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審判番号(事件番号) データベース 権利
平成7ワ23527謝罪広告等請求事件 判例 特許権
平成12ネ1268謝罪広告等請求控訴事件 判例 特許権
平成12ワ944損害賠償請求事件 判例 特許権
昭和55ネ911 判例 特許権
昭和46ワ8643 判例 特許権
関連ワード 創作性 /  著作者 /  複製物 /  編集著作物 /  共同著作物 /  著作者人格権 /  図書館 /  保護期間 /  出版権 /  差止 /  損害賠償 / 
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事件 昭和 44年 (ワ) 6455号
裁判所のデータが存在しません。
裁判所 東京地方裁判所
判決言渡日 1980/09/17
権利種別 著作権
訴訟類型 民事訴訟
主文 一 原告及び参加人両名が、旧制静岡高等学校戦没者遺稿集「地のさざめごと」について編集著作権を共有することを確認する。
二 原告及び参加人両名が、前項の遺稿集「地のさざめごと」について編集著作者人格権を有することを確認する。
三 被告両名は、別紙書籍目録記載の書籍を複製頒布してはならない。
四 被告両名は原告に対し、連帯して金二三八万六四〇〇円及びこれに対する昭和四三年六月二九日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払をせよ。
五 被告株式会社講談社は、参加人Aに対し金四万八三〇〇円及びこれに対する昭和四三年六月二九日から支払済みまで年五分の割合による金員の、参加人Bに対し金二四万八三〇〇円及びこれに対する昭和四三年六月二九日から支払済みまで年五分の割合による金員の、各支払をせよ。
六 被告両名は原告に対し、別紙第二謝罪広告目録記載の内容の謝罪広告を同目録記載の要領で同目録記載の新聞に各一回、被告株式会社講談社は参加人Bに対し、
別紙第三謝罪広告目録記載の内容の謝罪広告を同目録記載の要領で同目録記載の新聞に一回、それぞれ掲載せよ。
七 原告及び参加人両名のその余の請求をいずれも棄却する。
八 訴訟費用のうち、原告に生じた費用はすべて被告両名の負担とし、参加人Aに生じた費用はこれを一〇分し、その五を同参加人の、その三を被告株式会社講談社の、その余を被告旧制静高同窓会全国連合会の各負担とし、参加人Bに生じた費用はこれを一〇分し、その三を同参加人の、その五を被告株式会社講談社の、その余を被告旧制静高同窓会全国連合会の各負担とし、被告両名に生じた費用はそれぞれ被告両名各自の負担とする。
九 この判決は第四、第五項につき、仮に執行することができる。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨(原告及び参加人両名)1 主文第一、第二項同旨2 主文第三項同旨3 被告両名は連帯して、原告に対し金三八万六四〇〇円及びこれに対する昭和四三年六月二九日から支払済みまで年五分の割合による金員の、参加人Aに対し金四万八三〇〇円及びこれに対する昭和四三年六月二九日から支払済みまで年五分の割合による金員の、参加人Bに対し金四万八三〇〇円及びこれに対する昭和四三年六月二九日から支払済みまで年五分の割合による金員の、各支払をせよ。
4 被告両名は連帯して、原告及び参加人両名各自に対し金六〇〇万円及びこれに対する昭和四三年六月二九日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払をせよ。
5 被告両名は原告及び参加人両名に対し、別紙第一謝罪広告目録記載の内容の謝罪広告を同目録記載の要領で同目録記載の各紙に各一回掲載せよ。
6 訴訟費用は被告両名の負担とする。
7 第2ないし第4項につき仮執行の宣言二 請求の趣旨に対する答弁(被告両名)1 原告及び参加人両名の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告及び参加人両名の負担とする。
請求の原因
一 原告は、昭和三九年四月以降静岡大学において教育及び研究に携わる者であつて、文理学部講師を経て、昭和四〇年一〇月教養部助教授に任命され、現在に至つている。
参加人A(以下、「参加人A」という。)は、昭和三〇年以降同大学において教育及び研究に携わる者であつて、文理学部講師を経て人文学部教授に任命され、現在に至つている。
参加人B(以下、「参加人B」という。)は、昭和三四年一〇月以降同大学において教育及び研究に携わる者であつて、文理学部助教授を経て人文学部教授に任命され、現在に至つている。
被告株式会社講談社(以下、「被告会社」という。)は、図書の出版及び販売を目的とする株式会社である。
被告旧制静高同窓会全国連合会(以下、「被告連合会」という。)は、旧制静岡高等学校(以下、「旧制静高」という。)の卒業生をもつて組織された各地同窓会(通称、「静高会」)の全国組織として、昭和四一年一一月一三日設立された団体である。
二 旧制静岡高等学校戦没者遺稿集「地のさざめごと」(以下、「本件編集物」という。)は、旧制静高関係戦没者の遺族、友人などから任意提供された、満洲事変から太平洋戦争に至るまでの間の旧制静高関係戦没者の遺稿(書簡、日記、手紙、
感想文)、追想文、回想文などを整理、選択、配列した編集物であつて、「第一部 戦没者遺稿」、「第二部 静高史年表」、「第三部 戦没者名簿」、「あとがき」などから構成されている。しかして、旧制静高戦没者慰霊事業実行委員会(以下、「実行委員会」という。)は、昭和四一年一一月一三日、「旧制静高戦没者遺稿集編集委員会 代表 原告、参加人B」の編集によるものである旨の奥付を記載して、非売品として、本件編集物を複製発行した(この発行分を以下、「旧版地のさざめごと」という。)。
三 本件編集物についての原告、参加人A、参加人Bの編集活動の概要は、次のとおりである。
1 参加人Aは、昭和四〇年初頃、静岡大学技官Cから、旧制静高関係戦没者二一名の遺影が同大学文理学部倉庫内に放置されていることを聞き、その頃、これを原告に伝えた。そこで、原告は、旧制静高の後身である静岡大学の文理学部が戦後一度も戦没者慰霊事業を行つていないことを恥ずべきことと考え、戦没者遺稿集の刊行及び慰霊祭の執行を企図し、手近なところから遺稿の収集を始めるとともに、約二〇〇名にのぼる戦没者の名簿の作成にとりかかつた。
2 次いで原告は、参加人Aら同僚に話かけ、昭和四〇年六月、慰霊事業を効果的に遂行するため、静岡大学関係戦争犠牲者記念の会(以下、「記念の会」という。)を発足させた。記念の会は、原告、参加人A、参加人B、Dら七名の教官有志により構成され、会長は置かず、原告、参加人A、Dの三名を事務局代表とし、
事務局を原告の研究室に置いた。そして、原告、参加人A、Dの三名は、同年八月及び一〇月の二回にわたり、戦没者の遺族などに対し、記念の会名義で遺稿、追悼文、回想文など資料の提供、慰霊事業への協力及びアンケートへの回答を依頼する書簡を送付した。また原告は、遺族の所在が不明であつたり、遺稿が手許にない戦没者については、図書館や文理学部事務室に保存されている旧制静高校友会雑誌などに掲載された戦没者の文章を探し求めた。この結果、同年末までに本件編集物の素材となつた資料全体の約三分の二が収集されたが、収集作業は、昭和四一年九月頃まで引き続き行われた。なお原告は、収集された資料全部について、提供されたときに原告の印を押捺した預り証を遺族に送付し、編集完了後に返却するまで、右資料を保管していた。
3 原告は、収集された遺稿の判読、整理を行つている間に、参加人Aの意見も参酌して次のような編集方針を立てるに至つた。
すなわち、原告は、戦後間もなく出版された「はるかなる山河に」、「きけわだつみの声」などの戦没学生遺稿集は、戦没者たちの苦しみと悩みに対する深い共感と平和への痛切な祈りとに支えられたものとして貴重なものであるが、戦争や軍隊を讃美したり超国家主義や日本精神主義を謳歌する文章が、軍国主義復活に利用されるおそれがあるという理由で故意に排除されているために、戦没者たちの生と死の全体像を明らかにできず、また、戦没者たちの被害者としての側面を強調する反面、いわゆる侵略戦争に加わつた戦没者たちのアジア諸国民に対する加害者としての側面を隠蔽している点において、その編集方針は一面的であり、このため、歴史的資料として完全なものとはいい難いと考えた。そこで、原告は、既存の遺稿集の有する右のような欠陥を克服して軍隊や戦争の諸側面とその中に投込まれた戦没者の全人格を可能な限り全体的に捉えることにより、一つには戦没者の霊を慰めるよすがとなり、二つには現代史のユニークな基礎資料となるような遺稿集を作成することとした。そのため、原告は、編集者として、自己の主観を抑制し、遺稿のありのままの姿を尊重し、遺稿自身にすべてを語らせるべきであるとの編集原則を立て、昭和四〇年九月頃、これに基づいて次のような編集方針を確立した。
(イ) 戦争や軍隊が讃美されているもの、超国家主義、日本精神主義が表明されているもの、戦争での残虐な行為が叙述されているものを除外せず、採録すること。
(ロ) 学校、個人生活、仕事、軍隊、戦場といつたさまざまな場の多様性が反映されるように遺稿を選択すること。
(ハ) 時代と社会の、とりわけ戦争の展開のそれぞれの時点における諸特徴が反映されるように遺稿を選択すること。
(ニ) 個人の手紙、日記、手記については、同一の日付又は同一のテーマの記述はできる限り、全文を収録すること。
(ホ) 印刷の諸条件が許す限り、原文の表記を尊重すること。
4 原告は、昭和四〇年一二月頃から、右編集方針に基づいて、自己が保管する資料の通読、判読、整理、選択、配列という具体的編集作業を開始したが、昭和四一年五月、既に編集作業が過半程度進んでいた段階に至り、編集を能率的に行うため、参加人A、参加人Bの協力により、右三名で旧制静高戦没者遺稿集編集委員会(以下、「編集委員会」という。)を結成した。もつとも、原告は、編集委員会結成後も、一貫して、実質的編集活動の大半を単独で行い、参加人A、参加人Bは、
原告の指示、依頼により、原告の編集活動に協力したのである。その事情は、次のとおりである。
すなわち、全資料を通読したのは、原告一人であり、参加人A、参加人Bは、原告が全体の中から既に採録候補として選択した遺稿の一部を後記浄書作業の過程で読んだにすぎない。ところで、資料の判読は、遺稿の多くが個性的な筆蹟や走り書きによるものであつたり、虫に喰われたり、文字が消えかかつたりしていたため、
非常な困難を伴い、時には一字を確定するのに数時間、数日間を要することもあつた。また、資料の整理についても、執筆年月日や執筆時の状況の明記がないもの、
一連の文章であつてもその配列、順序が明確でないものなどがあつたため、全遺稿をくり返し熟読し、執筆者の生活史、発想や論理の展開の仕方などを再構成したり、言及されている歴史的出来事との関連からこれを推定していくという困難な作業が必要であつた。しかるところ、原告は、昭和四一年七月までの間、右判読、整理の作業を全く一人で行つていた。更に、編集作業の最大の核心は、資料の選択であるところ、原告は、同年七、八月には、判読、整理した膨大な遺稿の中から前記編集方針に基づいて、一応の採録候補分を決定したが、その際も、何を採り、何を割愛すべきかを決定するという、非常な迷いを伴い決断を要する仕事を一人でなし遂げたものである。次いで、同年八月頃、編集作業が最終段階に入つてから、原告は、参加人B及び学生らの協力を得て、選択済みの資料を浄書する作業に従事し、
浄書された資料についても更に選択し、そのうちから約五分の三を遺稿集掲載分として確定したが、その分量は収集された資料全体の一〇分の一程度であつた。その頃、原告は、研究室で午前九時から午後八時頃までの間、大詰めの作業をし、帰宅してからも夜半一、二時頃までかかつて多量の資料を調査し、「静高史年表」を作成し、「あとがき」を執筆したが、その「あとがき」において、編集に従事した者として、原告、参加人A、参加人Bの氏名を明記し、かつ、各人の担当した作業の内容を明らかにした。加えるに、原告は、その頃、参加人Bの協力の下に記念の会名義のアンケートの結果などに基づき「戦没者名簿」を作成したが、右名簿に付された肖像写真は、原告が参加人Aの協力の下に整理し、参加人Aが複写したものである。なお、「旧版地のささめごと」に収められた「序」は当時の学長Eが執筆した。以上の経過により作成された原稿は、昭和四一年九月中旬から逐次、印刷に付され、校正は、原告、参加人A、参加人Bが教官数名の協力を得て行つた。
四 ところで、原告及び参加人Aは、本件編集物を編集するに際し、Dとともに記念の会を構成していることを明示したうえ、記念の会名義をもつて、戦没者の遺族に対し、本件編集物の刊行に賛同し遺稿などを提供するよう呼びかけ、前述のとおり、遺稿などの提供を受けたのであるから、原告、参加人A、参加人Bは、遺稿についての著作権者の遺族(相続人)の許諾を得て、本件編集物を編集した者に該当する。
なお、右許諾は、氏名などを特定せずに、本件編集物の編集に従事する静岡大学の関係者に対して概括的に与えられたものである。
五 以上の次第であるから、本件編集物は、前述のような編集の経過に照らすと、
編集委員会を構成していた原告、参加人A、参加人Bの三名の共同編集になるものであり、なお本件編集物の複製物である「旧版地のさざめごと」の「あとがき」にも、原告、参加人A、参加人Bの三名が編集委員会を構成し、編集を分担したことを記載してあるから、本件編集物は、原告、参加人A、参加人Bの三名の共同編集になるものと推定される(旧著作権法(明治三二年三月四日法律第三九号をいう。
以下同じ。)第35条第1項参照)。そして、戦没者の遺族による本件編集物の編集についての許諾は、前述したとおり、本件編集物の編集に従事する静岡大学の関係者に対して概括的に与えられたものであるところ、原名、参加人A、参加人Bの三名は、いずれも同大学の関係者である以上、本件編集物を適法に共同編集した者であり、したがつて、右三名は、本件編集物についての編集著作権を共有し、かつ、これについての編集著作者人格権を有することが明らかである。ところで、本件編集物についての編集著作権に関し、右三名が有する持分は、前述のような編集に関与した程度に応じ、原告、参加人A、参加人Bの間において、原告の持分を五分の四、参加人両名の持分を各一〇分の一とする旨の確認が暗黙のうちになされていたが、昭和五三年一〇月二五日、改めて右三名の間で右持分の割合が再確認された。
六 被告両名は、被告会社において発売元となり、被告連合会において発行人となつて、昭和四三年六月二八日、被告連合会編集名義で、「地のさざめごと」と題する別紙書籍目録記載の書籍の第一刷七、〇〇〇部を定価一部当たり金六九〇円で発行した(この発行分を以下、「新版地のさざめごと」という。)が、これにとどまらずなおもこれを複製頒布しようとしている。ところで、本件編集物の複製物たる「旧版地のさざめごと」と「新版地のさざめごと」との内容を比較すると、両者は左記の点、すなわち、(1)主部である戦没者遺稿に関しては、(イ)旧版収録の小説二編が新版で割愛され、旧版未収録の遺稿など原稿用紙(二〇〇字詰)約一三〇枚分が新版に収録されていること、(ロ)旧版では遺稿を旧制静高卒業年次順に配列してあるが、新版では全戦没者の遺稿をまず二大別し、学生生活中に書かれた文章を第一部、戦場や軍隊生活の中で書かれた文章を第二部としたうえで、卒業年次順に配列してあること、(ハ)新版では旧版の遺稿原文の「歴史的かなづかい」を「現代かなづかい」に改め、振りがなを多くするなど表記の点で読み易くするという建前がとられていること、及び(2)新版には戦没者名簿が掲載されていないことに差異があるにすぎない。
したがつて、「新版地のさざめごと」の発行は、本件編集物の複製頒布に該当することが明らかである。
七1 以上の事実によれば、被告両名の「新版地のさざめごと」の発行は、原告、
参加人A、参加人Bの三名が本件編集物について共有する編集著作権を侵害する所為に該当するとともに、その発行に際し、共同編集者としての原告、参加人A、参加人Bの氏名を隠匿したことは、右三名の編集著作者人格権を侵害する所為に該当するから、原告、参加人A、参加人Bは、いずれの侵害を理由としても、被告両名による「新版地のさざめごと」の複製頒布を差止める権利を有する。
2 また、被告両名は、本件編集物について原告、参加人A、参加人Bが有する編集著作権及び編集著作者人格権を侵害するものであることを知り、又は必要とされる注意を怠らなければ知ることができたのに右注意を怠つたために知らないで、右編集著作権及び編集著作者人格権を侵害したから、共同不法行為者として、編集著作権の侵害により原告、参加人A、参加人Bの受けた財産上の損害を賠償するとともに、右編集著作者人格権の侵害により原告、参加人A、参加人Bの受けた精神的苦痛を慰藉するための慰藉料を支払い、更に、原告、参加人A、参加人Bの失われた名誉、声望を回復するための措置を講ずるべき義務がある。
3 ところで、本件編集物についての編集著作権が侵害されたため編集著作権者たる原告及び参加人両名が受けた損害の合計は、
「新版地のさざめごと」の販売価額すなわち定価の一〇パーセントに相当する印税相当額金四八万三〇〇〇円(六九〇×〇・一×七〇〇〇)であるから、各人の損害は、編集著作権の各持分に応じ左のとおりとなる。
原告(持分五分の四) 金三八万六四〇〇円参加人A(持分一〇分の一) 金四万八三〇〇円参加人B(持分一〇分の一) 金四万八三〇〇円4 また、共同編集著作物についての編集著作者人格権の侵害によつて生じる損害賠償請求権は、後記第四、二のとおり不可分債権であるところ、本件編集物についての編集著作者人格権の侵害によつて原告、参加人A、参加人Bの受けた精神的苦痛を慰藉するに足る金銭の額は金六〇〇万円をもつて相当とするから、右三名は不可分債権者として、被告両名に対し金六〇〇万円の連帯支払を請求しうるものである。
5 更に、原告、参加人A、参加人Bの失われた名誉、声望を回復するためには、
請求の趣旨第5項記載のような謝罪広告の掲載を必要とする。
八 被告両名は、本件編集物について、原告、参加人A、参加人Bが編集著作権を共有すること及び編集著作者人格権を有することを争つている。
よつて、原告、参加人A、参加人Bは、被告両名との間で請求の趣旨第1項の確認、本件編集物についての編集著作権又は編集著作者人格権の侵害を理由として被告両名に対し同第2項の差止め、本件編集物についての編集著作権の侵害による不法行為を理由として被告両名に対し同第3項の金員(附帯請求は、いずれも、各損害賠償金に対する不法行為の後の日である昭和四三年六月二九日から支払済みまでの民事法定利率年五分の割合による遅延損害金)の連帯支払、並びに本件編集物についての編集著作者人格権の侵害による不法行為を理由として被告両名に対し、同第4項の金員(附帯請求については前同様)の連帯支払及び同第5項の謝罪広告の掲載を各求める。
請求の原因に対する認否及び被告両名の主張
一1 請求の原因一、二の各事実は認める。
なお、被告連合会設立前、旧制静高同窓会と称する全国単一団体が存在し、同被告は、その地位を包括的に承継したものである。
2 同三の事実は否認する。
3 同四の事実のうち、原告及び参加人Aが、D(及びその他の記念の会の構成員)とともに、記念の会名義をもつて、戦没者の遺族に対し、本件編集物の刊行に賛同し遺稿などを提供するよう呼びかけ、遺稿などの提供を受けたことは認めるが、その余は否認する。
4 同五の事実のうち、本件編集物の複製物である「旧版地のさざめごと」の「あとがき」に原告、参加人A、参加人Bの分担が記載してあることは認め、本件編集物につき、原告、参加人A、参加人Bの間において、持分の割合に関する合意ないし確認がなされたことは不知、その余は否認する。右「あとがき」には、原告、参加人A、参加人Bが編集委員会を構成していた旨の記載は全くなく、「本書の編集に主としてあたつたのは、B・A・Fの三人である。」との記載があるにすぎない。
5 同六の事実は認める。
6 同七の事実は否認する。
(被告会社) 仮に、本件編集物についての編集著作権及び編集著作者人格権が原告、参加人A、参加人Bに属し、被告会社がこれを侵害したものであるとしても、以下のとおり被告会社には故意はもちろん過失もなかつた。
被告会社は、その代表取締役が旧制静高の同窓生であつた関係上、被告連合会から、本件編集物を「新版地のさざめごと」として複製出版することを依頼されたが、その際、被告連合会会長代理幹事Gから、本件編集物についての編集著作権は被告連合会に帰属し、その編集作業に従事した委員会の委員である原告もその複製頒布を了承しているから、原告とも折衝して出版に当たるべきであるとの説明を受けたので、これを信用して、その後、原告、参加人A、参加人Bと交渉して、逐一その了承を得ながら「新版地のさざめごと」の出版の準備を進め、その間、これに必要な序文の執筆を原告に依頼した。
被告会社は、昭和四三年二月一九日に至り、原告から右序文の原稿の交付を受けたところ、約束の五倍にも及ぶ原稿用紙(二〇〇字詰)四〇枚分のものであつたので、原告に対しその枚数を減少するように要請し、原告からは納得できない旨の回答を受けたものの、その後も再三にわたり原告と交渉を重ねたが、原告からの同年三月一六日付書簡により、原告の拒否の態度が明確となつた。そこで、被告会社は、やむなく、被告連合会に対し、原告の右序文をあとがきとして掲載することについて相談したところ、被告連合会は、右序文の内容に難色を示し原告と交渉して書き改めさせる旨を述べた。かくて、被告会社は、爾後の処置を被告連合会に一任して成行きを見ていたところ、同年六月一四日、被告連合会側から、序文については原告に代えて被告連合会の当時の会長Hを執筆者とする旨の申出があり、右序文問題の解決を見たので、その頃、被告連合会の代理人であり会員でもある弁護士から「本件編集物の著作権は被告連合会に帰属する。」旨の確言も得て、被告連合会との間に「新版地のさざめごと」の出版契約を締結し、同書の出版、発売をするに至つた。
「新版地のさざめごと」の出版に至るまでの右のような経過により、被告会社は、本件編集物についての編集著作権及び編集著作者人格権が被告連合会に帰属し、原告、参加人A、参加人B個人には帰属しないものと信じていたから、仮に右編集著作権が原告、参加人A、参加人Bの共有に属し、また右編集著作者人格権が右三名に属するとしても、「新版地のさざめごと」の出版に当たり、右編集著作権あるいは編集著作者人格権を侵害する故意もなければ、過失もなかつたのである。
7 同八の事実は認める。
二 本件編集物についての編集著作権は、被告連合会がこれを有するものである。
1 本件編集物は、被告連合会の編集になるものであり、仮にそうでないとしても、実行委員会の編集になるものであつて、その事情は、左記のとおりである。
(一) 静岡大学及び被告連合会の前身である旧制静高同窓会の関係者の間においては、かねて旧制静高関係戦没者の慰霊事業を行おうとする私的企画が散発的に見られ、その一環として、原告らの、記念の会名義による遺稿集編集作業が行われていたところ、その後、静岡大学及び旧制静高同窓会が右のような事業を公的な共同事業として行うこととなり、昭和四〇年九月九日及び同月三〇日の静岡大学文理学部教授会の決議に基づき、右事業を担当するため、旧制静高戦没者慰霊事業準備委員会(以下、「準備委員会」という。)が結成された。
しかして、準備委員会は、右共同事業の実務を担当するため、学内から選出された原告、参加人A、参加人B、Dら一四名の委員によつて構成され従来原告らが個人的に又は記念の会名義で行つていた遺稿集編集作業を自己の管理下に置くとともに、右委員による討議を経て、編集の原則及び方針を決定し、これに基づき、原告らに対し、編集作業の衝に当たることを命じ、ここに、原告、参加人A、参加人Bは、遺稿の選択、整理、判読、浄書、再選択、校正などの作業の一部を分担して行つたほか、「静高史年表」の作成、「あとがき」の執筆を行つた。またその後の遺稿の募集は、旧制静高の同窓生が担当し、その判読作業の大部分は、参加人Bが行い、会計も同人が担当し、なお、編集作業の補助者として雇つたアルバイト学生らに対する報酬の支払は、準備委員会が行つた。
(二) ところで、準備委員会は、右共同事業に要する資金を寄附金により調達しようとしたが、右寄附金の募集を円滑に行う目的で、昭和四〇年一一月頃から昭和四一年四月頃までの間、大学の内外に協力と支援を呼びかけ、昭和四一年六月頃、
各地の旧制静高同窓会の賛同の下に実行委員会を発足させ、原告、参加人A、参加人Bを含む準備委員会の委員及び新たに各地の旧制静高同窓会から選出された者が実行委員会の委員に就任するに至つたところ、これを契機として、準備委員会は、
右実行委員会に組入れられて自然解消し、これに伴い、原告、参加人A、参加人Bはその後実行委員会の委員として、実行委員会の命を受けて遺稿の編集作業に従事するようになつた。
(三) 原告、参加人A、参加人Bは、右のように準備委員会又は実行委員会の委員として遺稿集の編集を行つたが、その間、右各委員会、又はその母体をなし本件編集物のようなものを管理するにふさわしい恒常的な組織である旧制静高同窓会との間で、左記内容の合意をした。
(1) 慰霊事業及び遺稿集刊行の主体は、右各委員会又は旧制静高同窓会といつた団体であり、編集を含む実務担当者はいずれも右団体の手足として担当実務に従事すること、
(2) 本件編集物の編集著作権は右団体に帰属するものとし、編集の方針その他重要事項は右団体が決定し、遺稿の選択、配列などに関する最終決定権も右団体に存すること、
(3) 本件編集物の編集関係者は、作業中に直面した重要問題については、直ちに右団体の意見を求めてこれに従い、年表、写真集、序文、あとがき、その他関係者自身による著作物の採否、変更は、右団体の意思で決定され、また、これらについての著作権も右団体に帰属すること。
(四) 以上のとおり、本件編集物は、被告連合会の前身というべき旧制静高同窓会、したがつて被告連合会の編集になるものであり、また、仮にそうでないとしても実行委員会の編集になるものであつて、いずれにしても原告、参加人A、参加人Bの編集になるものではない。
2 また、本件編集物の編集に際し、戦没者の遺族などは当初は記念の会名義、その後は準備委員会名義などをもつて、遺稿などの提供を求められたが、一貫して静岡大学又は旧制静高同窓会が責任者となつてその編集を行うものと信じて、右遺稿などの提供に応じたものであり、原告、参加人A、参加人Bのような単なる個人が編集を行うことを承認して、その提供に応じたものではなかつた。
3 以上の次第であつて、本件編集物は被告連合会が適法に編集したものであつて、その編集著作権は被告連合会が原始的に取得したものである。また、仮にそうでないとしても、本件編集物は実行委員会が適法に編集したものであつて、その編集著作権は実行委員会が原始的に取得したものであるところ、被告連合会は、本件編集物を「新版地のさざめごと」として出版するに際し、実行委員会から、これについての編集著作権を譲受けたものである。以上いずれの点からしても、被告連合会は本件編集物についての編集著作権を有するものであるから、「新版地のさざめごと」の複製領布について、原告、参加人A、参加人Bから偽作のそしりを受けるいわれはない。
三 抗弁1 権利濫用の主張 前記一6のとおり、「新版地のさざめごと」の出版に当たり、被告会社の依頼により原告が執筆した序文は長文であつたため、あとがきとして掲載される予定となつたが、原告の右文章中には、「佐藤栄作を総理大臣とする日本政府の漁業対策から外交政策にいたるまでの国政のすべてがあたかもこの声(青年学徒を侵略戦争に駆り立てようとする声のこと)に呼応するかのように進められていることは、いわゆる”倉石発言“ひとつをとつてみても、明らかであろう。倉石農相は二月六日(昭和四三年)の記者会見のあと、プエブロ号事件にともなう日本海におけるわが国漁船の安全操業の問題に関連させて、『右のホオを打たれたら、左のホオを出すというのでは国家は生きていけない。やはり軍艦や大砲を持つて、自分の国は自分で守る自主防衛が大切だ……こんなバカバカしい憲法を持つている日本はメカケみたいだ。佐藤首相も平和憲法を言つているが、腹の中ではくすぐつたいだろう……』と発言したのである。」との部分をはじめとして、随所に時事問題をとり上げて、これを原告の立場から批評する部分が目立つた。そこで、被告連合会は、右のような余りにも生々しい時事問題を激越な口調で論ずることは、少なくとも遺稿集のあとがきや序文としては不向きであり、原告自らも言つていた「遺稿自身をして語らしめる」という精神にも反すると判断し、原告に対し、再考を促して自発的に右あとがきの一部を修正する機会を与え、問題を円満に解決しようと考え、昭和四三年四月二七日及び同年五月八日の二回にわたり、被告連合会の代理人である弁護士Iをして、原告と面談して原告を説得すべく尽力させた。
しかるに、原告は、これらの申入れに対しても、表現の自由を楯にとつて耳を藉さず、当初は原告の承諾もあつて着々と進められてきた「新版地のさざめごと」の出版発売の日程がさし迫つているにもかかわらず、これを無視して、自己の意見に固執して止まなかつたため、被告両名は切迫した事態に追い込まれ、やむをえず、
「新版地のさざめごと」の出版にふみ切つたのである。
以上の事情に照らすと、仮に原告が本件編集物の編集著作権者の一人であるとしても、右序文ないしはあとがきの問題が紛争化したことから、「新版地のさざめごと」の出版を許諾せず、被告両名に対し、本件各請求をすることは、権利の濫用に該当し、到底許されない。
2 消滅時効の抗弁(被告連合会) 「新版地のさざめごと」は、昭和四三年六月二八日発行されたものであるところ、参加人A、参加人Bは原告の本件訴提起に当たつて原告から共同訴訟人として訴を提起することを勧められたが、これを断つているから、おそくとも昭和四四年六月一三日の原告の本件訴提起時には損害及び加害者を知つていたものというべく、したがつて、その時から三年後の昭和四七年六月一三日の経過により参加人A、参加人Bの本件損害賠償請求権及び名誉声望回復措置請求権は時効により消滅した。
消滅時効の起算点に関する右主張が認められないとしても、被告会社が「新版地のさざめごと」を絶版にした昭和四七年二月二九日から三年後の昭和五〇年二月二八日の経過により右各請求権は時効により消滅した。
よつて被告連合会は本訴において右時効を援用する。
抗弁に対する認否及び再抗弁
一1(原告)権利濫用の主張は争う。
2(参加人A、参加人B) 消滅時効の抗弁は争う。
二 消滅時効の抗弁に関する再抗弁(参加人A、参加人B) 共同編集著作物についての編集著作者人格権は権利の性質上不可分な一つの人格権であり、したがつて、右編集著作者人格権の侵害によつて生じる損害賠償請求権及び名誉声望回復措置請求権は、民法第428条の規定する不可分債権に属するから、不可分債権における一人の債権者の履行の請求は、全債権者のために効力を生じるとの理に従い、不可分債権者の一人である原告が昭和四四年六月一三日に本件訴を提起したことにより、参加人A、参加人Bの被告連合会に対する右損害賠償請求権及び名誉声望回復措置請求権の消滅時効は中断されている。
再抗弁に対する認否(被告連合会)
争う。
証拠関係(省略)
理 由一 請求の原因一、二の各事実は当事者間に争いがなく(被告連合会が社団の実体を有しかつ代表者の定めのあるものであることは本件口頭弁論の全趣旨により明らかである。)、原告、参加人A、参加人Bが本件編集物につき編集著作権を共有していること及び編集著作者人格権を有していることを被告両名において争つていることは、本件口頭弁論の全趣旨から明らかである。
二 本件編集物の編集者と編集の適法性1 成立に争いがない甲第一〇号証、第一一、第一八、第三四、第三五号証の各一、二、第三六、第三七号証、第三九号証の一、二、第四〇、第四一号証、第四三、第四四、第四八、第四九号証の各一、二、第五六、第五七号証(ただし、甲第五六、第五七号証については後記採用しない部分を除く。)、丙第一一号証の一、
二、原告本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第一二ないし第一七号証及び「旧版地のさざめごと」であると認められる検甲第一号証、証人A、
同B(ただし、後記採用しない部分を除く。)、同J、同K、同D、同L、同M、
同Nの各証言、原告本人尋問の結果(ただし、後記採用しない部分を除く。)を総合すれば、次の事実が認められる。
(一) 原告は、昭和四〇年初、参加人Aから、旧制静高関係戦没者二一名の遺影が静岡大学文理学部の倉庫の中にほこりをかぶつたまま放置されていること及びそのことを同大学の技官Cが気遺つていることを聞き及び、原告が調査したところ、
これらの遺影は、昭和一八年と昭和一九年に静岡浅間神社でとり行われた旧制静高の静高関係戦没者慰霊祭に使用されたものであることや戦没者の総数は二〇〇名を超えることなどが判明した。原告は、このように戦没者の遺影が倉庫内にほこりをかぶつて放置されていることや、戦後ただの一度もこれら戦没者に対する追悼の事業が行われていないことを知るに及んで、これら戦没者を追悼しかつは記念する慰霊事業の一つとして戦没者の遺稿などを収集して遺稿集を編集刊行することを思い立ち、昭和四〇年春から、旧制静高関係戦没者名簿の作成にとりかかるとともに、
手近なところから遺稿などの収集を開始した。
(二) そして、原告は、参加人Aとともに、慰霊事業として遺稿集の編集刊行と全学的規模での慰霊祭の執行を推進すべく、同僚教官に働きかけて、昭和四〇年六月、「記念の会」(この会の名称を「静岡大学関係戦争犠牲者記念の会」としたのは、対象を広く静岡大学関係(旧制静高に限らない。)の戦争犠牲者(戦没者に限らない。)とする意図からであつたが、結局は、旧制静高関係戦没者の枠内にとどまつた。)を結成した。この記念の会は特段に会則を定めることはしなかつたが、
原告、参加人A、参加人B、永らく旧制静高の教官をしていて旧制静高同窓会ともゆかりの深いDほか三名、合計七名の教官で構成され、会長は置かず、原告、参加人A、Dの三名が記念の会事務局の代表となつた。そして、記念の会は、(イ)戦没者の遺族や友人などとの連絡、(ロ)遺稿などの収集、(ハ)個々の戦没者に関する基本的資料の収集などの活動を行つたが、その活動の一環として、昭和四〇年八月と一〇月に、同会名義で戦没者の遺族などに対して遺稿などの提供と慰霊祭への協力を依頼する文書を送付した(原告及び参加人Aが、Dとともに、記念の会名義をもつて、戦没者の遺族に対し、本件編集物の刊行に賛同し遺稿などを提供するよう呼びかけ、遺稿などの提供を受けたことは当事者間に争いがない。)。
(三) 記念の会事務局の代表の一人であるDは、昭和四〇年九月九日開催された静岡大学文理学部教授会の席上において、記念の会がその目的として活動を行つている慰霊事業すなわち遺稿集の編集刊行と慰霊祭の執行とに対する同教授会の支持と協力を要請したところ、同教授会は、この要請を了承し、右慰霊事業に対する支援として、記念の会の構成員とこれに数人を加えた者を委員とする準備委員会を結成することを決定した。この決定に基づいて文理学部長Oを委員長とし、記念の会の前記七名の教官のほか更に七名の教官を加えて「準備委員会」(旧制静高戦没者慰霊事業準備委員会)が発足し、同月三〇日の同教授会において準備委員会の委員の名前が報告された。もとより右準備委員会の結成は同教授会の正式の議決事項ではなく、したがつてその決定も、慰霊事業を同大学ないしは同大学文理学部の正式行事とするというものではなく、同教授会としてできる限り協力するという趣旨のものであつたため、右準備委員会は、組織体としての実体が薄弱であり、各委員の業務の分担も截然と区分したわけではなかつたが、おおよその取決として、これまで遺稿集の編集を行つてきた原告、参加人A、参加人Bが引続いて右編集を行い、
これを更に推進することとし、他の委員はこれに協力するとともに、静岡大学の内外に対して慰霊事業への協力と支援の呼びかけをすること、すなわち具体的には戦没者の遺族などに働きかけて遺稿などの提供を促し、慰霊事業遂行に必要な寄附金の募集を円滑に行うために各地の旧制静高同窓会に対し慰霊事業について賛同を得るべく働きかけることのほか、遺稿集の出版、慰霊祭執行の準備などを行うこととした(このような委員会の実体は、後記(九)の実行委員会についても同様であつた。)。
(四) 右のようにして、前記記念の会名義による戦没者の遺族などに対する遺稿などの提供依頼と準備委員会の各委員による遺稿などの収集活動がなされた結果、
昭和四〇年一二月末までに、本件編集物の編集の素材となつた遺稿などの資料全体のほぼ三分の二が収集され、その後においても遺稿などの収集が継続された。
(五) 原告は、収集された遺稿などをまず整理し、これらをすべて精読したが、
遺稿中には、紙片に記述されたものがあり、しかも紙片がばらばらになつているため紙片の順序を確定するのに数日を要し、あるいは戦没者個々人のそれぞれに個性的な筆蹟や独特の省略法があつて判読に困難が生じ、例えば戦場の塹壕の中で書かれたものなどはその書き方が簡便な速記法を用いて走り書きしてあり、そのようなものについては判読するのに一か月間も要するなど、遺稿などの整理、判読には著しい困難が伴つた。
(六) ところで、原告は、これらの遺稿などを整理し、精読していく過程において、後記(イ)ないし(ホ)に記載の編集方針を立てるに至つた。
すなわち、既に出版されている戦没者の遺稿集、とりわけ東京大学学生自治会戦没学生手記編集委員会編「はるかなる山河に―東大戦没学生の手記―」やその続編である日本戦没学生手記編集委員会編「きけわだつみの声―日本戦没学生の手記―」は、戦没者の苦しみと悩みとに対する深い共感と平和への痛切な祈りとに支えられて編まれたすぐれた遺稿集であるが、これらの遺稿集は、戦争や軍隊を讃美したり超国家主義や日本精神主義を謳歌する文章を、出版当時の社会情勢の中で軍国主義の復活に利用されるおそれがあるという理由から殆んどすべて排除してしまつたため、戦没者の戦争の被害者であるという側面だけを専ら強調し、被害者であつたが同時にアジアの諸国民に対しては加害者であり殺人者でもあつた戦没者の生と死の全体像を明らかにすることができなかつたという欠陥を有しているとともに、
戦没者の加害者としての側面を切り捨てることによつて歴史的資料としての価値を喪失しているということも、忘れてはならないと原告は考えるに至つた。そこで、
原告は、これらの遺稿集を乗り越えた遺稿集、すなわち戦没者の霊を慰めるよすがとなりうると同時に現代史の基礎資料となりうる遺稿集を編集しようと考え、このような見地から編集方針を立てることとした。
原告が自己の右のような考えや編集方針を準備委員会に報告して各委員の意見を徴したところ、原告の立てた編集方針に対して異論を唱える意見あるいは新たな編集方針を提示する意見はなく、却つてK委員の「遺稿自身をして語らしめよ」という意見に代表されるように原告の立てた編集方針と同趣旨の意見が出されるなど、
原告の編集方針は訂正されることなく各委員の賛同を得た。
しかして、原告が、各委員の意見を徴し、その賛同を得て最終的に確定した編集方針は次のとおりである。
(イ) 遺稿の中で戦争や軍隊が讃美されているもの、超国家主義、日本精神主義が表明されているもの、戦争での残虐な行為が叙述されているものも除外せず、収録すること。
(ロ) 学校、個人生活、仕事、軍隊、戦場といつたさまざまな場のありさまを如実に反映し、多様性に富むように遺稿などを選択すること。
(ハ) 時代と社会の、とりわけ戦争の展開のそれぞれの時点における諸特徴が反映されるように遺稿などを選択すること。
(ニ) 個人の手紙、日記、手記については、同一の日付又は同一のテーマの記述はできる限り全文を収録すること。
(ホ) 印刷の諸条件が許す限り、原文の表記を尊重すること。
(七)(1) かくして原告は、参加人A、参加人Bと協議して、それまで整理、
精読した遺稿などを前記の編集方針に則つて取捨選択し、参加人Bをはじめとする文理学部教官及び学生にこれら取捨選択した遺稿などの浄書を依頼ないし指示し、
浄書された遺稿などを再び参加人A、参加人Bと協議のうえ、前記編集方針に則つて取捨選択して、これを配列し、本件編集物の「第一部戦没者遺稿」として収録した。
(2) 原告は、遺稿の整理、判読、遺稿集に収録すべき遺稿の取捨選択をする一方で、旧制静高教官会議議事録をはじめとする旧制静高関係のさまざまな印刷資料及び日本史と世界史に関する各種年表を基にして、本件編集物の「第二部静高史年表」を執筆した。
(3) 更に、原告は、戦没者の略歴、戦没の日時と状況、戦没時の年令、遺族の所在などについて執筆し、参加人Aは、遺族、友人から提供されあるいは文理学部に保存されていた戦没者の写真を整理してこれを複写し、本件編集物の「第三部戦没者名簿」として掲載した。
(4) 原告は、参加人A、参加人Bと協議のうえ「あとがき」を執筆した。
(5) 以上「第一部戦没者遺稿」、「第二部静高史年表」、「第三部戦没者名簿」及び「あとがき」からなる本件編集物は、昭和四一年九月頃、完成した(なお、昭和四一年九月六日の後記学内委員会の会合において、J委員から提案された、旧制静高寮歌の冒頭の一句である「地のさざめごと」をもつて、本件編集物の題号とすることが決定された。)。
(八) 原告は、以上認定した本件編集物の完成に至る過程において、自から立てた遺稿集の編集方針を準備委員会に報告して各委員の意見を徴し、あるいは準備委員会又は学内委員会(後記実行委員会発足後の準備委員会、すなわち実行委員会の委員のうちの大学側委員のみからなる委員会の通称)に対し、遺稿などの収集量、
遺稿集の編集作業の進捗状況などを報告し、その了承を得ていたものの、準備委員会あるいは後記実行委員会(学内委員会を含む。以下同じ。)が原告、参加人A、
参加人Bに対し、その行つている遺稿集の編集作業に関して何ら指図ないし要求をしたことはなかつた。
(九) なお、昭和四一年六月には、準備委員会の働きかけにより、準備委員会の委員(後に外一名)に各地の旧制静高同窓会側の委員多数を加えて「実行委員会」(旧制静高戦没者慰霊事業実行委員会)が発足し、静岡大学長Eがその会長となつた。同実行委員会は、遺稿集の発行及び慰霊祭の執行の費用に当てるべく、旧制静高同窓会会員や戦没者の遺族、静岡大学関係者等から寄附金を募り、また遺稿などの一部を収集し、同年一一月、本件編集物を「旧版地のさざめごと」として複製発行するとともに慰霊祭を執行した。
以上の事実が認められ、甲第五六、第五七号証、証人Bの証言、原告本人尋問の結果中右認定に反する趣旨の記載ないし供述部分は、前掲各証拠に照らして採用し難く、他に右認定を覆すに足る証拠はない。
2 ところで、被告両名は、原告、参加人A、参加人Bは準備委員会若しくは実行委員会又は旧制静高同窓会との間で、「第三 請求の原因に対する認否及び被告両名の主張」の項の「二1(三)の(1)ないし(3)」記載の合意をした旨主張するけれども、これを認めるに足る証拠はない。
3 しかして、編集著作物は、編集物に収録された素材たる著作物(旧著作権法第14条参照。以下、便宜「素材」という。)の選択、配列に創作性が認められるが故に著作物として保護されるものであることに鑑みれば、素材について創作性のある選択、配列を行つた者が編集者であると解すべきであることはいうまでもないところであるが、それにとどまらず、素材の選択、配列は一定の編集方針に従つて行われるものであるから、編集方針を決定することは、素材の選択、配列を行うことと密接不可分の関係にあつて素材の選択、配列の創作性に寄与するものというべく、したがつて、編集方針を決定した者も当該編集著作物の編集者となりうるものと解するのが相当である。しかしながら、編集に関するそれ以外の行為、例えば素材の収集行為それ自体は、素材が存在してこそその選択、配列を始めうるという意味で素材の選択、配列を行うために必要な行為ではあるけれども、収集した素材を創作的に選択、配列することとは直接関連性を有しているとはいい難いし、また編集方針や素材の選択、配列について相談に与つて意見を具申すること、又は他人の行つた編集方針の決定、素材の選択、配列を消極的に容認することは、いずれも直接創作に携わる行為とはいい難いから、これらの行為をした者は、当該編集著作物の編集者となりうるものではないといわなければならない。
4 これを本件についてみるに、前記認定事実によれば、本件編集物(その素材の選択、配列に創作性の認められることはすでに述べたところから明らかである。)を編集するに当たつて、前認定のような編集方針を決定したのは原告であり、また素材である遺稿などについて創作性のある選択及び配列をしたのは原告、参加人A、参加人Bであることが明らかであつて、準備委員会あるいは実行委員会は、その各委員が遺稿などの一部を収集したにとどまり、その立場において自から直接編集方針を決定したわけではなく、また素材の選択又は配列を行つたものでもない。
しかして、準備委員会あるいは実行委員会は、原告が編集方針を立てるに際し、あるいは原告、参加人A、参加人Bが素材の選択及び配列を行うにつき、具体的な指図をし又は要求をして行わせたものではないし、組織体として、原告及び参加人両名に対し編集を命じるというような実体も有しないものであつたから、原告、参加人A、参加人Bが、前認定のような本件編集物についての編集活動を準備委員会あるいは実行委員会の機関ないし手足として行つたものとは到底解し難い。もつとも、前記認定事実によれば原告は自己の立てた編集方針を準備委員会の会合に提示して各委員の意見を徴し、その賛同を得たうえで最終的に確定しているものということができるけれども、前記認定事実に徴すれば、各委員の行為は、相談に与つて意見を述べたにすぎないものというを相当とすべく、それによつて準備委員会ないし同委員会委員が本件編集物の編集者となりえないこと前説示から明らかであり、
また原告は、遺稿集の編集作業の進捗状況などを準備委員会あるいは学内委員会に報告してその了承を得ていたこと前記認定のとおりであるから、このことから、素材の選択又は配列についても準備委員会あるいは学内委員会に報告し、その了承を得ていたということができるとしても、前記認定事実に徴すれば、それは原告、参加人A、参加人Bの行つた素材の選択及び配列を、準備委員会あるいは学内委員会がただ単に消極的に容認したにすぎないものというを相当とすべく、これをもつて準備委員会あるいは学内委員会の創作活動と認めるに至らないこと前説示から明らかである。
以上のとおりであるから、本件編集物の編集者は、原告、参加人A、参加人Bであつて、本件編集物は、これら三名の共同編集になる編集物というべきである。
5 しかして、本件編集物(旧著作権法施行当時に編集されたものであること前記認定から明らかである。)が旧著作権法の保護を受ける編輯著作物であり現行著作権法の保護を受ける編集著作物であるといいうるためには、その編集が適法であることを要する(旧著作権法第14条、現行著作権法附則第2条参照)。そして、ここにおいて編集が適法であることとは、著作権の保護期間の存続中の著作物についていえば、当該著作物を編集物の素材として収録することについてその著作権者の許諾を得ていることをいうものと解される。
そこでこれを本件につきみると、前掲甲第一〇号証、第一一、第一八、第三四号証の各一、二、第三七号証、第三九、第四八、第四九号証の各一、二、証人J、同P、同Q、同Rの各証言、原告本人尋問の結果を総合すれば、次の事実を認めることができる。すなわち、本件編集物中に収録されている遺稿などの収集は、主として記念の会がその名義で遺族などに対し遺稿などの提供の可否を問合せた書状あるいは遺稿などの提供方を依頼した依頼状を送付しこれによつて提供を受けるという方法によつたものであり、そのほかJなど準備委員会又は実行委員会の委員が遺族などに対し遺稿などの提供方を働きかけこれによつて提供を受けるという方法によつたものであつて、遺稿などはこれら依頼ないし働きかけに応じ提供されたものであること、右依頼状には「今までは数人の有志のものが進めて参りましたが、さる九月の文理学部教授会では、この静岡大学関係の戦争犠牲者を記念する事業を全面的に支持・推進していくことが了承され、そのための委員会も結成されましたことを、ここにお知らせいたします。このようにして、この事業がやがては静岡大学全体の事業になるだろうという見通しが開けてきたわけであります。またこの事業につきましては、旧制静高同窓会からも援助を仰ぐ予定になつております。」と記載され、依頼者として「静岡大学関係戦争犠牲者記念の会」事務局代表者人文学部教授D、同助教授A、教養部助教授F」と表示されていること、遺族などの中にはJなど旧制静高の同窓生が遺稿集の編集作業に加わつているが故に遺稿を提供した者があること、以上の事実が認められ、右認定を覆すに足る証拠はない。
以上の認定事実と前記1に認定の事実及び本件口頭弁論の全趣旨とを総合すれば、戦没者の遺族などが戦没者の遺稿などを提供した本件における行為は、著作権者としての遺族などが、右遺稿などを編集物の素材として収録することを許諾する意思を表明したものと解するのが相当であり、また、前段に認定の事実によれば、
遺族などに対する遺稿などの提供の依頼の過程においては遺稿集の編集者が何人であるかは明示されていないが、右認定の事実関係のもとでは右依頼に応じて遺族などが遺稿などを遺稿集に収録することの許諾を与えた対象は、静岡大学、記念の会ないし準備委員会、実行委員会を含み概括的であつたと解するのが相当である。そして、このように、許諾を与えた対象が概括的であることに徴すれば、準備委員会の内部的取決によりその構成員が遺稿集を編集し、結果として準備委員会ではなく当該構成員が遺稿集の編集者となつたとしても、当該構成員による編集は右許諾の範囲内にあると解するのが相当である。そうすると、準備委員会の構成員である原告、参加人A、参加人Bが、同委員会における前記1(三)認定の取決に従つて行つた本件編集物の編集は右許諾の範囲内において行われたものということができる。
してみると、原告、参加人A、参加人Bの行つた本件編集物の編集は適法であり、したがつて、本件編集物については旧著作権法第14条の規定により編輯著作権が成立し(同法第13条中の「各著作者ノ分担シタル部分明瞭ナラサル」共同著作物たる編輯著作物)、それ故現行著作権法においても編集著作物(同法第2条第1項第12号共同著作物たる編集著作物)として保護される。
三 本件編集物の編集著作権の帰属と持分及び編集著作者人格権の帰属1 右二に述べたところから、原告、参加人A、参加人Bは、本件編集物につき編集著作権を共有し、かつ編集著作者人格権を有することが明らかである。
そして、その権利の帰属につき確認の利益が存すること前記一から明らかであるから、被告両名との間で、原告、参加人A、参加人Bが本件編集物について編集著作権を共有すること及び編集著作者人格権を有することの確認を求める右三名の請求は理由がある。
2 しかして前記二で認定したところの本件編集物の編集過程において原告、参加人A、参加人Bが編集に関与した各度合と本件口頭弁論の全趣旨によれば、原告、
参加人A、参加人Bの本件編集物についての編集著作権に対する各持分の割合は、
原告が五分の四、参加人A、参加人Bがそれぞれ一〇分の一と認めるのが相当である。
四 編集著作権の侵害 請求の原因六の事実は当事者間に争いがなく、右事実並びに前記二及び三に確定したところによれば、被告両名が「新版地のさざめごと」を発行することは、原告、参加人A、参加人Bが本件編集物について共有する編集著作権を侵害するものであるといわなければならない。したがつて、原告、参加人A、参加人Bは、格別の理由なき限り、被告両名が「新版地のさざめごと」を複製領布することの差止めを請求しうるものである。
なお、被告会社が、昭和四七年二月二九日「新版地のさざめごと」を絶版にしたことが本件口頭弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙第二号証により認められるけれども、被告両名は、過去において現実に前記のように「新版地のさざめごと」を複製頒布したものであるうえ、本件編集物の編集著作権が現に被告連合会に帰属し、原告、参加人A、参加人Bには帰属していないとしてこれを争つていることが本件口頭弁論の全趣旨により明らかである以上、被告両名がなお「新版地のさざめごと」を複製頒布するおそれが存するものといわなければならない。
五 編集著作者人格権の侵害 当事者間に争いがない請求の原因六の事実、前掲検甲第一号証、証人Sの証言により「新版地のさざめごと」であると認められる検甲第二号証の一、証人Aの証言、原告本人尋問の結果によれば、本件編集物及びその複製物たる「旧版地のさざめごと」の奥付に、編集者として原告、参加人Bの各氏名が表示されていること、
参加人Aは、本件編集物の編集につき自己の関与の度合が少ないことを理由に、本件編集物及びその複製物たる「旧版地のさざめごと」の奥付に編集者として氏名を表示することを固辞し、その故に本件編集物及びその複製物たる「旧版地のさざめごと」の奥付に参加人Aの氏名が表示されていないこと、被告両名は、「新版地のさざめごと」を発行するに当たり、同書の奥付等に編集者として原告、参加人A、
参加人Bの各氏名を表示していないことが認められ、これに反する証拠はないところ、右事実によれば、被告両名が「新版地のさざめごと」の奥付等に編集者として原告、参加人Bの各氏名を表示しなかつたことは、右二名の本件編集物についての編集著作者人格権を侵害するものといわなければならないが、参加人Aは本件編集物に編集者として自己の氏名を表示しない意思を表明しかつその故に現に本件編集物及びその複製物たる「旧版地のさざめごと」の奥付にその氏名を表示していないのであるから、「新版地のさざめごと」の奥付等に編集者として参加人Aの氏名を表示しなかつたことが参加人Aの編集著作者人格権を侵害するとする主張は採用することができない(なお、後記九の2(一)及び3(一)参照)。
損害賠償義務、名誉声望回復措置義務1 成立に争いがない乙第一号証、前掲検甲第一号証、証人I、同S、同Gの各証言を総合すれば、次の事実が認められ、この認定を覆すに足る証拠はない。
(一) 被告連合会は、被告会社との間で本件編集物に関する出版権設定契約を締結する以前に開催した被告連合会の幹事会において、本件編集物の編集著作権が被告連合会に帰属するか否かを検討したが、その際被告連合会の常任幹事である弁護士から、この点につき、次のような意見が述べられた。すなわち、(1)静岡大学文理学部の教授会において本件編集物の編集を同学部と被告連合会との公的な共同事業とすることに決定し、同教授会の構成員である原告、参加人A、参加人Bは教授会から命ぜられて編集実務を行つたものであり、遺稿が多数収集されたのは旧制静高の後身である静岡大学が背後にあつたからであつて、もし原告、参加人A、参加人Bが個人的に収集活動をしていたならば、収集される遺稿は少数にとどまつたはずであること、(2)「旧版地のさざめごと」奥付には「編集旧制静高戦没者遺稿集編集委員会代表F、B」と記載されているが、これは、F(原告)、B(参加人)の二名が右編集委員会の代表であり、他に多数の委員の存在を予定していることを意味しており、その委員会としては準備委員会(ないし学内委員会)がこれに該当するから、右編集委員会は準備委員会の別名にすぎないこと、(3)準備委員会が編集方針その他の編集上の重要な事項を決定したのであること、(4)原告の言動からしても原告は本件編集物の編集著作権が原告を含め個人に帰属することは考えていないと判断されること、(5)これらのことから本件編集物の編集著作権は原告、参加人A、参加人Bには帰属せず、却つて、準備委員会(すなわち編集委員会)は実行委員会の手足にすぎないこと及びその実行委員会は被告連合会を母体とすることからすれば、本件編集物の編集著作権は究極的には被告連合会に帰属しているものであること。以上のような内容の意見であつたので、そこで被告連合会は、この意見に基づいて、本件編集物の編集著作権は被告連合会に帰属するものであると判断して、被告会社との間で昭和四三年六月一四日頃本件編集物に関する出版権設定契約を締結し、被告会社と共同して「新版地のさざめごと」を発行した。
(二) 被告会社も、被告連合会と同じ頃、本件編集物の編集著作権を有する者について検討したが、(1)被告連合会の当時の会長であるHらが、被告会社の取締役文芸局長Sに対し、「旧版地のさざめごと」を示して本件編集物の複製発行を依頼し、かつその際に本件編集物を作つたのは被告連合会である旨を言明したこと、
(2)前記出版権設定契約締結の直前に、前記弁護士が被告会社に対して前記(一)の被告連合会の幹事会における意見と同様の意見を述べたこと、(3)更に、団体を構成する多数の者の協力によつて著作された著作物の著作権は当該団体に帰属することが通例であると被告会社は考えていたこと、右(1)ないし(3)のことを根拠に、被告会社は、本件編集物の編集著作権は被告連合会に帰属するものであると判断して、右出版権設定契約を締結した。
(三) 「旧版地のさざめごと」の原告執筆にかかる「あとがき」には、その末尾に「本書の編集に主としてあたつたのは、B・A・Fの三人である。その分担および主たる責任の所在はつぎのとおりである。
遺稿の整理・判読・浄書および選択、つまり本書の主部をなす遺稿の編集と、戦没者名簿の作成には、BとFとがあたつた。遺稿の選択の主たる責任はFにある。戦没者名簿の写真の複写と整理には主としてAがあたつた。静高史年表の作成にはFがあたつた」と記載されているとともに、被告連合会あるいは準備委員会の各委員などに対しては、右の編集に対する協力につき謝意を表する旨記載されている(「旧版地のさざめごと」の「あとがき」に原告、参加人A、参加人Bの分担が記載してあることは当事者間に争いがない。)。
2 右認定事実に基づいて、「新版地のさざめごと」の出版についての被告両名の故意又は過失の有無につき検討すると、およそ本件編集物のように素材の収集から編集物としての完成に至るまでの過程において多数の者が関与し、その関与した者が団体の構成員である場合には、当該編集物の編集者したがつて編集著作権を有する者は、編集に関与した者の行為態様、関与の度合、関与した者と団体との関係などの編集の実態のほか、関与した者と団体との間の特約の有無などにより決せられると解するを相当とすることは理の当然であるから、本件編集物についても、これらの事実関係を充分調査しなければ、その編集者が誰であるのかを判定することは困難であると解されうるうえ、準備委員会、実行委員会あるいは被告連合会が、本件編集物の編集者であるならば、「旧版地のさざめごと」の奥付に当然それらの名称を表示するはずであることは見易い道理であるにもかかわらず、前認定のとおり、右奥付にはこれらの名称と異なる名称が表記されていること、しかも右奥付の記載からは、同奥付に記載されている編集委員会なるものが多数の委員の存在を予定しているとは必ずしも断定し難く、この点は明瞭でないこと、更に、「旧版地のさざめごと」の「あとがき」中には本件編集物の編集者したがつて編集著作権を有する者は、原告、参加人A、参加人Bであつて、被告連合会あるいは実行委員会ではないことを示唆する記載(旧著作権法第35条第1項の規定による推定の前提事実とはなりえないとしても)があること及び前記1(一)ないし(三)に認定の事実関係のもとにおける被告両名の立場からすれば、右に述べたことはいずれも容易に判断がつき、ないしは知りうるとするを相当とすることに鑑みれば、被告両名において、本件編集物の編集の実態あるいは編集に関与した者と準備委員会、実行委員会又は被告連合会との特約の有無など以上に述べたことがらを充分調査すべき義務があり、かつ、この義務を容易に尽しうる立場にあつたと解されるところ、被告両名が、これらの点について調査を尽したことを認めるに足る証拠はない。
してみると、被告両名は、「新版地のさざめごと」を発行するに際し必要な注意を用いれば、同書の発行が原告、参加人A、参加人Bの共有にかかる編集著作権、
原告、参加人Bの編集著作者人格権を侵害するものであることを知りえたはずであるのに、これを怠つた点において過失を逸れないというべきである。もつとも、被告両名は、前記弁護士の意見を一つの拠りどころとして前記のように判断したものであることは前記認定から明らかであるけれども、同弁護士が前述の如き本件編集物の編集の実態あるいは編集に関与した者と被告連合会などの団体との特約の有無について調査を尽したものであること及び被告両名がこの点について同弁護士に質したことを認めるに足る証拠はないから、被告両名が、同弁護士の意見を一つの拠りどころとして前述のように判断し、その結果「新版地のさざめごと」を発行したとしても、そのことは、少なくとも前記過失を否定する事情とはなし難い。なお、
証人Iの証言中には、「新版地のさざめごと」の出版に関連しての同証人と原告との話合いの過程では、本件編集物についての著作権の問題は、その帰属を含めおよそ問題として提起されなかつた旨の供述部分があり、同証人は、原告、参加人A、
参加人Bには著作権は帰属していないし、著作権を有する旨主張する気配さえ窺えなかつた旨強調しているが、右供述部分をもつて直ちに被告両名の前記過失の存在を否定するものとはなし難い。
3 また、本件編集物についての編集著作権及び編集著作者人格権の侵害の行為につき、被告両名は共同不法行為者であるというべきであること明らかである。
4 そうすれば、格別の事由なき限り、旧著作権法第29条第36条ノ二の各規定(現行著作権法附則第17条参照)に基づき、被告両名は、連帯(不真正連帯)してあるいは単独で、「新版地のさざめごと」の発行によつて、原告、参加人A、
参加人Bの共有する本件編集物についての編集著作権を侵害したことにより右三名が被つた財産的損害を賠償するとともに、原告、参加人Bの有する本件編集物についての編集著作者人格権を侵害したことにより右二名が被つた精神的損害を賠償し、かつ右二名の名誉、声望を回復するための措置を講ずるべき義務があるといわなければならない。
七 権利濫用の主張の成否1 前掲甲第五六、第五七号証(ただし、いずれも後記採用しない部分を除く。)、検甲第二号証の一、成立に争いがない甲第九号証、第一九ないし第二五号証 第五一号証の一ないし六、丙第一号証(ただし、後記採用しない部分を除く。)、原告本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第五四号証、証人T(ただし、後記採用しない部分を除く。)、同S、同G、同Iの各証言、原告本人尋問の結果(ただし、後記採用しない部分を除く。)によれば、次の事実が認められる。
(一) 「旧版地のさざめごと」は、戦没者の遺族、被告連合会の会員などを対象とした非売品として発行されたものであるところ、その後本件編集物を一般読者向けに複製出版すべく、昭和四二年九月二四日、静岡市において、関係者による会合が開かれた。右会合には、被告連合会及び東京静高会側から被告連合会の当時の会長HのほかGら、静岡静高会側から同会会長UのほかVら、静岡大学側から原告、
参加人A、参加人B、J、Kらが出席し、被告会社の代表取締役Wが旧制静高の同窓生であつたことから本件編集物の複製出版を被告会社に依頼することにするとともに、被告会社が右出版を承諾した場合の出版に関する被告会社との爾後の折衝は、本件編集物の編集に当たつた原告がこれを行い、Jがその連絡役となることを決めた。
(二) そこで、被告連合会の当時の会長Hをはじめとする被告連合会の会員数名が、昭和四二年九月末頃被告会社を訪れ、同社の前記取締役文芸局長S、文芸図書第一出版部長Tと面会し、「旧版地のさざめごと」を呈示して本件編集物の複製出版を依頼するとともに、出版を承諾する場合には爾後の措置をJと相談するように申し添えたところ、被告会社は、企画会議を開いて本件編集物の複製出版の是非を検討した結果、これを出版することに決定し、その頃、被告連合会にその旨を連絡して、ここに両者間に本件編集物を複製出版する旨の一応の取決が成立した。
(三) その後、Tは、被告会社文芸図書第一出版部員Xとともに、昭和四二年一〇月末頃、Jを静岡市に訪ね、同人の紹介で原告と面会し、本件編集物の複製出版についての事務的打合せを行つたが、その際、Tは原告に対し、執筆者を特に指定することなく新たに出版する地のさざめごとに掲載する序文の執筆を依頼し、原告はこの依頼を了承した。
(四) そこで、原告は、Xと連絡をとりつつ、本件編集物の複製出版の準備を進め、新たに出版する地のさざめごとは一般の読者を対象とすることからできる限り読み易くするなどの工夫をし、その結果、「旧版地のさざめごと」と比較した場合、請求の原因六記載のとおりの差異を生ずることとなつた。かくして、新たに出版する地のさざめごとの本文の原稿は、昭和四三年一月末頃完成した。
(五) 他方、序文は、原告が原告自ら執筆することと決め、原告は、原稿用紙約四〇枚分の、新版刊行のいきさつ、「旧版地のさざめごと」と新たに出版する地のさざめごととの異同などを説明した部分を含む序文を執筆して、昭和四三年二月一九日、被告会社に出向いてこれをTに手交した。
(六) しかして、被告会社において右序文を検討したところ、昭和四二年一〇月末頃の前記事務的打合せの際に原告の了解を得たものと被告会社において考えていた取決、すなわち序文は原稿用紙四、五枚とすることに反するばかりでなく、その文章中に例えば、「佐藤栄作を総理大臣とする日本政府の、漁業対策から外交政策にいたるまでの国政のすべてがあたかもこの声に呼応するかのように進められていることは、いわゆる”倉石発言“ひとつをとつて見ても明らかであろう。倉石農相は二月六日の記者会見のあと、プエプロ号事件にともなう日本海におけるわが国漁船の安全操業の問題に関連させて、『右のホオを打たれたら、左のホオを出すというのでは国家は生きていけない。やはり軍艦や大砲を持つて、自分の国は自分で守る自主防衛が大切だ。……こんなバカバカしい憲法を持つている日本はメカケみたいだ。佐藤首相も平和憲法を言つているが。腹の中ではくすぐつたいだろう。……』と発言したのである。」という箇所など、時の政治家の名前をあげるなどして時事問題を激しい口調で論じている箇所が随所にあると考えた被告会社は、その故に、これらの文章をこの種遺稿集の「序文」に掲載することは不適当であるという被告会社の判断に立つて、原告に対し右執筆にかかる序文の縮小、修正を要請すべく、原告と交渉を重ねたが、原告はその修正を拒否した。そして原告は、昭和四三年三月四日付の書簡で、被告会社に対し、最終的な妥協案として、新版刊行のいきさつ及び「旧版地のさざめごと」と新たに出版する地のさざめごととの異同を述べた部分を「新版序」として巻頭に掲げ、被告会社が序文としてはふさわしくないと主張する部分を含め、戦没者の遺稿が投げかけている問題をどう受けとめるべきかについて述べた部分を「新版刊行によせて」と題して巻末(旧版の「あとがき」の後)に収めることを提案するとともに、その原稿を郵送した。これに対して被告会社は、同月一二日付の書簡で、原告に対し、「新版序」の部分は殆ど問題はないが、「新版刊行によせて」と題する部分には依然として序文あるいはあとがきとして不適当な内容の箇所があるとして、その修正を要請したが、原告は、同月一六日付の書簡でこれを拒否した。そしてその後においても、新たに出版する地のさざめごとの序文あるいはあとがきをめぐつて原告とXとの間で書簡の交換による交渉がなされたが、不調に終つた。しかし、その間においても、被告会社は新たに出版する地のさざめごとの本文のゲラ刷りを原告に送付し、原告は送付されてきたゲラ刷りの校正を行つていた。
(七) このような状況下において、被告会社は、新たに出版する地のさざめごとの発行予定日である昭和四三年三月二六日も過ぎ、その本文の印刷も完了して製本の階段に至つていたことから、早急に出版すべく、同年四月初頃、出版を依頼してきた被告連合会に相談したところ、被告連合会は、幹事会を開き、原告の執筆にかかる前記「新版刊行によせて」の原稿の内容を検討した結果、被告会社と同様に、
新たに出版する地のさざめごとの序文あるいはあとがきとしてふさわしくない内容を含んでいるという判断に立ち至つたので、原告に対し、「新版刊行によせて」の原稿内容の修正について交渉すべく、そのために被告連合会の常任幹事である弁護士にその交渉方を一任することとし、同弁護士は、昭和四三年四月二七日及び五月八日の二回にわたつて、原告に、右「新版刊行によせて」の原稿内容の修正を強く要請したが、原告は、表現の自由などを理由にこれを拒否したため、右交渉は、不成立に終つた。しかし、被告連合会は、同年六月一〇日頃、更に前記U、Y、Zに原告の説得方を依頼し、同人らが同年六月一三日以降、原告と面会して交渉を重ねた結果、原告は、条件如何によっては、右「新版刊行によせて」の原稿内容の修正に応じる用意があるとの意向を仄めかすに至つたが、その時には既に被告連合会と被告会社との間で前記六1(一)の出版権設定契約が締結されており、被告会社は、同年六月二八日、右原告執筆にかかる「新版序」及び「新版刊行によせて」を掲載しないまま(代わりに前記H、U執筆にかかる「新版序」を掲載して)、本件編集物を「新版地のさざめごと」として複製出版し、販売にふみ切つた。
以上の事実が認められ、甲第五六、第五七号証、丙第一号証の記載中及び原告本人尋問の結果中右認定に反する部分並びに右認定に反する趣旨の甲第二、第五、第七号証の記載は前掲その余の各証拠に照らして採用し難く、また証人Tの証言中、右序文についてその長さを原稿用紙四、五枚程度にしてほしい旨同証人が申入れ、原告がこれを承諾した旨の供述部分は原告本人尋問の結果(ただし、右採用しない部分を除く。)に照らし採用し難いし、他に右認定を覆すに足る証拠はない。
2 以上の認定事実に基づいて、権利濫用の主張の当否について判断する。被告両名は、「原告が、その執筆にかかる序文ないしはあとがきの原稿内容を修正されたい旨の被告両名の申入れに対し表現の自由を楯にとつて耳を藉さず、当初は原告の承諾もあつて着々と進められてきた「新版地のさざめごと」の出版発売の日程がさし迫つているにもかかわらず、これを無視して、自己の意見に固執して止まなかつたため、被告両名は、切迫した事態に追い込まれ、やむをえず、「新版地のさざめごと」の出版にふみ切つたのであつて、このような事情のもとでの本訴各請求は権利の濫用として許されない」旨主張する。
なるほど、書籍に掲載される序文あるいはあとがきは、その内容如何によつてはその書籍の解説となり、また、当該書籍の性格を決定づける重要な役割を果たすことにもなるから、序文あるいはあとがきの内容については出版社(者)としても無関心ではありえないであろう。しかしながら、元来著作物ないし編集著作物は、当該著作者ないし編集者の思想又は感情の表現であり主張であることに徴すれば、著作者が自己の著作物ないし編集著作物に掲載すべく執筆した序文あるいはあとがきは、著作物ないし編集著作物と一体をなすものとして、右表現あるいは主張と不可分の関係にあるものといえるから、対出版社の関係でも、その序文あるいはあとがきの内容如何にかかわらず、最大限尊重されるべきものであつて、著作者ないし編集者が、自己の執筆にかかる序文あるいはあとがきについての出版社からの修正の申入れを拒絶することは何ら非難されるべきことではなく、却つて著作者ないし編集者としては、この申入れに対しては後記特段の事情のない限り、これを拒絶しうるものというべく、しかして、出版社としても、出版事業に対する考え方等に基因して一定の立場ないし方針を有しているものであることは推察するに難くなく、著作者ないし編集者との間の出版権設定ないし出版許諾の合意の後に執筆された序文あるいはあとがきの内容(この重要性は前述のとおり)が当該出版社の立場ないし方針と合わないにもかかわらず、これを掲載して当該著作物ないし編集著作物を出版することを右合意の効果として強制されるいわれはないというべきであつて、してみれば、著作者ないし編集者の執筆した序文あるいはあとがきについて、出版社がこれを修正しない限り出版できない旨確定的に申入れ、著作者ないし編集者が右修正を拒絶した時点において、著作者ないし編集者と出版社との間で予めなされた当該著作物ないし編集著作物に関する出版権設定ないし出版許諾の合意の効力は当然に失われる(したがつて、出版社は当該著作物ないし編集著作物を出版することができなくなることもちろんである。)と解するを相当とする。
そして、著作者ないし編集者が出版社からの序文あるいはあとがきの修正の申入れを拒絶することができない右特段の事情とは、例えば著作者ないし編集者が出版社の出版を妨害するため害意をもつてことさら右修正の申入れを拒絶したとき、あるいは出版社において当該書籍を出版すべき緊急の必要性があるときなどをいうのであつて、これら特段の事情が認められない限り、自己の執筆にかかる序文あるいはあとがきについての修正申入れを拒絶した著作者ないし編集者が、右序文あるいはあとがきを掲載しないまま当該著作物ないし編集著作物を複製出版する出版社に対して、著作権ないし編集著作権の侵害あるいは著作者人格権ないし編集著作者人格権の侵害を理由にその出版の差止等を請求することは何ら権利の濫用には当たらないといわなければならない。
これを本件につきみると、「新版地のさざめごと」を出版することについての予めの取決が、本件編集物の編集者でもなく、編集著作権を有する者でもない被告連合会と被告会社との間でなされた点はともかくとしても、原告がその執筆にかかる序文ないしあとがきの原稿の内容についての修正の申入れを拒絶したことにつき、
被告会社による「新版地のさざめごと」の出版を妨害するためことさら拒絶したという害意があつたことを認めるに足る証拠はなく、却つて前記認定事実によつて認められる「新版地のさざめごと」出版の経緯に照らせば、原告には被告会社による「新版地のさざめごと」の出版をことさら妨害する害意はなかつたことが認められる。また、被告会社において「新版地のさざめごと」を出版すべき緊急の必要性があることについては、これを肯認するに足る証拠はない。もつとも、証人Iの証言によれば、被告会社は、「新版地のさざめごと」の出版に関連して宣伝広告費を投じたことが認められるけれども、その額は必ずしも明らかでないばかりでなく、仮にいくばくかの宣伝広告費を支出したとしても、そのような財産的出捐の事実のみをもつて直ちに右緊急の必要性があるとは解し難い。他に前記特段の事情の存在を認めるに足る証拠はない。
(なお、前記原告執筆にかかる序文ないしはあとがきの内容について付言すると、本件のような戦没者の遺稿などを収録してある遺稿集については、その序文あるいはあとがきの内容が戦没者あるいは遺稿などの提供者の心情とかけ離れるような内容のものであつてはならないことは、その遺稿集の性質上これを肯認しうるとしても、それは序文あるいはあとがきの執筆者自身が個々の戦没者あるいは遺稿などの提供者に対して配慮すべき事柄であるというべく、遺稿などの提供者でない被告会社が序文あるいはあとがきの内容について被告会社の意向に沿わないとか戦没者あるいは遺稿などの提供者の心情とかけ離れ又は心情にそぐわないとして、(遺稿集の出版を断る―これが許されることは前記のとおり。―というのであれば格別)原告に対しその修正を強いるに由ない筋合であり、この理は、被告連合会についても同様である。) してみると、本件編集物の共同編集者の一人である原告が、前記認定のとおり、
本件編集物を「新版地のさざめごと」として複製出版することを当初容認し、引続いてこれに関与していたとしても、自己の執筆にかかる序文ないしはあとがきの内容の修正を執拗に求められるに及んで、これを拒絶して「新版地のさざめごと」出版についての予めの取決(これが原告を拘束するものであつたとして)を失効せしめ、被告両名に対し、右序文ないしはあとがきを掲載しないままの形で「新版地のさざめごと」を出版することを許諾せず、編集著作権及び編集著作者人格権の侵害を理由にその出版の差止等を請求することは適法な権利の行使であつて、これを目して権利の濫用とは到底いいえない。
よつて、権利濫用の主張は採用することができない。
八 被告連合会援用にかかる消滅時効の抗弁の成否 参加人A、参加人B(及び原告)は、被告連合会(及び被告会社)に対し、格別の事由なき限り、本件編集物についての編集著作権を侵害されたことにより財産的損害の賠償を請求する権利を有し、参加人B(及び原告)は、被告連合会(及び被告会社)に対し、格別の事由なき限り、本件編集物についての編集著作者人格権を侵害されたことにより精神的損害の賠償及び名誉声望の回復措置を請求する権利を有すること前説示のとおりであるところ、証人A、同Bの各証言によれば、参加人A、参加人Bは、原告が本件訴を提起する際に、同人から共同して訴を提起することを勧められたが、これを断つたことが認められるから、右事実に徴すれば、参加人A、参加人Bは、おそくとも原告が本訴を提起した昭和四四年六月一三日には、
不法行為者は誰であるか及び損害の発生を知つたものといわざるをえない。
そして、編集著作権を侵害する行為及び編集著作者人格権を侵害する行為すなわち不法行為に基づく損害賠償請求権あるいは名誉声望回復措置請求権の消滅時効期間は、三年であり(民法第724条)、参加人A、参加人Bが右各請求権の行使として訴を提起(訴訟参加)したのが昭和五四年三月三〇日であることは本件記録上明らかであるから、本件編集物についての編集著作権の侵害を理由とする参加人A、参加人Bの損害賠償請求権並びに本件編集物についての編集著作者人格権の侵害を理由とする参加人Bの損害賠償請求権及び名誉声望回復措置請求権は、右訴提起(訴訟参加)当時既に時効により消滅しているものといわざるをえない。参加人Bは、再抗弁として、共同編集著作物についての編集著作者人格権は権利の性質上不可分な一つの人格権であり、したがつて、右編集著作者人格権の侵害によつて生じる損害賠償請求権及び名誉声望回復措置請求権は、民法第428条の規定する不可分債権に属するから、不可分債権における一人の債権者の履行の請求は、全債権者のために効力を生じるとの理に従い、不可分債権者の一人である原告が昭和四四年六月一三日に本件訴を提起したことにより、参加人Bの被告連合会に対する右損害賠償請求権及び名誉声望回復措置請求権の消滅時効は中断されている旨主張するが、共同編集著作物についての編集著作者人格権の侵害による損害賠償請求権及び名誉声望回復措置請求権が不可分債権であるという主張の採りえないことは後記九2、3の説示から明らかであるから、参加人Bの右再抗弁は、その前提を欠き失当である。
よつて、被告連合会の援用にかかる消滅時効の抗弁は理由がある。
されば、本件編集物についての編集著作権の侵害に関しては、原告が被告両名に対し、参加人A、参加人Bが被告会社に対し、それぞれ損害の賠償を請求することができ、また、本件編集物についての編集著作者人格権の侵害に関しては、原告が被告両名に対し、参加人Bが被告会社に対し、それぞれ損害の賠償及び名誉声望の回復措置を請求することができるということになる。
九 損害の額など1 財産的損害の賠償について(一) 本件編集物についての編集著作権(及び編集著作者人格権)に対する被告両名による侵害につき旧著作権法の規定が適用される本件において、原告及び参加人両名は、少なくとも本件編集物の使用料相当額の損害を被つたものと認めるのが相当であるところ、「新版地のさざめごと」の既発行部数が七〇〇〇部であり、一部当たりの定価すなわち販売価額が金六九〇円であることは当事者間に争いがなく、本件口頭弁論の全趣旨によれば、本件編集物の使用料は、「新版地のさざめごと」一部当たり、その販売価額の一〇パーセントであると認められる。
(二) しかして、共有にかかる編集著作権の侵害によつて生じた損害については、各共有者は自己の持分に応じてその賠償を請求することができる(旧著作権法第34条)ところ、右(一)及び前記三2に示したところによれば、原告が被告両名に対し損害としてその賠償を請求することができる額は、「新版地のさざめごと」一部当たりの販売価額金六九〇円に使用料率〇・一及び発行部数七〇〇〇を乗じ更に原告の持分五分の四を乗じて得られる金三八万六四〇〇円であり、また参加人A、参加人Bがそれぞれ被告会社に対し損害としてその賠償を請求することができる額は、一部当たりの販売価額金六九〇円に使用料率〇・一及び発行部数七〇〇〇を乗じ更に各持分一〇分の一を乗じて得られる各金四万八三〇〇円ということになる。
2 精神的損害の賠償について(一) 共同編集者が共同編集著作物について有する編集著作者人格権の侵害によつて生じた精神的損害の賠償請求権は、編集著作者人格権そのものとは性質を異にする別個の権利(不法行為に基づく損害賠償請求権)であり、しかも、右請求権の発生の有無すなわち編集著作者人格権の侵害の有無は、前記五のとおり各共同編集者につき個別に判断しうべきものであり、各共同編集者が被る精神的損害も、各人の社会的地位、編集に関与した度合、侵害行為の態様等によりそれぞれ異なるものであるから、共同編集者はそれぞれ自己の被つた精神的損害(のみ)の賠償を請求しうるものと解するのが相当である。したがつて、右精神的損害の賠償請求権は不可分債権であるとする原告の主張は採用しえない。
(二) しかして、既に判断したように、本件編集物についての編集著作者人格権の侵害による精神的損害の賠償は、原告が被告両名に対し、参加人Bが被告会社に対しそれぞれ請求しうるところ、成立に争いがない甲第二七ないし第三三号証、本件口頭弁論の全趣旨により「新版地のさざめごと」に添附されている「『地のさざめごと』によせて」と題する折込みであると認められる検甲第二号証の二によれば、本件編集物は、戦没者の生と死の全体像を鮮明に浮き彫りにしているとともに、現代史の基礎資料となりうるものとして高く評価されていることが認められ、
このことと、証人Bの証言、原告本人尋問の結果により認めうるところの原告、参加人Bのそれぞれの社会的地位、前記二1で認定したところの、本件編集物を編集した経緯、編集に関与した度合、前記七1で認定の被告両名の侵害行為の態様及び本件にあらわれた諸般の事情を斟酌すれば、原告が被告両名に対し請求することができる慰藉料の額は金二〇〇万円、参加人Bが被告会社に対し請求することができる慰藉料の額は金二〇万円と認めるのが相当である(右慰藉料請求権は不可分債権でないこと前記(一)のとおりであり、そして、右認容額が請求の趣旨第4項の申立ての範囲内であること明らかである。)。
3 失われた名誉声望の回復について(一) 共同編集者が共同編集著作物について有する編集著作者人格権の侵害によつて失われた名誉声望の回復措置の請求権は、一種の原状回復請求権であつて編集著作者人格権そのものとは性質を異にする別個の権利であり、しかも、右請求権の発生の有無すなわち編集著作者人格権の侵害(による、損害賠償をもつてしては償い切れない損害の発生)の有無は、前記五のとおり各共同編集者につき個別に判断しうべきものであり、名誉声望の回復措置の内容も、侵害行為の態様等により各共同編集者につきそれぞれ異なりうるものであるから、共同編集者は、それぞれ個別に名誉声望の回復措置を請求しうる(にすぎない)ものと解するのが相当である。
(二) そして、その失われた名誉声望の回復措置は、原告が被告両名に対し、参加人Bが被告会社に対しそれぞれ請求しうること既に判断したとおりであるところ、事記2(二)で認定した事実及び斟酌すべき事情として述べたところを併せ考えれば、(1)原告は被告両名に対し、別紙第二謝罪広告目録記載の内容の謝罪広告を同目録記載の要領で同目録記載の新聞に各一回掲載することを請求することができ、(2)参加人Bは被告会社に対し、別紙第三謝罪広告目録記載の内容の謝罪広告を同目録記載の要領で同目録記載の新聞に一回掲載することを請求できるものというべく、原告及び参加人Bの名誉声望を回復するための措置としては、右の限度で謝罪広告掲載の請求を認めることで十分である。
一〇 結論 よつて、被告両名との間で原告、参加人A、参加人Bが本件編集物について編集著作権を共有すること及び編集著作者人格権を有することの確認と被告両名に対し右編集著作権に基づき「新版地のさざめごと」の複製頒布の差止めを求める原告、
参加人A、参加人Bの各請求は、いずれも理由があるからこれを認容し、原告の被告両名に対する損害賠償請求は、金二三八万六四〇〇円及びこれに対する不法行為の後の日である昭和四三年六月二九日から支払済みまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の連帯支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、
その余の請求は理由がないからこれを棄却し、原告の被告両名に対する名誉声望回復措置請求は、別紙第二謝罪広告目録記載の内容の謝罪広告を同目録記載の要領で同目録記載の新聞に各一回掲載することを命ずる限度において理由があるものとしてこれを認容し、その余の請求は理由がないからこれを棄却し、参加人Aの被告会社に対する損害賠償請求は金四万八三〇〇円及びこれに対する不法行為の後の日である昭和四三年六月二九日から支払済みまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余の請求及び同参加人の同被告に対する名誉声望回復措置請求並びに被告連合会に対する損害賠償請求及び名誉声望回復措置請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、参加人Bの被告会社に対する損害賠償請求は金二四万八三〇〇円及びこれに対する不法行為の後の日である昭和四三年六月二九日から支払済みまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、
その余の請求は理由がないからこれを棄却し、同参加人の同被告に対する名誉声望回復措置請求は別紙第三謝罪広告目録記載の内容の謝罪広告を同目録記載の要領で同目録記載の新聞に一回掲載することを命ずる限度において理由があるものとしてこれを認容し、その余の請求は理由がないからこれを棄却し、同参加人の被告連合会に対する損害賠償請求及び名誉声望回復措置請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第89条第92条第93条の各規定を適用し、金員の支払を命ずる部分の仮執行の宣言につき同法第196条の規定を適用し、その余の仮執行の宣言の申立てについては相当でないからこれを却下することとして、主文のとおり判決する。
追加
書籍目録書籍名地のさざめごと発行日昭和四三年六月二八日(第一刷発行)編集兼発行人旧制静高同窓会連合会会長H発売元株式会社講談社第一謝罪広告目録一掲載の内容謝罪文「地のさざめごと―旧制静岡高校戦没者遺稿集―」は、F氏、A氏、B氏の構成する編集委員会が編集したものであり、その編集著作者人格権は共同編集者である右三氏に属するものであります。
にもかかわらずわたくしどもは、旧制静高同窓会連合会会長Hを「編集兼発行人」として、株式会社講談社を「発売元」として「地のさざめごと」の新版を、右三氏の氏名表示をすることなく昭和四三年六月に発行・発売いたしました。その結果わたくしどもは、この行為が編集著作者人格権侵害行為であるという抗議を右三氏より受けるに至りました。
わたくしどもは、その抗議が正当であることを認めてわたくしどもの編集著作者人格権侵害について深く謝罪するものであります。
昭和年月日株式会社講談社旧制静高同窓会全国連合会F殿A殿B殿二掲載の要領1広告の大きさ縦二段、横一五センチメートル2使用活字見出し「謝罪文」白ぬき三号(一六ポ)名義人「株式会社講談社、四号(一三・七五ポ)旧制静高同窓会全国連合会」名宛人「F殿、四号(一三・七五ポ)A殿、
B殿」本文、日付五号(一〇・五ポ)三掲載の新聞等朝日新聞、読売新聞、静岡新聞、読書新聞、図書新聞、週刊読書人(各広告面)以上第二謝罪広告目録一掲載の内容謝罪広告わたくしどもは、F氏がB氏外一名と共同して編集した「地のさざめごと―旧制静岡高等学校戦没者遺稿集―」を、昭和四三年六月、編集者としてF氏の氏名を表示することなく、旧制静高同窓会連合会会長Hを「編集兼発行人」とし、株式会社講談社を「発売元」として複製発行し、その結果F氏の編集著作者人格権を侵害しましたのでここに謝罪するものであります。
昭和年月日株式会社講談社旧制静高同窓会全国連合会F殿二掲載の要領1広告の大きさ縦一段、横一〇センチメートル2使用活字見出し「謝罪広告」一〇ポ名義人「株式会社講談社、九ポ旧制静高同窓会全国連合会」名宛人「F殿」九ポ本文、日付八ポ三掲載の新聞朝日新聞、読売新聞、静岡新聞(各広告面)第三謝罪広告目録一掲載の内容謝罪広告わたくしどもは、B氏がF氏外一名と共同して編集した「地のさざめごと―旧制静岡高等学校戦没者遺稿集―」を、昭和四三年六月、編集者としてB氏の氏名を表示することなく、旧制静高同窓会連合会会長Hを「編集兼発行人」とし、株式会社講談社を「発売元」として複製発行し、その結果B氏の編集著作者人格権を侵害しましたのでここに謝罪するものであります。
昭和年月日株式会社講談社B殿二掲載の要領1広告の大きさ縦一段、横一〇センチメートル2使用活字見出し「謝罪広告」一〇ポ名義人「株式会社講談社」九ポ名宛人「B殿」九ポ本文、日付八ポ三掲載の新聞静岡新聞(広告面)以上
裁判官 秋吉稔弘
裁判官 塚田渥
裁判官 水野武
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