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事件 平成 7年 (ワ) 5273号
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裁判所 東京地方裁判所
判決言渡日 1998/05/29
権利種別 著作権
訴訟類型 民事訴訟
主文 一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨1 被告は、原告に対し、金一〇六〇万円及びこれに対する平成七年三月二九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行宣言二 請求の趣旨に対する答弁 主文同旨。
当事者の主張
一 請求原因1 当事者(一)(1) 原告は、ブックデザインを専業とする者であり、被告から刊行された一九九〇年(平成二年)版から一九九三年(平成五年)版の「知恵蔵」(原告が関与した知恵蔵を総称する場合には「本件知恵蔵」という。)のブックデザインを担当した。
(2) ブックデザイナーは、本の装丁(書体の選定・大きさや装画の趣きと配置によってカバー・表紙等の外形を整える)ばかりではなく、本文全体を対象に活字の組みや図版と余白の配置、目次の姿等を統一的に構成し、更には用紙の選択、印刷方式や製本の方式の提案等を行い、出版物の創作過程に編集者が保有していない独自の視角から編集作業と不可分かつ総合的に関わり、出版社と対等・独立した職業となっている。
(二) 被告は、日本有数の全国日刊紙の発行者であり、これ以外にも多種類の出版物を刊行する総合出版社であって、平成元年から年度版用語辞典「知恵蔵」を刊行している。
2 本件知恵蔵の製作に関する原告の創作活動(一) 原告は、昭和六三年八月三一日、被告から、同社が刊行を企画していた年度版用語辞典のブックデザインの依頼を受け、編集著作物たる知恵蔵の紙面、「かたち」を決定している要素・素材につき、創作的な選択及び配列を行った。
(二)(1) 編集著作物たる知恵蔵の紙面、「かたち」を決定している要素・素材は、次のとおりである。
Ι 記事@ 分野見出しA 本文@ 新語話題語A 用語B ニュートレンドB F情報U 図表、写真V 柱、ノンプル、ツメ(2) 大量の情報を伝統的な活字媒体を用いて迅速・的確に読者に伝達しようとする場合、どのような情報も、文字、記号、図表、写真等が紙面上に配置・構成され、そこに定着(通常は印刷)される(「かたち」を伴う)ことになるが、そうした「かたち」をとらない限り右情報は活字媒体として存在しえない。そして、情報のとる「かたち」如何によって情報の伝達力は異なり、辞典等の編集著作物にあっては、編集行為のうちでビジュアルな面を担う「かたち」を作り、決定する行為の重要度が一段と高まっている。
このように原告は、情報の内容と「かたち」が不即不離・一体であると考え、そのようなものとして素材を捉えているから、例えば、記事が素材であるというとき、その内容ばかりでなく、現実の「かたち」を伴った記事が素材となるのであって、被告が記事の内容について選択を行っているとしても、原告が「かたち」の面を決定している以上、「記事」という素材の選択について原告の関与を否定することはできない。また、「記事」という素材を例にとれば、その内容が決定されたうえで原告が「かたち」を与えるのではなく、レイアウト・フォーマット用紙の完成によって、知恵蔵の「新語話題語」「用語」「ニュートレンド」といった各記事の配置が決まり、総原稿量や各項目毎の原稿量が割り出され、これを基に被告から執筆者へ依頼がなされ、記事が執筆されて内容が確定する。つまり、記事が作成され存在した後に、この内容と「かたち」が一体化するのではなく、当初から「かたち」と内容が一体のものとして相互に影響を与えながら編集行為が行われるのである。
(二) 原告による素材(を構成する要素)の選択と決定 原告は、素材ないし素材の「かたち」を決定づける基礎的な要素である「文字」「罫」「約物」を選択し決定した。その詳細は、別紙T「原告の関与態様一覧」一項記載のとおりである。
(三) 素材の配列における原告の創作性 原告は右(二)で述べた各素材を、別紙T「原告の関与態様一覧」二項記載のとおり創作的に配列し、編集著作物たる本件知恵蔵を作成した。
(四) 素材の配列における原告の創造性の核心 素材の配列における原告の創造性の核心的な部分はAパターン・Bパターンの創作、決定とその配列に存する。すなわち、原告は、
@ 「新語話題語」と「用語」について、両者の段数及び一行の字数を変え、その内容的な相違を視覚的にも明確にした。
A Aパターン(四段組み・一行一八字)とBパターン(五段組み・一行一四字)の二種類のレイアウト・フォーマット用紙を創作した(別紙「レイアウト・フォーマット用紙A」及び同「レイアウト・フォーマット用紙B」のとおり。以下、これらの用紙をそれぞれ「本件レイアウト・フォーマット用紙A」「本件レイアウト・フォーマット用紙B」といい、併せて「本件レイアウト・フォーマット用紙」という。)。
B 「新語話題語」にはAパターン、「用語」にはBパターンを使用した。
(1) Aパターン・Bパターンの創作、決定について 原告は、以下のような思考過程を経て、まず新語話題語の段組みと一行の字数を決定した。
@ 編集部から伝えられた本の最大寸法(一九二×二五七ミリメートル)を大きく超えない範囲で構造的な寸法に置き換え、本文の文字の大きさを一単位、一文字の大きさを横を八・五ポイント、縦を七・五ポイントとした。本の左右寸法は八・五ポイントの六四倍(一九一・一六二ミリメートル)、天地寸法は七・五ポイントの九八倍(二五八・二七九ミリメートル)となる。ゆえに、本の天地は九八等分され、九八のユニットができる。
A 九八のユニットを一〇段に分け、段と段の間は二ユニットとした。その結果、
一段は八ユニットとなる。
B 一〇段のうちの一段・八ユニットをさらに三ユニットと五ユニットに分け、三ユニットを天のアキ寸法に、五ユニットを地のアキ寸法に使った。
C 使用可能なのは九段となるが、一段を余白スペース(F情報欄)としてページの上部に配置し、残りの八段を二段ずつ合体させて一段とし、四段組みができる。
四段組みの一段の一行あたりの字数は一八字(八+二+八)となる。これが「新語話題語」に用いられたAパターンであり、その字数は一ページ二八九八字と決定された。
D 一行が一八字で段間が二ユニットの四段組みの天地は、七八ユニットである。
同じく段間を二ユニットとしたまま五段組みを求めると、一行あたりの字数は一四字となり、これが「用語」に用いられたBパターンである。以上から、「用語」の字数は一ページ二八二八字と決定された(なお、天地寸法を変えず、段間を同じ二ユニットとしたまま、四段でも五段でも一行あたりの字数が整数となるユニットの数は多くない。七八という数字は、段組みのいかんにかかわらずバランスのとれた紙面を構成することのできる数少ないマジックナンバーである。)。
E さらに七八という数字は、天地および段間(二ユニット)をいずれも変えることなく、三八文字の二段組み(「ニュートレンド」)にも対応が可能である。また、天地を変えず段間を三ユニットとすることにより二四文字の三段組み(「目次」ページ等)にも使用が可能である(ここで明らかなのは、本件知恵蔵では、まず一行一八字四段組み(「新語話題語」)が決められ、それを変形して一行一四字五段組み(「用語」)が得られ、さらにその応用として一行三八字二段組み(「ニュートレンド」)、一行二四字三段組み(「目次」ページ等)が得られたということである。)。
このような創造性を発揮して、原告は、「新語話題語」と「用語」のパターンを異なるものとし、二種類のレイアウト・フォーマット用紙を作成した。
(2) Aパターン・Bパターンの配列について@ 分野が偶数ページから始まる分野冒頭の見開き紙面(別紙配列例@) 「分野見出し」(二段×二〇行分)は、見開き右ページ(偶数ページ)の右上に配置され、記事との間隔を二段×一行とすることで四分の一ページのスペースを明示し、小口に伸びたベタ面が生じさせる本の側面の黒い線が検索を助ける。分野名は縦方向で組まれ、分野名英文も縦組みにすることで読みの方向性が強調される。
著者の略歴は、その上部に横組みで配される。
「ニュートレンド」は、行長が長いうえに親しみ易さをもたせるため、本文より広い行間で「分野見出し」の直下に約千文字を収容するスペースで配置される。
「柱・ノンブル」の上部にニュートレンドマークが配される結果、「分野見出し」と「ニュートレンド」は上下に積み重ねられ、視覚的に二段組みとなる。その左に、「新語話題語」を四段組みで配置する。
「新語話題語」の末尾を全段縦に切断した形態で収め、六ポイントの罫を上下一杯に配し、その左から「用語」を五段組みで組み始める。各分野は、読むに従って、
二段組み(「ニュートレンド」)→四段組み(「新語話題語」)→五段組み(「用語」)と、整合性を保ちながら段組みが細かくなり、単調になりがちな辞典の紙面にメリハリを付与している。また、段組みの印象によって知らず知らずのうちに項目の位置付けを把握できる。
紙面上部に「F情報」と呼ぶ余白が存し、本文を補助するファーザー・インフォメーションの他、「図表・写真」及びその説明、各分野の著者紹介、新語話題語と用語のマークが配され、文字は横に組まれ、余白の開放感と共に紙面の変化を得ている。本文への興味は、ファーザー・インフォメーションや「図表・写真」へと伸びていく。
「図表・写真」は本文に食い込むようにレイアウトされる。つまり、上下の余白スペースと本文スペースは、紙面の中で互いに交流する。
「柱・ノンブル」が欄外ではなく本文に食い込むように配置されることで、本文の版面は単なる長方形ではなくなり、四角四面の静的な秩序ではなく、流動する世界を秩序を保ちながらも示そうとしている。
A 分野が奇数ページから始まる分野冒頭の見開き紙面(別紙配列例A) 「分野見出し」(二段×二〇行分)は、見開き左ページ(奇数ページ)の右上に配置され、記事との間隔を二段×一行とすることで四分の一ページのスペースを明示し、天に伸びたベタ面が生じさせる黒い線が検索を助ける。「分野見出し」が配されるページの右側のページ(偶数ページ)には、前の分野の「用語」が五段で組まれていることが多いので、その本文との区切りのために、分野名は横方向に組まれ、分野名英文も横組みなので読みの方向性はより強調される。著者の略歴はその上部に横組みで配される。
「ニュートレンド」は、前記@と同様、本文より広い行間で「分野見出し」の直下に約千文字を収容するスペースで配置され、「分野見出し」と「ニュートレンド」は上下に積み重ねられ、視覚的に二段組みとなる。その左に、「新語話題語」を四段組みで配置する。
「分野見出し」の上部左側に「F情報」が版面左右二分の一のスペースで存する。
「分野見出し」を中心に「分野が偶数ページから始まる紙面」と「分野が奇数ページから始まる紙面」のデザインを変えることで、単調になりがちな辞典の紙面にメリハリを付与している。
B 「新語話題語」から「用語」への切り替えがある分野途中の見開き紙面(別紙配列例B) 四段組みで配置された「新語話題語」の末尾を全段縦に切断した形態で収め、六ポイントの罫を上下一杯に配し、その左から「用語」を五段組みで組み始める。
「新語話題語」のマークは前のページに出現しているので、一見しただけで見開き右側の文章はどのような位置付けの項目か分からないはずだが、四段組みと五段組みの違いでその差異は明瞭に示されている。
紙面上部に「F情報」と呼ぶ余白が存し、本文を補助するファーザー・インフォメーションの他、「図表・写真」及びその説明、用語マークが配され、文字は横に組まれる。「図表・写真」は本文に食い込むようにレイアウトされる。
C 「用語」だけの分野途中の見開き紙面(別紙配列例C) 「用語」は五段組みで組まれる。用語マークは前のページに出現しているので、
一見しただけではこの紙面がどのような位置付けの項目か分からないはずだが、
「ニュートレンド」や「新語話題語」とは違う五段組みであることで「用語」だとわかる。紙面上部に「F情報」と呼ぶ余白が存し、本文を補助するファーザー・インフォメーションの他、「図表・写真」及びその説明が配され、文字は横に組まれる。
「図表・写真」は本文に食い込むようにレイアウトされる。
3 原告の編集著作権の準共有(一) 著作権法12条1項は、「編集物でその素材の選択又は配列によって創作性を有するものは、著作物として保護する。」と規定する。知恵蔵のような用語辞典の場合、書き方、見出し、レイアウト等、紙面上で利用者の読み易さを獲得するための技術が駆使され、そのためには素材を収集し、分類し、選別し、配列するという一連の知的創作行為が必要となる。著作権法は、素材については何も限定を付しておらず、編集可能なものであれば編集著作物の対象となっていいはずである。
そして、前記2で述べた素材の選択及び配列は、全て原告の知的創造活動によるものであり、その結果として作成された知恵蔵(の各紙面)は、原告の創作に係る編集著作物として保護されるべきである。
(二) 本件レイアウト・フォーマット用紙に基づく本件知恵蔵の紙面の割付方針は、原告の独占的な編集著作物であり、仮に被告も編集著作権を有するものとしても、原告と被告の共有に属するものである。そして、その持分割合は、創作過程における原告の寄与の方が圧倒的に大きいが、仮に持分割合が特定できない場合には、双方各二分の一の持分割合となる(民法250条)。
4 レイアウト・フォーマット用紙の著作権 本件レイアウト・フォーマット用紙は、編集著作物たる本件知恵蔵の作成に不可欠である。そして、本件知恵蔵の作成が全面的に右レイアウト・フォーマット用紙に依拠し、本件レイアウト・フォーマット用紙自体が、原告の多年にわたるブックデザイン及びこれに付随する広範な業務から獲得した技術的知見を反映したものであること、原告のブックデザインに関する豊かな思想を本件知恵蔵に適合させるべく創造的に表現したものであることからすれば、本件レイアウト・フォーマット用紙は当然に学術的要素を有する。
また、本件レイアウト・フォーマット用紙は、文字や図形をもって埋められることを予定する一定の大きさの四角形や直線によって区画されており、右の四角形の大きさや数及び位置、直線の位置や到達点、余白の配置等の点で、これを作成した原告の個性、学識、経験等の独創性が表出している。
よって、本件レイアウト・フォーマット用紙は図形著作物に該当し、その著作権は原告に帰属する。
5 被告の行為(一) 被告は、その持分割合に応じてしか、あるいは原告との協議に基づいてしか、この編集著作物を使用収益(利用)することができないにもかかわらず、原告にブックデザインを依頼することがなくなった一九九四年(平成六年)版及び一九九五年(平成七年)版の知恵蔵において、本件レイアウト・フォーマット用紙とほとんど同一のレイアウト・フォーマット用紙を使用してこれを出版した。
(二) 本件知恵蔵と原告が関与しなくなった知恵蔵との同一ないし共通部分は、
別紙U「共通部分対比表」の原告の主張欄のとおりである(なお、一九九三年版と一九九四年版の典型的ないくつかの紙面を対比した。)。これにより、被告は、原告による素材の選択・配列の創作性を再製していることが明らかである。
(三) また、被告が用いたレイアウト・フォーマット用紙は、本件レイアウト・フォーマット用紙を複製したものである。
6 利得償還請求 原告は、被告から、本件知恵蔵のブックデザインによって四年間で合計一一二〇万円を受領した。したがって、原告は、被告の右行為により、少なくとも年間二八〇万円、二年分で合計五六〇万円の利得償還請求債権を有する。
7 損害賠償請求 被告は、本件レイアウト・フォーマット用紙とこれに基づく方針を原告の承認なく改ざん・変更して一九九四年版及び一九九五年版の知恵蔵に使用収益(利用)した。これにより、原告が構想した思想は次のとおり分断された。原告は著しい精神的苦痛を蒙ったから、原告は被告に対し、少なくとも金五〇〇万円の損害賠償請求権を有する。
(一) 本文部分一九九四年版の知恵蔵では、
(1) 地罫をなくしたため地平線がなくなったような不安定感をもたらし、代わりに天罫を加えたため余白が狭く感じられ、かつ、本文と注との関係が切り離されて見えるようになった。
(2) 縦組みの中に横組みの「ニュートレンド」を貫入させたため、視線の流れに混乱を生じさせる印象を与えることになった。
(3) 「ニュートレンド」に余白を作ることにより、上部の余白が視覚的に相殺され、ことに「ニュートレンド」が奇数ページにある場合にはなおさら余白の効果が薄れてしまった。
(4) 「新語話題語」の項目罫と「用語」の項目罫とを類似したものではなく全く異なるデザインにしたため、「新語話題語」と「用語」との関係を有しながらも区別するという微妙な関係が読者に伝わらなくなってしまい、ノンブルの位置を変更したことで変化に欠けるブックデザインとなった。
(5) ノンブルと柱のレイアウトを変えたため、左ページで柱の各見出しの順序に逆転を起こした。
(6) 「用語」の中見出しと「新語話題語」の中見出しとは、角ばったものと丸いものとを対比することで「ことば」の違いを表現しようとしたものを、「用語」の中見出しについては菱形を二つにしたことで視線の吸引力が弱まり「新語話題語」の中見出しとの対比感が薄れ、「新語話題語」の中見出しの場所を外延に移動させ、かたちを変更させたことにより「用語」の中見出しとの対比感を薄めた。
(7) 「新語話題語番号」及び「用語番号」について、本来、同じ書体でなければ「参照関係」は結べないものを、異なった書体の使用によって整合性を崩した。
(8) 「ニュートレンドマーク」が絵的でありすぎて、縦と横の罫の調和を目指した全体の計画を崩した。
(9) ツメについて、製本の精度によって最もかたちのばらつきの多い円形を採用したことによってページにあらわれるツメの半円の形がばらばらになった。
(10) 人物、文献、新聞記事、参考情報と四種類あった「約物」を一つにまとめてしまったために、検索の楽しみを減殺した。
(二) 図表・写真の入れ方 本件知恵蔵では、図表・写真という視覚的に重いものをページの外側に入れることで中の文字面をきれいに見せ、文章の求心力と図表・写真の遠心力とを拮抗させてページに緊張感を生み出すことを目指し、上の余白を有効に利用し、「影」を表現することで紙上に立体感を出し、図表・写真を文章から浮上させることを目指していた。
ところが、一九九四年版では、
(1) 「影」が切断されて「影」ではなくなってしまい、立体的な表現とはいえなくなった。
(2) 図版・写真をのど側に持ってくることによって、前述した求心・遠心のバランスを崩した。
(3) 小さい図版・写真にあった細い罫を切断して目にうるさく、罫を太くして過剰な装飾を施した。
(三) 外来語・略語部分一九九四年版では、
(1) 柱はノンブルのそばに置くという本全体を通しての統一を崩した。
(2) 上下の横罫をなくすことで、本文の同じ横組みページと外来語・略語部分との機能の違いを反映していたものを、その違いを薄くした。
(3) 縦罫を太くすることによって「飾り」の印象を強くした。
(四) 索引部分一九九四年版では、
(1) 柱はノンブルのそばに置くという本全体を通しての統一を崩した。
(2) 上下の横罫をなくすことによって、本文の同じ横組みページと索引との機能の違いを反映していたものを、その違いを薄くした。
8 結語 よって、原告は、被告に対し、編集著作権の準共有持分権に基づく利得償還請求として五六〇万円及び不法行為に基づく精神的損害賠償請求として五〇〇万円並びにこれらに対する一九九五年版知恵蔵が出版された平成六年一一月一日から後の日であり訴状送達の日の翌日である平成七年三月二九日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の各支払いを求める。
二 請求原因に対する認否及び反論1 請求原因1(一)(1)及び(二)は認めるが、同(一)(2)は知らない。
2 請求原因2及び3について(一) 原告が、昭和六三年八月三一日、被告が刊行を企画していた年度版用語辞典のブックデザインの依頼を受け、これに関与したことは認める。
(二) 本件では、原告の編集著作権は成立しない。
(1) 著作権法には「編集物」の定義はなく、従来「編集物」として著作権法上理解されてきたもの、あるいは一般に「編集物」として理解されているものから演繹すれば、著作権法12条の「編集物」とは、相互に同質的な何物(素材)かを、
一定の統御則に従って、取捨選択し集成したものをいうと定義することができる。
「編集物」をこのように捉えることによって初めて、「編集著作物」に著作権が生じることをよく説明しうる。すなわち、「素材」相互間は同質的で交換可能なものであるから、各素材が並んでいるとしても、その相互間には並んでいることの必然性は本来何もないが、そこにある統御則を持ち込んで、これらを取捨選択したり配置したりすることで、全体に意味が付されるのであって、そうした外的な(内在的でない)統御則に創作性がみられるときに、著作権法は権利を認めようとするのである。
そして、ここから「素材」とは何かということが自ずと導かれる。例えば、百科事典では各解説事項、職業別電話帳では電話番号が「素材」であり、「素材」とは、「相互に同質的な、交換可能である何物かの集合体の個々の要素」なのである。
知恵蔵が現代用語の意味を検索するための辞典である以上、現代用語、すなわち「新語話題語」「用語」が「素材」であり、これらを補足する「ニュートレンド」「F情報」(これら四つを「記事」と総称する。)、「図表・写真」も「素材」に含まれるといってよいであろう。これらが「素材」であるのは、被告が「現代用語の紹介と解説をする」という目的のもとに、「新しい言葉」という同質性をもった集合の中から一定の用語を選び出し、それに解説を付して配列するという統御則を働かせたからである。
他方原告は、「記事の内容とそのかたちは一体である。」との立場から、「素材」として記事を列挙した上で、さらに柱、ノンブル、ツメまでをも「素材」であるとし、文字、罫、約物を「素材を構成する要素」であるとして、その選択又は配列の創作性を主張する。しかしながら、右のとおり、原告が主張する「素材」は編集著作物の「素材」ではないから、その選択又は配列の創作性を論じるまでもないし、そもそも本件知恵蔵の「素材」である記事、図表、写真の内容の決定、選択及び配列(取捨選択された記事データや写真等をいかなる項目に分類して、どういう順番で並べるか)は全て被告が決定し、原告は何ら関与していないから、原告の「素材の選択」及び「素材の配列」は問題とならない。
(2) 原告が主張する「かたちと内容の一体論」は、著作権法の見地からは明白に誤りである。著作物は、人が見たり読んだりできる形態におさまっていることが通常であるから、確かに「かたち」を伴うものではあるが、著作権法にいう著作物とは抽象的なものであって、例えば小説のような言語の著作物であれば、文字の連なりとして表現された状態のものをいうのであって、本のページからページへと特定の文字書体、特定の行間、特定の天地幅におさめられた状態をいうのではない。
もしも著作物がこのような具体的に可視的・可読的状態に置かれたものをいうのだとすれば、それはとりもなおさず、現行著作権法上認められていない「版面権」を承認したことと等しい。
本件で原告が主張する「素材の選択」における創作性とは、原告が主張するところの「素材」そのものの作り込みにおいて、いかなるユニークさを発揮したかということに終始している。また「配列」として主張するのも、あくまで「分野見出し」や「F情報」をページのどのあたりに置き、「新語話題語」と「用語」をどのような配慮で切替えたかといった、いわば「ラフな設計図」作成行為とでもいうべきものであって、このような行為はまさにフォーマットの域を出ず、著作権法にいう「配列」ではない。
(3) 仮に、原告が行ったような抽象的な配列が、編集著作物の配列にあたるとしても、「分野見出し」を各分野の冒頭に配置することや「新語話題語」を基礎的な「用語」と区別して初めに配置することは、現代用語辞典という性質上ありふれた配置法であるし、F情報や図表・写真を紙面の余白(欄外スペース)に置くことも極めてありふれた配置法であって、必然的あるいは常識的に採用される表現形式の範囲内にとどまるものである。したがって、原告の主張する「配列」に創作性は認められない。
原告が創造性の核心であると主張するAパターン、Bパターンの創作、決定とその配列についても、創作性は見出せない。採用する段組みや一行の字数は、被告の指定した判型、掲載する情報量、印刷や製本システム、文字の大きさ、段間等の制約により自ずと決まり、選択の幅は狭い。B5判型で縦組みの用語解説年鑑的な出版物であれば、段組みは四段から六段、一行字数も一〇字から二〇字程度の範囲となり、競合他誌である「現代用語の基礎知識」では六段一三行、「イミダス」では五段一五字が採用されていることからも明らかである。
3 請求原因4についてレイアウト・フォーマット用紙に著作物性は認められない。
(一) レイアウト・フォーマット用紙は、編集、印刷、製本の用に供される実用品で、極めて技術的、機能的な性質を有するものであるから、用途との関係で様々な制約があり、本件においても、被告が指定した判型、掲載情報量等の条件や製本、印刷システム等の所与の制約の下では、原告の創作性が発揮される余地はなく、その意味で、レイアウト・フォーマット用紙は著作物として保護に値するほどの創作性を有する表現物とはいいがたい。
(二) また、レイアウト・フォーマット用紙は、情報を記録すべく作られ、それ自体では情報を伝達するようには作られていない性質のフォーム(ブランク・フォーム)であり、かかるフォームは著作物としては保護されないと言うアメリカ著作権判例上のいわゆる「ブランク・フォーム・ルール」が妥当する。情報伝達の媒体たるフォーム自体に著作権を認めてしまうと、情報の発信、伝達が阻害され、多様な表現を花開かせ文化の発展に寄与するという著作権法の目的に反することになるからである。
4 請求原因5について(一) 請求原因5(一)のうち、被告が、本件レイアウト・フォーマット用紙とは別のレイアウト・フォーマット用紙を使用して割付を行った一九九四年版及び一九九五年版知恵蔵を出版したことは認める。
同(二)のうち、原告が主張する本件知恵蔵と一九九四年版以降の知恵蔵の共通部分に関する反論は、別紙U「共通部分対比表」の被告の反論欄のとおりである。
(二) 仮に原告が主張する編集著作権やレイアウト・フォーマット用紙の著作物性が認められるとしても、被告による著作権侵害の事実はない。
(1) 編集著作物について侵害が認められるのは、編集著作物の本質的ないし相当部分を複製等した場合のみであるし、極度に実用品に近い制作物もしくは機能的な制作物に仮に著作権が成立するとしても、その侵害が成立するには丸写し形態でしかあり得ない。
ところが原告は、請求原因7のとおり、本件知恵蔵の紙面と原告の手を離れた知恵蔵の紙面の違いを主張して侵害事実の不存在を自白しているし、そもそも両者には、右のような相違(別紙U「共通部分対比表」の被告の反論欄)のほか、決定的な違いがある。すなわち、「ニュートレンド」については、その位置、組み方、書体等の表現が全く異なることは一見して明らかであるし、ノンブルの位置も、本件知恵蔵では小口寄りの最下端よりやや上部に特徴的に配されているが、一九九四年版知恵蔵では小口寄りの最下端である。また、柱は、本件知恵蔵では分野だけ縦組みになっているが、一九九四年版知恵蔵では書名、部門、分野のいずれもが横組みである。「F情報」は、本件知恵蔵とは異なり、項目名を本文よりも一字分左に飛び出すデザインにしているため、本文の一行当たりの字数は少ないし、行間の広さも異なる。
本件知恵蔵と一九九四年版以降の知恵蔵の紙面が類似しているのは、いずれも一行一八字四段、一行一四字五段という字詰め、段組みを採用しているということでしかなく、字詰め、段組みは機能的なもので美的鑑賞の対象となるものとは異なるから、本件において著作権等の法的保護を与えその侵害を認めることは、この字詰め、段組みに対して権利の与えるという不当な結果をもたらす。
(2) 被告が一九九四年版以降の知恵蔵に用いたレイアウト・フォーマット用紙は、本件レイアウト・フォーマット用紙を複写したものではなく、ゼロから描き起こしたものである。両者に共通するのは、一行の字数、字間、段組み、行数、段間等であるが、これらはアイデアないしノウハウにとどまり、著作権法上保護されるべき表現ではない。こうした部分を除くと、ノンブルの位置、柱の入れ方等がかなり異なり、特に本件レイアウト・フォーマット用紙Aに対応するものは、見出しが右ページにくるものと左ページにくるものとを区別して二種類のレイアウト・フォーマット用紙を作り、そのレイアウト・フォーマット用紙では、見出しやニュートレンド欄が予め用紙上に配置されている。
したがって、レイアウト・フォーマット用紙に著作権が成立するのであれば、両者は異なる著作物であって、印刷や製本技術上の制約から表現形式の選択の幅の狭いレイアウト・フォーマット用紙については、デッドコピーかそれに近い態様でしか著作権侵害は認められないというべきである。
5 請求原因6及び7について 原告が、利得償還請求権及び損害賠償請求権を有するとの主張は争う。
証拠(省略)
理 由一 請求原因1(一)(1)及び同(二)の事実は当事者間に争いがない。
二1 弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第一号証、原本の存在及び印刷部分の成立に争いがなく、弁論の全趣旨により手書部分も真正に成立したものと認められる甲第一五号証の5及び6、成立に争いのない甲第三三号証の1ないし34並びに弁論の全趣旨を総合すると、以下の事実が認められる。
(一) 被告は、昭和六三年八月三一日、同社が刊行を企画していた年度版用語辞典のブックデザインを原告に依頼した際、次のような右書籍の骨格を示した。
すなわち、本のサイズ及び縦組みとするか横組みとするかは作業進行を見て決定するものとされたが、@本文以外に「ハミダシ情報」をつけない代りに「F情報」爛を設けること、A「F情報」の字数は二〇〇字ないし三〇〇字であること、B本文一〇二四ページ(予定)を約一四〇の分野に分けて編集し、各分野には「分野見出し」がつくこと、B分野の中にも三ないし五の中見出しが入ること、C 「分野見出し」には、筆者名、肩書き、略歴がつくこと、D見出し語には原則として英語表記(又は他の外国語)をつけ、本文解説との間は改行すること、E柱には「分野名」と「ページ・ノンブル」を入れること、E項目配列が五〇音順ではなく、読者が総索引で掲載ページを確認してから引くことになるので、ノンブルの見やすさが最優先課題とされたこと、E各分野には、当該分野の新傾向を要約した「ニュートレンド爛」(約一〇〇〇字)、最新語をピックアップした「九〇年のニューワード爛」及び「本文解説」の三部構成となること等が被告から原告に示された。
(二) 被告は、各年度の本件知恵蔵が編集著作物であることを明らかに争わないから自白したものとみなす。本件知恵蔵は、用語が使用される社会事象を「国際関係」「経済」「産業」「社会」「政治」「サイエンス」「テクノロジー」「文化」「生活」「スポーツ」といった大きな分野に分類した上、その分野をさらに「経済」の分野であれば、「貿易」「日本経済」「財政」等、「政治」の分野であれば、「国会」「内閣・行政」「地方自治」「外交」「防衛」等の分野に分け、分けられた当該分野の見出しとともにその分野の傾向を記載した「ニュートレンド」、
最新語を集めた「新語話題語」及びその分野の基本用語を集めた「用語」を配し、
「用語」欄ではさらに中見出しが入って共通する項目ごとに基本用語が集められている。また、各用語の解説を補足するため写真や図表のほか、紙面上部には「F情報」と呼ばれる解説が付せられている。
なお、書籍末尾には、外来語・略語集、人名情報・統計・年表及び総索引が編纂され、年度毎に異なる特集も組まれている。
(三) 本件知恵蔵の紙面の一例は、(1)分野が偶数ページから始まる分野冒頭の見開き紙面につき別紙紙面例@、(2)分野が奇数ページから始まる分野冒頭の見開き紙面につき同A、(3)「新語話題語」から「用語」への切り替えがある分野途中の見開き紙面につき同B、(4)「用語」だけの分野途中の見開き紙面につき同Cのとおりである。
三 原告の編集著作権についてそこで、本件知恵蔵につき、原告に編集著作物著作者としての権利が認められるか否かを検討する。
1 著作権法12条1項は、「編集物(データベースに該当するものを除く。以下同じ。)でその素材の選択又は配列によって創作性を有するものは、著作物として保護する。」と規定し、旧著作権法のように著作物が利用されることを編集著作物の保護の要件としていず、事実やデータ等の著作物でないものも、編集物の素材となることを前提としている。しかしながら、そのことから、編集著作物複製物
例えば書籍に具体的に記載、表現されているものの全てが選択、配列の創作性が問題となる素材となり得るものではない。
即ち、素材の選択又は配列に創作性の認められる編集物が著作物として保護されるのは、素材の選択又は配列に著作者の個性が何らかの形で現れていれば、当該編集物としての思想又は感情の創作的表現が認められるためであると解されるところ、
具体的な編集物に記載、表現されているものの内、その選択、配列の創作性が問題とされる素材が何であるか、どのような意味での選択、配列の創作性が問題となるかは、当該編集物の性質、内容によって定まるものである。
2 前記二のとおり、本件知恵蔵は、今日の社会において用いられている用語の意味内容を分野毎に解説することを目的とした年度版用語辞典であって、その性質、
目的からみて、数多ある用語の中から選択された用語とその解説が収集され、これを、経済、政治等の大分類の中の貿易、日本経済、財政、あるいは国会、内閣・行政、地方自治、外交、防衛等の一定の分野毎に、かつ、各分野の中では「新語話題語」及び「用語」欄に分け、「用語」欄は更に中分類して配列されるとともに、これを補足、説明する「F情報」や図表・写真、これらの用語の背景となった社会の傾向の解説記事(「ニュートレンド」)が選択配列されている点に、本件知恵蔵の編集著作物としての創作性が存在すると認められる。してみると、本件知恵蔵の創作的選択及び創作的配列の対象となった素材は、あくまで、右「新語話題語」及び「用語」欄に記載された用語とその解説、「F情報」の記述、図表・写真及び「ニュートレンド」の記述であると解するのが相当である。
他方、原告が本件知恵蔵の素材であると主張する柱、ノンブル、ツメの態様、分野の見出し、項目、解説本文等に使用された文字の大きさ、書体、使用された罫、
約物の形状は、確かに本件知恵蔵の紙面に記載、表現されているものであるけれど、本件知恵蔵の年度版用語辞典という著作物としての性質、目的から考えれば、
編集著作物としての本件知恵蔵の創作の対象となった素材とはなり得ない。また、
原告が記事の一つに挙げる「分野見出し」も、本件知恵蔵の右素材の選択又は配列の基準となるものではあるが、それ自体は、収集された素材群が社会事象のどの分野に属するかを示すいわば枠組みに過ぎず、この種の用語辞典において五十音順、
いろは順等の音別配列でなく、事項別配列を採用する限り、何らかの「分野見出し」を掲げることは当該書籍にとって必要不可欠であるから、「分野見出し」という紙面構成上の記載をもって本件知恵蔵の素材とすることはできない。
そして、本件知恵蔵の素材であると認められる右「新語話題語」及び「用語」欄に記載された用語とその解説、「F情報」、図表・写真及び「ニュートレンド」に関して、どの用語を取り上げるか、どの解説を採用するか、どの用語との関係でどの図表・写真を採用するかという内容の選択に関与したのが原告であることを認めるに足りる証拠はなく、右素材の選択について、原告の創作的関与を認めることはできない。
3 また、本件知恵蔵の中での右のような素材の配列の創作性とは、右に見たように、本件知恵蔵の年度版用語辞典という性質及び目的の観点から考えれば、素材である用語とその解説、F情報、写真、図表、ニュートレンド等の素材をどのような大分野、分野に系統的に分類し、各分野の中で、「新語話題語」「ニュートレンド」「用語」に分類し、「用語」欄では更に中分類したかという、いかなる分類、
順序で配列したかに見出すべきであって、原告がかかる意味における素材の創作的配列を行ったと認めるに足りる証拠はない。
原告は、本件知恵蔵の紙面における「新語話題語」「用語」「ニュートレンド」「F情報」及び写真・図表の配列を主張する(請求原因2(三)及び(四)(2)@ないしC)。なる程、本件知恵蔵の「新語話題語」「用語」の掲載された頁を、
開いたときに認識できる余白部分と文字や写真・図表の位置、文章が何段組みで、
一行何字、一段何行で印刷するかを決定することを、国語的な意味では、素材である用語とその解説、写真・図表の「配列」と表現できないわけではない。また、これらの紙面上の配列(レイアウト)は、読者の読み易さ、紙面構成上の工夫や美的感覚に基づいて採用されたものであり、その決定、採用までには知的活動が行われ、創作的なものということができる余地もある。しかし、一定の分類法によって配列されることによって、検索の便を図るとともに、相互の関連性が示された各用語の意味の文字による解説とそれを補うための写真・図表という表現された内容こそに価値がある年度版用語辞典という本件知恵蔵の性質、目的に照らせば、著作物としての本件知恵蔵の素材の選択、配列の創作性は、前記のような素材を前記のとおりどのように分類し、どのような順序で配列したかにあるのであって、原告主張のような紙面上の余白と文字や写真・図表の配置、文字を何段組みで一行何字、一段何列とするか等は、編集物である本件知恵蔵の創作性に何らかかわるものではない。そのことは、本件知恵蔵に依拠してその文字による用語解説、写真・図表による補足を、そのまま分類、順序を全て維持しつつ、原告が主張するような具体的な紙面における余白の配置、段数、一行の文字数、一段の行数、文字の大きさ、書体等は全て本件知恵蔵とは異なるものとした書籍を作成することは、編集著作物である本件知恵蔵の複製に当たると解されることからも明かである。してみると、原告の主張する「配列」は、本件知恵蔵の場合、編集著作物としての創作性の対象となる「配列」に当たるものではないから、原告の主張する「配列」を、本件知恵蔵の編集著作物としての創作的配列と見ることはできない。
4 原告は、本件知恵蔵あるいは一般的なブックデザインにおける「かたち」の重要性を指摘し、「かたち」と内容が一体のものとして相互に影響を与えながら編集行為が行われると主張する。
本の装丁ばかりでなく、読者の見易さや読者に与える印象、編集、製本上の便宜を考慮して、書籍における各紙面の構成を検討する行為が、今日の出版、編集作業において一定の役割を果たし、このようなブックデザインがブックデザイナーの知的活動に裏付けられていることは、被告が原告に本件知恵蔵のブックデザインをわざわざ依頼した事実からも、また、成立に争いのない甲第三一号証の1ないし5及び甲第四七号証によっても認められるところではある。
しかしながら、著作権法は、出版業界において一般に「編集」と呼ばれている行為に関与した者、あるいは「編集行為」そのものを直ちに著作権法上の保護の対象としているわけでなく、また、編集物における「創作性」全てを保護の対象としているものではない。
また、原告は、本件知恵蔵が著作権法上保護を受ける編集著作物であることを前提として、原告が本件知恵蔵の「素材」の「かたち」を選択し、あるいは「配列」したことを、原告に編集著作権が成立する根拠としているが、原告の主張内容からすれば、著作権法上編集著作物とは認められない書籍に対しても、原告が主張する趣旨での素材の選択又は配列は可能である。そうすると、ブックデザインという知的活動内容に変わりはなくても、関与した書籍(編集物)が著作権法上保護を受ける編集著作物であるか否かによって、ブックデザイナーに編集著作権が成立したりしなかったりするという奇異な結果となる。このような結果の相違が生じるのは、
原告が主張する創作性が、結局のところ、著作権法が編集物が著作物として保護される要件とした素材の選択又は配列の創作性とは異質のものであることを示すものである。
5 したがって、請求原因2(二)ないし(四)における原告の主張を前提としても、本件知恵蔵に、原告の編集著作権の準共有持分を認めることはできない。
四 本件レイアウト・フォーマット用紙の著作物性について1 著作権法は、著作物を「思想又は感情を創作的に表現したものであって、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの」と定義し(2条1項1号)、保護の対象は「創作的な表現」であって、「思想又は感情」それ自体あるいはアイデアそのものではないことを前提としている。そして、著作権法における「創作性」とは、厳密な意味での独創性や新規性が要求されるわけではなく、思想又は感情の外部的表現に著作者の個性が何らかの形で現れていれば足りるものと解されるが、他方、一定のアイデアを表現すれば誰が著作しても同様の表現になるようなものは、
創作的な表現とはいえない。
2 ところで、成立に争いのない甲第四五号証、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第二七号証の1・2及び弁論の全趣旨によれば、本件レイアウト・フォーマット用紙における天地の空き寸法や段数、段間、行間、一行の文字数等の数値は、原告の知的活動の結果として提案され、被告の担当者が採用を決定し、本件レイアウト・フォーマット用紙A及びBとして完成をみたことが認められる。
しかしながら、別紙レイアウト・フォーマット用紙A及びBの体裁からも判るように、本件レイアウト・フォーマット用紙は、完成後の書籍の紙面を表す枠の中に本文紙面を一頁につき四段組み、段間二字分、一行一八字、四一行(A)、又は、
五段組み、段間二字分、一行一四字、四一行(B)とし、上部欄外スペースを横組み四段、段間二字分、一行一八字、九行(A、B共通)として、それらの文字に相当する位置に小四角形を配列し、字数や行数の計算がしやすいように最初の行や各行頭に番号を入れたものを見開き二頁分並べ、その上下左右の欄外に補助的に目盛りを入れる等したものであって、本件知恵蔵の紙面を構成する各記事や写真・図表、見出し等を各頁毎に要求される条件に応じて、どのように紙面に割り付けるかを検討し、決定し、これを記入して印刷担当者へ伝達するために使用されるものである。
ところで、本件レイアウト・フォーマット用紙A、Bのように、文字に相当する位置に小四角形を配列すること、最初の行や各行頭に番号を入れること、見開き二頁分を一枚の用紙におさめること、上下左右の欄外に補助的な目盛りを入れることは、レイアウト・フォーマット用紙としてありふれた態様であるから、これらの部分に創作的な表現を認められない。
次に、本文紙面あるいは上部欄外スペースに前記の段数、段間、一行の字数、一段の行数となるような位置に対応する個数の小四角形を配列したことは、本件知恵蔵で右のような本文紙面及び上部欄外スペースの段数、段間、行数、一行の文字数を基本とするレイアウトを実施するためであり、右のような段数、段間、行数、一行の文字数を基本とするレイアウトを実施するために、レイアウト・フォーマット用紙を作成しようとすれば、本件レイアウト・フォーマット用紙A又はBのような体裁とならざるを得ず、またそうでなければ、レイアウト・フォーマット用紙としての機能を発揮することはできないはずである。そうすると、本件レイアウト・フォーマット用紙中の小四角形の配列は、本文紙面及び上部欄外スペースを前記のような段数、段間、一行の文字数、行数を基本として、本件知恵蔵の各紙面を割付けるというアイデアそのものを視覚化ないし具体化したものに過ぎず、そのようなアイデアに基づいてレイアウト・フォーマット用紙を作成しようとすれば、小四角形の配列は本件レイアウト・フォーマット用紙のそれと大同小異とならざるを得ず、
それ以外の表現の余地は多くはないから、創作的な表現ということはできず、著作物として、著作権法上の保護を受けることはできない。
3 原告は、本件レイアウト・フォーマット用紙は、原告の個性、学識、経験等の独創性の表出が存在すると主張する。本件における原告の主張からすると、その趣旨は、想定しうるレイアウトの中から本件レイアウト・フォーマット用紙に具体化されたレイアウトを選択したこと、あるいは、本文紙面の天地寸法及び段間二文字を変えないで、四段組みにも五段組みにも、更には、三段組み(一行二四字)、三段組み(一行三八字)にもできる七八字というマッジクナンバーに着目し、四段組み一行一八字及び五段組み一行一四字を基本として想定しうるレイアウトの中から本件で具体化されたレイアウトを選択したこと、したがって、誰がレイアウトしても本件レイアウト・フォーマット用紙に到達するというものではないというものと理解できる。
しかしながら、本件レイアウト・フォーマット用紙の完成に至るまでにたとえ幾多の工夫や試行錯誤があったとしても、それは、本件知恵蔵の紙面構成、レイアウトをどのようにするかのアイデアが完成するまでの工夫や試行錯誤であって、その結果得られた前記のようなアイデアに基づいて本件知恵蔵が紙面の割付け作業を行うためのレイアウト・フォーマット用紙を具体的に作成しようとすれば、その具体的表現は唯一無二とはいえないにしても、本件レイアウト・フォーマット用紙は、
限られた表現の一つに過ぎない。このような本件レイアウト・フォーマット用紙を著作物として著作権法により保護することは、結局のところ、本件レイアウト・フォーマットと密接不可分の紙面構成についてのアイデアを特定の者に長期間独占させるものであり、著作権法が予定する表現の保護を超える結果となる。
4 よって、本件レイアウト・フォーマット用紙について著作権を取得したとする原告の主張は採用できない。
五 以上によれば、本件知恵蔵に原告の編集著作権が成立したこと及び本件レイアウト・フォーマット用紙の著作権を前提とした原告の利得償還請求は理由がない。
また、原告は、被告が一九九四年版及び一九九五年版の知恵蔵において、本件レイアウト・フォーマット用紙とこれに基づく紙面構成の方針を変えたことを不法行為であるとして、被告に対し慰謝料の支払いを求めているが、本件知恵蔵の紙面に原告の編集著作権が認められず、本件レイアウト・フォーマット用紙に著作権が認められないばかりでなく、被告が原告に知恵蔵のブックデザインを依頼しなくなった以上その紙面構成を変えることは当然であるから、被告の右行為に不法行為が成立する余地はない。
六 結語 よって、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。
裁判官 西田美昭
裁判官 八木貴美子
裁判官 池田信彦