• この表をプリントする
  • ポートフォリオ機能


追加

関連ワード 著作者 /  言語の著作物 /  複製物 /  同一性 /  編集著作物 /  録画 /  同一性保持権 /  複製権 /  引用 /  著作権侵害 /  差止 /  損害賠償 / 
元本PDF 裁判所収録の全文PDFを見る pdf
事件 昭和 55年 (ワ) 7916号
裁判所のデータが存在しません。
裁判所 東京地方裁判所
判決言渡日 1984/08/31
権利種別 著作権
訴訟類型 民事訴訟
主文 一 被告は、別紙第一目録記載の絵画を複製してはならず、また、右絵画の複製物を掲載した別紙第二目録記載の書籍を頒布してはならない。
二 被告は、別紙第一目録記載の絵画を撮影したフイルム及び右絵画の印刷用原版並びに別紙第二目録記載の書籍中の右絵画の複製物を掲載した部分を廃棄せよ。
三 被告は、原告に対し、金二一六万円及びこれに対する昭和五四年九月一〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
四 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
五 訴訟費用はこれを四分し、その三を原告の、その余は被告の各負担とする。
六 この判決は、第一項ないし第三項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨1 被告は、別紙第一目録記載の絵画(以下、「本件絵画」という。)を複製してはならず、また、本件絵画の複製物を掲載した別紙第二目録記載の書籍(以下、
「本件書籍」という。)を頒布してはならない。
2 被告は、本件絵画を撮影したフイルム及び本件絵画の印刷用原版並びに本件書籍を廃棄せよ。
3 被告は、別紙記載の謝罪状3を作成し、被告代表者氏名下に捺印の上、これを原告に交付せよ。
4 被告は、原告に対し、金一〇〇〇万円及びこれに対する昭和五四年九月一〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
5 訴訟費用は被告の負担とする。
6 右1、2及び4につき仮執行宣言。
二 請求の趣旨に対する答弁1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
当事者の主張
一 請求の原因1 原告は、故【A】(フランス国籍、日本名【B】、以下、「【A】」と略称する場合がある。)の妻であり、フランス国籍を有する。
2 原告は、一九六八年一月二九日、【A】の死亡により、唯一の相続人として、
同人の著作物に係る著作権を承継取得し、その著作物につき、日本国において、ベルヌ条約(パリ改正条約)及び日本国著作権法による保護を受けるものである。
3 被告は、昭和五四年九月一〇日を初版第一刷の発行日として、本件書籍を発行し、これに原告が著作権を有する【A】の著作物である本件絵画を複製して掲載した。
4 被告は、著作権侵害になることを知りながら、ないしは少なくとも過失により知らないで、本件書籍を一部の定価四八〇〇円で合計三万部製作して販売した。被告は、右の販売行為により、販売価額の総額一億四四〇〇万円の三〇パーセントに当たる四三二〇万円を下らない利益をあげたから、右利益額は、著作権者である原告が被告の著作権侵害行為により受けた損害とみなされる。
本件書籍には他の画家の絵画も複製使用されているが、本件書籍における本件絵画の複製使用は、販売政策上不可欠のものであつた。したがつて、たとえ本件絵画の複製使用が、本件書籍全体の一部を占めるにすぎないとしても、本件書籍の販売により被告があげた利益は全部原告の損害といえる。
5 原告は、本件書籍に本件絵画の複製使用を許諾する意思を全く有しておらず、
このことは被告も熟知していた。しかるに、被告は、この原告の明確な意思をあえて無視して、本件絵画を複製し、本件書籍に使用したもので、原告はこれにより感情利益を著しく傷つけられた。
被告は、原告の右感情利益の喪失につき、原状回復を行なう義務がある。
6 よつて、原告は、被告に対し、
(一) 複製権侵害行為である本件絵画の複製行為の停止及び予防を求めるため並びに複製権侵害行為によつて作成されたものである本件書籍の頒布行為の停止及び予防を求めるため、請求の趣旨1の、
(二) 被告の所有するところの、専ら本件絵画の複製行為に供された器具である本件絵画を撮影したフイルム及び本件絵画の印刷用原版並びに複製権侵害行為を組成しかつ該複製権侵害行為によつて作成されたものである本件書籍の廃棄を求めるため、請求の趣旨2の、
(三) 原告の感情利益の喪失の回復を求めるため、請求の趣旨3の、
(四) 被告の複製権侵害行為による損害の賠償として前記損害額の内金一〇〇〇万円及びこれに対する不法行為の時以降の民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるため、請求の趣旨4の、
各裁判を求める。
二 請求の原因に対する認否1 請求原因1ないし3の事実はいずれも認める。
2 同4の事実中、本件書籍の製作数量及び定価については認めるが、本件書籍販売による被告の利益額及び本件書籍において本件絵画の掲載が販売政策上不可欠であつたことは否認する。
原告自身は、本件絵画の複製物を出版販売しているわけではないから、著作権法第114条第1項の規定による賠償額を原告が請求することはできない。
3 同5の事実は否認する。
三 抗弁1(適法引用) 本件絵画の複製物は、本件書籍に収録された美術史家【C】の論文「近代洋画の展開」(以下、「【C】論文」という。)中に、補足図版として使用されたもので、著作権法第32条第1項の規定により許容された引用に該当する。
(一) 著作権法により許容される引用は、「公表された著作物」につき、「公平な慣行に合致し」「引用の目的上正当な範囲内で行なわれる」ことを要件とするので、本件絵画の引用につき、以下右要件の該当性を検討する。
(二) 公表された著作物 本件絵画は、公表された著作物に該当するので、問題はない。なお、引用の許容される著作物の種類には限定がないから、当然に美術の著作物もその対象となり得る。
(三) 公正な慣行 社会常識として定着しつつある引用の具体的基準は、(1)引用著作物と被引用著作物とを明瞭に区別して認識できるような表現上の体裁をとること、(2)右両者間に、前者が主、後者が従の関係があること、(3)引用に必要性及び必然性があること、(4)必要最少限の引用であること、であるが、本件書籍への本件絵画の引用は、
(1) 被引用著作物が絵画であるから、引用部分は、当然に明瞭に区別して認識し得る。
(2) 引用著作物と被引用著作物の主従の関係とは、目で見た外観とか、スペースの大きさの比をいうのではない。言語の著作物中に美術の著作物を引用する場合には、質的に異なる著作物同士を量的に比較し、その主従関係を判断することは不可能かつ無意味であり、論説文がその叙述内容からみて、取扱つた作品に対する主体的存在であることを失つておらず、美術の著作物が論説文の補完的、資料的な位置にとどまつている限り、その間には主従の関係が存するものというべきである。
しかるに、本件絵画は、【C】論文に説かれているところの各絵画の特徴やイメージを知るために、その理解の一助として、あるいは論証のために引用されているものであり、あくまで【C】論文に対して従たる位置を失つていない。
(3) 【C】論文で、画家【A】につき触れているのは、主として「第三章モンパルナスの日本人」と、「第六章戦争記録画」の部分であるが、第三章においては、同画伯の遍歴とパリにおける生活、そこから生れた画風とその展開などを一般的に述べるとともに、画伯の個々の作品についてその特色や傾向を、具体的な技法と様式を示しながら説明し、また、それらの作品が時代の変遷とともにどのように展開していつたかを論じている。ここにおいては、構図、線描、色彩、色調など絵画自身がもつ具体的表現自体が論述のテーマなのであり、このような具象的イメージは、到底文字のみをもつてしては読者に伝えることは不可能であり、自ずから作品の引用を必要とする。特に同画伯の白地に細見の線で描く絵画の特徴を読者をして視覚的に理解感得させるためには、作品を引用することは必要不可欠である。
次に、第六章では、戦争と美術という一般的な観点から、日露及び今次大戦における画家と戦争とのかかわりあいをとりあげ、ついで、今次大戦中における美術界の状況、戦争記録画の作品展などに論及したうえ、個々の作品について説明紹介を行なつている。そして、写実主義においてもその非凡な描写力を示した同画伯の戦争画のもつ暗調の細密描写という特徴につき論述している。このような同画伯の戦争画のもつ特徴を読書に理解させるためには、やはり作品引用は必要不可欠である。
(4) 美術の著作物を引用する場合には、その性質上、原則として全体をそのまま引用することが許され、また全体をそのまま引用すべきであつてみだりに一部分を切除したり、トリミングしたりすると、かえつて同一性保持権を侵害するおそれもある。
掲載される絵画の大きさも、前項記載のとおり論文中で具体的な作品をあげ、その作品の特色、傾向などを説明する場合には、読者に理解を与えるために必要な限り、最大限の掲示が許容されてしかるべきである。
したがつて、本件書籍への本件絵画の引用は、従来より引用について一般的に行なわれている公正な慣行に照らし、何ら不適切なものではない。
(四) 引用目的の正当性 本件絵画は、被告が単に読者をして一般的な美術鑑賞の対象物として提供しているのではなく、【C】論文の説くところの各絵画の画風、特徴を知るために、その理解の一助として提供しているのであるから、引用目的においても正当性を有する。
2 (公正使用) 著作権法第1条の規定は、著作権が公正な利用との調和において存在するものであることを宣言しており、このような同法の思想は、その根底において、英米法における「フエアー・デイリング」「フエアー・ユース」の法理と共通するものを有している。そして、著作権法は、右の思想を具体化した自由利用に関する個別的規定を第二章第三節第五款に設けているが、千変万化の態様において発生する著作権事象のすべてを適切妥当に規律することには限界を生ぜざるを得ない。ここに「公正使用」なる一般的規定を欠くわが著作権法においても、この法理を導入する必要が生ずるものといわなくてはならない。
ところで、近代日本の美術史を体系的に編さんすることの公共的意義とその必要性についてはいまさらいうまでもないことである。被告は、一私的企業であるにもかかわらずその使命感から、採算を度外視してこの企画を実現させた。しかるに、
被告の担当者が、礼を尽して原告に対し【A】画伯の作品を本件書籍中に鑑賞図版として掲載することの許諾を求めたのにもかかわらず、原告は、私情に基づいてこれを拒否した。著作者自身にあらざる著作権承継者として原告が、このような許諾拒否をするのは、【A】作品のような公の文化財ともいうべき作品を恣意により死蔵させる行為であるとさえいえる。
以上述べたとおり、本件絵画の複製は、著作権法の目的、【A】作品の公共文化財的性格、原告の許諾拒否の不当性などを総合して勘案するならば、公正使用に基づいて適法なものとされるべきである。
3 (権利の濫用) 前項で述べた事情に加えて、本件の場合、作品の利用によつて著作権承継者にすぎない原告が被る財産的、精神的損害はほとんど考えられないのに対して、他方、
右の利用によつて生じた新たな著作物である本件書籍の社会的、歴史的な価値は極めて高度なものであつて、その国民一般への貢献は、はかり知れない。このような場合に、文化的所産である著作物を私物化して、著作権に基づき差止め、損害賠償等の請求をすることは、権利の濫用として許されるべきではない。
四 抗弁に対する認否及び反論1 抗弁1の事実中、本件絵画が公表された著作物に該当することは認め、本件絵画が本件書籍に収録された【C】論文中に補足図版として引用されたことは否認する。
被告が本件絵画の複製物を本件書籍に収録したのは、【C】論文への引用の必要性に基づくものではなく、本件書籍の編集上の目的に基づくものである。すなわち、本件書籍の編集にあたつては、補足図版もまた、本件書籍の視覚化の素材とされ、読者が楽しく見ながら論文も読みたくなるための材料として、また、抵抗感の少ない本つくりの手段として利用されたものである。
仮に本件書籍における本件絵画の複製使用の態様に合致する美術著作物の利用例が過去にも他にあつたとしても、わが国においては、美術著作物の引用使用につき公正な慣行が形成される基盤を欠いており、このような状況下での事例の、公正さの保障はどこにもない。
2 同2は争う。
被告の主張は、社会的に有益な編集著作物を出版する場合には、編集の対象素材となる個々の著作物の使用について著作権者の許諾は必要ないということに帰するが、このような主張が採用されると、およそ多数の著作者のそれぞれ少数の著作物を収録する内容の編集著作物は、出版社の作り放題ということになつてしまう。このような著作権法第32条第1項の規定を無意味にするような議論は、同法上到底とるに値しない。
3 同3は争う。
著作権者は、著作物をどのような内容、形態で出版するかについて、自由な選択権を与えられている。原告は、本件書籍のような内容、形態で、本件絵画の複製使用がなされることは、故【A】の意思に反するものと信ずるがゆえに、許諾を与えなかつたものである。文化的所産はそれにふさわしい態様においてのみ利用を許諾しようというのが原告の信念である。被告の主張は、出版社の意図を著作権者に押しつけ、出版社は、著作権者の意思や信念を無視して出版活動をなしうるものとする横暴極まるものであつて、到底採用することはできない。
証拠(省略)
理 由一 請求の原因1ないし3の事実及び被告が本件書籍を一部の定価四八〇〇円で合計三万部製作して販売したことは、いずれも当事者間に争いがない。
二 そこで、被告主張の抗弁につき判断する。
1 適法引用の抗弁について(一) 著作権法第32条第1項は、「公表された著作物は、引用して利用することができる。」と規定し、右引用は、「公正な慣行に合致するものであり、かつ、
報道、批評、研究その他の引用の目的上正当な範囲内で行なわれるものでなければならない。」と定めているが、本件絵画がいずれも公表された著作物であることは当事者間に争いがないから、本件書籍への本件絵画の複製物の掲載が同条項に定める引用に該当するか否かは、「公正な慣行に合致し」かつ「引用の目的上正当な範囲内で行なわれた」ものといえるか否かによるものということになる。
ところで、同条項の規定の趣旨に照らせば、引用が右の要件に合致するというためには、少くとも、引用を含む著作物の表現形式上、引用して利用する側の著作物と引用されて利用される側の著作物とを明瞭に区別して認識することができること、右両著作物の間に前者が主、後者が従の関係があると認められることを要すると解すべきである。
以下、右各要件を踏まえて検討する。
(二) 成立に争いのない甲第三及び第四号証の各一、二、第五号証、第六号証の一ないし三、第七及び第八号証、第一五及び第一六号証、第二〇ないし第二二号証、乙第一号証、第六及び第七号証、本件書籍であることにつき争いのない検甲第一号証並びに証人【C】の証言及び原告本人尋問の結果によると、以下の事実が認められ、これを覆すに足りる証拠はない。
(1) 被告は、昭和四一年九月から同四七年八月までの間に刊行した「原色日本の美術」全三〇巻(原始時代から近代までの日本美術を扱つたもの)に引き続いて、出版史上で初めての明治時代以降の日本の美術の全分野を集大成した美術全集を刊行する計画をたて、全集の企画の意図、意義を十分に活かすために、明治時代以降の美術研究における権威者に監修者、編集委員、執筆者になつてもらうこと、
幅広い読者層を想定し、より視覚的に、論文はより平易に、特に近年の活字離れの傾向を少しでも止め、楽しく見ながら、論文も読みたくなるという結果をもたらすため、原価の許容範囲で可能な限り図版をカラー化すること、明治時代以降の日本の歴史を美術とともに十分理解してもらうため原稿量も多くするが、それでいながらそれほど多い活字量を感じさせないため、活字の大きさをやや小さめにし、図版の活用を豊富にするなどの工夫をすることを編集方針として、その準備をすすめ、
その結果、「原色現代日本の美術」全一八巻を刊行した。
(2) 本件書籍は、右「原色現代日本の美術」全一八巻中の第七巻であつて、三五〇mm×二六〇mm総頁二一四頁で、関東大震災(大正一二年)以降、太平洋戦争の終結(昭和二〇年)までの間の日本人画家による主観主義的な写実あるいはフオーヴイズムの流れに立つ洋画を対象としている。
その構成は、前半約六割の頁を占める図版の部分と後半約四割の部分を占める本文の部分に大別され、図版の部分は、【D】ほか三五名の画家の絵画八八点のカラー図版(以下、「鑑賞図版」という場合がある。)が一頁ないし二頁に一点、稀に一頁に二点の割合で登載され、各図版の側には、登載番号、作家名、作品名、所蔵先、制作年、描画技法、絵の大きさ等のデーターと簡単な解説が記されており、各図版は、画壇の流れと後記【C】論文の叙述に沿うように、また同一作家の作品は原則として制作年順に、配列されている。これら各絵画については、【C】、
【E】、【F】、【G】の執筆に係る詳細な解説が別頁にあり、この解説の頁には、一頁に三点又は四点の割合で前掲の絵画がモノクローム図版で再掲されている。後半の本文の部分には、【C】執筆の論文「近代洋画の展開」(【C】論文)と、年表、作家紹介、収録図版目録が掲載されているが、【C】論文の論述の頁には、一頁に一ないし数点の割合でカラー図版三四点及びモノローム図版九四点による絵画一二八点が登載され(これらの図版を、以下「補足図版」という場合がある。)、右図版には登載番号と作家名、作品名、制作年が記載されている。
右鑑賞図版は、用紙は特漉アート紙、色数も四色以上が使用されているのに対し、補足図版のうちカラー図版は、用紙は特漉コート紙、色数も四色以下であるとの差異があり、補足図版のうちモノクローム図版は、色彩が表現されていないから、鑑賞性において当然に鑑賞図版が勝るといい得るが、補足図版も印刷適性の高い上質紙を使用しているため、十分に鑑賞に耐え得るものとなつており、また鑑賞図版が常に補足図版より大きいということもなく、【H】「筆」、【I】「Poisson d′ Avril」、【J】「マリオネツト」、【K】「渓流」、同「春遠からじ」、同「雪柳と海芋に波斬の壺」、【L】「田鶴梅林」、【B】「舞踏会の前」、同「猫のいる静物」、同「ドルドーニユの家」、同「私の夢」のように、同じカラー図版で逆に補足図版の方が鑑賞図版として掲げられている数点よりも大きい場合もある。
【C】論文は、前記の本件書籍が対象とする時代の洋画について、時代の社会的背景と同時期のヨーロツパ絵画との関連に留意しつつ、その歴史を概観する美術史であつて、登場する作家の伝記的記述は必要な最小範囲にとどめられている。
【C】論文中では、本件書籍に収録されている絵画を指示するには、鑑賞図版については、たとえば、「堀割」(図48)のように、補足図版については、たとえば、「滞船」(挿65)あるいはシヤガール(挿1)のようになされており、また、収録されていない絵画を指示するには、原則として、作家名のほか、たとえば、「カフエにて」(一九四九)のように作品名と制作年を挙げている。
(3) 本件書籍に掲載する絵画の選定は、作家、作品ともに【C】により行われたが、カラーフイルムの入手が困難なもの等もあり、必ずしも当初【C】が掲載を予定した絵画がすべて掲載されている訳ではなく、【C】が選定した絵画のうちどれを掲載するか、掲載の位置はどこにするか等は、最終的に同人の検討は経てはいるものの、被告編集部に一任されていた。【A】の絵画についていえば【C】が当初掲載を予定したもののうち六点ほどしか掲載されていない反面、当初予定になかつた「室内」「アコーデオンのある静物」などが掲載されている。
被告の編集の方針としては、鑑賞図版として掲載するものは、引用とはいえない著作権の複製であり、著作権者の許諾を得る必要のあるもの、補足図版として掲載するものは、【C】論文に引用されるものであるから著作権者の許諾は原則として不要という見解を有していたが、論文執筆者の【C】としては、論文を理解してもらうためには、鑑賞図版も補足図版もいずれも必要なのであつて、原則として鑑賞性の秀れた鑑賞図版とすることが好ましいが、鑑賞図版には原価的な制限等もあるので、そこに掲載しきれないものを補足図版として掲載するとの意図を有しており、すなわち、鑑賞図版を補足するという趣旨で補足図版という文言を使用していた。
(4) 【A】の絵画については、これを是非鑑賞図版として本件書籍に掲載したいとの【C】の意向に従い、被告第一出版部美術編集長【M】が昭和五二年二月から同五四年二月にかけて、二年間にわたり、執拗といつていいほどの熱心さで原告に対し複製の許諾を求めたが、原告はあくまでこれを拒絶した。そこで、被告編集部としては、補足図版として掲載するのであれば原告の許諾は必要でないとして、
本件絵画を選定し、【C】論文の適当な位置に割付けて掲載し、右選定、割付については、【C】としても、後に検討し、適当であるとして了承した。
(5) 本件絵画は、【C】論文の「第三章モンパルナスの日本人」の章に、「室内」が章題の下に、「アコーデオンのある静物」、「巴里風景」、「五人の裸婦」の三点が一頁に、「舞踏会の前」、「猫のいる静物」、「ドルドーニユの家」、
「私の夢」が一頁に一点、いずれもカラー図版で、「第五章帝国美術院改組の波紋」の章題の下に、「猫」がモノクローム図版で、「第六章戦争記録画」の章に、
「血戦ガダルカナル」が章題の下に、「十二月八日の真珠湾」、「シンガポール最後の日(ブキ・テマ高地)」が一頁に一点、いずれもモノクローム図版で、それぞれ掲載されている。
【C】論文における【A】についての論述をみると、右の「第三章モンパルナスの日本人」の、「国際的画家【B】の誕生」の項で、「第一次大戦下のパリにとどまる」、「『素晴らしい白地』による成功」、「日本での活躍」、「日本からの脱出とフランスへの帰化」の小題のもとに、同画伯の遍歴とパリにおける生活、そこから生れた画風とその展開、「素晴らしい白地」の特徴、その後の日本滞在時代の活躍、戦後のフランスへの帰化と晩年における業蹟等を叙述しているが、本件絵画への言及は、「キユービズムふうの絵を描き、また、アンリ・ルツソーの作風から影響を受けた暗鬱素朴な『巴里風景』(挿56)を連作したといわれる。」「渡仏以来の研究の成果ともいうべき裸婦を描いて同展に出品し、その美しい乳白色の絵肌のマテイエールが批評家を魅了して、『素晴らしい白地』という言葉で賞賛されたからである。彼はこれによつて一躍サロンの流行児となり、翌一九二一年にはサロン・ドートンヌの審査員にあげられて、いよいよ彼の本領発揮時代へと突入する。『横われる裸婦と猫』(一九二一)や『寝室の裸婦キキ』(一九二二)、あるいは後年の作『私の夢』(挿61)などの単身横臥裸像以外に、たとえば『五人の裸婦」(挿57)とか『舞踏会の前』(挿58)など、ユニークな裸婦群像も、たてつづけに制作された。また猫のいるおかつぱ髪の『自画像』や、『アコーデオンのある静物』(挿55)、『猫のいる静物』(挿59)、『ドルドーニユの家』(挿60)、『室内』(挿54)など室内静物画にも、つぎつぎと佳作が生まれている。」のようにされている。「猫」は、「第五章帝国美術院改組の波紋」の最初の頁に掲載されているが、これに言及する文章は、同章にも他の章にもない。次に、「第六章戦争記録画」では、戦争と美術という一般的観点から、日露及び今次大戦における画家と戦争とのかかわりあい、今次大戦中における美術界の状況等を論及しており、本件絵画については、「第一回大東亜戦争美術展に特別陳列された陸海軍作戦記録画中には、陸・海軍省よりさきに選出されて従軍した各作家が粒選りの力作をそろえ、観客を感激させた。すなわち、【B】『十二月八日の真珠湾』(挿120)、『シンガポール最後の日(ブキ・テマ高地)』(挿121)、
【N】『山下・パーシバル両司令官会見之図』(挿122)、『香港ニコルソン附近の激戦」(挿123)、【O】『マレー沖海戦』(挿125)、『コタバル(上陸作戦)』(挿124)、【P】『硝煙の道(コレヒドール』、【Q】『神兵パレンバンに降下す』(挿126)などがならびあつたのはこのときである。」、「また昭和一八年(一九四三)の決戦美術展に出品された【B】の『アツツ島玉砕』、
翌年の陸軍美術展出品の同じく【B】作『血戦ガダルカナル』(挿116)などは、極端に暗い色調のうちに、日本軍の苦戦の事実を伝えるものであつた。」との記述がある。
(三) 本件絵画は、いずれも前認定のとおり、【C】論文の掲載された個所に掲載されているが、その掲載の方法からも、本件絵画と【C】論文とは明瞭に区別して認識し得ると認められる。しかしながら、以下の理由により、本件絵画が【C】論文に対して従たる関係にあることは、これを認めることができない。
右認定の事実によれば、本件書籍には、その構成上、鑑賞図版と補足図版の区別があり、その紙質、印刷方法並びに解説の付し方には差異があるとはいえ、【C】論文との関係においてみれば、右両者間には全く径庭がないと認められる。【C】論文は、前記のように、関東大震災以降、太平洋戦争の終結までの間の日本人画家による主観主義的な写実あるいはフオーヴイズムの流れに立つ洋画を対象とした美術史であつて、この時代の洋画の歴史の流れを読者に理解させるために、論文中では本件書籍に収録された作品に言及し、また、場合によつては収録されていない作品についても触れているのである。収録作品に言及する場合に作品名と登載番号を挙げているのは、読者がこれをみて論文の理解に資するためであり、その場合鑑賞図版と補足図版において差異は設けられていない。そして、本件書籍がその購買層として想定している一般人にとつてみれば、同じカラー図版であれば、鑑賞図版と補足図版の間に、格別大きな鑑賞性の差異があるともいえず、このことは、証人【C】の証言中の「補足図版といえども十分な鑑賞性がなくてはならない」旨の証言に照らしても明らかである。
本件書籍は、美術全集のうちの一巻であるとの性質上、作品の収録及び収録された作品の複製物である図版の鑑賞性が重要であるが、それは総計二一六点の絵画の収録と、鑑賞図版及び補足図版中のカラー図版で十分に達せられており、補足図版中のモノクローム図版においても鑑賞性は考慮されているところであり、これらにより本件書籍はそれだけで十分に美術全集としての価値を有しているのである。一方、読者に美術史の流れを理解させるという本件書籍の他の目的のために【C】論文が配されているのであるが、【C】論文は、美術史の論文として、それのみで十分に理解し得る内容を有しており、【C】論文を主体にしてみれば、右論文で言及された各作品は、論文近くに配されていれば論文の理解に便宜であるというにすぎないといつてもよいのである。更にいえば、【C】論文があり、別に絵画又は画集があれば十分であつて、これらを合わせ見ることの繁雑さを、本件書籍のような構成をとることにより解消したというほどの意味しか有していない。このことは、
【C】が当初論文の記述に必要と判断した作品が、都合により変更されても、究極的にはほとんど不都合が生じなかつたことからもうかがわれよう。その意味で本件書籍における図版は、鑑賞図版であると補足図版であるとを問わず、【C】論文とはいわば不即不離の関係に立ちつつ、それぞれ独立して存在する意義を有するものといわなければならない。
そして、鑑賞図版が本件書籍の美術全集としての性質に照らし、その掲載の仕方からして【C】論文に従たる関係にないことは明らかであるから、鑑賞図版と同じ意義を有する補足図版を鑑賞図版と区別し、補足図版のみを【C】論文に従たる関係にあるとみることはできないというべきである。本件絵画は、補足図版として他の補足図版と特に区別されることなく掲載されており、したがつて、右に補足図版について述べたところと同じく、【C】論文に従たる関係にあるとすることはできず、【C】論文と本件絵画は、それぞれ独立して存在する意義を有し、あえていえば、両者は対等であるというほかはない。
(四) そうすると、本件書籍への本件絵画の複製物の掲載が著作権法第32条第1項の規定により許容される引用に該当すると認めることは、なおできないといわなければならない。
2 公正使用及び権利濫用の抗弁について 前認定の事実に照らせば、本件書籍が、明治以降の日本の美術を集大成し、これを体系的に編さんした「原色現代日本の美術」全一八巻中の第七巻として、その出版が文化的意義を有することは、当裁判所も否定するものではない。しかしながら、文化的意義を有する出版であるということから直ちに、著作権者の複製権を無視し、その許諾なくして複製ができるという結論が生ずるということができないのは当然であり、このような主張が現行法上認められないことについては、あえて説明を要しない。
被告は、原告が本件絵画の複製を許諾しないことは、【A】作品のような公の文化財ともいうべき作品を恣意により死蔵させる行為であると主張するが、【A】作品は、現在までにも、著作権者の許諾の下に、一般向けの美術集などに掲載されてきており(このことは成立に争いのない甲第二七号証の一ないし四、第二八号証、
第二九号証の一ないし四及び原告本人尋問の結果により認める。)、美術館でそれぞれ展示もなされているのであるから、原告が本件書籍への複製許諾を拒否することによつて同画伯の作品が死蔵せしめられるというような事情は存しない。また、
複製権者がその複製をある者には許諾し、ある者には拒否することは、複製権の行使の自由に帰することがらであつて、そのこと自体何ら非難されるべきものではない。
被告の公正使用の抗弁及び権利濫用の抗弁は、いずれも前提を欠き採用できない。
三 以上認定した事実によれば、原告の許諾を得ることなく本件絵画の複製物を本件書籍に掲載した被告の行為は、原告の本件絵画についての著作権を侵害するものであり、右侵害については被告に少なくとも過失があると認められ、これを覆すに足りる証拠はない。
1 そうすると、原告の被告に対する、右複製権侵害行為である本件絵画の複製行為の差止め及び右複製物を掲載した本件書籍の頒布の差止を求める請求の趣旨1の請求、並びに、請求の趣旨2中、被告の所有するところの、専ら本件絵画の複製行為に供された器具である本件絵画を撮影したフイルム及び本件絵画の印刷用原版、
複製権侵害行為を組成しかつ該複製権侵害行為により作成されたものである本件書籍中の本件絵画の複製物を掲載した部分の廃棄を求める部分は理由がある。
原告は、本件書籍全体の廃棄をも求めるが、本件絵画は本件書籍の一部を構成するにすぎず、可分であり、他に【C】論文あるいは他の画家の絵画の複製物が掲載されていることからも失当であつて、前記認容部分を越える請求部分は棄却を免れない。
2 被告が本件書籍を一部の定価四八〇〇円で三万部製作して販売したことは、前認定のとおりであり、弁論の全趣旨によると、右売上額の総額一億四四〇〇万円の三〇パーセントにあたる四三二〇万円がその販売による被告の利益額と認められ、
右利益を生ずるについて本件絵画が本件書籍に掲載されていることの寄与率は、前認定の【C】論文の評価、【D】、【R】等の画家の本件書籍に掲載されている多数の絵画の評価等を考慮すれば、五パーセントをもつて相当とし、これを覆すに足りる証拠はない。原告は、本件絵画の複製使用は、被告の本件書籍出版には必要不可欠であつたとして、被告の得た利益をすべて原告の損害として主張するが、前認定のとおり、本件絵画と、本件書籍中に掲載されている他の著作物とは可分であり、必ずしも本件絵画のみが本件書籍中において価値を有するものではないから、
右原告の主張は失当である。
したがつて、被告が本件書籍の販売によつて得た利益四三二〇万円の五パーセントに当たる二一六万円は、著作権者である原告が、被告の著作権侵害行為により被つた損害と推定され、これを覆すに足りる証拠はない。そうすると、被告は、原告に対し、右二一六万円及びこれに対する不法行為時である昭和五四年九月一〇日以降支払済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務がある。
被告は、原告は著作物の複製物を出版販売していないから、著作権法第114条第1項の規定による賠償金は請求できないと主張するが、同条項には被告主張の如き限定はなく、同条第一項又は第二項のいずれの規定により損害の額を主張するかは著作権者等の自由に決定することができることがらであるというべきであるから、右被告の主張は採用できない。
3 原告は、被告に対し、感情利益の毀損に対する原状回復措置として、謝罪状の交付を請求している。しかしながら、民法第723条にいう名誉とは、人がその品性、徳行、名声、信用等の人格的価値について社会から受ける客観的な評価、すなわち社会的名誉を指すものであり、同法はまた、名誉以外の法益の侵害に対しては、金銭賠償以外の請求による損害の補填を認めていないから、その余の点につき判断を加えるまでもなく、原告の右請求は失当である。
四 結論 以上の次第で、原告の本訴請求は、三1及び2記載の限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれをいずれも棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第92条第89条の規定を、仮執行の宣言につき同法第196条の規定をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
追加
第一目録一、【B】筆「室内」昭和一八年頃東京ブリジストン美術館二、【B】筆「アコーデオンのある静物」大正一一年パリ近代美術館三、【B】筆「巴里風景」大正七年東京ブリジストン美術館四、【B】筆「五人の裸婦」大正一二年東京国立近代美術館五、【B】筆「舞踏会の前」大正一四年岡山大原美術館六、【B】筆「猫のいる静物」昭和一四〜一五年東京ブリジストン美術館七、【B】筆「ドルドーニユの家」昭和一五年東京ブリジストン美術館八、【B】筆「私の夢」昭和二二年新潟長岡現代美術館九、【B】筆「猫」昭和一五年東京国立近代美術館一〇、【B】筆「血戦ガダルカナル」昭和一九年二、【B】筆「十二月八日の真珠湾」昭和一七年一二、【B】筆「シンガポール最後の日(ブキ・テマ高地)」昭和一七年第二目録一、書名「原色現代日本の美術第7巻近代洋画の展開」二、編集著作【S】三、発行所株式会社小学館謝罪状当社は、「原色現代日本の美術」第七巻の発行にあたり、【B】画伯の御著作である絵面一二点を、著作権者である貴方から掲載のお許しが頂けなかつたにもかかわらず、違法に複製して右書籍に掲載し、それによつて貴方の御気持を傷つけました。まことに申し訳ありません。ここに深くお詫び申し上げます。
株式会社小学館代表取締役【S】【T】様
裁判官 牧野利秋
裁判官 飯村敏明
裁判官 高林龍
  • この表をプリントする