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審判番号(事件番号) データベース 権利
昭和48ワ4501 判例 特許権
関連ワード 創作性 /  翻案 /  複製物 /  同一性 /  類似性 /  複製権 /  著作権の譲渡 /  著作権侵害 /  損害賠償 / 
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事件 昭和 50年 (ワ) 1314号
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裁判所 東京地方裁判所
判決言渡日 1979/06/20
権利種別 著作権
訴訟類型 民事訴訟
主文 一 被告は、
原告【A】に対し金一〇万五五一三円、原告【B】に対し金五万二七五七円、原告【C】に対し金五万二七五七円、原告【D】に対し金五万二七五七円、原告【E】に対し金五万二七五七円及び右各金員に対する昭和五〇年三月一三日以降支払済みまで年五分の割合による金員の支払をせよ。
二 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用はこれを一〇分し、その一を被告の負担とし、その余を原告らの負担とする。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
一 原告ら1 被告は、原告【A】に対し金一八三万二五三三円、原告【B】に対し金九一万六二六六円、原告【C】に対し金九一万六二六六円、原告【D】に対し金九一万六二六六円、原告【E】に対し金九一万六二六六円及び右各金員に対する昭和五〇年三月一三日以降支払済みまで年五分の割合による金員の支払をせよ。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
との判決二 被告1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
との判決
請求の原因
一 亡【F】の著作権1 亡【F】(以下、「亡【F】」という。)は、土浦市内において神戸建築設計事務所の名で建築物の設計、工事監理業を営む一級建築士であつたが、昭和四九年一月下旬、別紙第一目録記載の小林ビル新築工事設計図書三三葉(甲第二号証の一ないし三三。以下総称して「原告設計図書」といい、個々の設計図書を指すときは、同第一目録記載の番号を附して示すこととする。)を作成した。
(一)亡【F】が原告設計図書を作成した経緯は、以下のとおりである。
亡【F】は、昭和四八年一一月六日、本件訴の一部取下前の被告【G】(以下、
単に「【G】」という。)から、同人が土浦市<以下略>に建築する小林ビルの設計監理を委託され、昭和四九年一月下旬、原告設計図書を完成させた。そして、同年二月、【G】に対し原告設計図書に基づいて説明を行い、異議のない旨同人の確認を得たので、同年二月末ないし三月初め同人に原告設計図書を引渡したうえ、同年三月中に【G】の代理人として、監督官庁に対し原告設計図書により建築確認申請手続をし、同年四月一〇日建築確認を得た。
(二)原告設計図書の概括的内容は、以下のとおりである。
(1)建物の用途店舗(寝具店)住宅兼貸事務所(2)構造、規模鉄骨造三階建 建築面積二三三・三一平方メートル床面積 一階、二階、三階各二三三・三一平方メートルR階二二・五平方メートル延七二二・四三平方メートル(3)敷地 北東から南西に走る国道六号線と、これに対しほぼ直角に走る研究学園都市東大通線との交差点のほぼ真北に接した角地で、面積は五一四・三〇五平方メートル。
国道六号線に約二二・五メートル、右交差点の隅切に約二〇メートル、研究学園都市東大通線に約三・七メートルそれぞれ接している。
(4)建物の建築位置及び形状 国道六号線及び右交差点の隅切に沿つて、平仮名の「く」の字形の形状をなしている。
(5)建物の配置 全体として、「く」の字形の国道六号線沿い側は、店舗兼住宅部分で、一階に店舗、二階及び三階に住宅、R階に階段室(住宅用)の塔屋と機械室がそれぞれ配置されており、「く」の字形の交差点隅切沿い側は、貸事務所部分で、一階から三階までの各階に事務室が二室ずつ配置されている。
国道六号線及び交差点の隅切に沿つた側を正面として、正面から見た各室の配置、大きさ等は次のとおりである。(店舗兼住宅部分)イ 店舗(一階) 手前に売場(幅一一・〇メートル×奥行約六・二メートル。以下、数字のみで示す。)がある。
その後に、右から左に順に、和室八畳(四・〇×三・七五。右売場に食い込んだ形になつている。内部左奥に吊り押入れ一・六五×〇・九がある。)、住宅用階段室(四・〇×二・二)、パイプシヤフト(〇・五×二・二)、洗面所(一・五×二・二)、便所(一・〇×一・七)が並んでおり、便所の手前、洗面所手前部分の左側に分電盤設置場所(一・〇×〇・五)がある。
ロ 住宅二階 手前左側に台所、食堂兼居間(八・〇×六・二)、手前右側に和室六畳(三・〇×三・九。奥に接して押入れ三・〇×〇・九が二つに分けて設けられている。)がある。
その後に、右から左に順に、寝室(三・〇×三・六。台所、食堂兼居間後端部分の右側に一部を接している。寝室の左側に接して押入れ一・〇×二・二がある。)、階段室(四・〇×二・二)、パイプシヤフト(〇・五×二・二)、脱衣室(一・〇×二・二)、浴室(一・五×二・二)が並んでおり、脱衣室及び浴室の手前に接し、かつ台所、食堂兼居間に食い込んだ形で、右に洗面所(一・五×一・四)、左に便所(一・〇×一・四)がある。
ハ 住宅三階 手前左側に寝室(五・〇×四・二)、その右側に押入れと納戸(二・〇×四・二)があり、更にその右側に、手前から奥に二間続きの和室八畳二室(計四・〇×七・五。一番奥に仏壇と飾棚四・〇×〇・九がある。)がある。
寝室、押入れと納戸の後にある廊下(七・〇×二・〇)を挟んで奥に、右から左に順に、階段室(四・〇×二・二)、パイプシヤフト(〇・五×二・二)、洗面所(一・五×二・二)、便所(一・〇×二・二)が並んでおり、便所の手前、洗面所手前部分の左側に物入れ(一・〇×〇・五)がある。
ニ R階 前記階段室及びパイプシヤフトは一階から三階までまつすぐに通つており、その真上に当たる箇所に塔屋とパイプシヤフト(四・五×二・二)があり、これらの手前に接して機械室(四・五×二・八)がある。
(貸事務所部分)ホ 貸事務所(一階から三階まで各階共通) 中央に階段室(三・〇×五・五。ただし、一階は玄関ホール)があり、この左右両側に接して事務室(左は大体七・二×六・九、右は大体七・七×六・九)がある。
左側の事務室の奥に左から右に、右側の事務室の奥に右から左に順に、それぞれ倉庫、洗面所、便所(左のものは大体六・〇×一・五、右のものは大体七・〇×一・五。両者の間にパイプシヤフト〇・六×一・五がある。)が並んでおり、パイプシヤフト及び便所の手前、階段室の後、左側の事務室後端部分の右側、右側の事務室後端部分の左側に接して、それぞれの台所(一・五×一・四)がある。
(共通事項)ヘ 店舗兼住宅部分と貸事務所部分の共通の構造 正面側の桁行方向の九スパン(長さは、右から、四・〇、三・〇、四・〇、四・〇、四・〇、三・七、三・〇、三・七、三・五)のそれぞれの中央に、物入れ、フアンコイルユニツト(奥行はいずれも〇・三五で、幅は、右から、二・一、一・〇、二・〇、一・八一、一・八一、一・七、一・〇、一・七、一・〇)があり、その両側にそれぞれ外開きの窓(一階については幅〇・八四×高さ二・三、二階及び三階については幅〇・八四×高さ二・〇。)がある。ただし、一階の右から一番め、三番め、七番めのスパンは入口となつている。
2 亡【F】は、右のとおり原告設計図書を創作的に著作したものであるから、原告設計図書三三葉全体について一個の著作権を取得し、かつ、原告設計図書の一葉一葉についてもまたそれぞれ著作権を取得したものである。
被告は、原告設計図書は著作権によつて保護される著作物とはいえないと主張するが、原告設計図書が学術又は美術の範囲に属する著作物であることは明らかである。この点について、若干詳述すると、
(一)原告設計図書三(甲第二号証の三)の敷地配置図は、建物全体の計画の基本となる重要なものであるが、建物をできるだけ大きく見せるよう四囲の環境を考慮し、創意工夫をこらしたものである。
(二)原告設計図書四(甲第二号証の四)の内部仕上表は、いかなる材料をどのようにどこに使うかに苦心して作成したものである。
(三)原告設計図書五及び六(甲第二号証の五及び六)の平面図は、採光の観点や、建物を大きく立派に見せるという観点からあれこれ思案した結果、できあがつたものである。【G】は、亡【F】に建物の規模、使用目的の概要を話しただけで、細部については、自分は素人だから任せるといつて亡【F】に一任したのであり、したがつて、間取りも【G】の指示によるものではない。
(四)原告設計図書七(甲第二号証の七)の立面図は、平面図と一体として総合的に計画されたものであるが、窓を単純化し壁を厚く見せることに創意工夫をこらし、そのため、物入れなどを窓側に配置し、内部の柱の出つぱりをなくすよう配慮したものである。
(五)原告設計図書八(甲第二号証の八)の矩計図は、平面図、立面図を基礎にして、材料、構造、デザインを加味して設計者の意図を詳細に表現したものであつて、単に平面図、立面図から必然的にできあがつたというようなものではない。
(六)原告設計図書一八ないし二〇(甲第二号証の一八ないし二〇)は、創意工夫をこらした平面図、立面図による計画を受けてできあがつたものである。
(七)原告設計図書九、一〇及び一一ないし一四(甲第二号証の九ないし一四)は、本件建物が店舗、住宅、貸事務所の混合したビルであるため、階段の取付けに苦心した結果、住宅用階段と貸事務所用階段を全く別個に取付けることにして創意を尽し作成したものである。
原告設計図書は、右のとおり各設計図書それぞれが創意、工夫の表現であるが、
本来、全体として一つの思想、感情を表現したものである。したがつて、個々の設計図書を取りあげればその中には単に技術的なものもないわけではないが、この部分を切離して論ずるのは正しい評価のし方とはいえない。原告設計図書の中核をなすのは、平面図、立面図、矩計図であり、これらがそれぞれ一個の著作物であることは右のとおりであるが、原告設計図書全体もまた一個の著作物といえるのである。
二 被告の行為 被告は、昭和四九年九月頃、別紙第二目録記載の小林ビル新築工事設計図書九葉(甲第八号証の一ないし九。以下、総称して「被告設計図書」といい、個々の設計図書を指すときは、同第二目録記載の番号を附して示すこととする。)を作成した。
著作権侵害1 被告設計図書の概括的内容は次の相違点を除いて、原告設計図書の総括的内容(前記一1(二))と全く同一ということができる。
(一)躯体構造の材料が、原告設計図書では鉄骨であるのに対し、被告設計図書では鉄筋コンクリートであること、
(二)住宅二階の台所、食堂兼居間の台所と居間の間の間仕切壁について、原告設計図書ではこれが存しないのに対し、被告設計図書ではこれが存すること、
(三)住宅三階の二間続きの和室の一番奥の部分について、原告設計図書では仏壇と飾棚になつているのに対し、被告設計図書では押入れと床の間になつていること、
(四)住宅二階、三階の正面の窓のうち、右から一番めと三番めのスパンの窓が、
原告設計図書では他の窓と同様スパン中央の物入れ、フアンコイルユニツトを挟んだ外開きの窓になつているのに対し、被告設計図書ではスパンの幅いつぱいの引違い窓になつていること。
2 したがつて、被告は、原告設計図書を複製又は変形して被告設計図書を作成したものである。
仮にそうでないとしても、被告は、原告設計図書三及び四から、これを複製又は変形して被告設計図書一を作成し、以下同様にして、原告設計図書五及び六から被告設計図書二を、原告設計図書七から被告設計図書三を、原告設計図書八から被告設計図書四を、原告設計図書一八ないし二〇から被告設計図書五を、原告設計図書九及び一〇の全部と一一ないし一四の各一部から被告設計図書九を、それぞれ作成したものである。
よつて、被告は、右行為により、亡【F】が原告設計図書三三葉全体について有する一個の著作権の内容たる複製又は翻案権を侵害したものであり、仮にそうでないとしても、亡【F】が原告設計図書三ないし一四、一八ないし二〇の各々について有する著作権の内容たる複製権又は翻案権を侵害したものである。
損害賠償請求権 被告は、亡【F】の有する著作権を侵害するものであることを知り、又は過失によりこれを知らないで、被告設計図書を作成することにより、亡【F】が原告設計図書について有する著作権を侵害したものであるから、亡【F】は、被告に対し、
これによつて被つた損害の賠償を請求しうべき権利を取得した。
そして、原告設計図書についての著作権の行使につき通常受けるべき金銭の額は、社団法人日本建築士会連合会制定の「建築士の業務及び報酬規程」に従つた設計料相当額、すなわち、原告設計図書による建築工事費金八〇〇〇万円の八・五九パーエント(設計監理料)の更に八〇パーセント(設計料)である五四九万七六〇〇円であるから、著作権法第114条第2項の規定により、これが右損害賠償請求権における損害額となる。
被告は、右損害額について、被告が被告設計図書を作成することにより現実に受領した金員を基礎として被告が受けた利益を算定し、これをもつて損害額とすべきであると縷々主張するが、かかる主張は、以下のとおり失当である。
著作権法第114条の第一項の規定は、損害額の立証責任を転換する損害額推定規定であり、第二項の規定は、通常の使用料相当額を最低限の損害賠償額として保障する規定であつて、この両者の関係は、そのいずれかが優先して適用されるというものではない。著作権者は、現実にどれだけの損害を受けたかということとは関係なしに、最低限通常の使用料相当額の賠償を請求できるのであつて、決して、第一項が第二項より優先し、侵害者の得た利益の額が立証されれば著作権者はこれを越える額の賠償を請求できないというものではない。けだし、このように解さなければ、侵害者が、違法に複製したものを、無償で、あるいは通常の使用料に比し極めて低額で頒布したような場合、不合理な結果となり、著作権者の保護に欠けることになるからである。
本件の場合、原告設計図書の通常の使用料相当額は五四九万七六〇〇円であり、
被告の自認するところによると被告の受領した金員は三五万五〇〇〇円であるから、著作権法第114条の第一項ではなく、第二項の規定を適用すべき事例である。
五 原告らによる損害賠償請求権の相続 亡【F】は、昭和五一年一二月五日死亡し、原告【A】は亡【F】の妻として、
その余の原告四名は亡【F】の嫡出子として、それぞれ法定相続分に応じて同人の権利義務を承継した。
したがつて、亡【F】が被告に対して有していた右四の五四九万七六〇〇円の損害賠償請求権については、原告【A】がその三分の一に当たる一八三万二五三三円(円未満切捨)の損害賠償請求権を取得し、その余の原告四名がそれぞれ三分の二の四分の一、すなわち六分の一に当たる九一万六二六六円(円未満切捨)の損害賠償請求権を取得した。
よつて、原告らは被告に対し、右各損害金及びこれに対する不法行為の後の日である昭和五〇年三月一三日以降支払済みまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
請求の原因に対する答弁及び抗弁
一1(一)請求の原因一1の柱書の事実は不知。
(1)同一1(一)の事実は不知。
(2)同一1(二)の事実は認める。
(二)請求の原因一2の主張は争う。
原告設計図書は、全体的にみても個々的にみても、ごく一般的実用的なものであつて、創作性はないし、学術又は美術の範囲に属するものでもなく、著作権によつて保護される著作物とはいえない。
被告の行為により個々の著作権が侵害されたと原告が主張する原告設計図書(前記第二、三2)が著作物といえない理由を若干詳述すると、以下のとおりである。
(1)原告設計図書三(甲第二号証の三)の案内図及び敷地配置図は、客観的に定まつているか又は定まるべきものを単に記載したにすぎないものであるから、独創性がない。
(2)原告設計図書四(甲第二号証の四)のうち、内部仕上表は、抽象的かつごく一般的なもの(たとえば、和室について、床が畳、巾木が畳寄せ、壁が京壁であることなど)であつて独創性がなく、一、二、三、PH平面図(建物の外周りの単純な平面図)は、敷地の地形により公道に沿つて建物を建てようとすれば自然に定まるものであつて、特に独創性があるとはいえない。
(3)原告設計図書五及び六(甲第二号証の五及び六)の平面図については、建物の外周りは右(2)のとおり敷地の地形により自然に定まるものであり、間取りは建物の所有者、利用者となる【G】の指示によるものであるから、亡【F】自身の独創性は認められない。
(4)原告設計図書七(甲第二号証の七)の立面図は、右(3)の平面図を各方向から単純に立面化しただけのものであり、それ以上に何ら独創性は加味されていない。
(5)原告設計図書八(甲第二号証の八)の矩計図は、右(3)の平面図、右(4)の立面図により必然的に定まるものであり、その説明書(施工方法の説明)も建築学上又は慣習上定まつているごく一般的なものであつて、特に独創性は認められない。
(6)原告設計図書一八(甲第二号証の一八)の基礎伏図は、柱の下に基礎を敷設するという当たり前のことが記されているにすぎないから独創性はないし、その施工方法の説明も、建築学上又は慣習上定まつているものであり、特に創意工夫が加えられているとは認められないから、独創性はない。
(7)原告設計図書一九及び二〇(甲第二号証の一九及び二〇)の梁伏図については、梁の施工方法は建築学上又は慣習上定まつているものであり、特に創意工夫が加えられているとは認められないから、独創性はない。
2 請求の原因二の事実は認める。
3(一)請求の原因三1の事実のうち、被告設計図書二の平面図(一階、二階、三階及びR階各平面図)及び被告設計図書三の立面図(南面、西面及び東面各立面図)の外形を形づくつている線、各室の間仕切線及び各窓の位置、形は、原告の自認する(一)ないし(四)の相違点を除き、原告設計図書五の平面図(一階及び二階平面図)及び原告設計図書六の平面図(三階及び屋上階各平面図)並びに原告設計図書七の立面図(南、西、東及び北各立面図)のそれらと同一であることは認めるが、その余の点は否認する。
(二)請求の原因三2の事実は否認する。
被告は、原告設計図書五ないし七の写に基づいて被告設計図書二及び三を作成したが、これは、単に原告設計図書五ないし七を参考にしただけのことであつて、これらを複製又は変形したというものではない。
その余の被告設計図書と原告設計図書との間には、同一性はもちろん類似性もない。
4 請求の原因四の主張は否認する。
被告は、【G】及び【H】から原告設計図書の設計変更の依頼を受けた際、同人らから「原告設計図書については解決済みであり、迷惑をかけることは絶対にない。」との説明を受けたので、設計変更については原告設計図書の作成者の承諾が得られているものと信じて依頼に応じたものであり、被告に過失はない。
仮に不法行為が成立し亡【F】が損害賠償請求権を取得したとしても、原告らの主張する損害額は、以下のとおり過大であり失当である。
(一)まず本件の損害額を算定するに当たつては、被告は被告設計図書を作成することにより実費として金三五万五〇〇〇円を受領しただけであつて、利益は全く得ていないこと、原告設計図書は、亡【F】が【G】の個人的便宜のために独特の形状をなす本件敷地に建築すべき建物用に設計した設計図書であるから、他に利用できる性質のものではなく、したがつて、亡【F】又は原告らが原告設計図書を他に利用して原告ら主張の使用料を得ることはありえないこと、被告設計図書の作成に要した実費(直接費及び間接費)を控除すべきであることを考慮に入れるべきである。
(二)そこで、本件の損害額は次のように考えるべきである。
すなわち、原告らの主張によれば、被告は【G】の依頼により違法に原告設計図書を変更して被告設計図書を作成したというのであるから、仮に亡【F】が【G】の依頼により右のような設計変更をしたとすれば亡【F】が【G】からその報酬として受領しえた金員から、設計変更に要した実費(直接費及び間接費)を控除した額(報償)をもつて損害額とすべきである。
ところで、本件設計変更により受領すべき設計監理報酬額の算定は、社団法人日本建築士会連合会制定の「建築士の業務及び報酬規程」のうちの料率による算出方法ではなく、実費報償加算式によるのが妥当であり(本件は、設計図書の一部変更の場合であるから、工事費予算額又は工事実施金額に所定の率を乗じるという料率による算出方法によるのは不適当である。)、その算式は次のとおりである。
報酬額=直接費+間接費+報償 ただし、報償=(直接費+間接費)×〇・二五 これによれば、結局、報償額は、実費(直接費及び間接費)の二五パーセントであり、設計だけの場合は、更にその八〇パーセントとされている。
そこで、被告は実費として現実に金三五万五〇〇〇円を受領したから、これが本件設計変更の実費(直接費及び間接費)と同額であるとして、本件設計変更の報償額は金七万一〇〇〇円となる。
三五万五〇〇〇×〇・二五×〇・八=七万一〇〇〇 すなわち、亡【F】の被つた損害の額は金七万一〇〇〇円であり、原告ら主張の金額は過大である。
5 請求の原因五のうち、前段の事実は認め、後段の主張は争う。
二 仮に、原告設計図書が著作権によつて保護される著作物であり、かつ被告設計図書の作成が原告設計図書の複製又は変形に当たるとしても、次の理由により原告らの請求は失当である。
1 (設計請負契約の当然の内容としての利用許諾) 亡【F】は、後記2(一)の設計請負契約の当然の内容として、【G】が自己のビルの建築のために必要とする範囲内で原告設計図書を利用することを許諾したものであり、被告の行為は右利用許諾の範囲内の行為である。
(一)亡【F】が【G】との間で締結した設計請負契約に基づいて作成した原告設計図書は、ごく一般的、実用的なもので、特段の学術的又は美術的な要素を有するものではない。このようなビルの建築を目的とする設計請負契約の当然の内容として、注文者である【G】は、ビル建築のため、右契約に基づいて作成された設計図書を使用する権利(工事の実施に当たつては、施工者、監督者、大工その他の者に渡すために必要な範囲内で設計図書を複製する権利を含む。)を有し、また、その設計図書の全部又は一部を使用しない自由及びその一部を変更する自由を有している(自己のビルを建築するのに、他から干渉を受けずに希望どおりのビルを建築する自由を有している。)のである。
すなわち、亡【F】は、設計請負契約により、【G】に対し、同人が自己のビルの建設のために必要とする範囲内で原告設計図書を利用することを許諾したというべきである。
(二)そして、【G】は、後記2(二)、(三)の経緯でビルの構造を鉄骨造から鉄筋コンクリート造に変更することにしたが、新たに建築確認を得る必要があつたことから、被告に対し、原告設計図書のうち平面図、立面図、矩計図を複写して交付し、これに基づいて建築確認申請手続に必要な設計図書を作成すること及び右申請手続をすることを依頼した。
【G】の右行為は、設計請負契約による原告設計図書の利用許諾の範囲内の行為であり、被告が【G】の依頼に応じて原告設計図書に基づいて被告設計図書を作成した行為も、右利用許諾の範囲内の行為である。
2 (利用許諾) 亡【F】ないしは同人の代理人たる原告【B】(以下「原告【B】」という。)は、【G】が原告設計図書を利用することを明示的に許諾したものであり、被告は、右利用許諾の範囲内で原告設計図書を利用して被告設計図書を作成したものである。
(一)【G】は、本件土地において製綿業及びふとん販売業を営んでいる者であるが、道路の拡張のため本件土地の一部が買収されるに至つたので、その残地に三階建のビルを建築する計画を立てた。その建築資金は、右土地買収の代金一一〇〇万円と他の所有土地六〇〇坪の売却代金から税金等を控除した約三〇〇〇万円の計四〇〇〇万円余であつた。
そこで、昭和四八年一月六日、亡【F】に相談したところ、同人から、延面積が二一七坪、構造が鉄骨造で、その三分の一が住宅部会、その余が店舗、貸事務所であるビルを建築するのであれば、工事費は坪当たり二〇万円ないし二三万円で十分である旨の説明を得たので、【G】は、総工事費を四四〇〇万円ないし四五〇〇万円と胸算して、同日、亡【F】との間で、設計図書の作成及び建築確認申請手続を同人に委託する旨の設計請負契約を締結した。
(二)ところが、亡【F】が右(一)の設計請負契約により作成した原告設計図書に基づく総工事費の積算額は、約八四四一万円(坪当たり約三八万七〇〇〇円)で、当初の予算額の二倍に近かつた。
【G】は、いくつかの工務店に原告設計図書を示して工事費を見積らせてみたが、いずれの積算額も当初の予算額をはるかに越えるものであつたので、予算の関係上、原告設計図書に基づきビルを建築することは不可能となつた(原告設計図書に基づく工事費の見積額がこのように高額になつたのは、この種建物では坪当たり三〇〇キログラムの鉄骨が使用されるのが通常であるのに、原告設計図書では坪当たり五一八キログラムの鉄骨が使用される結果となり、結局、原告設計図書が経済性を無視して作成されたためであると思われる。)。【G】は、一方でビル建築の参考にするため方々の建物を見てまわるうち、構造が鉄骨造で外壁がモルタル塗の建物は、外面に亀裂が生じ外観が見苦しくなるのではないかという懸念を抱くようになつた(ちなみに、構造が鉄骨造で外壁がモルタル塗の建物は、最近ではほとんど新築されていない。)。
(三)昭和四九年三月頃、たまたま【G】のビル建築計画を知つた工務店を営む訴外【H】(以下、単に「【H】」という。)が、【G】に工事を請負わせてほしい旨依頼し、原告設計図書の交付を受けてこれに基づく工事費を見積つたが、やはり、どうしても【G】の当初の予算額をはるかに越えることが判明した。
そこで、 【G】と【H】が相談した結果、原告設計図書に基づいて建築すればどうしても坪当たり三五万円ないし四〇万円かかるが、それだけの費用をかけるのであれば、構造を、鉄骨造よりも有利な、前記外壁の亀裂の問題も解消される鉄筋コンクリート造にすることができるということで、構造だけを鉄骨造から鉄筋コンクリート造に変更し、原告設計図書による建物の右半分、すなわち店舗(一階)兼住宅(二階及び三階)部分だけを建築することにした。
(四)そこで、【G】及び【H】は、二度にわたつて神戸建築設計事務所(以下、
「原告事務所」という。)を訪ね、亡【F】ないしは同人の長男で同事務所員として働いていた原告【B】に対し、前記構造変更の理由を説明したうえ、設計変更に要する費用を支払うから原告設計図書の構造を鉄筋コンクリート造に変更した設計図書の作成及びこれに伴う新たな建築確認申請手続をしてくれるよう、礼を尽して依頼した。
亡【F】ないしは原告【B】は、「鉄筋コンクリート造の建物は坪当たり四〇万円ではできない。設計変更をしても無駄である。」と述べて、自ら設計変更図書を作成することは拒絶したものの、「もし坪当たり四〇万円で建築できるという人がいれば、その人に設計変更と新たな建築確認申請をしてもらいなさい。」と述べ、
【G】が第三者に対し設計変更図書の作成及びこれに伴う新たな建築確認申請手続を依頼することを承諾した。
(五)すなわち、亡【F】ないしは原告【B】は、右承諾により、【G】が右の趣旨で原告設計図書を利用することを明示的に許諾したものであり、被告は、右利用許諾の範囲内で原告設計図書を利用して被告設計図書を作成したものである。
3 (黙示的な利用許諾) 仮に右明示的な利用許諾の事実が認められないとしても、亡【F】ないしは原告【B】は、自ら設計変更図書を作成することを拒絶した後、【H】が、知合の建築士に依頼するからと、【G】が第三者に対し設計変更図書の作成を依頼することを承諾するよう求めたのに対し、これを明確に拒絶することはせず、極めてあいまいな態度をとつたから、黙示的に承諾したというべきである。
すなわち、亡【F】ないしは原告【B】は、【G】が右の趣旨で原告設計図書を利用することを黙示的に許諾したものであり、被告は、右利用許諾の範囲内で原告設計図書を利用して被告設計図書を作成したものである。
4 (建築士法第19条の規定による正当行為) 被告の行為は、建築士法第19条の規定により許される正当な行為であるから不法行為を構成しない。
(一)建築士は、建築士から建物建築のための設計図書の作成を委託されたときは、工事費予算額等建築主の委託の趣旨を十分に把握し、委託の趣旨に沿つた設計図書を作成する義務のあることは当然である。もし、作成された設計図書に建築主の委託の趣旨に反する部分があつた場合に、建築主は、自己の意に反してその設計図書どおりに建物を建築するか、その設計図書の使用を断念するかしなければならないという拘束を受けるとすれば、まさに主客転倒であり、極めて不合理である。
その他もろもろの理由により設計図書を一部変更する必要の生じることが往々にしてあり、この場合に設計変更が認められないとすれば右同様極めて不合理である。
(二)そこで、建築士法第19条は、特に設計図書の一部変更について、建築士は、業務として建築主の依頼により他の建築士が作成した設計図書の一部を変更することができることとし、この場合、原則として当該設計図書を作成した建築士の承諾を求めなければならないが、死亡、氏名不詳等承諾を求めることのできない事由があるとき、又は承継が得られなかつたとき(あらかじめ承諾が求められて拒絶されているときを含むと解すべきである。)は、自己の責任においてその設計図書の一部を変更することができる旨を定めているのである。
亡【F】は、原告設計図書の利用権者である【G】が設計変更図書の作成を依頼し、また同人が他の建築士に設計変更図書の作成を依頼することを承諾するよう求めたのに対し、いずれも拒絶したものであり、被告は、その【G】の依頼により設計変更図書を作成したものであるから、被告の行為は、同条但書後段により許されるものであり、したがつて不法行為を構成しない。
5 (権利の濫用) 仮に以上の主張が認められないとしても、原告らの本件損害賠償請求権の行使は、信義則に反し、権利の濫用というべきであつて、許されない。すなわち、
(一)そもそも、本件の設計変更は、亡【F】が、【G】の工事費予算額の範囲内で建築できるような設計図書を作成すべき義務を負つていたにもかかわらず、右予算額をはるかに越える工事費を要する設計図書を作成したという設計ミスによつて招来されたものであること、
(二)したがつて、亡【F】は、【G】から設計変更の依頼があれば信義則上これに応ずべき義務を負つていたのに、正当の理由なくしてこれを拒絶したこと、
(三)右のように正当の理由なく設計変更の依頼を拒絶しておきながら、【G】から設計変更の依頼を受けた被告が原告設計図書を利用したことについて、著作権侵害として損害賠償を請求するのは、【G】が多額の対価を支払つた原告設計図書を同人に利用させない結果を招来するものであり、そのため、【G】は支払つた多額の対価が無駄になつて大きな損害を受ける反面、亡【F】は、右設計変更によつて何らの損害も受けないこと、
(四)被告は、被告設計図書の作成により何らの利益も得ていないこと、
(五)実際問願として、【G】の建築資金では原告設計図書に基づいてビルを建築することはできなかつたこと、
(六)亡【F】は、【G】から設計変更を依頼されたのであるから、もしこれに応じていれば設計変更による利益を得ることができたにもかかわらず、これを拒絶して自ら利益を得る機会を放棄したこと、
を考慮すれば、原告らの本件損害賠償請求権の行使は、信義則に反し、権利の濫用というべきである。
抗弁に対する原告らの答弁
一 (設計請負契約の当然の内容としての利用許諾)について第三、二1の主張は争う。
もし、かかる被告の主張が是認されるとすれば、画家に絵画の製作を注文した者は、その絵画を自由に複製、変更できることになるし、小説家に小説の執筆を依頼した雑誌社は、その小説を勝手に変更しても許されることになるが、このような行為が許されないことは、法が画紙、用紙の所有権とは別個の権利として著作権を認めている趣旨に照らして明らかである。
この理は本件にそのまま当てはまるものであり、被告の主張は失当である。
二 (利用許諾)について 第三、二2の主張は争う。
亡【F】ないしは原告【B】は、【G】が第三者に対し設計変更図書の作成及びこれに伴う新たな建築確認申請手続を依頼することを承諾したり、原告設計図書を利用することを許諾したりしたことはない。この点についての事実関係は次のとおりである。
亡【F】、【G】間の設計監理委託契約の締結当時(昭和四八年一一月六日)の工事費見積額は、坪当たり三〇万円ないし三五万円、総工事費六〇〇〇万円ないし七〇〇〇万円であつたが、翌一二月に至り、いわゆる石油シヨツクのため材料費等が値上りし当初の見積りどおりにはいかなくなつたので、亡【F】と【G】との間で話合つた結果、昭和四九年三月二一日、総工事費を八四四一万〇八三〇円とすることに合意した。
ところが、昭和四九年四月初旬、いかなる理由によるものか、【G】は亡【F】に対し、構造を鉄骨造から鉄筋コンクリート造に変更してほしい旨申入れてきた。
亡【F】は、鉄筋にすると工事費が坪当たり五万円ぐらい高くなることを説明したうえで、「既に契約に基づいて設計図を完成し交付したのであるから、とりあえずその設計料を支払つてもらいたい。構造を鉄筋に変更する話はその後にしてくれ。」と返答した。これに対し、【G】は更に、「鉄筋に変更してよいということを一筆書いてくれ。
あなたが設計変更をしてくれないのなら他でやつてもらう。」と要求したが、亡【F】がこれを拒絶したため、結局話合いは物別れに終わつた。
以上のとおり、亡【F】は、【G】が第三者に対し設計変更を依頼することを承諾するよう求めたのに対し、明確にこれを拒絶したものである。
三 (黙示的な利用許諾)について 第三、二3の主張は争う。
被告の右主張に関する原告ら主張の事実関係は右二のとおりであり、【G】が第三者に対し設計変更を依頼することを承諾するよう求めたのに対し、亡【F】は明確にこれを拒絶したものであるから、黙示的にこれを承諾するということはありえない。
四 (建築士法第19条の規定による正当行為)について 第三、二4の主張は争う。
建築士法第19条の規定の趣旨は、「建築技術者の資格を定め、業務の適正をはかり、もつて建築物の質の向上に寄与させる」という同法第1条の法の目的からして、設計についての責任の一貫性を図り、設計変更によつて生ずる設計技術上の責任の所在を明らかにすることにあるのであつて、著作権とは全く無関係である。
したがつて、右の規定により、被告の行為が正当な行為となり著作権侵害に該当しなくなるというものではない。著作権侵害の有無は著作権法により判断さるべきものである。
五 (権利の濫用)について 第三、二5の主張は争う。
原告設計図書の著作権が亡【F】に帰属していた以上、これを変更するか否かは亡【F】の自由であり、亡【F】が変更を承諾しなければならない理由はない。また、【G】は契約に従つて原告設計図書の交付を受け、その対価を支払つただけのことであつて、同人が損害を受けることはない。更に、亡【F】が財産的価値を有する自己の著作物を無償で他に使用させなければならないとする根拠はない。
証拠関係(省略)
理 由一 原告【B】本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第二号証の一ないし三三及び同本人尋問の結果によれば、亡【F】は、土浦市内において神戸建築設計事務所の名で建築物の設計、工事監理業を営む一級建築士であつた者であり、
昭和四九年一月頃、原告設計図書三三葉(表紙一葉を含む別紙第一目録記載の小林ビル新築工事設計図書)を作成したことが認められ、右認定を覆すに足る証拠はない。
そして、原告設計図書の概括的内容が請求の原因一1(二)記載のとおりであることは当事者間に争いがなく、前顕甲第二号証の一ないし三三及び原告【B】本人尋問の結果によれば、原告設計図書一(表紙)を除く原告設計図書三二葉は、いずれも、一級建築士である亡【F】が、昭和四八年五月頃から昭和四九年一月頃までの間(基本設計の段階を含む。)に、その知識と技術を駆使し、原告事務所員で同じく一級建築士である原告【B】(長男)をその補助者として使用して、独自に作成した建物の設計図書(設計図、表)であることが認められる。
したがつて、原告設計図書三二葉(二ないし三三)は、いずれも、著作権により保護される著作物であり、亡【F】はその著作権を取得したというべきである(ただし、原告設計図書三のうちの案内図は、客観的に定まつた本件土地の所在位置をごくありふれた手法により描いた略図であつて、そこに何らの独創性を見出すことはできず、建築士としての知識と技術を駆使しなければ描けないものとは到底言えないから、著作権により保護される著作物とは認められない。)。被告は、原告設計図書は著作権により保護される著作物とはいえないとして縷々主張するが、失当であること明らかである。
二 一方、被告が昭和四九年九月頃被告設計図書九葉(別紙第二目録記載の小林ビル新築工事設計図書)を作成したことは当事者間に争いがない。
三 しかして、原告らは、被告は原告設計図書を複製又は変形して被告設計図書を作成したものであると主張するので、この点について判断する。
1 まず、前顕甲第二号証の一ないし三三、成立に争いのない甲第三号証、同第八号証の一ないし九、同第九号証、原告【B】本人尋問の結果及び証人【G】の証言により真正に成立したものと認められる甲第一号証、原告【B】本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第四号証、証人【G】、同【H】の各証言(ただし、両証人の証言中、後記採用しない部分を除く。)原告【B】本人尋問、
被告本人尋問の各結果を総合すれば、被告が被告設計図書を作成した経緯等は次のとおりであることが認められる。
(一)【G】は、かねて土浦市<以下略>の本件土地において、工場、店舗及び住宅を所有して製綿業及びふとん販売業を営んでいたところ、昭和四七年頃道路拡張のため本件土地の一部約四〇坪が買収され、右建物の解体をやむなくされたことから、その残地に、店舗及び住宅部分の外に貸事務所部分を有する床面積延約二〇〇坪の三階建ビルを建築することを計画した。【G】は、昭和四八年五月頃、知人の紹介で、亡【F】の営む原告事務所を訪れ、同事務所員原告【B】に対し、床面積延約二〇〇坪鉄骨造三階建店舗、住宅兼貸事務所の建築設計図書の作成及び建築確認申請手続を委託し、原告【B】が亡【F】の代理人としてこれを承諾して、ここに、【G】と亡【F】の間で設計請負契約が成立した。
そこで、亡【F】は基本設計の作業にとりかかり、【G】から敷地の実測図の交付を受けて間取りや建物の概略を示す図面を作成したが、その間【G】との連絡が必ずしもスムーズにいかなかつたことから、書面で明確にするため、同年一一月六日、【G】に対し設計監理委託書を作成するよう求め、【G】は、所要事項が記入された設計監理委託書用紙の同人名下に押印してこれを作成した(なお、同用紙には、「社団法人茨城県建築士会制定の「建築家の業務及び報酬規程」に基づいて契約を締結することといたします。」と印刷されている)。
ところで、【G】は、建築資金として、前記土地買収の代金約一一〇〇万円と、
他の所有土地約六〇〇坪の売却代金から税金等を控除した約三〇〇〇万円の合計四〇〇〇万円程度を考えていたところから、当初から工事費として坪当り二二万円ないし二三万円、総額四四〇〇万円程度と胸算し、その旨の希望を表明しており、一方、亡【F】は、【G】が前記設計監理委託書を作成した時点で、坪当たり三〇万円ないし三五万円を要することを示したが、工事費について明確な合意がなされないまま、亡【F】は、実施設計にとりかかつた。
(二)亡【F】は、昭和四九年一月頃原告設計図書を完成し、翌二月これを【G】に交付したうえ説明し、同人の了解を得たので、同年三月建築確認申請手続をし、
同年四月一〇日建築確認を得た。
これと併行して、亡【F】は、同年三月、原告設計図書に基づく建築に要する工事費の積算書(甲第四号証)を作成して【G】に交付したが、これによれば、その積算額は総額八四四一万〇八三〇円であつた。
(三)右積算額が自己の希望していた金額の約二倍にもなることに困惑した【G】は、数店の工務店に原告設計図書に基づく工事費を見積らせたが、やはり、その積算額はいずれも右亡【F】の積算額を越えるものであつた。
そうこうするうちに、たまたま【G】によるビル新築の話を耳にした株式会社小林工務店代表取締役【H】は、【G】に建築工事を請負わせてくれるよう依頼し、
原告設計図書に基づく工事費を積算したが、その結果は約七〇〇〇万円で、やはり【G】の予算額を大きく越えるものであつた。【H】は、工事費がこのように高額になるのは原告設計図書では標準以上の量の鉄が使用されているためであると考え、【G】に対し、鉄骨造で外壁をラスシートとモルタルで仕上げるという原告設計図書の採用している構造は、外壁にヒビが入りやすく、最近あまり用いられていないし、亡【F】の積算額ほどの金額をかけるのであれば鉄筋コンクリート造にすることが可能であるからと説明し、構造を鉄骨造から鉄筋コンクリート造に変更するよう助言し、かつ、予算の関係上、原告設計図書の建物のうち右側半分すなわち店舗(一階)兼住宅(二階及び三階)部分のみを建築することを勧めた。
そして、右鉄筋コンクリート造三階建店舗兼住宅延約一〇〇坪の工事費として、
【H】がほとんど純利益を見込まない坪当り約三一万円、総額三一五〇万円を提示したので、【G】は株式会社小林工務店に右建物の建築工事を請負わせることにし、ここに同工務店との間で建築請負契約を締結した。
(四)右のように構造を鉄骨造から鉄筋コンクリート造に変更して建築するためには改めて建築確認を得る必要があつたことから、【G】は、同年三月頃、【H】ともども原告事務所を訪れ、原告【B】に対し、右建築確認申請手続用として、原告設計図書の構造だけ鉄骨造から鉄筋コンクリート造に変更した設計図書を作成してくれるよう要請したが、原告【B】は、鉄筋コンクリート造の建物は【H】の提示したような額の工事費では建築できないが、ともかく、設計変更の話は設計料を清算してからにしてほしいと拒絶した。【H】は、それなら知合の建築士に設計変更図書を書かせるから承諾してほしいと重ねて要請したが、原告【B】は、やはり、
まず設計料を清算してほしいと言つてこれを拒絶した。
結局、話合いは物別れに終わつたが、【H】が責任をもつて設計変更図書の作成及び建築確認申請手続の問題を処理する旨請け合つたので、【G】は同人に任せることにした。
(五)そこで、【H】は、知合の一級建築士で、東京都において小崎建築設計事務所の名で建築物の設計、工事監理業を営んでいる被告に対し、原告設計図書の構造を鉄筋コンクリート造に変更した設計図書(当面建築するのは店舗兼住宅部分だけであるが、将来貸事務所部分も建築する可能性のあることを慮つて、貸事務所部分も含めた全体の設計変更図書)の作成を依頼した。その際、【H】が、「原告設計図書の原設計者(建築士)に設計変更を要請して断られたが、原設計者に対する報酬は支払済みで、他の建築士が設計変更をすることについては承諾を得てあるので、被告には一切迷惑をかけない」旨言明したので、被告は、その言を信じ、何らの確認をすることなく、これを引受けた。
そして、【H】の命により、株式会社小林工務店の担当の【I】は、【H】が【G】から預つていた原告設計図書三三葉(いずれもA3版の約四倍大)のうち、
被告から建築確認申請手続用の設計図書を作成するのに必要なものとして要求のあつた平面図(原告設計図書五及び六)、立面図(原告設計図書七)、矩計図(原告設計図書八)について、ゼロツクスによりA3版用紙を用いて、その余白などを除いた必要部分のコピーを計一〇枚程度とり、同工務店において、これを、【G】の用意した前記敷地の実測図とともに、小崎建築設計事務所(以下、「被告事務所」という。)員で一級建築士の【J】に交付した。
(六)被告事務所においては、被告の指示により、右【J】が、右交付を受けた原告設計図書五ないし八及び敷地の実測図に依拠し、構造を鉄筋コンクリート造に変更した外【G】の希望等により後記のとおりの若干の変更を加えて被告設計図書九葉を作成した。
続いて、被告は、【H】から被告設計図書に基づいて建築確認申請手続をするよう依頼され、昭和四九年一〇月右申請手続をなし、翌一一月その建築確認を得たが、これら被告設計図書の作成及び建築確認申請手続をしたことにより【G】から受領した金員は、知人【H】の特別の依頼によるということで、三五万円のみであつた。
(七)こうして、昭和四九年一一月からの工事により【G】の店舗兼住宅が完成したが、原告設計図書の設計料については、【G】は、昭和四八年一二月、昭和四九年一月に頭金及び中間金を支払い、本件訴提起(昭和五〇年二月一九日)後まもなく一二八万円を支払い、計三二八万円を完済した。
以上の事実が認められ、証人【G】、同【H】の各証言中右認定に反する部分は原告【B】本人尋問の結果に照らし、採用し難く、他に右認定を覆すに足る証拠はない。
2 ところで、著作物の複製とは、既存の著作物に依拠してこれと同一性のあるものを再製することをいうと解すべきであるから、たとえ既存の著作物と同一性のあるものが作成されたとしても、それが既存の著作物に依拠したものでないときは、
その複製をしたことには当たらず、著作権(複製権)侵害の問題を生ずる余地はないというべきである。
本件において、被告事務所員【J】は、株式会社小林工務店の担当【I】から交付をを受けた原告設計図書五ないし八のコピー(及び敷地の実測図)に依拠して被告設計図書を作成したものであることは前記1(五)、(六)のとおりであり、本件全証拠によるも、被告設計図書の作成に際し、右【J】あるいは被告が右原告設計図書五ないし八以外の原告設計図書のコピーの交付を受け、あるいは、その内容を覚知するに足るだけ接する機会を得たとの事実は認められない(もとより原告設計図書は公刊されるような性質のものではない。)。
したがつて、原告設計図書五ないし八を除くその余の原告設計図書については、
個々の著作権が侵害されたと原告らが主張する原告設計図書三、四、九ないし一四、一八ないし二〇も含め、これに依拠した設計図書を右【J】が再製するに由ないから、仮に、被告設計図書中に原告設計図書五ないし八を除く原告設計図書と同一性のある設計図書があつたとしても、それらの原告設計図書についての複製権侵害の問題を生ずる余地はない。著作物の変形も、既存の著作物に依拠することを要するから、同様に、原告設計図書五ないし八を除く原告設計図書についての翻案権侵害の問題を生ずる余地はない。
よつて、被告は原告設計図書を複製又は変形して被告設計図書を作成したものであるとの原告ら主張のうち、原告設計図書五ないし八に関する部分以外は、その余の点について判断するまでもなく、この点において既に理由がない。
3 そこで、前顕甲第二号証の五ないし八、同第八号証の二ないし四により、原告設計図書五ないし八とこれに対応する被告設計図書二ないし四に同一性があるかどうか、後者が前者の複製物といえるかどうかを検討する。
(一)まず、原告設計図書五(一階平面図、二階平面図)、原告設計図書六(三階平面図、屋上階平面図)とこれに対応する被告設計図書二(一階平面図、二階平面図、三階平面図、R階平面図)とを対比するに、
請求の原因三1の(一)ないし(四)の相違点が存すること、これらの相違点を除き、外形を形づくつている線、各室の間仕切線及び各窓の位置、形が同一であることは当事者間に争いがなく、その他、一階裏の住宅用入口のドア、一階(三か所)、二階(二か所)、三階(二か所)の各便所のドア、二階右側の事務室の倉庫のドアの開く方向が前者と後者とでは左右反対であること、三階左右両側事務室の倉庫のドアの数が前者では各二であるのに対し、後者では各一であること等の相違点が存することが認められるけれども、これらの相違点は、右争のない相違点も含めいずれも僅少部分の修正増減にとどまるのであつて、全体として優に前者と後者の同一性を肯認することができる。
そして、被告設計図書二は被告事務所員【J】が原告設計図書五、六に依拠して作成したものであることは前記のとおりであるから、被告設計図書二は原告設計図書五、六に依拠して再製されたその複製物というべきである。被告は、単に前者を参考にしただけのことであると主張するが、参考にしたというにとどまらないことは以上から明らかである。
(二)原告設計図書七(南立面図、西立面図、東立面図、北立面図、4LINE断面図)とこれに対応する被告設計図書三(南面立面図、西面立面図、東面立面図、
住宅部分断面図、事務室部分断面図)とを対比するに、
住宅二階、三階の正面の窓のうち、右から一番めと三番めのスパンの窓に請求の原因三1(四)の相違点が存すること、この相違点を除き、外形を形づくつている線、各窓の位置、形が同一であることは当事者間に争いがなく、その他、「く」の字形の建物の設計図書であるため描き方に若干の差異があり、また、前者の4LINE断面図とこれに対応する後者の事務室部分断面図の各部位の数値等に若干の差異があるものの、全体として、前者の南立面図と後者の南面立面図、前者の北立面図の一部及び西立面図と後者の西面立面図、前者の北立面図の一部及び東立面図と後者の東面立面図、前者の4LINE断面図と後者の事務室部分断面図について、
優にそれぞれの同一性を肯認することができる。
そして、被告事務所員【J】が原告設計図書七に依拠して被告設計図書三を作成したことは前記のとおりであるから、被告設計図書三は原告設計図書七に依拠して再製されたその複製物というべきである。被告は、単に前者を参考にしただけのことであると主張するが、参考にしたというにとどまらないことは以上から明らかである。
(三)原告設計図書八(矩計図、詳細図)と被告設計図書四(矩計詳細図)とを対比するに、
前者と後者とでは工法や各部位の数値の示し方等に若干の差異があるものの、全体として優に同一性を肯認することができる。
そして、被告事務所員【J】が原告設計図書八に依拠して被告設計図書四を作成したことは前記のとおりであるから、被告設計図書四は原告設計図書八に依拠して再製されたその複製物というべきである。
四 以上のとおり、被告は被告設計図書二ないし四を作成することにより原告設計図書五ないし八を複製したということができるので、次に右複製についての被告の過失の有無を判断する。
被告は、【H】から設計変更の依頼を受けてこれを引受けた際、原告設計図書の原設計者(建築士)に設計変更を要請して断られたが、原設計者に対する報酬は支払済みで、他の建築士が設計変更をすることについては承諾を得てあるので、被告には一切迷惑をかけない旨の【H】の言明を信じ、何ら確認をしなかつたことは前記三1(五)のとおりであり、原告設計図書五ないし八のコピーの交付を受けた【J】に被告設計図書を作成させるについても、被告が何らの確認をしたとの事実を認めるに足る証拠はない(なお、【G】及び【H】が他の建築士が設計変更をすることについて承諾してほしいと要請したのに対し、原告【B】がまず設計料を清算してほしいと言つてこれを拒絶したことは前記三1(四)のとおりであり、かつ、その当時、原告設計図書の設計料は残金一二八万円が未払であつたことは前記三1(七)から明らかである。)。
ところで、建築主との契約に基づき設計図書を作成した建築士は、建築主からその変更を求められた場合には、特段の事由のなき限り最終的にはこれに応じなければならないというべきであり、被告本人尋問の結果によれば、被告自身もそのように考えていることが認められ、さすれば、被告は、【H】から右のとおり原告設計図書の原設計者に設計変更を依頼して断られた旨の説明を受けたのであるから、そこに何らかの事情があると考えてしかるべきであり、【H】に原設計者の氏名を問いただして原設計者に照会し確認するべき注意義務があるというべく、被告がそのような措置に出ることは極めて容易であつたことも多言を要しないところである。
しかるに、被告は、右のとおり原設計者に設計変更を依頼して断られた旨の説明を受けながら、漫然、【H】の前記のような言明を信じ、何ら右のような確認をすることなく、設計変更を引受け、その後も何ら確認をすることなく、被告設計図書を作成したものであつて、この点過失を免れない。
したがつて、被告は、過失により原告設計図書五ないし八を複製したということができるから、特段の事由のない限り、著作権侵害の責を免れることはできない。
五 そこで、次に被告の抗弁について判断する。
1 まず被告は、亡【F】は、【G】との間の設計請負契約の当然の内容として、
【G】が自己のビルの建築のために必要とする範囲内で原告設計図書を利用することを許諾したものであり、被告の行為は右利用許諾の範囲内の行為であると主張する。
一般に、建築主は、建築士が建築主との設計請負契約に基づいて作成した設計図書の交付を受けたときは、当該設計請負契約の当然の内容として、当該設計図書に従つて建築物を建築することができるという権能を有するわけであるが、もとより、当然に当該設計図書についての著作権の譲渡を受けたものではないから、当該設計図書に従つて建築物を建築することができるという右権能に付随して、その建築に当つて通常必要となる部数の当該設計図書の写しを交付するよう建築士に対して請求し、あるいは建築士がこれに応じないときは自ら通常必要となる部数の写しを作成することができるとは言いえても、本件のように躯体構造等に一部変更を加えるべく、改めて建築確認申請をするのに必要な設計図書として利用するために当該設計図書を複製することまで本件設計請負契約の当然の内容としてあるいは前記権能に付随して許されると言うことはできない。
したがつて、右抗弁は理由がない。
2 次に被告は、亡【F】ないしは同人の代理人たる原告【B】は、自ら設計変更図書を作成することは拒絶したものの、【G】が第三者に対し設計変更図書の作成を依頼することを承諾するよう求めたのに対し、これを明示的に承諾し、あるいは、これを明確に拒絶することはせず極めてあいまいな態度をとつて黙示的に承諾したものであると主張する。
しかしながら、原告【B】は、設計変更の話は設計料を清算してからにしてほしいと言つて自ら設計変更図書を作成することを拒絶した後、【H】が、それなら知合の建築士に設計変更図書を書かせるから承諾してほしいと重ねて要請したのに対し、やはり、まず設計料を清算してほしいと言つてこれを拒絶したことは前記三1(四)に認定のとおりであり、してみれば、原告【B】が【G】や【H】の右申出を承諾したとはいえないのみならず、黙示の承諾があつたとも認め難く、その他亡【F】ないしは原告【B】が、【G】が第三者に対し設計変更図書の作成を依頼することを明示的、黙示的に承諾したとの事実は本件全証拠によるも認められないから、右抗弁も理由がない。
3 また被告は、被告の行為は、建築士法第19条の規定により許される正当な行為であるから、不法行為を構成しないと主張する。
建築士法第19条は、同法第四章業務の中にあつて、「一級建築士又は二級建築士は、他の一級建築士又は二級建築士の設計した設計図書の一部を変更しようとするときは、当該一級建築士又は二級建築士の承諾を求めなければならない。但し、
承諾を求めることのできない事由があるとき、又は承諾が得られなかつたときは、
自己の責任において、その設計図書の一部を変更することができる。」と定める。
ところで同法は、「建築物の設計、工事監理等を行う技術者の資格を定めて、その業務の適正をはかり、もつて建築物の質の向上に寄与させることを目的とする。」(第1条)ものであり、そのために、一定の建物の新築等をする場合においては、建設大臣の免許(第4条第1項)を受けた一級建築士又は都道府県知事の免許(第4条第2項)を受けた二級建築士でなければ、その設計又は工事監理をしてはならない旨を定める(第3条第3条の2)とともに、建築士の業務の執行については、その業務が性質上人の身体、財産の保護及び公共の利益に密接に関係することから、第四章業務として、「建築士は、その業務を誠実に行い、建築物の質の向上に努めなければならない。」(第18条第1項)とし、より具体的に、「設計を行う場合においては、これを法令又は条例の定める建築物に関する基準に適合するようにしなければならない。」(第18条第2項)、「工事監督を行う場合において、工事が設計図書のとおりに実施されていないと認めるときは、直ちに、工事施工者に注意を与え、もし工事施工者がこれに従わないときは、その旨を建築主に報告しなければならない。」(第18条第3項)と定め、これら建築士の業務の適正の確保を図るべく、「一級建築士又は二級建築士がその業務に関して不誠実な行為をしたとき、又は第8条(注・相対的欠格事由)の各号の一に該当するに至つたときは、それぞれ建設大臣又は免許を与えた都道府県知事は、戒告を与え、一年以内の期間を定めて業務の停止を命じ、又は免許を取消すことができる。」(第10条第1項)こととしている。
これらの規定に鑑みると、同法第19条は、同一の設計図書についての設計上の責任は原設計者に一貫して負わせるのが望ましいとの観点から、原設計者以外の建築士が設計図書の一部を変更しようとするときは、原設計者の承諾を求めなければならないものとし、これを承諾した原設計者は当該設計変更についての設計上の責任を負うものとするとともに、承諾を求めることのできない事由があるとき、又は承諾が得られなかつたときは、当該設計変更を行う建築士の責任においてこれを行うことができるものとして、この場合には当該設計変更についての一切の責任はひとえに、これを行つた建築士が負うべきものとすることにより、設計上の責任の所在を明確にすることを目的とするものであると解される。
右のようにして、設計変更をしようとするときは、原設計者の承諾を求めなければならないものとすることにより、結果的に原設計者の著作権の保護に資することはあつても、それはあくまでも事実上の結果にすぎず、まして、承諾を求めることができない事由があるとき、又は承諾が得られなかつたときは自由に設計変更を行うことができ、この場合、著作権侵害の責を負わない旨を定めた規定とは到底解されないのであり、要するに、同条は、著作権法ないし建築設計図書につき認め得る著作権とは無関係の規定といわざるをえない。
したがつて、同条の規定により著作権侵害の責を免れるということはできないから、右抗弁も理由がない。
4 最後に被告は、原告らの本件損害賠償請求権の行使は、信義則に反し、権利の濫用というべきであつて、許されないと主張する。
確かに、
(1)原告設計図書に基づく工事費積算額は、【G】の希望していた金額の約二倍にもなつたこと、
(2)設計変更の依頼及び第三者による設計変更についての承諾の要請をいずれも原告【B】が拒絶したこと、
(3)被告設計図書の作成及び建築確認申請手続をしたことにより被告が【G】から受領した金員は三五万円にすぎないこと、
(4)実際問題として、【G】の建築資金では原告設計図書に基づいてビルを建築することはできなかつたことは前記のとおりであるが、
右(1)については、【G】の希望していた金額はあくまで希望として表明されたものであり、一方、亡【F】は、【G】が設計監理委託書を作成した時点で、右【G】の希望額を大幅に上回る所要見込額を示したが、工事費について明確な合意がなされないまま、原告設計図書の作成に至つたものであつて、いちがいに亡【F】の設計ミスということはできないこと、
右(2)については、原告【B】の拒絶の理由は、まず設計料の清算をし、設計変更の話はその後にしてほしいというものであり、当時、亡【F】は原告設計図書を作成してこれを建築主たる【G】に交付済みであつたのに、設計料は残金一二八万円が未払であつたことは前記のとおりであるから、右拒絶の理由は必ずしも不当とはいえないことを併せ考えると、原告らの本件損害賠償請求権の行使は、いまだ、信義則に反するとか、権利の濫用に当たるとかいうことはできないから、右抗弁もまた理由がない。
右のとおり、被告の抗弁はいずれも理由がないから、被告は過失により亡【F】が原告設計図書五ないし八について有していた著作権を侵害したものであり、これによつて亡【F】の被つた損害を賠償しなければならない。
六 よつて、亡【F】の被つた損害の額について判断する。
1 まず原告らは、原告設計図書の各葉がそれぞれ一個の著作物であるのみならず、原告設計図書三三葉全体もまた一個の著作物であり、被告は、被告設計図書を作成することによりこの原告設計図書全体についての著作権を侵害したものであると主張する。
被告が被告設計図書(特に二ないし四)を作成することにより原告設計図書五ないし八についての著作権(複製権)を侵害したこと、かつ、これ以外の原告設計図書についての著作権は侵害していないことは前記のとおりであるところ、原告設計図書一(表紙)を除く原告設計図書三二葉全体もまた一個の著作物であるといえるとしても、その一個の著作物が右のように三二葉の設計図書から成つていて可分である場合に、その一部分の設計図書についてのみ著作権が侵害されたときは、その被侵害部分の全体に占める割合に応じて損害額を算定するのが衡平に合致するというべきである。
2 しかして、原告らは、著作権法第114条第2項の規定に基づき、原告設計図書についての著作権の行使につき通常受けるべき金銭の額(以下、「通常使用料」という。)に相当する額を亡【F】が被つた損害の額として請求し、社団法人日本建築士会連合会制定の「建築士の業務及び報酬規程」に従つた設計料が右通常使用料に該当すると主張するが、原告【B】本人尋問の結果その他本件全証拠によるも、右規程に従つた設計料は、具体的な設計請負契約において設計料は右規程の定めるところによるとの合意がある場合の設計料の基準となることがありうることが認められるにとどまり、右規程に従つた設計料をもつて直ちに原告設計図書についての右通常使用料の額と認めることはできない。
そして、証人【H】の証言及び被告本人尋問の結果によれば、本件のような設計図書についての通常使用料の額は、当該設計図書に基づく建築工事費の三パーセントと認められ、これを越える額をもつて通常使用料の額と認めるに足る証拠はない。
原告設計図書に基づく建築工事費は前顕甲第四号証及び原告【B】本人尋問の結果により八四四一万〇八三〇円と認められるから、原告設計図書三二葉全体についての通常使用料は、その三パーセント、すなわち二五三万二三二五円(円未満四捨五入。以下同じ。)となる。
3 そこで、右1に述べたところに従い、原告設計図書中の被侵害部分に相当する通常使用料の額について考えるに、被侵害部分は、原告設計図書三二葉中、原告設計図書五、六(平面図)、七(立面図、断面図)八(矩計図)の計四葉であるところ、原告らは、原告設計図書の中核をなすのは平面図、立面図、矩計図であると主張し、原告【B】もその本人尋問において、平面図が一番重要である旨述べるが、
前顕甲第二号証の二ないし三三を彼此検討するも、右設計図書が他の設計図書と対比し特に重要であるとは一概に速断できないばかりか、仮に右主張ないし供述のとおりであるとしても、他に特段の証拠がない本件ではその重要性の程度を確定することができないので、結局のところ、葉数により按分する外はない。
してみれば、被侵害部分に相当する通常使用料の額は、右2の二五三万二三二五円の三二分の四(八分の一)、すなわち三一万六五四一円であり、これが本件著作権侵害により亡【F】が被つた損害の額ということになる(なお、被告設計図書の作成及び建築確認申請手続をしたことにより被告が受領した金員が三五万円のみであることは前記のとおりであり、被告は、右金員は実費であり何らの利益も得ていないと主張するところ、少なくとも右金員中に経費相当分が含まれることは推認するに難くなく、全額を純利益とすることはできないから、結局、右金員をもつて、
著作権法第114条第1項にいう、被告が侵害の行為により受けた利益の額と認めることはできず、同項の規定に基づく請求の基礎とすることはできない。)。
七 しかして、亡【F】が昭和五一年一二月五日死亡し、原告【A】は同人の妻として、その余の原告四名は同人の嫡出子として、それぞれ法定相続分に応じて同人の権利義務を承継したことは当事者間に争いがないから、原告【A】は、右六3の亡【F】が被つた損害の額の三分の一である一〇万五五一三円の損害賠償請求権、
その余の原告四名は、各々右六3の亡【F】が被つた損害の額の三分の二の四分の一(すなわち六分の一)である五万二七五七円の損害賠償請求権をそれぞれ相続により取得したことになる。
八 してみれば、原告らの本訴請求は、原告【A】において金一〇万五五一三円、
その余の原告四名において各金五万二七五七円、及び右各金員に対する本件不法行為の後の日である昭和五〇年三月一三日以降支払済みまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、この限度で認容し、その余はいずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第92条本文、第93条第1項本文の各規定を適用して、主文のとおり判決する。
追加
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裁判官 秋吉稔弘
裁判官 塚田渥
裁判官 水野武