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事件 |
昭和
52年
(ワ)
598号
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裁判所 | 東京地方裁判所 |
判決言渡日 | 1978/06/21 |
権利種別 | 著作権 |
訴訟類型 | 民事訴訟 |
主文 |
一 被告(反訴原告)【A】及び被告株式会社有信堂高文社は、別紙目録記載の書籍のうち、別紙一覧表A欄記載部分をすべて削除しない限り右書籍を発行し、販売し又は頒布してはならない。 二 右両名は、連帯して原告(反訴被告)に対し、金三〇万二二一一円及びこれに対する昭和五二年一二月二日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払をせよ。 三 原告(反訴被告)のその余の請求を棄却する。 四 被告(反訴原告)【A】の反訴請求を棄却する。 五 訴訟費用のうち、本訴について生じた分は、これを三分し、その二は原告(反訴被告)の負担とし、その余は被告(反訴原告)【A】及び被告株式会社有信堂高文社の負担とし、反訴について生じた分は被告(反訴原告)【A】の負担とする。 六 この判決は、第一、二項に限り仮に執行することができる。 |
事実及び理由 | |
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当事者の求めた裁判
(本訴について)一 原告(反訴被告。以下、単に「原告」という。)1 主文第一項と同旨2 被告(反訴原告)と【A】(以下、単に「被告【A】」という。)及び被告株式会社有信堂高文社(以下、「被告会社」という。)は、連帯して原告に対し、金一一七万二〇〇〇円及びこれに対する昭和五二年二月一日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払をせよ。 3 訴訟費用は被告らの負担とする。 との判決並びに1、2項につき仮執行の宣言二 被告ら1 原告の請求をいずれも棄却する。 2 訴訟費用は原告の負担とする。 との判決(反訴について)一 被告【A】1 原告は被告【A】に対し、金六五万円及びこれに対する昭和五一年一一月一五日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払をせよ。 2 訴訟費用は原告の負担とする。 との判決並びに仮執行の宣言二 原告1 主文第四項と同旨2 訴訟費用は被告【A】の負担とする。 との判決 |
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当事者の主張
一 原告の本訴請求の原因1 原告は、かねてより日照権に関する研究者及び法律実務家として活躍し、これに関する多くの論文を発表して識者の批判を仰いできた者であつて、「日照権―あすの都市と太陽―」と題する書籍(昭和四八年三月二七日初版発行、発行所日本経済新聞社、発行者【B】。以下、「原告書籍と」いう。)の著作者兼著作権者である。 2 被告らは、共同して、昭和四九年一月二五日被告【A】を著者とし、題号を「日照紛争と環境権―その理論と実務―」とする別紙目録記載の書籍(以下、「被告書籍」という。)の初版第一刷を出版、発行し、その後第二刷及び第三刷を発行し、現にこれを販売、頒布している。 3 ところが、被告書籍のうち別紙一覧表(以下、「一覧表」という。)A欄記載の各記述部分は、それぞれ原告書籍中の同表B欄記載の各記述部分と完全に同一であるか又は殆んど同一であり、しかも、被告【A】は被告書籍の原稿の作成に当たり、原告書籍に接する機会があつたから、被告書籍中の前記各部分は原告書籍中の前記各対応部分を複製、盗用したものであることが明らかであり、したがつて、被告書籍の発行、販売等は原告が原告書籍について有する著作権を侵害するものである。また、被告らは、被告書籍を発行して公衆に提示するに当たり、前記侵害部分に原告の氏名表示をすることを怠つているが、これは原告が原告書籍について有する著作者人格権を侵害するものである。 ところで、被告らは、原告書籍中の一覧表B欄記載の各記述部分は公知の事実又は一般常識に属する事柄を内容とするものであつて、著作物性を有しないと主張する。しかしながら、右の各記述はいずれも日照権に関する原告の思想を具体的に表現した原告独自のものであつて、これを公知の事実等を内容とするものというのは当たらない。のみならず、およそ公知の事実又は一般常識に属する事柄であるとしても、これをいかに感得し、いかに表現するかは各人の個性に応じて異なるから、 仮に原告書籍中の右記述部分が公知の事実等を内容とする記述であるからといつて、著作物性を欠くというものでもない。 また、被告らは、原告の主張が原、被告書籍における部分的かつ枝葉末節の記述の類似性をもつて著作権侵害と決めつけるものであると主張するが、右主張は争う。 次に、被告らは、被告【A】は被告書籍の原稿を作成した当時、原告書籍の存在を知らなかつたなどと主張する。しかしながら、被告書籍一二〇頁には、神戸地方裁判所尼崎支部昭和四八年五月一一日付決定が掲載され、判例時報第七〇二号(同年六月二一日発行)一九頁が引用されているから、被告書籍の原稿の完成は早くとも同年六月以降であつたと考えられ、したがつて、被告【A】は右原稿の作成に当たり原告書籍を参照しえたはずである。 しかも、言語の著作物において、同じテーマを扱つたからといつて、その具体的表現が一覧表A欄及びB欄の各記述におけるほど一致することは、ありえない。被告書籍における原告書籍からの盗用の事実は動かし難いところである。 4 被告【A】は故意により、また、被告会社は当初は過失により、昭和四九年三月原告において被告書籍の発行等が原告の著作権等を侵害するものである旨通告した後は故意により、両者共同して前記侵害行為に及んだものであるから、被告らは、共同不法行為者として、連帯して、原告が前記侵害行為等によつて蒙つた損害を賠償する義務がある。 5 原告の損害は次のとおりである。 (一) 財産的損害 金六七万二〇〇〇円 被告らによる被告書籍の発行部数は二〇二〇部であり、このうち昭和五二年一二月二日現在における売上部数は一〇〇〇部を下らない。そして、被告書籍の販売価格(定価)は一部金二四〇〇円であるところ、その一部当たりの販売にともなう純利益は、被告【A】分が右販売価格の一〇パーセントに当たる金二四〇円であり、 被告会社分が同一八パーセントに当たる金四三二円である。したがつて、被告らは右の発行、販売によつて少なくとも金六七万二〇〇〇円の純利益を得たことになり、これが原告の損害の額と推定されるべきものである。 (二) 慰藉料 金五〇万円 原告は、前述のとおり、昭和四九年三月被告会社に対し、被告書籍の発行等が原告の著作権及び著作者人格権を侵害するものである旨通告したところ、被告会社代表者から、被告書籍の著者である被告【A】に連絡をした旨及び被告【A】において陳謝その他のしかるべき措置をとるので待つて欲しい旨の回答があつたため、原告はこれを信じて待機していたのであるが、被告らからは何の措置もとられなかつた。そこで、原告は、さらに数回にわたつて被告会社に催告したものの、その都度要領を得ない回答を受けただけであつた。被告らはこの間も被告書籍の増刷、販売、宣伝等を継続していた。しかし、原告は、弁護士である自己のために訴訟を提起することは避けたいと考え、また、同じく弁護士である被告【A】の良識を信じて、隠忍自重を重ねた末、昭和五一年一一月被告【A】に内容証明郵便をもつて催告し、次いで、翌五二年一月被告会社に催告したが、被告らは全く誠意を示さなかつたため、自己の権利を擁護すべく、やむなく本訴に及んだものである。右の事情と前記侵害行為の態様とを参酌すれば、被告らの前記著作権及び著作者人格権に対する侵害行為により受けた原告の精神的損害は甚大であるというべく、これを金銭で慰藉するとすれば金五〇万円が相当である。 6 よつて、原告は、被告らに対し、被告書籍の発行、販売及び頒布の差止と前記損害賠償金一一七万二〇〇〇円及びこれに対する本件訴状送達の翌日である昭和五二年二月一日から支払済みまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。 二 本訴請求の原因に対する被告らの認否及び主張1 本訴請求の原因1の事実中、原告が原告書籍の著者であることは認めるが、その余は否認する。 2 同2の事実は認める。 3 同3の事実中、被告書籍及び原告書籍にそれぞれ一覧表A欄及びB欄記載の各記述部分があることは認めるが、その余は否認する。 被告書籍の発行等が原告の著作権及び著作者人格権を侵害するとの原告の主張は、以下に述べるとおり理由がない。 (一) 原告書籍中の一覧表B欄記載の各記述は、いずれも公知の事実又は一般常識に属する事柄を内容とするものであつて、独創性がなく、思想もしくは思想の体系化というに値するものも見出しえないから、著作物としての保護を受けえない。 右の各記述が原告独自のものでないことは、次の点からも明らかである。すなわち、ジユリスト第四九〇号(昭和四六年一〇月一五日号)六〇頁(乙第二一号証)には、日照と採光の混同につき一覧表B欄2の記述と、また、同誌二三頁(乙第二二号証)には、日照権が生活環境権の代表的なものであることにつき同表同欄3の記述と、それぞれ表現上類似しかつ趣旨において同一の記述が存するのであり、同表同欄のその余の各記述も同断であろうと推測されるものである。 (二) 原告が被侵害部分として主張する、原告書籍中の一覧表B欄記載の各部分は、本来記述されるべき部分が(中略)又は(カツコ略)として意図的に省略されており、しかも、被告書籍からはこれらと形式的に類似する部分のみが抜き出されて同表A欄に掲げられているため、被告書籍における独創的な思想体系が破壊、分断される一方、一覧表に摘記された各記述の類似性のみが不当に強調される結果になつている。しかしながら、著作権侵害の成否は、総合的、全体的考察に基づき、 一方の独創性ある思想が他方に盗用されているか否かにより決すべきであつて、原告主張のように部分的かつ枝葉末節の記述の類似性をもつて権利侵害と決めつけるのは不当である。 (三) 被告【A】は、昭和四〇年代の初め頃から被告書籍の基本構想の取りまとめやその原稿作成の準備作業を行い、昭和四六年頃からは原稿の作成に取りかかり、昭和四八年五月頃これを完了したものであるが、その間原告書籍の存在を知らず、これを参照したことはない。原、被告書籍のうち原告主張の各記述部分が仮に文章表現において類似しているとしても、これをもつて直ちに盗用と断定するのは不当であつて、日照権に関する問題のように、極めて狭い範囲のテーマにつき同じような素材を利用して著述を行えば、似かよつた表現の記述がなされるのは、むしろ当然なのである。 ちなみに、被告【A】は、昭和四〇年代の初め頃から日照権問題の研究に取り組み、この問題に関する知識、経験、教養の取得、蓄積に努めた。就中、右の研究に役立つたのは、数多くのセミナー会社における講演及びこれにともなう研究討議であり、その他日本弁護士連合会公害対策委員等の各種委員として得たさまざまな情報である。被告【A】は、右のような知見ないし研究実績に基づいて独自に被告書籍の原稿を作成したものであつて、その作成に当たり、原告書籍を参照したり、その一部を盗用したりする必要は全くなかつた。 4 同4の事実中、原告が昭和四九年三月被告会社に対し、被告書籍に原告書籍からの盗用部分があるとの通告をしたことは認めるが、その余は否認する。 5(一) 同5の(一)の事実中、被告書籍の発行部数及び定価が原告主張のとおりであることは認めるが、その余は否認する。 (二) 同5の(二)の事実中、原告が昭和四九年三月被告会社に対し、被告書籍中に原告書籍からの盗用部分があるとの通告をしたこと及び原告がその後その主張のような催告をしたことは認めるが、その余は否認する。 三 被告【A】の反訴請求の原因1 原告書籍中の一覧表B欄記載の各記述には著作物性がないこと、また、被告書籍が原告書籍とは全く別個独立の著作物であつて、原告書籍の一部を盗用したものでないことは、前述のとおりである。しかるに、原告は、被告書籍中に原告書籍からの盗用部分があるとの虚偽の事実を構え、被告書籍の出版を妨害し、かつ被告【A】の各誉、信用を失墜させるべく、次のとおりの違法行為に及んだ。 (一) 原告は、昭和四九年三月半ば頃被告会社に対し、手紙をもつて、被告書籍中に原告書籍からの盗用部分があると称し、被告【A】の陳謝、被告書籍の絶版及び相当額の慰藉料の支払等を要求し、さらに、その後電話で数回にわたり右同様の要求を繰り返した。 (二) 原告は、昭和五一年一一月以前、京都における【C】先生古稀記念論文集出版記念会の席上、被告会社京都支店の【D】に対し、被告【A】が盗作者であるとの虚構の事実を吹聴した。 (三) 原告は、昭和五一年一一月一五日被告【A】に対し、同月一二日付内容証明郵便(甲第四号証)を送付し、被告書籍における一覧表A欄記載の六項目を含む合計九項目の記述が原告書籍からの盗用であると主張するとともに、陳謝、被告書籍の絶版及び慰藉料の支払等を要求した。 (四) 原告は、昭和五一年頃ある大学の経済学部の某に対し、被告【A】が盗作者である旨を吹聴した。 (五) 原告は、昭和五二年一月頃被告会社に対し、電話で被告【A】が盗作者である旨を通告した。 (六) 原告は、右(一)、(三)及び(五)の通告が効を奏さないと知るや、被告書籍中の盗作部分と称する箇所を九項目から六項目に減らすなどの操作を加えたうえ、被告書籍の出版妨害及び被告【A】の名誉、信用の毀損を意図して本訴を提起した。 原告の以上の違法行為によつて、被告【A】はその名誉、信用を著しく毀損されたものであり、これを金銭で慰藉するとすれば、金六五万円が相当である。 2 よつて、被告【A】は原告に対し、右慰藉料金六五万円及びこれに対する昭和五一年一一月一五日から支払済みまで民事法定利率年五分の割合による金員の支払を求める。 四 反訴請求の原因に対する原告の認否 反訴請求の原因1の事実中、(一)ないし(三)の事実(但し、(三)のうち、 被告【A】が盗作者であることが虚構であるとの点は否認する。)及び(六)の事実のうち、原告が本訴提起に当たり、被告書籍における盗作部分としての主張を当初の九項目から六項目に減らしたことは認めるが、その余は否認する。 原告が、被告書籍における盗作部分として、当初九項目を主張していたのを、本訴提起に当たり六項目に減じたのは、盗作であることが極めて明白なものに限定した結果であつて、他意はない。 |
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証拠(省略)
理 由 |
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本訴について
一 原告が原告書籍(初版発行日 昭和四八年三月二七日)の著者であること、被告らが共同して昭和四九年一月二五日、被告【A】を著者とする被告書籍の初版第一刷を発行し、その後第二、第三刷を発行して現にこれを販売、頒布していること及び原、被告書籍中にそれぞれ一覧表B欄並びにA欄記載の各記述があることは、 当事者間に争いがない。 二 成立に争いのない甲第一号の証の一ないし七、第五号証の一ないし四、原告書籍であることにつき争いのない検甲第一号証及び原告本人の供述を総合すれば、原告は、昭和三五年裁判官に任官し、昭和四六年これを退官した後は弁護士の職にある者であるが、裁判官在任中の昭和四〇年末頃からいわゆる日照問題に関心を懐き、ことに右退官後は本格的にこの問題の研究と取り組むようになり、多数の論文及び判例批評等を発表してきたこと、原告はこの間に修得した知見等に基づき、昭和四七年八月頃から原告書籍の原稿の作成に取りかかり、翌四八年一月初め頃これを脱稿、完成したこと、原告の右書籍における見解はいわゆる日照権説として学問的議論の対象とされるに至つていることが認められ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。 右認定事実に前掲検甲第一号証を合わせ考えれば、原告は原告書籍の著者兼著作権者であつて、同書中の一覧表B欄記載の各記述はいずれも日照問題に関する原告の思想を創作的に表現したものであることを認めるに十分である。 被告らは、右の各記述には著作物性がないとし、その根拠として、これらの記述は公知の事実又は一般常識に属する事柄を内容とするものであるから創作性がなく、思想又はその体系というべきものも見出し難いと主張する。しかしながら右各記述のすべてが公知の事実又は一般常識に属する事柄を内容とするものというのは当たらない。のみならず、著作物性を肯定するための要件たる創作性は、表現の内容である思想について要求されるのではなく、表現の具体的形式について要求されるものであり、公知の事実又は一般常識に属する事柄についても、これをいかに感得し、いかなる言語を用いて表現するかは各人の個性に応じて異なりうること論を俟たないから、右記述中に公知の事実等を内容とする部分が存在するとしても、これをもつて直ちに創作性を欠くものということはできず、その具体的表現に創作性が認められる限り、著作物性を肯定すべきものと解するのが相当である。また、前記各記述が思想の表現に該当することは前に説示したとおりである。 次に、被告らは、前記各記述が原告独自のものではないと主張し、乙第二一、第二二号証を援用する。そして、成立に争いのない右乙号各証には、前記各記述のうち一覧表B欄2及び3の記述とほぼ同一のテーマを扱つた記述部分が見受けられるけれども、その具体的表現において彼此類似するものとは到底いい難いから、右の各書証をもつて一覧表B欄2及び3の記述もしくはB欄全部の記述の独自性を否定すべき資料とはなしえない。また、被告会社代表者【E】の供述中には、前記各記述は官公庁の文書等を引用したものではないかと思うとの部分があるが、これは同人の憶測にすぎないことは同供述から明らかであるので、右供述部分から、前記各記述が官公庁の文書等を引用したものとは認め難く、ほかにこれらの記述の独自性を疑わせる証拠もない。 三 そこで、被告書籍中の一覧表A欄記載の各記述が、原告書籍中の同表B欄記載の各記述を複製、利用したものであるか否かにつき判断する。 まず、一覧表の記載に基づき、原、被告書籍中の各対応部分を比較対照してみると、これらの各対応する記述は、いずれも叙述の順序、用語の選択、いいまわし等文章表現上の各要素において殆んど一致するか又は極めて類似しており、就中、用語の選択における類似性の顕著であることが看取されるのであり、両者が極めて限られた範囲のテーマに関する記述であることを参酌し、かつその著述に当たり、大同小異の素材ないし資料を用いたと仮定しても、これほど似かよつた文章表現が別個独立に作出されるとは到底考えられないこと吾人の経験則上明らかといわざるをえない。そして、被告書籍であることにつき争いのない検甲第二号証及び被告会社代表者【E】の供述によれば、被告書籍一二〇頁には神戸地方裁判所尼崎支部昭和四八年五年一一日付仮処分決定が掲載され、その出典として判例時報第七〇二号(同年六月二一日発行号)一九頁が引用されていること、もつとも、出版界の慣行として、出版物には現実の発行日より概ね一〇日位先の日付がその発行日として記載される例であることが認められ、右認定事実に被告本人【A】の供述を総合すれば、被告【A】が被告書籍の原稿を完成したのは早くとも昭和四八年六月一〇日過ぎであつたことが認められ、一方、原告書籍の初版発行日が同年三月二七日であることは前述のとおりであるから、被告【A】は被告書籍の原稿の作成に当たり、原告書籍を参照したことが明らかである。 以上の点を合わせ考えれば、被告【A】は被告書籍中の一覧表A欄記載の各記述を作成するに当たり、原告書籍を参照し、このうち一覧表B欄記載の各記述を原告に無断で複製、利用したものと推認するを相当とする。被告本人【A】の供述中、 同被告は被告書籍の原稿を作成した当時、原告書籍の存在を知らなかつたとの部分は、同部分以外の同被告の供述、検甲第二号証の前示記載及び本項冒頭の説示に照らして、にわかに信用できない。もっとも、成立に争いのない乙第一ないし第三号証の各一、二、第四号証、第五ないし第九号証の各一、二、第一〇、第一一号証、 第一二ないし第一六号証の各一、二、第一七ないし第二〇号証及び被告本人【A】の供述を総合すれば、弁護士である被告【A】も従前から日照問題の研究に取り組み、著述活動に従事する傍ら、昭和四七年頃から株式会社企業開発研究所等の主催するセミナーの講師としてしばしば右の問題に関する講演を行つたり、日本弁護士連合会公害対策委員会の委員を勤めるなどして研鑽を積んでいたことが認められるけれども、これらの事情も到底前記認定を覆えすに足りず、ほかにこの認定を左右する証拠もない。 ところで、被告らは、著作権侵害の成否は、総合的、全体的考察に基づき、一方の独創性ある思想が他方に盗用されているか否かにより決すべきであり、原告主張のように、部分的かつ枝葉末節の記述の類似性をもつて侵害と決めつけるのは不当であるなどと主張する、右主張はその趣旨必ずしも分明とはいい難いけれども、著作権侵害の成否とは、要するに、思想そのものではなく、思想(それ自体独創性のあるものであると否とを必ずしも問わない。)についての創作性ある具体的表現が無断で利用されているかどうかということであり、本件において、原告書籍中の一覧表B欄記載の各記述を思想の創作的表現とみるべきこと及び被告書籍においてこれが無断で利用されていると推認すべきを相当とすることは前に説示したとおりであるから、いずれにせよ右主張は採用できない。 以上によれば、被告らによる被告書籍の発行、販売及び頒布は、被告書籍中に少なくとも一覧表A欄記載部分が存する限り、原告が原告書籍について有する著作権(複製権)を侵害するものというべきである。 また、成立に争いのない甲第二号証の一ないし五、前掲検甲第二号証によれば、 被告らは被告書籍を発行して公衆に提示するに当たり、一覧表A欄記載の各侵害部分に著作著である原告の氏名表示をしていないことが認められるところ、これは原告の原告書籍についての著作者人格権(氏名表示権)を侵害するものといわなければならない。 よつて、原告の被告らに対する被告書籍の発行、販売及び頒布の差止請求は理由がある。 四 次に、前項で認定した事実に本件口頭弁論の全趣旨を総合すれば、被告【A】は被告書籍の発行等が原告の著作権及び著作者人格権を侵害するものであることを知つていたと認めるのが相当である。また、被告会社代表者【E】の供述によれば、被告会社は、昭和四八年七月頃被告【A】から被告書籍の出版を依頼され、同被告の出版歴等を調査し、編集会議を開いて右書籍の市場性等を検討したうえ、これを承諾し、右書籍の発行等に踏み切つたことが認められるところ、被告会社は、 その際必要な注意を用いれば、被告書籍の発行等が原告の著作権及び著作者人格権を侵害するものであることを知りえたはずであるのに、これを怠つた点において過失を免れないものというべきである。したがつて、被告らは原告が被告書籍の発行等によつて蒙つた損害を連帯して賠償する義務がある。 五 進んで、原告の損害につき判断する。 1 財産的損害について 被告書籍の発行部数が二〇二〇部であり、その一部当たりの販売価格(定価)が金二四〇〇円であることは、当事者間に争いがなく、被告代表者【E】の供述によれば、右のうち、昭和五二年一二月二日(被告代表者に対する尋問の日)現在における現実の売上部数は一〇〇〇部を下らないことが認められる。 ところで、原告は、被告らが被告書籍の発行、販売によつて純利益を得たとし、 その額を自己の損害の額として主張する。しかしながら、原告が自ら原告書籍の発行、販売を行つていないことは本件口頭弁論の全趣旨により明らかであるから、原告が著作権法第114条第1項の規定を援用して、被告らが被告書籍の発行、販売によつて得た純利益の額を自己の損害の額として主張する余地はないものというべきである。 したがつて、原告はその著作権の行使につき通常受けるべき使用料に相当する額の金員を自己の損害として請求しうるにとどまることになる。そして、被告会社代表者【E】の供述によれば、被告会社は、被告【A】に対し、被告書籍の出版による印税として、一部当たりその定価の一〇パーセントに当たる金員を支払う約定であることが認められるところ、ほかに特段の事情の認められない本件においては、 被告書籍全体が原告書籍の複製であると仮定すれば、被告書籍一部の発行、販売につき、その定価の一〇パーセントに当たる額をもつて、原告書籍の著作権の行使につき通常の受けるべき使用料の額と認めるのが相当である。ところで、一覧表A欄記載の各記述と前掲検甲第二号証とを総合すれば、被告書籍のうち、はしがき、目次、奥付け等を除く実質的記述部分は二一七頁であり、このうち原告書籍の複製とみるべき部分は合わせて二頁分であることが認められる。そうすると、原告の請求しうべき著作権使用料相当額は、被告書籍の定価金二四〇〇円に、前記使用料率一〇〇分の一〇及び被告書籍における侵害部分の全体に対する割合二一七分の二並びに前記売上部数一〇〇〇部をそれぞれ乗じて得られる金二二一一円(円未満切捨)となる。 2 慰藉料について 原告が昭和四九年三月手紙をもつて被告会社に対し、被告書籍中に原告書籍からの盗用部分があるとして、被告【A】の陳謝、被告書籍の絶版及び相当額の慰藉料の支払等を要求したことは、当事者間に争いがない。そして、成立に争いのない甲第四号証、 被告会社代表者【E】及び原告本人の各供述を総合すれば、被告会社は原告の右要求に対し、被告書籍の著者である被告【A】に連絡をした旨及び被告【A】においてしかるべく対応するであろう旨回答したこと、そこで、原告は被告らが右要求を容れて善処するものと期待していたが、被告らは何らの措置も講ずることなく、被告書籍の発行を継続したため、原告はその後電話で数回にわたつて被告会社に前同様の催告をしたものの(右催告の点は当事者間に争いがない。)奏効しなかつたこと、しかし、原告は弁護士である自己のために訴訟を提起することは避けたいと考え、ことに、同じく弁護士である被告【A】の良識に期待して隠忍自重していたのであるが、そのまま放置しては損害賠償請求権が時効により消滅するおそれがあると判断し、昭和五一年一一月一二日付内容証明郵便(前掲甲第四号証)をもつて被告【A】に前同様の催告をし、次いで、翌五二年一月電話で被告会社にも催告したが(これら催告の点は当事者間に争いがない。)、被告らは依然誠意を示さなかつたため、本訴提起のやむなきに至つたものであることが認められ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。 前記著作権及び著作者人格権に対する侵害行為の態様及び程度、右に認定した本訴提起に至るまでの経緯等諸般の事情を考慮すれば、前記侵害行為によつて原告が蒙つた精神的損害に対する慰藉料としては、金三〇万円が相当である。 よつて、被告らは、連帯して原告に対し、前記財産的損害金二二一一円及び慰藉料金三〇万円の合計金三〇万二二一一円及びこれに対する最終の侵害行為の日である昭和五二年一二月二日(原告は、被告書籍の売上部数は同日現在一、〇〇〇部を下らないと主張するので。)から支払済みまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金を支払う義務を負うことになる。 |
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反訴について
原告書籍中の一覧表B欄記載の各記述につき著作物性を肯定すべきこと、また、 被告書籍中の同表A欄記載の各記述は原告書籍中の各対応する記述を複製・利用したものとみるべきを相当とすることは、前に説示したとおりである。したがつて、 これと異なる事実を前提とする被告【A】の反訴請求は、その余の点につき判断するまでもなく理由がない。 なお付言するに、原告が、被告【A】に対する昭和五一年一一月一二日付内容証明郵便(前掲甲第四号証)においては、被告書籍中の原告書籍からの盗用部分として、一覧表A欄記載の六項目を含む九項目を主張していたのを、本訴提起に当たり右の六項目に減じたことは、当事者間に争いがないところ、一覧表の記載、前掲甲第四号証及び原告本人の供述を総合すれば、原告が右のように盗用部分の主張を当初の九項目から六項目に減縮したのは、当初の九項目のうち、二項目は本訴提起に当たつて一項目にまとめ、他の二項目は、盗用であることが明白なもののみを訴訟上主張する趣旨で、削除した結果であることが認められるから、右の事情はことさらに異とするには足りない。 |
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結論
以上の次第であつて、原告の本訴請求は、主文第一、二項の限度で理由があるからこれを認容し、その余の請求及び被告【A】の反訴請求は、いずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第89条、第92条、第93条第1項、仮執行の宣言につき同法第196条の各規定を適用して、主文のとおり判決する。 |
裁判官 | 秋吉稔弘 |
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裁判官 | 佐久間重吉 |
裁判官 | 安倉孝弘 |