて計算した額を差引き積算するものとする。
第3条 (仕様)ネガ及びプリントに使用するフイルムは、米国製イーストマンカラー一六ミリ・スタンダード版規格を使用するものとし、編集仕上りは一本の長さ一四三メートルとする。但し、編集上の都合により多少の増減は認める。
第4条 (履行の委任・債務の譲渡等)被告は、第三者にこの契約に基づく債務の全部又は一部の履行を委任し、若しくは請負わせ又はこの契約によつて生ずる債権を譲渡してはならない。
但し、国鉄の承諾を得た場合はこの限りではない。
第5条 (延期等の通知)被告は、頭書の期限までにこの映画製作を完成することができないと認めたときは、速やかに国鉄へその事由及び延期日数を通知するものとする。
前項の場合、その事由は被告の責に帰することができないと認めたときは、国鉄は適当と思われる日数を延期することができる。
第6条 (履行の延滞及び延滞金)国鉄は、前条による延期の事由が被告の責に帰すると認めたときは、延滞金を徴して延滞を承認する。この場合の延滞金は、遅延日数一日につき請負代金の五〇〇分の一に相当する金額とする。
第7条 (完成の通知)被告は、この映画製作を完成したときは、国鉄に通知するものとする。
第8条 (検査及び譲渡)国鉄は、前条の通知を受けた日から七日以内に検査日及び場所を指定して、被告と立会の上検査をし、作品の完成を確認の上受渡しの手続きをする。
この場合における労務及び資材は、被告の負担とする。被告は、検査完了の日から七日以内に国鉄の指定する場所に受渡さなければならない。
第9条 (対面の支払)被告は、現品の受渡しがあつた後、その代金の支払いを国鉄に請求することができる。
2 被告は、前項の定めにより代金の支払いを国鉄に請求しようとするときは、国鉄の定める支払請求書に関係書類を添付して頭書の個所にこれを提出するものとする。
3 国鉄は、前項の支払請求書を受理した日から三〇日以内に被告にその代金を支払うものとする。
第10条 (遅延利息)国鉄は、天災地変等止むをえない事由による場合を除き、
前条第三項に定める期間内に代金を支払わなかつたときは、その期間満了の日の翌日から支払いをした日までの日数に応じ、当該支払金額に対して日歩二銭七厘の割合で計算した金額を被告に支払うものとする。
第11条 (放映)被告は、この映画完成後なるべく速やかに東京及び大阪においてテレビ放送を実施するものとする。この場合の放送に関する経費は、被告の負担とする。但し、無料放映によることを妨げない。
第12条 (版権の帰属)頭書の物件の版権は、国鉄に帰属するものとする。
第13条 (契約の義務違反)国鉄は、被告がこの定める契約に違反してその目的を達することができないと認めたときは、この契約を解除することができる。
2 被告は、前項の解除があつた場合は、違反金として契約金額の一〇分の一に相当する金員を支払うものとする。
第14条 (紛争等の解決方法)この契約に定めていない事項又は疑義を生じた事由については、その都度国鉄と被告が協議して定めるものとし、協議が調わないときは法令の定めるところによるものとする。
右契約の締結に先立ち、被告は、右契約を成立させるために、企画台本を作り、製作スタツフとして脚本、演出、音楽、撮影等の各担当者及び相当予定者を定めたり、その他製作見積等を記載した企画書を国鉄に提出したのであるが、その際、原告をシナリオ・ライターの候補者の一人として国鉄に申し出た。そして、前述のとおり、被告は、原告に対し、本件映画の製作につき構成、脚本のみを依頼し、原告はこれを承諾したのである。
製作者である被告のスタツフとして、構成、脚本は原告、撮影、編集は被告会社代表者【P10】、撮影は被告会社従業員【P11】ほか四名、録音はアオイ・スタジオ、現象は東洋現像所ほか一名というように、それぞれ担当者が決定され、被告において、本件映画のうち「遠賀川」を除く一二本を本件請負契約の納期前後に完成し、これを本件請負契約の履行として国鉄西部支社に納入した。これが、一三本シリーズ「九州雑記」である。
被告は、本件請負契約第11条に基づき、本件映画のうち完成した各篇から逐次一回金一万円の料金で教育テレビで放映を始めたところ、原告は、右料金が不当に安過ぎると異議を唱え、残りの一篇「遠賀川」の完成に協力せず、被告は、これを期限内に国鉄に納入することができなくなつてしまつた。
そこで、被告は、国鉄との本件請負契約を履行するため、原告の協力を得られないならば、自ら脚本、構成を作成せざるを得ないと考え、その旨原告に申し出たところ、原告は、そんなことをすれば訴えるなどと被告を脅した。
被告は、原告から、昭和四一年五月二五日、契約書に署名したら仕事にかかるとの申し出を受け、被告会社代表者が原告に赴いたところ、既に用意されていた契約書を見せられ、これに署名捺印するよう原告から求められた。被告会社代表者は、
右契約書を一読し、原告に一方的に有利な条項のみ記載されていることを知つたが、この契約書に署名しなかつたならば、映画は完成せず、国鉄に対する義務を果たすことができないので、この際原告のいうなりにならざるをえないと考え、意に反して止むなく右契約書(甲第一号証)に署名捺印した。そして、被告は、原告に対し、報酬金五〇万円の支払いを了した。そこで、原告は、「遠賀川」につき自己の担当の仕事を再開し、その仕事を昭和四一年七月近くに終えた。
本件映画の製作過程において、原告は、その構成、脚本を担当するに当り、被告から国鉄との本件請負契約の内容につき十分説明を受け、自らも国鉄の担当者と協議し、あるいは担当者から指示を受け、本件映画の製作者は被告であつて、自己はその製作の一部門である構成、脚本を担当するのみであることを十分承知し、右担当の仕事をしたのである。
原告の本件映画製作上の役割は、右のとおりであつて、原告は、「その映画の著作物の全体的形成に創作的に寄与した者」(新著作権法第16条本文参照)の一人といえるので、本件映画の著作者で著作人格権は有するけれども、本件映画の製作者は、前述の事実から明らかとおり、被告であり、原告は、被告から報酬を得て被告の映画製作の一部門に参加することを約したに止まり、独自の立場で製作する意図もなかつたのであるから、本件映画についての著作権は、原始的に被告に帰属し(新著作権法第29条第1項参照)、原告は本件映画につき著作権を有しないものである。被告は、国鉄に対し、「遠賀川」を除く一二本は昭和四一年三月三〇日に、「遠賀川」は同年六月下旬ころにそれぞれその著作権を譲渡した。
(二)1 同(二)、1のうち、本件映画各篇の冒頭に、「東京福原フイルムズ作品」というタイトルがあることは認めるが、その余の事実は否認する。
2 同(二)、2のうち、被告が原告主張の「九州雑記」(「遠賀川」が含まれたもの)を国鉄に納入したことは認めるが、その余の事実は否認する。
3 同(二)、3は、否認する。
脚本、構成の担当者である原告は、本件映画製作過程における国鉄西部支社の注文指示に従わず、国鉄西部支社が希望する博多を中心とする風物を本件映画の中に採り入れず、強引に「遠賀川」の製作を主張し、実行したため、一三本の納入試写直後、博多が抜けているのは困る旨国鉄西部支社からの要請があり、被告は、博多を十分盛り込んだ映画を別に製作せざるをえず、自ら脚本を作り、原告とは全く関係なく、「九州の旅博多」を作成し、一三本シリーズ「九州雑記」とは別個に、これを国鉄西部支社に納入したのであつて、原告の主張するように「博多周辺」を改ざん、再編集して作成したものではないし、従つて、その改ざん、再編集して作成したもののプリントを作成し、販売し、あるいはテレビ放映したということもあり得ない。
4 同(二)、4のうち、被告が「牧水のふるさと」につき一六ミリフイルムから八ミリフイルムに縮小したことは認めるが、その余の事実は否認する。
(三)1(1) 同(三)、1、(1)のうち、被告が本件映画一三本につきプリントを作成し、販売したことは認めるが、その余の事実は否認する。被告は、本件映画一三本の完成後、本件請負契約に基づき、逐次プリントを国鉄西部支社に引渡し、その後右契約とは別個に、国鉄西部支社から本件映画のプリント製作の依頼を受け、これに基づき、昭和四一年一〇月ころ、合計一四三本のプリントを作成し、
請負代金三五四万六、四〇〇円で国鉄西部支社に納入した。右プリント製造原価は、金二〇〇万円であつたから、利益は差引き金一五四万六、四〇〇円であつた。
その後、被告は、国鉄の依頼により、国鉄観光協会を通じて、昭和四一年四月ころ、鹿児島県に「桜島の噴煙」、「薩南の島々」各一本、同年一二月、熊本市に「肥後に見たもの」一本、昭和四二年二月、長崎県及び長崎市に「長崎遊歩」各一本、同年一二月大分市に「豊後路礼讃」一本合計六本のプリントを製作し、一本当り金四万五、〇〇〇円、合計金二七万円で売渡した。この場合の製造原価は、金八万三、七〇〇円であつたから、利益は差引き金一八万六、三〇〇円であつた。
被告が国鉄西部支社に対し本件請負契約に基づいて引渡した本件映画一三本については、利益がきわめて少額であることから、原、被告は、本件契約書作成に当り、右フイルムについては契約の範囲から除外した。従つて、前述のプリント一四三本納入の時も、その利益を原告に配分しなかつたのである。
(2) 同(三)、1、(2)のうち、被告が本件映画のプリントを原告主張のテレビ局に提供したことは認めるが、その余の事実は否認する。被告は、教育テレビに本件映画のプリント一三本を一本当り手数料金一万円合計一三万円で、熊本放送に同八本を一本当り手数料四、〇〇〇円、合計金三万二、〇〇〇円で、朝日放送及びRKB毎日放送にそれぞれ同一三本を一本当り手数料四、〇〇〇円、合計金五万二、〇〇〇円で、琉球放送に同一三本を一本当り手数料金五、〇〇〇円、合計金六万五、〇〇〇円から仲介手数料金二万九、〇〇〇円を控除された金三万六、〇〇〇円で各提供した。本件映画は、一般の劇映画と異なり、国鉄などが観光宣伝のため、無料で、あるいは逆に劇場、テレビ局に手数料を支払つて放映して貫うような性質のものであつて、本件映画から原告主張のような利益が挙げられるものではない。そのようなものであるから、国鉄西部支社も、本件請負契約第11条において、被告にテレビ放映の義務を負わせているのである。本件映画に利益性のないことは、原告において、本件映画のプリント一本を北九州市に金四万円で販売し、被告に原価金一万六、〇〇〇円を支払つたことがあるだけで、そのほかには販売できないでいることからも明らかである。
なお、被告は、原告に対し、本件契約に基づく右テレビ放映の利益の三〇パーセントを分配すべく、昭和四二年一二月二一日、同年度の利益分配として金七万八、
六〇〇円を送付した。
2 同(三)、2は、否認する。
(四) 同(四)は、否認する。被告は、本件契約成立以後において、本件映画一三本のモノクロフイルムを原告に引渡した。ところで、本件契約第4条には、引渡すべきプリントは、カラープリントとなつているが、資金の関係で、被告から原告に対し、モノクロフイルムにして貰いたい旨申し出たところ、原告がこれを諒解したので、モノクロフイルムで引渡したのであつて、被告は、本件契約第4条の義務を履行している。
(五) 同(五)は、争う。本件映画の冒頭部分の「東京福原フイルムズ作品」という表示は、著作権の帰属主体を表示するものではなく、また、原告が構成、脚本を担当したことは、本件映画に明確に表示されているのであるから、右表示によつて原告の著作者人格権が侵害されるということはない。一般に業界において、「東映作品」、「東宝作品」というように、製作者のタイトルが付されているが、それは著作者人格権の帰属とは何ら関係がないのであつて、本件映画の場合も同様である。
仮に、右「東京福原フイルムズ作品」という表示が、原告の著作者人格権を侵害するものであつたとしても、右表示は、昭和四一年二月ころから逐次完成していつた本件映画の各篇に表示されていたものであるが、原告も、これを認識し、諒承して何ら異議を唱えなかつたものであるから、その切除を求める権利を放棄したものと認められる。
(六) 同(六)のうち「加賀、能登」につき原告がシナリオを書き、被告が原告にその報酬として金五万円を支払つたこと、被告が右映画をプリントし、放映したことは認めるが、その主張は争う。
(七) 本件契約は、後述のとおり、その効力を有しないものであるが、仮に本件契約が後述の理由により効力を有しないものではないとしても、本件映画について原告が著作者人格権を有するが著作権を有せず、著作権は被告が原始的に取得しこれを国鉄に譲渡し現に国鉄がこれを有するという前述の権利関係は、本件契約によつて左右されない。すなわち、本件契約が締結されたのは、国鉄が被告から本件映画(「遠賀川」を除く)につき著作権の譲渡を受けた後であつて、後に締結された契約をもつて右譲渡が左右されるいわれはないからである。
(八) 本件契約は、効力を有しない。すなわち、本件契約は、原告に一方的に有利な、他方被告にきわめて不利な事項を定めている。本件契約第2条には、本件映画の製作に当つて、原告は構成、脚本、演出等を担当し、被告は撮影その他必要物(製作費を含む)を負担する旨定められており、それであるからこそ、同第3条には、原、被告両名において本件映画の所有権、著作権を共有する旨定められたものであるのに、同第5条には、被告は原告に対し製作費として金五〇万円を支払う旨定められ、原告は第1条で分担した仕事について独り対価を受けることになつており、もし原告が独り対価を受けるというのであれば、それによつて原告の有していた共有持分が被告に移転し、被告が単独の権利者になるのが当然であるのに、原告は対価を受けた後も、権利を主張することができる条項が定められている。ちなみに、業界においては、構成、脚本の担当者は、製作費の五パーセントないし一〇パーセントの報酬を得て爾後製作物について著作権その他の権利を主張しないのが通常である。
本件契約においては、更に、テレビ放映、プリント販売等において通知したり、書類を提示したりすべき義務を被告のみ負担することが定められているのである。
以上のとおり、本件契約には、その内容が一方的に原告の利益に偏しているが、
これは、原告が、被告の窮状に乗じ自己に有利な条件を確保しようとして、前述のとおり、本件契約に応じなければ本件映画の製作に協力しないと主張し、被告会社代表者を畏怖させ、その意思を抑圧してされたもの、すなわち原告の強迫による意思表示であるから、被告は、昭和四四年六月七日の本件口題弁論期日において、本件契約を取り消す旨の意思表示をした。従つて、本件契約は効力がなく、本件契約に基づく原告の請求は、理由がない。
(九) 仮に、本訴債権が認められるとしても、被告は、次のとおり、原告に対し損害賠償請求権金七三万一、四一六円を有するので、昭和四四年七月九日の本件口頭弁論期日において、右損害賠償請求債権をもつて、原告の本訴債権とその対当額において相殺する旨の意思表示をした。従つて、右相殺の程度において、原告の本訴金員支払請求は、理由がない。
被告の原告に対する右損害賠償請求債権の取得原因は、次のとおりである。
1 原告は、前述のとおり、発初予定されていた博多を中心とした映画の製作に協力せず、「遠賀川」の製作を主張、固持したため、被告において、余分な「遠賀川」についてのロケーシヨンをする等次のとおりの出費を余義なくされた。
(1) 一六ミリカラーネガ一〇〇呎巻一一本分、合計額五万一、三七〇円(2) 右ネガ現像金一万一、〇二五円(3) 右ラツシユプリント金七、四九三円(4) カメラマン日当、一名の八日分金三万二、〇〇〇円(5) カメラマン助手日当、二名の八日分金三万二、〇〇〇円(6) カメラ使用料八日分金三万二、〇〇〇円(7) 宿泊食事費三名の八日分金七万二、〇〇〇円(8) 現地交通費三名分金二万四、〇〇〇円(9) 往復交通費三名分金二万八、四四〇円(10) 諸雑費金一万円合計 三〇万三二八円2 前述のとおり、原告の不協力により、被告は、新たに「九州の旅博多」を製作しなければならなくなつたものであるが、その製作に合計金三四万六、六五八円の出費をした。
3 原告は、本件映画の製作につき、その構成のミスのため、「桜島の噴煙」中で、「大隅半島」を「薩摩半島」と、「肥後に見たもの」の中で「日蓮宗」を「日蓮正宗」と、「遠賀川」の中で「泥にまみれし」を「泥によごれて」とそれぞれ間違つて録音されてしまう結果をもたらし、納入後国鉄西部支社からその誤まりを指摘され、被告において急きょ訂正したが、その作業に金八万四、四三〇円の出費をした。
4 以上の出費は、原告被告間の本件映画の製作についての契約に基づき原告が編成、脚本をすべき債務の不履行によるものであるから、被告は、原告に対し、右1ないし3の総額金七三万一、四一六円の損害賠償請求権を取得した。
三 被告の主張に対する原告の答弁及び反論(一) 被告は、原告が本件映画の著作者の一人であり、本件映画について著作者人格権を有することは認めながら、著作権に有せず、現に国鉄がこれを有する旨主張する。しかし、被告の右主張が理由のないことは、次のとおりである。
被告の主張によれば、原告は被告から本件映画の構成、脚本のみ依頼を受けたものであるというのであるが、原告は企画台本を書きそれを基としてロケ演出をし、
また同様にフイルム編集を行い、その編集フイルムに基づいて脚本を仕上げ、更にそれに録音を加えた。つまり原告は、劇映画における原作者、監督、編集者、シナリオライター、更に録音演出を兼ねた役割を果し、原告が本件映画を著作したものであつて、構成、脚本のみを担当したのではない。被告会社代表者は、編集面については、単に原告の助手的立場においてフイルムのつなぎの仕事をしたに過ぎないし、撮影についても、原告の具体的指示に従つて単にカメラの操作をしたに過ぎない。
原告は、被告と国鉄との本件請負契約については全く関知しないところであつて、右契約があるからといつて、原告の本件映画について有する著作権が否定される理由はない。もともと被告は、本件映画について著作権を有しないのであるから、国鉄が著作権の移転を被告から受け得るはずがないのである。
被告は、国鉄との間の契約を成立させるために、被告自ら企画台本を作り、企画書を国鉄に提出した旨主張するが、本件請負契約第1条には、被告は「別冊の脚本」によつて映画を撮影する旨記載されているとろであり、企画台本、企画書及び脚本がそれぞれの別個のものであることが明らかであつて、被告が企画台本、企画書を作成したことをもつて、被告が本件映画について著作権を取得した根拠とはし得ない。
被告は、本件映画の製作過程において、原告に国鉄との請負契約の内容を十分説明した旨主張するが、原告が聞いたの納入日が三月末日であるということだけである。また、原告が国鉄と協義したことはあるが、右契約の内容についてではなく、
もつぱら映画製作上の打ち合わせであつた。
被告は、著作権法第29条を援用して、被告が本件映画の著作権を原始的に取得したものであると主張する。しかし、本件には、旧著作権法が適用されるのである。ところで、旧著作権法下では、映画の著作者が映画の著作権者であるという前提に立ち、映画の製作者はだれであるかについて、映画製作者である映画会社であるとする説、映画監督ないしシナリオライターであるとする説、及び各共働者が共同著作者となるとする説とが存したが、映画の本質は映像の連続にあり、これを創造的に表現するのはシナリオライターであるとする説が正しく、この説によれば、
原告が本件映画の著作者であり、従つて著作権者であることが明らかである。仮に、映画監督が著作者であるとする説あるいは映画の企画者又は発意者としての映画製作者が著作者であるとする説が正しいとしても、原告は、国鉄からテレビ用の九州の文化映画を作りたいと開かされただけで、自らの構想に基づき、ワンクール一三本とすることとし、この一三本という分量に添うように構成台本をまとめ、ロケハンをし、各巻のシナリオを作成し、ロケを行い、演出をし、もつて原告の発意と創作力によつて本件映画全体を創作し、後に編集、録音をもしたのであるから、
右説によつても、原告が本件映画の著作者であるということができる。
なお、映画著作権が映画製作者に帰属するとする説の根拠として、映画製作者と映画著作者(監督ないし製作スタツフ)との間に雇用関係ないし専属契約という従属的な契約関係があるからであるとする考えがあるが、本件映画の製作について、原告と被告との間には右のような関係は全くない。また被告は、被告は映画製作者であると主張するが、映画製作者とは、新旧両著作権法上、映画製作について発意と責任とを有する者をいうものであるところ、この責任には、(1)スタツフの構成、(2)製作進行、(3)完成フイルムのプリント製作、(4)資金上の責任を含むものであるのに、被告が果たしたのは右のうち(3)及び(4)だけであり、
発意にしても、被告というより原告がその主要部分、すなわち映画本数を一三本とする提案、一三本の映画の内容の発案、構成を行つているのであつて、被告は、単にテレビ用の九州の文化映画を製作しようとしただけで、企画をしたに過ぎないのであるから、映画製作者ではない。仮に、新著作権法の適用があるとしてみたところで、本件は、同法第29条が適用される場合には当たらないのである。
なお、被告は、原告が本件映画の教育テレビの放映料金が不当に安過ぎると異義を唱え、「遠賀川」の完成に協力しなかつた旨主張する。しかし、原告は、被告が原告の著作物である本件映画を、原告に無断で、教育テレビで放映したことを知つたので、被告会社代表者に対し、テレビで放映する場合は、日本テレビから放映する、原告に無断で放映されては困る、また一回一万円というのも安いと苦情を述べたまでであつて、「遠賀川」の完成に協力しなかつたということはない。
また、被告は、原告から脅しを受け、意に反し止むなく本件契約書に署名捺印した旨主張するが、被告は、原告の作成した契約書案の訂正をも求めたうえ、十分納得して署名捺印したものである。
(二) 被告は、原告が博多を中心とした映画の製作の指示に使わなかつた旨主張するが、原告は、博多を中心とした「博多周辺」を企画台本に基づき全部撮影を了したうえ、三五九呎の編集をしたところ(残存部分約九一呎)、国鉄当局から博多中心の映画は要らないとキヤンセルされたのである。このため、これに替えて企画台本に記載されており、一部は既に撮影済みであつた「遠賀川」を製作することになつたのである。もしも、国鉄が真に博多中心の映画を希望していたのであれば、
原告が強引に「遠賀川」の製作を主張しても、被告が右主張に従う必要はなかつたはずであり、また従うことができるわけもなかつたはずである。原告は、被告から映画の製作を依頼されたのであるから、その原告が依頼者の反対を押し切つて依頼されないものを強引に製作するようなことはあり得ない。
被告は、「九州の旅博多」を自ら作成した旨主張するが、被告は、原告製作の未完成フイルム「博多周辺」をほしいままに使用し、これに若干の不足部分を加えて編集したものであつて、「九州の旅博多」は、「博多周辺」に改ざんその他の変更を加えたものである。
(三) 被告は、本件契約書作成の際、国鉄納入のプリントについては、右契約の範囲外にする旨原、被告が約した旨主張するが、そういう事実はない。文書を作成する場合、別に口頭で契約するということが行われるはずがない。契約があつたのであれば、契約書中に書き入れるはずである。
(四) 被告は、原告に対し、テレビ放映の利益分配として金七万八、六〇〇円を支払つた旨主張する。原告が右金員の交付を受けたことは認めるが、分配金の一部として受領したものである。
(五) 被告は、原告にモノクロフイルム一三本を引渡したので、本件契約第4条の義務を履行した旨主張する。原告は、モノクロフイルム一三本を所持してはいるが、右条項の義務の履行を受けたものではない。原告は、モノクロフイルムの引渡しでよい旨約したことはない。
(六) 被告は、「東京福原フイルムズ作品」なるタイトルが劇映画の場合と同様である旨主張するが、同一視すべき理由はない。
(七) 被告は、本件契約締結についての被告の意思表示は原告の強迫によるものであるから、その意思表示を取り消すとの意思表示をした旨主張する。しかし、本件契約は、原告に一方的に有利なものではないし、仮に多少原告に有利な条項があるとしても、被告から原告に支払われた金五〇万円は単なる製作費用であり、かかる少額の金員をもつて著作権譲渡の対価とはいえないのであるから、本件契約上更に被告に金員の支払義務があるのは当然であるし、テレビ放映、プリント販売も、
本来製作者である被告のすべき義務に属することであるから、被告が通知及び書類提示の義務を負担するのは当然であつて、この点が一方的であつても当り前のことである。他方、原告が右放映、販売などをするには、ネガ所有者である被告からその提供を受けなければしえないことであるから、その際被告は使用目的を知り得るわけで、本件契約上原告に被告と同様の義務を課する必要がないのである。また、
原告は、被告の意思を抑圧したこともない。仮に、被告の意思を抑えるところがあつたとしても、原告の有する独占権たる著作権の作用としてむしろ当然のことである。原告は、契約しなければ協力しないとも述べていない。原告は、「遠賀川」のコンテ台本と編集済みのフイルム、ついでシナリオを被告に引渡していたのであるから、被告は、右シナリオと編集済フイルムで完成フイルムを作ることもできたし、その脚本によつて録音することもできたのであつて、窮状にはなく、畏怖されるような状況にも置かれていなかつたのである。原告は、被告を強迫していないので、被告の取り消しの意思表示は、効力を生じないものである。
(八)被告の相殺の抗弁事実を否認する。原告が博多中心の映画の製作に協力せず、強引に「遠賀川」を製作したものではないこと、「九州の旅博多」は被告の責任で製作されたもので原告に責任がないことは、前述のとおりである。被告は、本件映画中に録音ミスがあり、それが原告の責任である旨主張するが、原告には被告主張のようなミスは存しなかつたし、また、被告と国鉄との間の契約は、原告の全く関知しないところであるから、仮に右契約に基づき国鉄から被告に対しクレームがついたとしても、その処理は、被告の責任において行われるべきものである。
証拠関係(省略)
理 由一 本件映画の著作者及び著作権について 原告は、原告が本件映画を単独で著作し、その著作権を有するものであると主張し、被告は、これを争い、原告は本件映画の製作についてシナリオの作成を担当した本件映画の著作者の一人であり、本件映画について著作者人格権は有するが、著作権は映画製作者である被告が取得したものであつて、原告はこれを有しない旨主張するので、この点について検討する。
成立に争いがない甲第三、第七、第一四号証、第二二号証ないし第二四号証、第四〇号証、第四一号証(但し、書込み部分を除く)、第五二号証ないし第五四号証、原告本人尋問の結果(第一回)により真正に成立したことが認められる甲第四、第五、第一〇、第一二号証、第一八、第一九号証の各一、二、第二〇号証、証人【P11】の証言により同人が作成したものであることが認められる甲第六、第八号証、証人【P12】の証言により真正に成立したことが認められる乙第一、第四、第五号証、被告会社代表者【P10】尋問の結果(第一回)により真正に成立したことが認められる乙第二、第三、第七号証、証人【P12】、同【P11】、
同【P13】の各証言、原告、被告会社代表者【P10】の各尋問の結果(いずれも第一、第二回。但し、いずれも後記信用しない部分を除く。)を総合すると、次の事実が認められる。
(一) 被告は、記録映画及び観光映画の製作、そのプリントの販売等を目的として昭和三七年一二月二二日設立された会社であるところ、昭和四〇年三月ころ、国鉄西部支社に対し、同支社がスポンサーとなつて、被告会社代表者【P10】作成の「九州路」と題するシノプシスに基づき、「キリシタンの遺跡を訪ねて」、「古城と史跡を訪ねて」、「九州の祭りと民謡」、「仏教文化を訪ねて」、「文学の泉を訪ねて」、「日本のふるさとを訪ねて」、「南の島々を訪ねて」などのコースに分けて、キリシタン、文学及び民謡などを深く堀り下げたテレビ放映用の一六ミリカラー映画一五分もの一三本を、脚本演出 原告、【P14】、被告会社代表者、
撮影 被告会社代表者、【P15】、【P16】、編集 【P17】、音楽 【P18】、出演(予定)【P19】、【P20】、録音 番町スタジオ、赤坂ハイライトスタジオ、現像 東洋現像所という製作スタツフで製作することを提案し、両者が折衝のうえ最終的に、被告は、国鉄西部支社に対し、昭和四〇年九月二三日付で、同支社がスポンサーとなつて、右映画を脚本 原告、編集 【P17】、音楽 【P18】、撮影被告会社代表者、【P13】、【P16】、【P15】、照明【P21】、【P11】、出演(予定)【P9】という製作スタツフで製作することを提案し、国鉄西部支社は、右提案を受け入れ、右映画の製作を被告に依頼することとした。
被告は、原告に対し、そのころ、右映画の製作について構成脚本を依頼したところ、原告は構成脚本者として右映画の製作に参加することを被告に約した。そして、国鉄西部支社担当者、原告及び被告会社代表者らは、昭和四〇年一〇月一一日、本件映画の製作について全般的な意見交換を行い、撮影予定などが立てられた。
しかして、被告は、本件映画の製作者として、国鉄西部支社との間において、昭和四〇年一〇月一五日付で、本件映画の製作及びそのカラープリント一三本の納入などを代金六五〇万円で請負うとの条項を含む本件請負契約(被告の答弁及び主張二、(一)、3の項)を締結した。
(二) 本件映画は、昭和四〇年一〇月二一日以降の第一回のロケハン及びロケから製作が開始され、逐次全一三本が製作され、被告から国鉄西部支社に対し、そのカラープリントの納入その他本件請負契約上の義務の履行が行われた。
本件映画の製作は、原告の構成に基づいて進められ、撮影は、本件映画の製作に参加を約した被告会社代表者、【P22】、【P15】、【P21】、【P16】らカメラマンが、原告がロケに参加した時は、原告の撮影現場における具体的なあるいは大雑把な指示により、更には自らの判断で、原告がロケに参加していない時は、原告から予め与えられた指示に従いあるいは自らの判断で、原告の構成に添つて、その技術を駆使して撮影に当り、撮影されたフイルムは東洋現像所又は東京現像所で現像され、そして現像されたフイルムの編集は、当初【P17】が担当することになつていたが、原告が構成、演出者としてこれに関与することとなり、原告及び被告会社代表者が全フイルムを繰り返し何回も見たうえ、予定の長さのものにするについて、原告の編集現場における指示あるいは原告と被告会社代表者らとの意見調整の結果により、被告会社代表者及び【P23】らが自らの技術を発揮してこれに当り、語りの脚本は、編集された画面に合せて原告が作成し、音楽は、当初の予定を変更し、原告の推選を被告が採り入れ【P24】が、語り手も同じく原告の推選を被告が採り入れ【P25】がそれぞれ担当し、録音は、アオイスタジオ又は三栄スタジオで、原告の立会い指示の下に、音楽、語り、録音技術の各担当者がそれぞれその任に当つて行われた。
以上の事実が認められ、右認定に反する原告及び被告会社代表者【P10】のの各供述部分(第一、第二回)は前掲証拠に照らしたやすく信用することができないし、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。
ところで、本件は、旧著作権法(明治三二年法律第三九号)が適用されるものであるところ、旧著作権法には、映画の著作物著作者は文芸、学術又は美術の範囲に属する著作物の著作者として本法の保護を享有する旨規定され(同法第22条の3前段参照)、この規定の解釈に関し映画の著作者はだれかについて種々の見解が存したところであるが、当裁判所は、映画の著作者は映画の製作、監督、演出、撮影、美術等を担当してその映画の著作物の全体的形成に創作的に関与した者をいうものと解する。そうすると、右認定の事実によれば、本件映画は、原告の構成に基づき原告が監督、演出し、その監督、演出の下で、被告会社代表者及び前認定のカメラマン、編集担当者らが、原告の構成に添つて撮影、編集、録音に関与し、これらの者が本件映画の全体的形成に創作的に寄与して本件映画が製作されたものと認められるから、これらの者が本件映画の共同著作者というべきである。
原告は、原告が本件映画の企画、演出、編集、シナリオ作成及び録音などを行い製作したので、原告のみが本件映画の著作者である旨主張する。しかしながら、前認定によれば、本件映画の企画は被告あるいは国鉄西部支社によるものであり、編集及び録音は原告の指示によつて行われたが、右指示は正に監督、演出者として行われたものであつて、編集録音は原告の構成に添つて他の者が行つたのであるから、これらすべてを原告が行つたとする原告の右主張は事実に反し、更に撮影は被告会社代表者らカメラマンが行つたものであり、従つて原告のみが本件映画の著作者であるとする原告の右主張は理由がない。
次に、本件映画の著作権の帰属について考えるに、前説明のとおり旧著作権法には映画の著作物著作者は文芸、学術又は美術の範囲に属する著作物の著作者として本法の保護を享有する旨規定されているから、映画の著作物の著作権は、その著作者が本来原始的に取得するものであると解するほかはない。ところで、著作者が映画製作者、つまり映画製作について発意と責任とを有する者に対し当該映画の著作物の製作に参加することを約束しているときには、特段の反証がない限り著作者は当該映画の著作物の著作権が映画製作者に帰属することを容認しているものと推認することができるから、その場合は映画製作者が当該映画の著作物の著作権を著作者から承継的に取得するものというべきである。そうすると、前認定によれば、
本件映画の製作者は被告であり、そして原告、被告会社代表者らは被告に対し本件映画の製作に参加することを約束したものと認められるところ、本件の場合特段の反証がないから、原告、被告会社代表者らは本件映画の著作権が被告に帰属することを容認していたものと推認することができ、従つて被告は本件映画の著作権を原告、被告会社代表者らから承継的に取得したものというべきである。
原告は、映画製作者とは映画製作について発意と責任とを有する者をいうものであるところ、この責任には、(1)スタツフの構成、(2)製作進行、(3)完成フイルムのプリント製作、(4)資金上の責任を含むものであるのに、被告が果したのは右のうち(3)及び(4)だけであり、発意にしても被告というより原告がその主要部分、すなわち映画本数を一三本とする提案、一三本の映画の内容の発案及び構成を行つているのであつて、被告は単にテレビ用の九州の文化映画を製作しようとしただけで、企画をしたに過ぎないのであるから、映画製作者ではないと主張する。しかしながら、前認定によれば、スタツフの構成及び製作進行にしても、
被告が原告の意見を採り入れることはあつたが、それも被告が原告の提案を受け入れ被告の責任において行つたものであり、また映画の本数を一三本とすることは被告の提案によるものであるし、映画の内容の発案者も被告であつたことは明らかである。また、原告の演出によつて本件映画の製作が行われたのは原告が演出を担当したことの当然の結果であつて、そのことが被告の映画製作者であることを否定する理由とはならない。原告の右主張は理由がない。
二 本件契約について 成立に争いがない甲第一号証、原告及び被告会社代表者【P10】の各尋問の結果(いずれも第一回)によれば、原、被告は、昭和四一年五月二五日、本件映画の著作権は原、被告の共有とすること、本件映画のプリント販売、上映等による収入は、原告の活動による場合は原告に七〇パーセント、被告に三〇パーセントの額を、被告の活動による場合は原告に三〇パーセント、被告に七〇パーセントの額をそれぞれ配分するものとすることなどの条項を含む本件契約(請求原因(一)、2の項)を締結したことが認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。
前記一の項の判断及び右認定の事実によれば、被告は、原告に対し、本件映画の製作者として取得した本件映画の著作権について、その持分を譲渡したものというべく、そして右持分割合についての定めはないから、右持分は二分の一と推定される。
ところで、被告は、本件契約における被告の意思表示は被告会社代表者【P10】が原告の強迫によりしたものであり、これを取消したから、本件契約は効力がない旨主張する。そして、被告会社代表者【P10】は、右主張事実に添う供述をするところであるが、これを裏付けるに足りる的確なる証拠もなく、右供述部分をにわかに信用することはできないし、他に右主張事実を認めるに足りる証拠もない。
被告の右主張は理由がない。
更に被告は、仮に本件契約における被告会社代表者【P10】の意思表示が原告の強迫によりされたものではないとしても、本件契約は、本件映画の著作権が被告から国鉄に譲渡された後に締結されたものであるから、原告が本件映画の著作権を取得することはないとの趣旨の主張をする。しかしながら、仮に本件契約が被告から国鉄に本件映画の著作権が譲渡された後に締結されたものであるとすれば、本件契約による被告から原告に対する本件映画の著作権の譲渡は、いわゆる二重譲渡であるというべきところ、登録を譲渡の対抗要件とするに止まる旧著作権法下においては(同法第15条第1項参照)、本件契約による譲渡の意思表示のみにより、被告から原告に対する本件映画の著作権の譲渡は有効に生じ、譲渡の当事者であつて第三者ではない被告はこれを争うことはできないものというべきである。被告の右主張は理由がない。
そうすると、原告は、本件映画について持分二分の一の著作権を有するものというべきである。
三 原告の著作者人格権及び著作権侵害に基づく損害賠償請求について(一)1 原告は、被告は本件映画各篇の冒頭に、「東京福原フイルムズ作品」というタイトル・フイルムを加えたものであるが、これは、原告が本件映画の著作者であるのに、これを隠匿し、被告が本件映画の著作者であるかのように表示するものであつて、原告が本件映画について有する氏名表示権を侵害するものであると主張するので、この点について検討する。
本件映画各篇の冒頭に、「東京福原フイルムズ作品」と表示されたタイトル・フイルムがあることは当事者間に争いがない。
ところで、原告本人は、「○○作品」というタイトルはその映画が○○会社の自主作品である場合に用いられる表示であるとの趣旨の供述をするところであり、また原告本人尋問の結果(第二回)により真正に成立したことが認められる甲第五五号証ないし第五七号証によれば、日本シネセル株式会社では、その製作に係る映画の冒頭に、「日本シネセル株式会社作品」という表示をしたことはなく、そのような表示をすることが業界の慣習であるとは思つていないこと、岩波映画製作所では、自主作品には、「岩波映画作品」という表示のタイトルを用いることがあるが、それは同社が自信を持つて製作したもので、且つ著作権、作家との契約関係などすべての点で岩波の作品といえる基盤があるときに用いるものでありまたスポンサーがあるものには原則として「製作岩波映画」という表示を用いていること、東映株式会社教育事業部では、作品の九〇パーセントが自主作品であるが、「東映作品」いう表示は用いず、「製作東映株式会社教育映画部」という表示を用いていることが認められるが、右事実から直ちに本件映画の「東京福原フイルムズ作品」という表示が、福原フイルムスが本件映画の著作者であることを示すものであるとは即断し得ないところ、かえつて成立に争いがない甲第二四号証、第五二号証ないし第五四号証によれば、本件映画各篇の末尾には、「構成脚本 【P1】、音楽【P24】、撮影 【P10】、【P22】、【P11】、編集 【P26】、語り手 【P25】、出演 【P9】、企画 日本国有鉄道西部支社、製作 福原フイルムス」というようなタイトルが付されていることが認められ(他に右認定を覆すに足りる証拠はない)、右事実によれば、本件映画を観る者は、本件映画は【P1】が構成脚本を、【P24】が音楽を、【P10】、【P22】、【P11】が撮影を、【P26】が編集を、【P25】が語り手をそれぞれ担当して製作されたものと受け取るであろうことが認められ、従つてまた本件映画の製作に関与した右の者らが本件映画の著作者であると感得するであろうことをも推測することができるところであり、むしろ右事実に「製作 福原フイルムス」という表示が付されていることを併せ考えれば、「東京福原フイルムズ作品」の表示は、東京福原フイルムス製作の作品の意味に受け取られるものと推認することができる。
そうすると、本件映画各篇冒頭の「東京福原フイルムズ作品」の表示は、被告が本件映画の著作者であることを示すものであると見られたり、又は被告が本件映画の著作者であると誤認させるような表示ともいえないから本件映画各篇の冒頭に「東京福原フイルムズ作品」というタイトル・フイルムを加えた行為は、原告の著作者名義を変更隠匿するものとは認められない。
原告の右主張は、理由がない。
2 原告は、被告は本件映画各篇冒頭に「東京福原フイルムズ作品」と表示されたタイトル・フイルムを加えることにより本件映画各篇の呎数四五〇を四五五とし、
原告が本件映画について有する同一性保持権を侵害した旨主張するので、この点について検討する。
同一性保持権とは、著作者がその著作物の同一性を保持し、無断でその改ざんその他の変更を受けないことを内容とする権利であつて(旧著作法第18条第1項参照)、著作者の人格的利益の保持のため著作者に認められた権利であるから、著作者の人格的利益を害しない程度の変更は同一性保持権の侵害とはならないものと解すべきところ、原告本人尋問の結果(第二回)により真正に成立したことが認められる甲第五八号証及び同本人尋問の結果によれば、本件映画各篇について、フイルムの全体の長さが四五三呎ないし四六一呎であるのに対し、右タイトル・フイルムの長さはわずか四呎ないし一一呎であることが認められ、右事実に、右タイトル・フイルムが事実に即し単に本件映画が被告製作の作品であることを示すものであるに過ぎないということ、原告は構成及び演出を担当した本件映画の著作者の一人ではあるが、本件映画の単独著作者ではないことなどの前説明の事実を併せ考えれば、原告主張のとおり被告が右タイトル・フイルムを加えることにより本件映画の呎数を長くしたからといつて、原告が本件映画について著作者の一人として有する人格的利益が害されたものとは認められないから、被告の右行為により原告が本件映画について有する同一性保持権が侵害されたとはいえない。
原告の右主張は、理由がない。
3 右のとおりであるから、被告が本件映画各篇の冒頭に、「東京福原フイルムズ作品」という表示のタイトル・フイルムを加えた行為が、本件映画について原告が有する著作者人格権を侵害したものであることを理由とする原告の慰藉料請求は、
その余の点について判断するまでもなく、理由がない。
(二) 原告は、被告は「遠賀川」を除き原告の関知しない「北九州と博多」を本件映画「九州雑記」一三本の一篇に加えて、その企画台本を一般に頒布し、且つそのプリントを国鉄西部支社に納入して、原告が本件映画一三本全体について有する同一性保持権を侵害した旨主張するので、この点について検討する。
原告本人は、被告は「遠賀川」を含む本件映画一三本から「遠賀川」を除いて「北九州と博多」を加えた一三本として本件映画を変更した旨供述するところであるが、「遠賀川」が全く国鉄西部支社に納入されず、また「遠賀川」を含む一三本を被告がテレビ局に提供したことがないというのならばともかく、原告自身、本件契約に基づく金員支払債務の履行請求に関し、「遠賀川」を含む本件映画一三本が、被告から国鉄西部支社に提供されたこと及び被告からテレビ局に提供されたことを主張し、被告もこれを認めるところであつて、「遠賀川」が本件映画一三本から除かれて「北九州と博多」を加えた一三本の映画に変更されたとする原告の右供述は、にわかに信用することができない。また、成立に争いがない甲第一四号証によれば、被告会社作成の「九州雑記」と題する台本の中に「北九州と博多」という題名の記載はあるが、「遠賀川」という題名の記載はないことが認められるが、前掲甲第三号証ないし第八号証、第一〇号証、第一八号証の一、二、第一九号証の一、第二〇、第二三、第四五号証、証人【P11】の証言、原告、被告会社代表者【P10】の各本人尋問の結果(いずれも第一、第二回)を総合すると(但し、原告本人尋問の結果中、後記信用しない部分を除く)、「博多周辺」と題する映画が、当初本件映画の中の一篇として、他の各篇と同様の方法で製作が進められ、昭和四一年一月四日には、一部の撮影未了部分を残しその編集を完了していたが、国鉄西部支社の担当者、原告及び被告会社代表者の協議によりその製作が中止され、
同月一一日新たに「遠賀川」が製作されることとなり、同年六月七日には「遠賀川」も完成し、結局「遠賀川」を含む本件映画一三本が国鉄西部支社に納入されたが、その後更に同支社の注文により、右「遠賀川」を含む本件映画一三本とは別個に原告を除く被告会社代表者ら製作スタツフが、「九州の旅博多」と題する映画を、主として「博多周辺」のキープフイルム及び新たに撮影したフイルムを用いて製作したことが認められ(右認定に反する原告の供述部分は前掲証拠に照らしたやすく信用することができないし、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。)、
右事実によれば、本件映画一三本のほかに製作された映画は、「九州の旅博多」で、それとは別個に「北九州と博多」と題する映画が製作されたことを認めるに足りる証拠はなく、前認定の被告会社作成の台本に「遠賀川」の記載がなく、「北九州と博多」の記載があるのは、「遠賀川」の製作前「北九州と博多」という題名のものが製作される予定で台本に「北九州と博多」と記載されたか、あるいは「遠賀川」の製作に入つた後であれば、その後に製作された映画の題名が「九州の旅博多」に確定しておらず、これを「北九州と博多」と表示してしまつたかのいずれかであると推測することができるが、いずれにせよ「北九州と博多」という映画を加えた一三本が一体のものとして販売された放映のために提供されたことを認めるべき証拠はなく、かえつて前説明のとおり、原告自身被告が「遠賀川」を含めた一三本のプリントを販売し又はテレビ局に提供した旨主張し、被告もこれを認めるところであつて、以上の事実を総合して考えると、「遠賀川」を含む一三本の本件映画「九州雑記」が「遠賀川」を除いて「北九州と博多」を加えた一三本の映画に変更されたと認定することは困難である。
そうすると、被告が「遠賀川」を含む本件映画一三本を「遠賀川」を除いて「北九州と博多」を加えた一三本の映画に変更したことを理由とする原告の慰藉料請求は、その余の点について検討を加えるまでもなく、理由がないものというべきである。
(三) 原告は、被告は未完成品「博多周辺」の編集済みフイルム、未使用フイルム(キープフイルム)に、著作者である原告に無断で、若干部分の切除を施したり、歌手【P9】のカツトを加えたりして改ざん編集し、つぎはぎの長さ三五八呎の「九州の旅博多」を製作したものであるが、これは原告が「博多周辺」について有する同一性保持権を侵害するものであると主張するので、この点について検討する。
原告本人は、「九州の旅博多」は被告が「博多周辺」を改ざんして製作したものである旨供述するところであるが、右供述を裏付けるに足りる的確な証拠もなく、
かえつて右(二)の項の認定によれば、「九州の旅博多」は、主として「博多周辺」のキープフイルム及び新たに撮影されたフイルムを用いて製作されたものであるから、「博多周辺」を改ざんして製作されたものであるということは困難であるし、他に被告が「博多周辺」自体を改ざんして「九州の旅博多」を製作したことを認めるに足りる証拠はない。そしてまた、前掲甲第一号証によれば、原告は被告に対し、被告が本件映画のキープフイルムを他の目的に使用することを許諾していることが認められる。従つて、原告の右主張は理由がない。
そうすると、被告が「九州の旅博多」を製作することによつて「博多周辺」について原告が有する同一性保持権を侵害したことを理由とする原告の慰藉料請求は、
理由がないことに帰する。
(四) 原告は、被告は「牧水のふるさと」の一六ミリカラーフイルムから八ミリカラーフイルムを製作し、原告が本件映画について有する複製権を侵害したと主張するので、この点について検討する。
被告が「牧水のふるさと」の一六ミリフイルムから八ミリフイルムを作成したことは当事者間に争いがない。
ところで、原、被告が本件映画についてそれぞれ持分二分の一の著作権を有することは前記二の項の説明のとおりであるところ、前掲甲第一号証によれば、原、被告は、本件契約により本件映画のプリント販売による収入の配分について契約するところであるが、それは一六ミリの本件映画のプリントの販売に係るものであつて、本件契約には、一六ミリフイルムを八ミリフイルムに縮小したものを販売することに関する条項は含まれていないことが認められ、右事実によれば、被告の右行為には本件契約のプリント販売による収入配分の条項は適用がないものというべきである。そして、被告が右行為をするについて別途原告と何らかの合意をしたとの主張立証はない。
ところで、旧著作権法上、共有に係る著作権の行使はその共有者全員の合意によらなければ行使することができないものと解されるから、他の共有者との合意によらないでした共有者の共有に係る著作権の行使は、他の共有者の持分権を侵害するものというべきである。
そうすると、被告の右行為は、原告が本件映画について有する持分二分の一の著作権を侵害するものというべきである。そして、被告が本件契約の当事者であることからみて、被告の右行為が原告の著作権を侵害するものであことについて、被告に過失が存することは明らかである。
そこで、進んで原告が被つた損害について検討するに、原告は、被告は右八ミリプリント二〇〇本を製造し、一本当り少なくとも金三万三、〇〇〇円で販売したものであるところ、一本当りの製造原価は金一万五〇円であるから、右販売価額から右製造原価を控除した一本当り利益金二万二、九五〇円に右販売本数二〇〇を乗じた金四五九万円の利益を挙げたものであり、これが原告が被つた損害であると主張し、原告本人は、この種八ミリプリントは一種類について二〇〇本プリントされるものであるから、被告も「牧水のふるさと」の八ミリプリントを二〇〇本プリントし販売したはずであると供述するところであるが、これを裏付けるに足りる的確な証拠もなく、右供述部分のみから、被告が「牧水のふるさと」の八ミリプリントを二〇〇本販売したものと認めることは困難であるし、また、原告本人尋問の結果(第二回)により真正に成立したことが認められる甲第三四号証ないし第三七号証、第三八号証の一ないし三、第四三、第四八号証、証人【P27】の証言により真正に成立したことが認められる甲第四六、第四七号証、証人【P27】の証言によれば、一般的にこの種プリントの製造原価及び販売価格が原告の主張に添うものであることが認められるけれども、そのことから直ちに被告が「牧水のふるさと」八ミリプリントを原告主張の製造原価及び販売価格で販売したものとはいえないところ、かえつて被告会社代表者【P10】尋問の結果(第二回)により真正に成立したことが認めらる乙第一〇号証及び同代表者尋問の結果によれば、被告は「牧水のふるさと」八ミリプリント二本を製造原価金一万三、五〇四円で製造し、これを国鉄西部支社に金二万円で販売したことが認められ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。右認定の事実によれば、被告は、「牧水のふるさと」二本を販売することにより右販売価額金二万円から右製造原価金一万三、五〇四円を控除した金六、
四九六円の利益を得たものというべきところ、前説明のとおり原、被告は本件映画についてそれぞれ持分二分の一の著作権を有するものであるから、被告は、右利益額金六、四九六円の二分の一の額である金三、二四八円については、原告の右持分権を侵害して得たものというべきである。ところで、特段の反証がない限り、侵害者が侵害行為により得た利益を著作権者を受けた損害の額と推定することができるものと解されるところ、特段の反証がない本件においては、被告が得た右利益金三、二四八円を原告が受けた損害を額と推定することができる。
そうすると、原告は、被告が「牧水のふるさと」の一六ミリカラーフイルムを縮小して八ミリカラーフイルムを製造し、販売したことにより、被告に対し、損害金三、二四八円の賠償請求権を取得したものというべきである。
原告は、右複製権侵害に基づく請求が認められないとしても、(1)被告の右行為は原告が「牧水のふるさと」について有する同一性保持権を侵害するものであり、(2)仮に同一性持権を侵害するものでないとしても、著作者である原告の名誉又は声望を害する方法によりこれを利用するものであつて、著作者人格権を害するものとみなされるものであり、(3)あるいは原告の一般的人格権を侵害するものであると主張する。しかしながら、前説明のとおり著作者の人格的利益を害しない程度の変更は同一性保持権の侵害とはならないものと解すべきところ、一般的にいつて一六ミリカラーフイルムを八ミリカラーフイルムに縮小したからといつて、
これを映写した場合を考えると、一六ミリカラーフイルムで表現された著作者の創作意図に変更を及ぼし、ひいて著作者の人格的利益を害するものとは解されないところ、原告が「牧水のふるさと」が八ミリカラーフイルムに縮小されて販売されたことによつて特にその人格的利益が害されたことを認めるに足りる証拠はないし、
また原告が被告の右行為により名誉又は声望を害されたりあるいは一般的人格権が害されたことを認めるに足りる証拠もない。原告の右主張は理由がない。
そうすると、原告の右同一性保持権等の侵害を理由とする慰藉料請求は理由がない。
四 本件契約に基づく金員支払債務の履行請求について(一) 原告は、被告は昭和四一年二月ころ以降本件映画一三本につきプリントを作成し、国鉄西部支社に合計一六九本、熊本県、大分県、長崎県及び長崎市に各一本あて計四本、鹿児島県に二本、総合計一七五本を販売したので、原告は被告に対し、本件契約第6条に基づき、右販売によつて被告が挙げた収入の三〇パーセントに当る金員の配分を求める権利を取得したところ、プリント一本当りの製造原価は一万三、九五〇円、販売価額は金七万五、〇〇〇円であるから、被告は原告に対し、右販売価額から右製造原価を控除した一本当り収入金六万一、〇五〇円に右販売本数合計一七五を乗じた額の三〇パーセントに当る金三二〇万五、一二五円が原告が配分を受け得る額であると主張するので、この点について検討する。
被告が原告主張の本数のプリントを原告主張の製造原価で製造し、原告主張の販売価額で他に販売したことを認めるに足りる証拠はない。原告本人は、本件映画の市価は一本当り金六万五、〇〇〇円であり、これを販売価額として被告の収入額を算出すべき旨の供述をするところであるが、前掲甲第一号証によれば、被告が現実に得た収入が配分の基礎とされる約束であつたことが認められるから、原告の右供述部分は採用することができない。
しかして、被告が自認する収入以上の収入を被告が挙げたことを認めるに足りる証拠もないから、結局原告の受け得る配分額は、被告が自認するプリントの販売本数、販売価額及び製造原価に基づいて算出される被告の収入額を算定の基準とするほかはない。
そこで、被告が自認するプリントの販売本数、販売価額及び製造原価に基づいて算出される被告の収入額について検討する。まず被告は、国鉄西部支社に対し、本件請負契約に基づいて本件映画のプリント一三本を納入したことを自認するところであるが、他方被告は、原、被告は本件契約書の作成の際右プリントについては契約の範囲から除外した旨主張するので、この点について考えるに、被告会社代表者【P10】は被告の右主張事実に添う供述をするところであるが、これを裏付けるに足りる証拠もないから、これをそのまま信用することもできないし、他に右主張事実を認めるに足りる証拠もないから、被告の右主張は理由がないけれども、前認定によれば、右一三本のプリントの納入による収入は本件請負契約の請負代金六五〇万円の中に含まれているものというべきであるが、右一三本のプリント自体の納入による収入が右請負代金のうちいくらであるかが明らかではないから、右一三本については原告の収入額を算定することができない。次に、被告は、国鉄西部支社に対し、本件映画のプリント一四三本を請負代金三五四万六、四〇〇円で納入し、
その製造原価は金二〇〇万円で、差引き金一五四万六、四〇〇円の利益を、また鹿児島県に二本、熊本市に一本、長崎県及び長崎市に各一本、大分市に一本合計六本を一本当り金四万五、〇〇〇円、合計金二七万円で販売し、その製造原価が金八万三、七〇〇円で、差引き金一八万六、三〇〇円の利益をそれぞれ得たことを自認するところであるから、右利益額の合計金一七三万二、七〇〇円が被告の収入額となる。
しかして、前認定によれば、原、被告は、本件契約により、本件映画のプリント販売による収入は被告の活動による場合は原告にその三〇パーセントの額を配分する旨約したものであるから、原告が配分を受け得る額は、右収入額金一七三万二、
七〇〇円の三〇パーセントの額である金五一万九、八一〇円となる。
そうすると、原告は、被告に対し、本件映画のプリントを販売した場合の本件契約による金員支払約束に基づき金五一万九、八一〇円の請求権を取得したものというべきである。
(二) 原告は、被告は教育テレビ、朝日放送、RKB毎日放送、熊本放送、琉球放送にそれぞれ本件映画一三本を提供し、一本当り放送料相当額金八万円の収入を挙げたので、原告は被告に対し、本件契約第6条に基づき、右一本当り収入金八万円に右本件映画の本数一三及び右放送局数五を乗じた額の三〇パーセントに当る金一五六万円の配分を求める権利を取得した旨主張するので、この点について検討する。
ところで、被告が本件映画のプリントを原告主張のテレビ局に提供したことは当事者間に争いがないが、被告が原告主張の本数のプリントを放送局に提供し、一本当り金八万円の収入を挙げたことを認めるに足りる証拠はない。原告本人は、本件映画の一本当り放送料相当額は金八万円であると供述し、その点を裏付けるための書証を提出するところであるが、前掲甲第一号証によれば、本件契約により原告が配分を受けることができる収入は、被告が現実に得た収入を基準とすべきものであることが認められるから、原告の右供述は採用することができない。
しかして、被告が自認する以上の収入を被告が挙げたことを認めるに足りる証拠もないから、結局原告の受け得る配分額は、被告が自認する収入額を基礎として算出される限度で肯認するほかはない。
そうすると、被告が、教育テレビに本件映画のプリント一三本を一本当り手数料一万円合計金一三万円で、熊本放送に同八本を一本当り手数料金四、〇〇〇円合計金三万二、〇〇〇円で、朝日放送及びRKB毎日放送にそれぞれ同一三本を一本当り手数料金四、〇〇〇円合計金五万二、〇〇〇円で、琉球放送に同一三本を一本当り手数料金五、〇〇〇円合計金六万五、〇〇〇円から仲介手数料金二万九、〇〇〇円を控除した金三万六、〇〇〇円で提供したことは被告の自認するところであるから、被告がテレビ放映によつて挙げた収入は被告が自認する右収入の総合計金三〇万二、〇〇〇円の限度で認めることができる。そして、前掲甲第一号証によれば、
原告は右収入の三〇パーセントの額の配分を受ける権利を有するものと認みられるから、原告は、右金三〇万二、〇〇〇円の三〇パーセントの額である金九万六〇〇円の配分を請求する権利を取得したものと認めることができる。
ところで、原告は、右配分金の一部として金七万八、六〇〇円を受領したことを自認するところであるから、結局原告は右金九万六〇〇円から右金七万八、六〇〇円を控除した金一万二、〇〇〇円の配分請求権を有するものというべきである。
(三) 原告は、被告から、シナリオの作成、演出及び編集の大半を完了し一部はその進行中であつた「博多周辺」の製作をキヤンセルされたので、本件契約第10条及びキヤンセル時の被告のキヤンセル料の支払約束に基づきキヤンセル料の支払を請求する権利を有する旨主張するので、この点について検討する。
前掲甲第一号証によれば、被告は、原告に対し、昭和四一年五月二五日、本件契約により被告の都合で本件映画の製作を中止した場合はキヤンセル料を原告に支払う旨約したことが認められるところであるが、「博多周辺」の製作中止が本件契約の右条項に該当する場合であることを認めるに足りる証拠はなく、かえつて前認定によれば、「博多周辺」の製作が中止されたのは昭和四一年一月であり、従つて本件契約は「博多周辺」の製作が中止された後に締結されたものであるから、仮に、
「博多周辺」の製作中止が本件契約にいうキヤンセル料を支払うべき場合に該当するものであるならば、本件契約の際「博多周辺」のキヤンセル料の支払について具体的な取り決めができたはずであるのに、そのような取り決めはされておらず、そうすると「博多周辺」の製作中止は、被告の都合によるものではなく右条項にいうキヤンセル料を支払う場合に該当するものでなかつたか、あるいは仮に被告の都合によるものでキヤンセル料を支払うべき場合には該当したが、本件契約の締結に当たり「博多周辺」の製作中止の場合を本件契約から除外したものか、そのいずれかであると推認することができる。しかも、前認定によれば、本件契約締結時、本件映画の製作は、「遠賀川」の製作を残し未だ完了していなかつたのであるから、
「博多周辺」の製作中止が本件契約のキヤンセル料支払いの条項に入らないとしても、かかる条項が本件契約の中に入れられたことが意味を失うわけではなく、むしろ本件契約が「博多周辺」の製作中止後「遠賀川」の製作中、その完成前に締結されたという前認定の事実によれば、「博多周辺」の製作が中止されたという事実があつたので、そのようなことが「遠賀川」の製作について被告の都合でされた場合にはキヤンセル料を被告から原告に支払われるべきことを意図して右条項が定められたものと推認することもできなくはない。
また、原告本人は、被告会社代表者が原告に対し、「博多周辺」製作中止等に「顔を立てます」と言つたが、これはキヤンセル料を支払うという趣旨のものである旨供述するが、仮に被告会社代表者が原告に対し、「顔を立てます」と言つたとしても、それが直ちにキヤンセル料の支払いを約したものということは困難である。
右のとおりであるから、原告の右主張は理由がない。
そうすると、原告のキヤンセル料の支払請求は、その余の点について検討するまでもなく、理由がない。
五 原告の本件契約に基づく本件映画の完成プリント一三本の引渡請求について 原告は、被告は原告に対し、本件契約第4条に基づき本件映画の完成プリント一三本を引渡すべき義務があると主張するので、この点について検討するに、前掲甲第一号証によれば、被告は原告に対し本件映画の完成プリント一三本の引渡しを約したことが認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はないから、被告は原告に対し、本件映画の完成プリント一三本を引渡すべき義務を負担したものというべきである。
ところで、被告は、被告が原告に対し、資金の関係からモノクロフイルムにして貰いたい旨申し入れたところ、原告がこれを承諾したので、モノクロフイルムを被告に引渡し本件契約上の義務を履行した旨主張し、被告会社代表者【P10】はその旨供述する。しかしながら、原告本人はモノクロフイルムを所持していることは認めるが、それはカラーフイルムを持つてくるまでの暫定措置として受取つたもので、右被告会社代表者が供述するような約束はしていない旨供述するところ、他に被告会社代表者の右供述部分を裏付けるに足りる的確なる証拠がない以上、被告主張の約束があつたことを肯認定することは困難である。
従つて、被告は、原告に対し、本件映画の完成プリント一三本の引渡義務がある。
著作者人格権侵害に対する原状回復の請求について 原告は、被告が本件映画各篇の冒頭に「東京福原フイルムズ作品」というタイトル・フイルムを加えた行為は、原告の本件映画について有する氏名表示権を侵害するものであるとして、旧著作権法第36条の2第1項に基づいて右タイトル・フイルム部分の切除を求めるが、前記三、(一)、1の項に説明するとおり、被告の右行為は、原告の氏名表示権を侵害するものとは認められないから、原告の右請求は理由がない。
七 「加賀、能登」についての原告の著作者人格権侵害に基づく損害賠償請求について 原告は、昭和三七年秋ころ、被告会社の前身であるアマチユアグループ訴外福原フイルムからの依頼により「加賀、能登」のシナリオ書き、演出等を行い右映面を製作し、これをその後被告に引渡したが、被告に対し、「加賀、能登」を金沢鉄道局に貸与し又は引渡し、同局が内部的に映写することだけを許諾したに過ぎないのに、被告は、原告に無断で「加賀、能登」をプリント製作し、「製作福原フイルム」と表示して放送局から放映し、原告が右映画について有する氏名表示権及び公表権を侵害するものである旨主張するので、この点について検討する。
まず、被告が、「加賀、能登」について原告の有する氏名表示権を侵害したことを認めるに足りる証拠はなく、かえつて成立に争いがない甲第二六号証、証人【P12】、同【P13】の各証言、原告、被告会社代表者【P10】の各尋問の結果(いずれも第一、第二回)を総合すると、「加賀、能登」は、昭和三七年秋ころ、
被告会社の前身である被告会社代表者【P10】を中心とするグループ福原フイルムスが金沢鉄道局から依頼を受け、原告に脚本、演出を依頼し、原告はこれを承諾して脚本、演出者として右映画の製作に参加することを約して右映画の脚本・演出を担当し、被告会社代表者【P10】、【P13】ら右グループの者が撮影、編集等を行い、右グループ及び右映画の製作中に設立された被告会社が製作費を負担して製作したものであること、右映画には「製作 福原フイルムス」、「演出、脚本 【P1】」と表示されたタイトル・フイルム部分が存することが認められ(他に右認定を左右するに足りる証拠はない。)、右事実、並びに、映画の著作者及び映画の著作権の帰属についての前説明によれば、原告が「加賀、能登」の演出、脚本を担当した者としてその著作者の一人であり、また被告会社の前身のグループ及び被告会社が右映画の製作者であるというべきところ、右映画には原告が演出、脚本を担当したことを表示する「演出・脚本 【P1】」のタイトル・フイルム部分があるし、また「製作 福原フイルムス」の表示も事実右映画の製作者である被告会社の前身グループ又は被告会社が製作したことを示すに過ぎないものである。従つて、被告が「加賀、能登」について原告の有する氏名表示権を侵害したとの原告の主張は理由がない。
次に、原告は、原告は被告に対し、「加賀、能登」を金沢鉄道局が内部的に映写することだけを許諾したに過ぎないのに、被告は、これを放送局から放映し、原告が「加賀、能登」について有する公表権を侵害した旨主張する。ところで、旧著作権法には公表権についての直接の規定はないが、旧著作権法の解釈として、著作者はその著作物でまだ公表されていないものを公衆に提供し、又は提示する権利を有するものと解され、そして右公衆の中には特定且つ多数の者を含むものというべきところ、「加賀、能登」が金沢鉄道局で内部的に映写することを許諾されたものであるならば、これが、金沢鉄道局の内部であれ、少なくとも特定且つ多数の者に提示されたであろうことが容易に推察されるところであるから、被告が放送局から「加賀、能登」を放映した行為は、まだ公表されていない著作物を公衆に提示したものとはいえないから、原告の「加賀、能登」について有する公表権を侵害するものでもない。
そうすると、「加賀、能登」について原告が有する著作者人格権の侵害を理由とする原告の損害賠償請求は、その余の点について検討するまでもなく、理由がない。
八 被告の相殺の仮定抗弁について 被告は、仮に本訴請求債権の成立が認められるとしても、被告は原告に対し、損害賠償請求債権金七三万一、四一六円を有するので、これをもつて原告の本訴債権とその対当額において相殺する旨の意思表示をしたから、原告の本訴債権はその限度で消滅した旨主張し、被告の損害賠償請求債権の取得原因として、(一)原告は、当初予定されていた博多を中心とする映画の製作に協力せず、「遠賀川」の製作を主張、固持したため、被告において、余分な「遠賀川」の製作のために合計金三〇万三二八円の出費を余儀なくされ、(二)原告の不協力により、被告は、新たに「九州の旅博多」を製作しなければならなくなり、その製作費金三四万六、六五八円の出費をし、(三)原告は、本件映画の製作について、その構成ミスのため、
間違つて録音されてしまう結果をもたらし、被告はその訂正の作業に金八万四、四三〇円の出費をしたものであるが、これらの出費は、原、被告間の本件映画の製作についての契約に基づき原告が構成、脚本をすべき債務の不履行によるものであるから、被告は原告に対し、右(一)ないし(三)の出費の総額金七三万一、四一六円の損害賠償請求権を取得した旨主張するところ、前項までの判断によれば、原告は被告に対し合計金五三万、〇五八円の債権を取得したものというべきであるから、被告の右相殺の抗弁について検討する。
まず、右(一)の出費についての損害賠償請求権の成否について考えるに、前掲乙第五号証及び証人【P12】の証言によれば、被告が「遠賀川」の製作のために金三〇万三二八円の出費をしたことが認められ、そして証人【P12】及び被告会社代表者【P10】は、右費用は原告が当初予定されていた博多を中心とする映画の製作を中止し、「遠賀川」の製作を主張してこれを製作したために生じたものである旨供述するところであるが、それが原、被告間の本件映画の製作についての契約に基づく原告の債務の不履行によるものであるとの証拠はなく、かえつて被告会社代表者【P10】自身「遠賀川」の製作は原告の主張を国鉄西部支社の担当者が受け入れたので、被告もこれを承知せざるを得なかつたとの趣旨の供述をするところであつて、被告は「遠賀川」の製作を容認したものと推測されるところである。
右(一)の出費について被告が損害賠償請求権を取得したとの被告の主張は理由がない。
次に、右(二)の出費についての損害賠償請求権の成否について考えるに、前掲乙第五号証及び証人栗多栄の証言によれば、被告が「九州の旅博多」の製作に金三四万六、六五八円の出費をしたことが認められるけれども、「九州の旅博多」の製作が原、被告間の本件映画の製作についての契約に基づく原告の債務の不履行によるものであることを認めるに足りる証拠はなく、かえつて前認定によれば、「九州の旅博多」は、被告が国鉄西部支社の注文により、本件映画一三本とは別個に製作したものであるところ、この点について被告会社代表者【P10】は、原告が「遠賀川」を主張、固持してこれを製作したために、「九州の旅博多」を製作せざるを得なくなつたものである旨の供述をするところであるが、前説明のとおり結局は被告自身「遠賀川」の製作を容認したものと推測されるところであるから、「遠賀川」を製作したために「九州の旅博多」を製作せざるを得なくなつたものであるとしても、それは被告が容認したことに基因するものであるから、原告の債務の不履行によるものであるとはいえない。右(二)の出費について被告が損害賠償請求権を取得したとの被告の主張は理由がない。
最後に、右(三)の出費についての損害賠償請求権の成否について考えるに、前掲乙第五号証及び証人【P12】の証言によれば、本件映画の語りの用語が間違つていたため、被告がその訂正録音のために金八万四、四三〇円の出費をしたことが認められるけれども、その間違いが原告の脚本の間違いによるものであることを認めるに足りる証拠はない。そうすると、右出費が、原、被告間の本件映画の製作についての契約に基づく原告の債務の不履行によるものとはいえない。右(三)の出費について被告が損害賠償請求権を取得したとの被告の主張は理由がない。
右のとおりであつて、被告が原告に対し、被告主張の損害賠償請求権を取得したことを認めるに由ないから、結局被告の相殺の仮定抗弁は理由がないものといわなければならない。
九 以上のとおりであるから、原告の本訴請求は、本件映画の完成プリント一三本の引渡請求、並びに、金員支払請求のうちの、金五三万五、〇五八円及びこれに対する請求の拡張の申立書送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和四八年六月一二日以降支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度でこれを認容し、その余は理由がないのでこれを棄却することとし、
訴訟費用の負担について民事訴訟法第89条第92条本文を、仮執行の宣言について同法第196条第1項を各適用して主文のとおり判決する。
裁判官 高林克巳
裁判官 清永利亮
裁判官 木原幹郎
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