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関連ワード 著作物性 /  著作者 /  アイデア /  二次的著作物 /  翻案 /  複製物 /  同一性 /  放送 /  著作者人格権 /  氏名表示権 /  複製権 /  引用 /  著作権侵害 / 
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事件 平成 6年 (ネ) 556号
裁判所のデータが存在しません。
裁判所 名古屋高等裁判所
判決言渡日 1997/05/15
権利種別 著作権
訴訟類型 民事訴訟
主文 一 本件控訴をいずれも棄却する。
二 控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
控訴の趣旨
一 原判決を取り消す。
二 被控訴人日本放送協会及び被控訴人Aは、控訴人に対し、各自八〇〇万円及びこれに対する被控訴人日本放送協会については昭和六〇年一二月二九日から、被控訴人Aについては昭和六一年一月一日から、それぞれ支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
三 被控訴人らは、控訴人に対し、各自二〇〇万円並びに被控訴人日本放送協会及び被控訴人株式会社日本放送出版協会については昭和六〇年一二月二九日から、被控訴人Aについては昭和六一年一月一日から、それぞれ支払済みまで年五分の割合による金員の支払をせよ。
四 被控訴人らは、株式会社朝日新聞社、株式会社毎日新聞社、株式会社読売新聞社及び株式会社中日新聞社各発行の新聞の社会面に、原判決別紙目録記載の謝罪広告を同目録記載の要領により各一回掲載せよ。
五 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。
六 第二、三項につき、仮執行宣言
当事者の主張
一 当事者双方の主張は、原判決七頁五行目の「辞典」を「事典」と、同一二頁四行目の「というのもの」を「というもの」とそれぞれ改め、同六四頁五行目の次に行を改めて「(7)要するに、本件ドラマ等は、控訴人作品の内面的表現形式を維持して、その主題、題材、筋、運び、構成にわたって剽窃したものであって、控訴人作品がその原作であることを感知させる類似がある。」を加え、同別紙一の一二枚目表上段七行目の「花束の」の次に「山」を加えたうえ、原判決の事実欄「第二 当事者の主張」に摘示されたところを引用するほか、二の控訴人の主張のとおりである。
二 控訴人の主張 ドラマ・ストーリーが控訴人作品の複製物でないことは明らかであり、控訴人は原判決別紙三については、一部複製権の侵害を主張しているものである。しかるに、原判決はこれを全部複製権の侵害であると請求原因を構成し、その結果、侵害の事実を否定したもので、誤った判断である。
当裁判所の判断
一 当裁判所も、控訴人の本訴請求は、当審における新たな証拠調べの結果を斟酌してもいずれも理由がないから、これをいずれも棄却すべきものと判断するが、その理由は、原判決の理由欄「一」ないし「六」の説示を、次のとおり加除・訂正のうえ引用するほか、二に付加する判断のとおりである。
1 原判決六五頁一〇行目、同六六頁三行目の「伝記」をいずれも「伝記的物語」と、同六五頁一三行目の「貞奴」から同行の「視点から」までを「貞奴を女優への偏見に満ちた明治大正の日本で女優の道を開いた開拓者と定義づけ、同人の自我と主体性を問うという視点からあらためて同人を評価すべく」と、同七〇頁一行目の「欧米」を「歐米」と、同八行目の「五二」を「五五」とそれぞれ改め、同九行目の「激流の人 」の次に「電力王」を加え、同一〇行目の「三四」を「四三」と改める。
2 同七一頁四行目の「被告Aは、」の次に「自らのモチーフに新たな登場人物を加えることを条件に」を、同七二頁一二行目の「被告Aは、」の次に「明治の近代思想史から芸能史にわたる背景を踏まえて展開された男女の葛藤劇を企図して」を、同七三頁六行目の末尾に「なお、被控訴人Aは、ドラマ・ストーリーの掲載された雑誌に『物書き冥利につきるかも』との表題のもとに『貞奴を軸としての音二郎、桃介、伊藤博文という三角関係は存在したとしても、ひと味ちがったものになるだろう。だが、桃介の妻である福沢家の次女房子と桃介、貞奴の間には、とくに音二郎の死後、ドロドロとした男女の葛藤ドラマが展開されても不思議はないと考えられる。原作冥府回廊もそのあたりがいちばんの見せ場であるはずだし、そのおいしいところは十分にドラマのうえで展開しようという心づもりである。原作者の了解のもとに、このドラマにも新たな登場人物を何人か加えさせていただいた。』『ともあれ、このような躍動的な時代の流れと人物をあたえられて仕事ができるのは、物書き冥利につきるというものだと、感謝しているわけである。』と書いている。」をそれぞれ加える。
3 同七六頁五行目末尾に次のとおり加え、
同六行目の「伝記」を「伝記的物語」と改める。
「そして、著作物が文芸作品の場合、その主題(テーマ)と題材及び筋(ストーリー)は、主題によって題材が収集され、収集された題材は主題によって取捨選択されて整えられ、筋立てられて筋、構成が形成され、こうして形成された筋、構成において主題が表現されるという点で、右三者は相互に密接な関係にあり、その中でも、主題が文芸作品における最も重要な生命ということができるが、しかし、他面、伝記を含めた文芸作品の主題はその基本的な筋、構成によって表現されているものであって、基本となる筋、主たる構成と離れて存在しているものではない以上、このような文芸作品の翻案の判断においては、あくまでも基本的な筋、構成と一体として考慮すべきものであり、そのような筋、構成と離れて抽出される抽象的な主題そのものの同一性をもってこれを判断すべきではないというべきである。」4 同七六頁八行目の「大部分」を「相当部分」と改め、同七八頁五行目から六行目にかけての「いるもの、」の次に「伝記としての性格が強いため、」を加え、同八三頁一〇行目から一一行目にかけての「ながら生きる」を「つつも、その一方、
音二郎に尽くすことに女の意地をみせる」と改め、同九一頁七行目の「舞台で」の次に「倒れて」を加え、同九三頁一〇行目の「二六、」を削る。
5 同九五頁八行目の「また」から同一〇行目末尾までを「ただ、掉尾の『貞奴が開いた女優の道は、近代日本の文化の発展とともに、現代に脈々と受け継がれている』とのナレーションは、控訴人作品の主題にも符合するものと評価できるのであるが、控訴人のナレーション部分のみが本件ドラマの全体を通して表現された内面形式の中核をなすものとみることは相当でなく、この部分は控訴人作品の主題と重なり合う一部にすぎないというべきである。」と、同九八頁八行目から同九行目にかけての「いわれる」を「言われる」とそれぞれ改める。
6 同一〇〇頁一〇行目の「推認する」を「認める」と、同一〇二頁末行の「音二郎の」から同一〇三頁一行目の「記述」までを「帝国座の作りとその客足の記述」と改め、同二行目冒頭の「一」の次に「の一」を加え、同三行目の「乙一九の二」から同行の「へについて」までを削り、同四行目の「ト」を「ヘ」と、同五行目の「チ」を「ト」と改め、同一〇六頁一行目の「イ」の次に「(別紙一の九)」を、
同行の「ロ」の次に「(別紙一の二二)」を、同三行目の「ハ」の次に「(別紙一の二七)」を、同一一行目から同一二行目にかけての「ドラマでは」の次に「、伊藤博文を含めて」を、同行の「『」の次に「小奴が一人前になるまで」をそれぞれ加え、同一〇七頁七行目の「叙述の対象、」を削り、同一一行目の末尾の次に「甲第一三、第一四、第一六、第四三号証も右認定判断を左右するには足りない。」を加える。
7 同一〇八頁二行目の「いずれも」の次に「かなり知られた」を加え、同一〇行目から同一一行目にかけての「に当たっては、」を「とは直接には関係するものではないから、ここで」と改め、同一一行目末尾に「そして、本件ドラマと控訴人作品とが内面形式の同一性を欠くことは前示のとおりであるから、本件ではこれ以上依拠性の判断を進める必要はない。」を、同一一行目の次に行を改めて次のとおりそれぞれ加える。
「4 放送権侵害の成否について 控訴人は、本件ドラマが控訴人作品の二次的著作物であるとし、これを前提に本件ドラマを放送したことが放送権侵害に当たる旨主張するが、右3で判示したとおり、本件ドラマの制作は控訴人作品の翻案には当たらず、したがって、本件ドラマは訴訟人作品の二次的著作物とは言えないから、本件ドラマの放送が控訴人の放送権を侵害するものとは言えない。」8 同一〇九頁三行目から同四行目にかけての「合わせて」の次に「昭和六〇年一月一〇日付で(双方間に争いがない。)」を、同一一三頁三行目の「乙三の一、」の次に「乙一七、」をそれぞれ加え、同一二行目の「(四)」を「(三)」と改め、同一一五頁一二行目末尾の次に「前記三(三)(2)Aにおいて判示したとおり」を加え、同末行の「る(乙九一)」を「り、しかも、控訴人作品の当該箇所には、貞が音二郎に引幕を贈った事実がはっきり表現されているわけではない。また、13の上段と13a・13bの表現自体を比較しても、類似しているとはいえない。」と、同一二二頁六行目の「優れた」を「勝れた」と、同一三〇頁八行目の「30a、36b、39b」を「30a、36b、39b」とそれぞれ改め、同一三一頁一一行目の「制作」の次に「、出版」を加える。
9 同一三三頁四行目の冒頭から同行末尾まで、同一三五頁一〇行目の「の全部」から同行末尾までをいずれも削り、同一三五頁七行目の「異なっており、」の次に「したがって、」を、同八行目の「べきである」の次に「から、両者はその内面形式が同一であるとはいえない」をそれぞれ加え、同一三六頁五行目の「は、原告作品と」から同六行目末尾までを「の製作、出版は、控訴人作品の翻案権を侵害するものとは言えない。」と改める。
10 同一三七頁四行目の「人物辞典」を「人物事典の製作、出版」と改め、同行の次に行を改めて次のとおり加え、同五行目冒頭から同末尾までを「七 本件ドラマ等による著作者人格権(氏名表示権)侵害の成否について」と改める。
「六 本件書籍の出版による複製権侵害の成否について 控訴人は、ドラマ・ストーリー及び人物事典を含む本件書籍が控訴人作品の二次的著作物であるとし、これを前提に本件書籍を出版したことが複製権侵害に当たる旨主張するが、前記四3及び五で判示したとおり、ドラマ・ストーリー及び人物事典は控訴人作品の翻案には当たらず、したがって、これらは控訴人作品の二次的著作物とは言えないから、本件書籍の出版が控訴人の放送権を侵害するものとは言えない。」二 付加する当裁判所の判断1 控訴人は、本件ドラマの制作過程についての被控訴人らの説明に矛盾があり、
B作品である「マダム貞奴」「冥府回廊」は本件ドラマ等の原作ではないと主張する。
確かに、被控訴人協会が昭和五九年二月に行った最初の制作発表で、B作品である「マダム貞奴」を原作としてあげなかったことなど、本件ドラマの制作過程で、
当初控訴人作品がどのような扱いをされたのかを含め、本件各証拠上不分明な点がないではない。これに関連して、控訴人は、本件ドラマは被控訴人らが原作であるという「マダム貞奴」「冥府回廊」の二次的著作物ではないとし、原判決がこの点の判断を避けていると非難する。しかし、本件ドラマ等とB作品の関係は、本件ドラマ等による控訴人作品に対する著作権侵害を訴訟物とする本訴請求においては、
間接的な事実であって、本件ドラマ等が「マダム貞奴」や「冥府回廊」の二次的著作物に当たらないからといって、そのことが直ちに本訴請求の成否につながるわけではない。したがって、この点につき、原審が判断を示さなかったことは格別不当なこととは認められないし、本件ドラマの制作過程の説明に矛盾のあることは、控訴人作品を基に本件ドラマが制作されたことを裏付けるものであるとの主張も、独自の見解であり、論理に飛躍があると言わざるを得ない。
2 控訴人は、ドラマ・ストーリー全部の複製権侵害のみを主張しているのではなく、一部の複製権侵害を主張してきたのに、原審はそれに対する判断を欠いていると非難する。
しかし、原審における控訴人の主張を精査しても、一部侵害の主張を確定的にした形跡は認められない。例えば、控訴人の昭和六三年二月二九日付け準備書面では「その盗り方は、盗作執筆者本人でなければ悉く摘出するのは困難なほど、多岐多様にして『女優貞奴』を丸ごと全面にわたって盗っている。これが本件の特徴であり、部分的な著作権侵害にとどまらず、」と記載している。
そこで、一部侵害については当審における新たな主張として検討することとするが、たしかに、著作物の限定された一部についてのみ侵害が及ぶ場合があり、この場合、当然のことながら、侵害されたという部分が特定されること及びその部分が著作物性を有することが要件となるところ、控訴人は、原判決別紙三で一部複製権侵害の範囲を特定しているとみることができる。しかし、これらは殆ど文章中の一句、一段落であり、独立して著作物性を有する範囲のものとは認められず、個々の類似部分について、著作権侵害の認められないことは原判決が詳細に判断しているところである。ただ、ドラマ・ストーリーのうち、第四章「日本脱出」、第五章「海外巡業」の大部分は被控訴人作品の題材と筋が控訴人作品と共通していると認められるのであるが、これらの部分についても他の部分と独立して著作物性を認めることができるかは疑問であるうえ、右該当箇所の大部分は、原判決も説示するとおり歴史上の事実であるか、先行資料に表れている事実である。これらの点からすると、控訴人の一部侵害の主張は結局採用することができない。
3 控訴人は、控訴人作品「女優貞奴」は「自我の主体性を自ら培ったが故に、近代日本に女優の道を開いた貞奴」の人物像を、主題、題材、筋、仕組、運び、構成(控訴人の主張する内面形式)のすべてを有機的連鎖でくくった創作であるが、本件ドラマは第一回から最終回まで控訴人作品の内面形式を維持しており、また、本件ドラマは母体である控訴人作品から派生したものであるから、控訴人作品の二次的著作物であると主張し、双方間の内面形式の同一性を否定した原判決を非難する。
これに対し、当裁判所も、控訴人作品の性格、内容それ自体については、基本的には原判決説示のように説明するのが相当であると判断するものであるが(ただし、控訴人作品を伝記そのものというよりは、それよりは広がりのある文芸作品であると解する。帯広告の「書下ろし伝記」の一字句のみをもって控訴人作品の性格を決定づけることはできない。)、控訴人の主張するところの内面形式の「維持」という概念は、「同一性」よりも広く、かつ抽象的であり、また、「派生」というのも、一方と他方との間の一定の繋がり方を示す以上には捉えにくい概念であって、権利義務の範囲を画する言葉としては曖昧であるが、この点は用語の問題でもある。当裁判所としても、同一性の名のもとに、控訴人の批判するような全き同一性を求めるものではないのである。再説すれば、筋、仕組み、主たる構成の内面形式を全体的に比較し、その上で共通性が維持され、かつ、一方が他方に依拠していることが認められるときに初めて侵害となるものである(ただし、作品の主題のみを抽出して、その類似の有無を比較することは意味がなく、このことは先に説示のとおりである。)。
しかるところ、本件ドラマは、原判決説示のように、貞奴を重要な主役の一人として、歴史上実在した人物あるいは実在しなかった多様な人物を登場させる中で、
貞奴がそれらの人達の励ましを受けつつ力強く成長していく姿を描く一方、当時の時代背景の中で、貞奴、川上音二郎、福沢桃介、福沢房子らが愛憎を絡ませながら懸命に生きていく様を描いており、決して貞奴一人だけの物語ではないし、しかも、控訴人作品で控訴人が描出したという貞奴自身の生き方と、本件ドラマにおける同人自身の生き方とは、共通性もあるものの、決して同一に構成されているわけではない。たしかに、本件ドラマ等の貞奴の描写に関する限りにおいては、その主題、筋、題材においては一部重なり合うところがあるが、これは、貞奴が比較的近時における実在の人物であり、先行資料も極めて多く、双方の作品において、同一のものが多数参考にされていることからして、不可避の面があると言わざるをえない。勿論、本件ドラマ等が控訴人作品を参考にし、あるいはそこからヒントを得ている部分がいくつもあること、特にドラマ・ストーリーにおいては、何箇所かその文章の一句そのものを転用している事実のあることは原判決説示のとおりであり、
当裁判所も、これと見解を一にするものである。控訴人はこれらの部分を捉えて、
転用ないしは借用と言い、更には剽窃であると主張し、著作権が侵害された重要な根拠とするのであるが、既に判示のとおり(原判決引用)、これらは、歴史上知られた事実であったり、先行資料で明らかにされている事実であったり、著作権の対象となりうる独立した表現形式に対するものでなかったりの理由で採用できないところである。また、控訴人の強調する本件ドラマの最終回での貞奴の生き方を回顧する趣旨のナレーションの部分は、控訴人作品において控訴人が主題であるとする部分の一部が表現されていると見ることができるけれども、本件ドラマの主題はこれに尽きるものではないし、最終回の桃介についてのナレーションも波瀾の人生の中に同人が築き上げた大井ダムが後世への遺産としてなお役立っており、"同人の意志が受け継がれているという控訴人作品にはない内面形式が表されているところである。いずれにしても、人物観、歴史観という一種の思想ともいうべきものは、それ自体が著作権の対象にならないことは当然であるが、控訴人作品と本件ドラマの中では、貞奴の生き方それ自体の見方について、一部共通するところがあるとは認められるものの、双方作品の内面形式を全体的にみれば同一性は否定せざるをえないのであって、右一部共通するのは、この人物観というむしろアイデアあるいは思想に近い著作権法による保護範囲の外にある部分であると言うべきである。
4 なお、控訴人は、本件ドラマが放映される前に、控訴人と被控訴人間で行われた控訴人作品を巡る折衝についても、著作権侵害を裏付ける事実として主張する。
そして、証拠(原審証人C、同控訴人、甲八、甲三四、乙四六)によれば、昭和五九年三月一四日に控訴人と被控訴人協会職員Cが面談したのを初めとして、弁護士も介在して、被控訴人らと控訴人が話し合ってきたこと、この過程で被控訴人会社と被控訴人Aが、ドラマ・ストーリーで控訴人作品の文章を転用した表現が数か所あることについてお詫びするとの趣旨の文書が作成され、双方代理人の間で、被控訴人会社と被控訴人Aが控訴人に対しドラマ・ストーリーの一部に控訴人作品の文章を一部無断借用したことを詫びること、被控訴人協会は本件ドラマの制作に控訴人作品が寄与するところがあったことに感謝する旨の条項のある覚書(案)が作成されたことがあったが、最終的には双方の合意には至らなかったことが認められるけれども、これらの事実も控訴人の主張を裏付けるには足りないし、翻って考えれば、控訴人作品が本件ドラマ制作の直前に発売されていたことから、被控訴人側が控訴人と接触を持とうとしたことは何の不思議もなく、被控訴人らが控訴人作品の著作権を侵害することのないよう本件ドラマ制作のうえで諸々の配慮をしたとすれば、それは当然のことであって、これをもって隠蔽工作であるとする控訴人の見方は一方的である。
5 以上、控訴人の主張に対する判断を補足的に示してきたが、当裁判所も、本訴請求はいずれも肯認できないと判断するものである。
三 よって、これと同旨の原判決は相当であり、本件控訴はいずれも理由がないから、これをいずれも棄却することとし、主文のとおり判決する。
裁判官 宮本増
裁判官 小松峻
裁判官 立石健二
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