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事件 平成 10年 (ワ) 5887号 損害賠償請求事件
原告A右訴訟代理人弁護士 田中克郎遠山友寛升本喜郎五十嵐敦右訴訟復代理人弁護士 加畑直之
被告 株式会社ラインブックス右代表者代表取締役 B
被告B右被告ら訴訟代理人弁護士 箕輪正美山内一矢瀬野真志右被告ら訴訟復代理人弁護士 下嶋崇
裁判所 東京地方裁判所
判決言渡日 2000/02/29
権利種別 著作権
訴訟類型 民事訴訟
主文 一 被告らは、別紙一「書籍目録」記載の書籍を発行し、販売し又は頒布してはならない。
二 被告らは、原告に対し、連帯して三八五万円及びこれに対する平成一〇年四月一五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
三 原告のその余の請求を棄却する。
四 訴訟費用は、これを二分し、その一を原告の負担とし、その余を被告らの連帯負担とする。
五 この判決は、第一及び第二項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
原告の請求
一 主文第一項同旨二 被告らは、原告に対し、連帯して四七〇〇万二七五四円及びこれに対する平成一〇年四月一五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
事案の概要
本件は、原告が被告らに対し、被告らが発行した別紙一「書籍目録」記載の書籍(以下「本件書籍」という。)が、原告のパブリシティ権、プライバシー権並びに著作者人格権(公表権)及び著作権(複製権)を侵害すると主張して、本件書籍の発行の差止め及び損害賠償を求めている事案である。
一 争いのない事実(証拠(甲一、三、一八)により明らかに認められる事実を含む。)1 原告は、平成七年に社団法人日本プロサッカーリーグ(いわゆる「Jリーグ」)を構成するサッカーチームであるベルマーレ平塚とプロ選手契約をしたプロサッカー選手であり、現在はイタリア共和国のプロサッカーリーグであるセリエAの構成チームの所属プレーヤーとして競技をしている。原告は、平成八年のアトランタ・オリンピック大会、同九年のワールドカップ・フランス大会の予選及び同一〇年の同大会の本大会に日本代表選手として出場し、また、同九年には世界選抜チームの選手に選出され、競技を行った。これに加え、原告は、テレビ、新聞、雑誌等の各種メディアで特集が組まれるなどして報道の対象となるほか、テレビコマーシャルに出演するなどしており、現在の日本サッカー界のみならず、スポーツ界におけるスター選手の一人であって、その氏名及び肖像は日本国内において広く知られている。
2 被告株式会社ラインブックス(以下「被告会社」という。)は、書籍、雑誌の出版、販売等を業とする会社であり、被告B(以下「被告B」という。)はその代表者である。
3 被告会社は本件書籍の発行所として、被告Bは本件書籍の著者兼発行者として、平成一〇年三月ころから、本件書籍の発行・販売をしている。
4 本件書籍は、原告の、出生からワールドカップ・フランス大会の本大会出場直前までの半生を、サッカーとのかかわりを中心に、数々の私生活上のエピソードを交えながら描いたものである。カバー表紙中央には原告の肖像写真が掲載され、本文中には、原告の幼少から学生時代、現在に至るまでの肖像を撮影した写真二三点(プロ選手契約締結以前のもの一四点、締結以後のもの九点)が、計二一頁にわたり掲載されている。また、原告が中学校在学当時に創作した「目標」と題する詩(以下「本件詩」という。)が、本件書籍の六五頁に掲載されている。
5 原告は、本件書籍の執筆、出版、販売及び宣伝広告に関し、被告らから取材はもとより事前の通知すら受けておらず、本件書籍に原告の氏名、肖像等を使用することについて、被告らに対して許諾を与えていない。
二 争点1 被告らによる本件書籍の発行・販売行為が、原告のパブリシティ権を侵害するか。
2 被告らの右行為が、原告のプライバシー権を侵害するか。
3 被告らの右行為が、原告の著作者人格権(公表権)を侵害するか。
4 被告らの右行為が、原告の著作権(複製権)を侵害するか。
5 被告らの行為により原告が被った損害の額三 争点に関する当事者の主張1 争点1(パブリシティ権の侵害)について(一) 原告の主張 原告は有名スポーツ選手であって、その氏名、肖像等は、これを付した商品の販売促進効果をもたらすという顧客吸引力を有しているから、原告は、その氏名、肖像等の持つ経済的な利益ないし価値を排他的に支配する財産的権利であるパブリシティ権を有している。パブリシティ権侵害に該当するかどうかに関しては、肖像、
氏名等のパブリシティー価値の利用の有無、すなわち、当該個人の識別可能性や顧客吸引力への依存の有無や、肖像、氏名等の利用の目的、態様、方法等からして当該個人の属性の持つ商業的価値に損害をもたらすか否かという点を具体的に考慮して判断すべきである。
本件書籍は、そのタイトルに原告の氏名が用いられ、表紙及び背表紙には原告の氏名が、表紙にはさらに原告の全身像が、大きく目立つ形で配置されていて、消費者に強い印象を与え、その興味を引くものになっている。また、本件書籍において使用された原告の肖像写真は、表紙を含めると二二頁にも及ぶ上、本件書籍の冒頭の光沢紙の頁という目立つ位置に集中して掲載されており、本件書籍への興味を促進させるものとなっている。本文中に掲載された肖像も、記載内容との密接な関連性はなく、従前公表されることの少なかった、原告がプロ選手になる前の肖像を掲載することによって、読者の興味をひきつけることをねらったものであることは明らかである。しかも、本文中には、原告の写真、サイン及び本件詩が掲載されているだけでなく、原告に対する取材を行っていないのにもかかわらず、原告の発言が鍵括弧付きで引用されて、本件書籍が原告本人の協力の下に執筆されたかのような印象を購入者に与えるものになっている。このように、本件書籍中の原告の氏名、
肖像等は、いずれも原告本人を印象づける目的で使用されており、本件書籍は、原告の氏名、肖像等の有する顧客吸引力を重要な構成部分としている。
しかも、本件書籍が、日本代表チームのワールドカップ・フランス大会の本大会出場が決定した直後の時期に出版されたことに照らせば、被告らが、本件書籍の出版及び販売に当たり、原告の有するパブリシティ価値を冒用しようという主観的意図を有していたことも明らかである。
さらに、本件書籍の発行は、Jリーグ選手の肖像等を利用する場合には、事前に選手本人の承諾を得た上で、対価の支払を行うことが当然に要求されるという、選手の肖像等の利用に関するサッカー界の慣行、及び、Jリーグのサッカー選手の肖像を掲載し、その生い立ちや人柄等について記した書物は、選手本人が執筆する体裁を採るか又は選手本人の承諾を得た上で発行されているという、サッカー選手の肖像等を利用した書籍の出版の慣行に、明らかに反するものである。本件書籍は、
選手本人の承諾を得ないままその肖像等が無断使用されているという点で極めて異例な形で発行されたものであり、これを正当な表現活動ということはできない。
以上のとおり、被告らが本件書籍を発行し販売した行為は、原告の氏名、肖像等が有する顧客吸引力に大いに依存するものであることは明らかであり、原告は、本件書籍の出版により、自己の顧客吸引力の持つ経済的な利益ないし価値を排他的に支配することを阻害されたから、被告らの行為は、原告のパブリシティ権を侵害するものである。
よって、原告は被告らに対し、パブリシティ権の侵害に基づいて、本件書籍の出版等の差止め及び損害賠償を求めることができる。
(二) 被告らの主張 原告がパブリシティ権を有していること自体は争わないが、パブリシティ権の侵害が認められるのは、著名人の氏名、肖像等を直接営利目的に使用し、その顧客吸引力に専ら依存しているような違法性の強い場合に限定されるべきであって、著名人に関する報道、伝記の出版等は、これと次元が異なるものである。
本件書籍において原告の写真や詩が用いられているのは全体の頁数の一割程度にすぎず、その余はすべて被告Bが執筆した文章である。本件書籍に掲載された原告の写真のうち、本文中の各写真は、本文の記載内容とあいまって原告のエピソードを視覚面から強く印象付けるために使用されているものであり、原告のパブリシティ価値を利用することを目的とするものでないし、冒頭部分に掲載された写真もその枚数はわずかであり、本件書籍全体に占める質的な割合は低いものである。本件書籍は、原告の氏名、肖像等の顧客吸引力に依存しているものではなく、被告Bが正当な取材活動に基づいて、プロサッカー選手としての原告の生い立ちからその人柄、原告の努力によってその現在が作られていく過程をドキュメンタリーとして構成し、出版を通して広く一般に伝えることを主眼とする作品である。右のとおり、
本件書籍は、その記述内容や作成過程からして原告の正当な表現活動であって、原告のパブリシティ権を侵害するものではない。
2 争点2(プライバシー権の侵害)について(一) 原告の主張(1) 他人の私生活上の事実であり、一般人の感性を基準にして公開を欲しないと認められるものであって、かつ、一般に未だ知られていない事柄を、その者の承諾なく公表する行為は、人格権としてのプライバシー権を侵害する。原告は、プロサッカー界のスター選手という公的人物であるが、公的人物といえども平穏に私生活を送る上でみだりに私的情報を他人によって公表されない利益を有しており、これはプライバシー権として法的保護が与えられる。
(2) 本件書籍は、原告に関する以下の事柄を掲載し、公表するものである。
ア 出生時の状況、乳児のころの身体的特徴、家族構成イ 幼稚園児のころの性格、兄弟関係、兄の性格、兄との差異、交友関係、肖像ウ 父親の性格、家庭の教育方針エ 小学校時代に北新サッカースポーツ少年団に在籍していたころの身体的特徴、
性格、運動能力、発言内容、練習状況、試合での出来事、肖像オ 中学生時代の発言内容、練習状況、母親による性格判断、体力診断テストの結果、担任教諭の原告に対する感想、教諭との関係、学業成績、身体能力、試合の結果、性格、肖像カ 中学生時代における発言、担任教諭との間のやりとり、性格、学業成績、得意科目、受験勉強の状況、進路選択、教諭・親との三者面談の様子、記憶力・集中力の程度、卒業時における教諭の原告に対する評価記録、ジュニアユースにおける活動状況キ 高校生時代における学校生活での発言内容、練習の状況、身体的特徴、学業成績、教諭との会話内容、性格、運動能力、チームメイトとの関係、肖像ク 高校生時代におけるジュニアユースにおける活動状況、U‐17世界選手権における活動状況ケ 高校サッカー部での活動状況、監督との関係コ 高校生時代におけるアジアユース大会での発言内容、活動状況サ 高校サッカー部での活動状況、発言内容、後輩との関係、性格シ 高校時代における学業成績、不得意科目、就職活動の状況ス プロサッカー選手としての活動(3) 右のうち、スの事柄は、原告のプロサッカー選手としての活動に関するものであるが、原告がプロサッカー選手になる以前のアないしシの事柄は、原告の私生活上の事実である。
そして、アないしシの事柄は、原告の出生時から高校までの長期間における生活状況の変化や成長の経過を、家庭及び学校における様々なエピソード、サッカーに関する出来事とともに一度に公開するものであり、原告の家庭及び学校における私的生活を、全国の読者に対し公開するものである。このように、本件書籍においては、自分の誕生、生い立ち等の私生活上の事実が多数公開され、その結果、原告自身のあずかり知らない原告の「半生」又は「人物像」なるものが作り上げられているのであるから、右のアないしシの事柄は全体として、一般人の感性を基準にした場合に公開を欲しない事柄であることは明らかである。
さらに、原告は、プロサッカー選手となる以前の肖像、エピソード等については公表したくないという考えを強く有しており、これまでの各種マスメディアからの取材に対しても一切公表に応じていないのであって、右のアないしシの事柄は、本件書籍の出版当時、一般に未だ知られていない事柄であった。
したがって、被告らが本件書籍を出版してこれを公表した行為は、原告のプライバシー権を侵害するものである。
(4) よって、原告は被告らに対し、プライバシー権の侵害を理由として、本件書籍の発行等の差止め及び損害賠償を求める。
(二) 被告らの主張 公的人物については、プライバシー権の享受の面において一般私人と異なる制約を受けることは一般に承認されており、その使用行為が当該人物の社会的評価を低下させるような場合はともかく、社会的に許容される方法、態様による場合には、
プライバシー権侵害の問題は生じないのであり、この点は本人が公表されたくないという意思を表明していたとしても変わるものではない。原告は、世界的にも注目されているプロサッカー界のスター選手であり、公的人物であるから、その行動が私的生活領域を含めて公衆の面前にさらされることを甘受しなければならない地位にあるものである。しかも、憲法上表現の自由が優越的地位を占めていることからすると、単純にプロサッカー選手になる以前の事柄か否かによって、プライバシー権侵害の有無を判断するのは妥当でなく、公衆の知る権利の観点からは、右以前の事柄であっても、社会通念上プロスポーツ選手であればその公表を承諾していると推認できる事項であれば、プライバシー権の侵害にならないというべきである。
本件書籍で公開されているプロサッカー選手になる以前の原告のプライバシー事項は、そのすべてが現在のプロ選手としての原告の肉体、精神、技術等に通じるエピソードであり、何の脈絡もなくただの興味本位で公表されている事項は皆無である。そして、プロスポーツ選手は鍛え抜かれた肉体及び精神をもって超越した技を披露し、大衆に夢と感動を与える仕事であり、公衆は、プロ選手がどのようにしてこのような超人的な肉体や精神力を身に付けたかに興味をもつものである。そのため昔からプロスポーツ選手については、プロとして成功するまでのエピソード等が公表されているのである。したがって、本件書籍で公表された事項は、公衆に夢を与えるプロスポーツ選手であれば、当然に公表への承諾が推認される範囲内の事項である。
また、本件書籍において公表された個別の事実には、特に私事性、秘密性の高い事柄は含まれていないし、そのような事実を積み重ねたところで、それらが全体として私事性、秘密性の高い事柄になるはずはない。長期間にわたる事柄を一度に公表することによって「半生」又は「人物像」が形作られるとしても、そのことが直ちに公開を欲しない事柄になるという原告の主張には飛躍があるのであり、本件書籍で公表された事実を全体としてみても、一般人の感性を基準として公表を欲しない事柄に当たるということはできない。
そして、本件書籍は、その内容から明らかなように、公表されたエピソード、使用された原告の氏名、肖像等が、原告の社会的評価の低下をもたらすものでないことは明らかであるから、被告らの行為による原告のプライバシー権の侵害はない。
3 争点3(著作者人格権の侵害)について(一) 原告の主張 本件書籍に掲載された本件詩は、原告が中学校在学当時に創作したものであり、
原告は著作者人格権を有する。
本件詩は、中学校の学年文集に掲載されたものであるが、この文集は、生徒らの学習の成果の記録といった性格を有し、卒業生、父兄、教諭等の限定された範囲で無償で配布されたものであるから、本件詩は公表されていない著作物である。したがって、被告らが原告の許諾を得ることなく本件詩の複製物を出版する行為は、本件詩に係る原告の著作者人格権(公表権)の侵害に当たる。
仮に、本件詩が公表されたといえるとしても、原告は、文集に掲載されて卒業生及び教諭並びにその家族の目に触れる程度のことしか想定しておらず、一般の書店で購入できる書籍に掲載されて世間一般に公表されることまでは全く望んでいなかったものである。したがって、被告らが本件書籍に本件詩を掲載した行為は、原告の意思に反し、その同意を得ないでこれを公表したものであって、原告の公表権を侵害する。
よって、原告は被告らに対し、著作者人格権の侵害に基づいて、本件書籍の出版等の差止め及び損害賠償を求める。
(二) 被告らの主張 本件詩は、原告が通っていた中学校の学年文集に掲載されたものであり、この文集は同校の卒業生及び教諭合計三〇〇名以上の多数人に配布されたものである。また、学年文集は特に秘密性が要求されている文書ではないから、被配布者から不特定多数の者に広まる可能性を内包している。
したがって、本件詩は公表された著作物であるから、本件において公表権の侵害は問題とならない。
4 争点4(著作権の侵害)について(一) 原告の主張(1) 本件書籍の六五頁は、原告が中学校時代に創作した著作物である本件詩をそのまま複製して掲載したものであるから、被告らの行為は本件詩に係る原告の著作権(複製権)を侵害する。
(2) 被告らは、本件書籍に本件詩を掲載した行為は、著作権法32条1項所定の「引用」に当たるから複製権侵害にならないと主張するが、前記3(一)のとおり、
本件詩は公表されていない著作物であって、引用が認められるものではない。
仮に、本件詩が公表されていたといえるとしても、本件書籍の本文には本件詩に言及した部分はなく、本文の内容と関連なく本件詩が掲載されており、本件詩が本文の記述を補足説明するものとはいえないこと、本件詩は、原告自身が記した原本を写真複製する方法によりその全文が掲載され、独立して読者の鑑賞の対象となり得ることからすると、本件詩の掲載は、右条項の要件を満たしていない。
(3) したがって、原告は被告らに対し、著作権侵害に基づいて、本件書籍の出版等の差止め及び損害賠償を求めることができる。
(二) 被告らの主張 公表された著作物は、これを引用して利用することができ、その引用が著作権法所定の要件を満たす限り、複製権侵害の問題を生じない。
本件詩が公表された著作物に当たることは、前記3(二)のとおりである。
そして、本件書籍中には、本件詩が原告によって創作されたことが明示されており、本件詩は本件書籍における本文の記述と明瞭に区分して認識できること、本件詩は、原告の人柄を描こうとした本件書籍の内容を補足し、本件書籍における本文の記述に対し付従的な性質を有しているにすぎないことに照らすと、本件詩の掲載は、著作権法32条1項引用に該当するので、複製権侵害とはならない。
5 争点5(損害の額)について(一) 原告の主張 原告は、被告らが故意又は過失により原告の権利を侵害したことにより、次の損害を被った(1) 財産的損害 三七〇〇万二七五四円 被告らが本件書籍の発行・販売により得た利益の額(著作権法114条1項)は、その売上金額である四六五九万六〇六一円から原価九五九万三三〇七円を控除した三七〇〇万二七五四円である(なお、被告らが、販売費及び一般管理費等の控除を主張するのであれば、被告において各費目ごとの金額をあげて控除すべき理由を主張すべきである。)。したがって、被告らによる著作権・著作者人格権の侵害行為によって原告が被った損害は、右金額を下るものでない。
また、パブリシティ権侵害による損害額の算定についても、著作権法114条1項を準用し、侵害者が侵害行為によって受けている利益の額が権利者の受けた損害の額であると推定すべきである。
(2) 精神的損害 一〇〇〇万円 被告らによるプライバシー権侵害行為により原告が被った損害は、一〇〇〇万円を下らない。
したがって、原告は被告らに対し、民法709条に基づいて、四七〇〇万二七五四円及びこれに対する平成一〇年四月一五日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の連帯支払を求める。
(二) 被告らの主張(1) 被告らが本件書籍を出版、販売したことにより得た純利益の額は、一三二六万〇八六〇円(売却冊数五万五三四六冊分の販売価格四六五九万六〇六一円から、印刷代その他の原価九五九万三三〇七円、断裁冊数六万九六五四冊分の原価一二〇七万三三六〇円並びに販売費及び一般管理費一一六六万八五三四円を差し引いた金額)である。
(2) 著作権侵害による原告の損害は、本件書籍二三七頁中、本件詩が占めるのは一頁にすぎないのであるから、右(1)の金額に二三七分の一を乗じた五万六〇〇〇円を超えることはない。
(3) パブリシティ権侵害による損害は、被告らの利益の額を損害の額とする著作権法114条1項を準用するのではなく、その氏名、肖像等の使用を許諾した場合に原告が通常受領すべき金銭の額に相当する額と解すべきである。
争点に対する判断
一 争点1(パブリシティ権の侵害)について1 原告は、被告らが本件書籍を発行・販売した行為が、原告がその氏名、肖像等の持つ経済的な利益ないし価値を排他的に支配する財産的権利であるパブリシティ権を侵害する旨主張しているところ、いわゆるパブリシティの権利に関しては、次のとおりに解することができる。
固有の名声、社会的評価、知名度等を獲得した著名人の氏名、肖像等を商品に付した場合には、当該商品の販売促進に有益な効果がもたらすことがあることは、一般によく知られているところである。そして、著名人の氏名、肖像等が持つ顧客吸引力について、これを当該著名人の獲得した名声、社会的評価、知名度等から生ずる独立した経済的利益ないし価値として把握し、当該著名人は、かかる顧客吸引力の持つ経済的価値を排他的に支配する財産的権利(いわゆる「パブリシティ権」)を有するものと解して、右財産権に基づき、当該著名人の氏名、肖像等を使用する第三者に対して、使用の差止め及び損害賠償を請求できるという見解が存在する。
しかしながら、著名人は、自らが大衆の強い関心の対象となる結果として、必然的にその人格、日常生活、日々の行動等を含めた全人格的事項がマスメディアや大衆等による紹介、批判、論評等の対象となることを免れないし、また、現代社会においては、著名人が著名性を獲得するに当たり、マスメディア等による紹介等が大きくあずかって力となっていることを否定することができない。そして、マスメディア等による著名人の紹介等は、本来言論、出版、報道の自由として保障されるものであることを考慮すれば、仮に、著名人の顧客吸引力の持つ経済的価値を、いわゆるパブリシティ権として法的保護の対象とする見解を採用し得るとしても、著名人がパブリシティ権の名の下に自己に対するマスメディア等の批判を拒絶することが許されない場合があるというべきである。
したがって、仮に、法的保護の対象としてもパブリシティ権の存在を認め得るとしても、他人の氏名、肖像等の使用がパブリシティ権の侵害として不法行為を構成するか否かは、具体的な事案において、他人の氏名、肖像等を使用する目的、方法及び態様を全体的かつ客観的に考察して、右使用が他人の氏名、肖像等の持つ顧客吸引力に着目し、専らその利用を目的とするものであるかどうかにより判断すべきものというべきである。
2 これを本件についてみるに、証拠(甲一)によれば、本件書籍の外観及び内容は、次のとおりのものと認められる。
(一) 本件書籍は、B六判サイズ、上製でカバーが付された書籍であり、「A 日本をフランスに導いた男」をその題号としている。本件書籍のカバーの表紙、背表紙、扉等においては、右の題号のうち「A」の部分が、より大きな活字で表記されて、目立つようになっている。また、右表紙の中央には、サッカーを競技している原告の全身像のカラー写真が配され、その右側に「A」と、その左側に「日本をフランスに導いた男」と記載されている。さらに、右の「A」という文字の下の部分には、「A the Road to France」と記されている。
本件書籍の下部には赤色の帯紙が付されていて、その表紙側には「祝!ワールドカップ出場」、「故郷・山梨の恩師と友人が語るクールな天才司令塔の素顔の青春ストーリー」などの、裏表紙側には「Aの21年の歩みを追った必見の一冊」などの記載がある。
これらにより、本件書籍は、その装丁から一見して、原告に関する書籍であることが分かるものとなっている。
(二) 本件書籍は、光沢紙を使用したグラビア部分四頁と普通紙を使用した二三七頁の本文部分(序文、目次等を含む。)とから成っている。
このグラビア部分の一頁目には日本代表のユニフォーム姿の、二頁目の上段には幼少時代に出席した結婚披露宴での、下段には学生服姿の、三頁目には上段に中学校、下段に高等学校各在学当時のユニフォーム姿の、四頁目には世界選抜チームの一員として競技中の、原告の写真が掲載されている。また、本文部分の一三頁には幼少時代に出席した結婚披露宴での、三五頁には中学校入学ころの、四三頁及び五三頁には中学校在学当時のユニフォーム姿の、五七頁には学生服姿の、八三頁には高等学校在学当時のユニフォーム姿の、九九頁にはU‐17日本代表のユニフォーム姿の、一〇七頁にはU‐17日本代表として競技中の、一一九頁及び一五九頁には高等学校の制服姿の、一九五頁にはオリンピック予選で日本代表として競技中の、二一三頁にはワールドカップ予選におけるユニフォーム姿の、二一五頁には同予選で日本代表として競技中の、二一九頁及び二二一頁には世界選抜チームの一員としての、二三一頁には最近の私服姿での、原告の写真がそれぞれ頁全面に掲載されている。
さらに、本件書籍の六一頁には、日本ユース代表であった当時の原告のサインが、六五頁には本件詩が、それぞれ写真複製されて、頁全体に掲載されている。
(三) 本件書籍の本文部分は、三頁から成る「はじめに」と、別紙二「目次」に記載された一一の章に分けられた本文とから構成されている。
右の「はじめに」には、本件書籍が執筆されたねらいについて、「21歳。Jリーガー・Aの生きザマは、あまりにも爽快だ。濁流を押し退け、我が道を見失うことのないこの1人の青年が、一体どのような環境に育ち、どのようなきっかけでサッカーを愛しはじめたのか。天才プレーヤーといえども、1人でうまくなるわけでない。彼が生まれ育った山梨県甲府といえば、知る人ぞ知る、隣県の静岡についでサッカーの盛んな土地柄である。その甲府と、彼の通った高校のある韮崎に足に伸ばし、Aという天才プレーヤーの歩んだ足跡を追ってみた。」と記されている。
本文の内容の概要は、別紙二「目次」記載のとおりであり、サッカーとのかかわり合い(小学生の時参加していたサッカースポーツ少年団での練習姿勢、中学校及び高等学校のサッカー部での活動状況、ジュニアユース及びユースの世界選手権、
オリンピックの予選及び本大会並びにワールドカップ予選における日本代表チームでの活躍内容、出場した試合の模様及び対戦成績、原告のサッカーに対する考え方・取組み方等)を中心に、出生時の状況、子供のころの性格、担任教諭による評価、学業の成績など、サッカーに直接関係しないエピソードを交えて、原告が出生してからワールドカップ・フランス大会の本大会に出場する直前までの原告の生い立ちや言動の内容が、時間の流れに沿って記載されている。また、本文中には、原告本人の発言であるとして、かぎ括弧付きで記述されている部分が多数存在する。
(四) 本件書籍の記述中、特に前半部分(原告の幼少時代や中学校、高等学校での言動に関する部分)の多くは、原告の叔母、原告の実家の近所の主婦、原告が通った学校の教諭、クラスメイト、スポーツ少年団の指導者、中学校・高等学校のサッカー部の監督、コーチ、顧問やチームメート、マネージャー、山梨県選抜チームの監督など、原告にじかに接したことのある人たちの談話をまとめた体裁になっている。これ以外の部分は、原告に関する新聞、雑誌等の記事(その中に記述された第三者の発言を含む。)、試合の内容や結果についての報道等に基づいて記述されたものと推測されるものの、出典・参考文献の記載はない。
3 右に認定した事実によると、本件書籍は、その題号の主要部分として原告の氏名が用いられて表紙及び背表紙にこれが大書され、表紙中央部には原告の全身像のカラー写真が大きく表示されており、しかも、その冒頭部分及び本文中の随所に原告の写真が掲載されていて、原告の氏名及び肖像写真を利用して購入者の視覚に訴える体裁になっているということができる。
しかし、本件書籍のうち、写真、サイン、本件詩等が掲載された部分を除く残りの約二〇〇頁は、関係者に対するインタビューその他の取材活動に基づいて、原告の生い立ちや言動について記述された文章で構成されており、これが本件書籍の中心的部分であるといえる。また、本文中に掲載された原告の写真は、その前後の文章で採り上げられた時期の原告に対応するものであって、本文の記述を補う目的で用いられたものということができる。
他方、表紙、背表紙及び帯紙並びにグラビア頁に利用された原告の氏名及び肖像写真については、文章部分とは独立して利用されており、原告の氏名等が有する顧客吸引力に着目して利用されていると解することができる。しかし、右のような態様により原告の氏名、肖像が利用されているのは、本件書籍全体としてみれば、その一部分にすぎないものであって、原告の肖像写真を利用したブロマイドやカレンダーなど、そのほとんどの部分が氏名、肖像等で占められて他にこれといった特徴も有していない商品のように、当該氏名、肖像等の顧客吸引力に専ら依存している場合と同列に論ずることはできない。また、著名人について紹介、批評等をする目的で書籍を執筆、発行することは、表現・出版の自由に属するものとして、本人の許諾なしに自由にこれを行い得るものというべきところ、そのような場合には、当該書籍がその人物に関するものであることを識別させるため、書籍の題号や装丁にその氏名、肖像等を用いることは当然あり得ることであるから、右のような氏名、
肖像の利用については、原則として、本人はこれを甘受すべきものである。
以上によれば、本件書籍における原告の氏名、肖像等の使用は、その使用の目的、方法及び態様を全体的かつ客観的に考察すると、原告の氏名、肖像等の持つ顧客吸引力に着目して専らこれを利用しようとするものであるとは認められないから、仮に法的保護の対象としてのパブリシティ権を認める見解を採ったとしても、
被告らによる本件書籍の出版行為が原告のパブリシティ権を侵害するということはできない。
4 したがって、パブリシティ権侵害を根拠とする原告の請求は、理由がない。
二 争点2(プライバシー権の侵害)について1 他人に知られたくない私生活上の事実、情報をみだりに公表されない利益ないし権利(いわゆる「プライバシー権」)は、個人の生活に不可欠な人格的利益として法的保護の対象となるものというべきである。そして、プライバシー権の侵害があるというためには、公表された内容が、(1)私生活上の事実又は私生活上の事実らしく受け取られるおそれのある事柄であって、(2)一般人の感性を基準として他人への公開を欲しない事柄であり、(3)これが一般に未だ知られておらず、かつ、(4)その公表によって被害者が不快、不安の念をおぼえるものであることを、要するものと解するのが相当である。
2 これを本件についてみるに、証拠(甲一、一八)によれば、本件書籍に関しては、前記一2認定の事実に加え、次の事実を認めることができる。
(一) 本件書籍の記述内容の概要は、前記一2(三)のとおりであるが、これを更に具体的にみると、本件書籍中には、原告の私生活上の事実に関し、出生時の状況、
家族構成、父親の性格、家庭の教育方針、兄弟関係、母親による性格判断の内容、
幼少のころから学生時代にかけての身体的特徴、性格、発言内容、交友関係、運動能力、体力診断テストの結果、担任教諭とのやりとり、教諭の原告に対する感想、
学業成績、得意・不得意科目、受験勉強の状況、進路選択、教諭・親との三者面談の様子、記憶力・集中力の程度、卒業時における教諭の評価、就職活動の状況等についての記述がある。
(二) 原告は、その陳述書の中で、本件書籍によって公表された事項のうち、出生時の状況、中学校当時の体力テストの結果、教諭の話す感想や細かい成績、サッカー部の監督とのやりとり、並びに、本件詩及び幼少時代から高等学校在学当時までの写真が、特に心外に思う箇所であるとして指摘している。また、原告の出生から幼少時代、小学校・中学校・高等学校時代にわたる多数の事実を一度に公表し、こうした事実の積み重ねによって、原告の知らないところで、原告の意図と離れた原告の「半生」や「人物像」といったものが形作られてしまうことが法的に許されていいとは思わない旨を述べている。さらに、本件書籍の記述中九か所につき、事実と異なる旨の指摘をしている。
(三) 原告は、プロサッカー選手になる以前の行動、出来事や、当時の写真については、原告の私的な事柄であるので、一切公表したくないという基本的な考え方を持っている。そして、プロになる以前の自分のことが勝手に公表されることを快く思っておらず、プロになる以前のことについては、取材を受けても話をしたことがない。
3 右認定の事実によれば、本件書籍の記述及び掲載された写真等のうち、原告がプロサッカー選手になった以降の原告に関するもの、並びに、プロサッカー選手になる以前の事項であっても、ジュニアユース等の日本代表選手として活躍した様子や、中学校及び高等学校のサッカー部での活動状況に関するものは、その少なくとも一部はこれまでに新聞、雑誌等で報道された事項であると解されるし、また、プロサッカー選手であるという原告の立場を勘案すれば、これらの事項は一般人の感性を基準として公開を欲しない事柄であるとまではいえないから、本件書籍中の右の記述は、プライバシー権を侵害するものでないということができる。
これに対し、原告の出生時の状況、身体的特徴、家族構成、性格、学業成績、教諭の評価等、サッカー競技に直接関係しない記述は、原告に関する私生活上の事実であり、一般人の感性を基準として公開を欲しない事柄であって、かつ、これが一般の人々に未だ知られていないものであるということができる。そして、これが公表されたことによって原告は重大な不快感をおぼえていると認められる。さらに、
幼少時代に出席した結婚披露宴でのものなど、サッカーという競技に直接関係しない写真や、本件詩についても、右と同様に解することができる。
したがって、本件書籍にこれらを掲載した行為は、原告のプライバシー権を侵害するものというべきである。
4 この点に関し、被告らは、原告が公的人物であること、公表を承諾していると推認できる範囲内の事項であること、原告の社会的評価の低下をもたらすものでないことなどを主張して、本件におけるプライバシー権の侵害を争うので、これにつき検討する。
著名人に関しては、その私生活上の事項に対しても世間の人々が関心を抱くものということができるから、その関心が正当なものである限り、国民の知る権利や表現の自由の観点から、私生活上の事実を公表することが許される場合があり得る。
しかし、著名人であっても、みだりに私生活へ侵入されたり、他人に知られたくない私生活上の事実を公開されたりしない権利を有しているのであるから、著名人であることを理由に、無制限にこれが許容されるものではない。もっとも、国会、地方議会の議員や公職者ないしこれらの候補者等の場合は、民主政治の基盤を成す国民の判断の前提となる情報の提供という見地から表現の自由に対する保護が特に強く要請されるものであるから、これらの者については、私生活上の事項であっても有権者が正当に関心を抱くべき事柄として、これを公表することが許容される範囲も広いものと解することができるが、原告のようなプロスポーツ選手の場合を、これと同一に論ずることはできない。
また、プロスポーツ選手については、その活動の模様がマスメディアで報道され、その私生活上の事実に対しても一般市民が関心を抱くものであるので、その職業を選択した以上は、私生活上の事実についても一定の範囲では公表されることを包括的に承諾しているということができるにしても、プロになる以前の事柄に関しては、当該スポーツ分野における活動歴等を除く私的事項についてまで公表されることを一般的に承諾しているということはできない。加えて、本件においては、原告は、従来からプロサッカー選手になる以前の行動や写真につき一切公表したくないという基本的な考え方を持っており、プロになる以前の事柄については、取材を受けても一切話をしていないことに照らすと、原告の承諾が推定されるということは、到底できない。
そして、私生活上の事実を公表されないという利益は、社会的評価の向上又は低下とは関係しないものであるから、本件書籍によって原告に対する社会的評価の低下がもたらされることがないとしても、そのことを理由にプライバシー権を侵害しないということもできない。
したがって、被告らの右主張は採用できない。
5 以上によれば、被告らによる本件書籍の発行・販売行為は原告のプライバシー権を侵害するものであり、原告はこれによって重大な被害を被っていると認められるから、原告は被告らに対し、侵害行為の差止め及び後述の損害賠償を求めることができるものと判断するのが相当である。
なお、原告のプライバシー権を侵害すると認められる記述及び写真等は、本件書籍の一部にとどまるものではあるが、侵害に当たる部分とそれ以外の部分とを判然と区別することができず、侵害に当たる部分が本件書籍中で重要な部分を占めており、これを除いた場合には本件書籍が書籍としての体をなさなくなるものと認められることに照らすと、本件書籍全体の発行、販売及び頒布行為の差止めを認めるべきものである。
三 争点3(公表権の侵害)について1 公表権の侵害は、公表されていない著作物又は著作者の同意を得ないで公表された著作物が公衆に提供され又は提示された場合に認められる(著作権法18条1項)。
本件詩は言語の著作物(同法10条1項1号)であるから、これが発行された場合に公表されたといえる(同法4条1項)ところ、右の「発行」とは、その性質に応じて公衆の要求を満たす程度の部数の複製物が作成され、頒布されたことをいい(同法3条1項)、さらに、「公衆」には、特定かつ多数の者が含まれるとされている(同法2条5項)。
2 これを本件についてみるに、証拠(乙一、四)によれば、本件詩は、平成三年度の甲府市立北中学校の「学年文集」に掲載されたこと、この文集は右中学校の教諭及び同年度の卒業生に合計三〇〇部以上配布されたことが認められる。
右認定の事実によれば、本件詩は、三〇〇名以上という多数の者の要求を満たすに足りる部数の複製物が作成されて頒布されたものといえるから、公表されたものと認められる。また、本件詩の著作者である原告は、本件詩が学年文集に掲載されることを承諾していたものであるから、これが右のような形で公表されることに同意していたということができる。
3 したがって、公表権侵害を根拠とする原告の請求は、理由がない。
四 争点4(複製権の侵害)について1 本件詩の全文を本件書籍にそのまま掲載した被告らの行為が、本件詩の複製に当たることは明らかである。
2 被告らは、本件詩を本件書籍へ掲載した行為は、公表された著作物を引用して利用したものであって、著作権法32条1項により著作権侵害の責任を負わないと主張している。
本件詩が「公表された著作物」に当たることは、前記三のとおりであるので、本件における被告らの行為が右条項の「引用」に該当するかどうかについて検討する。
引用」とは、紹介、参照、論評その他の目的で自己の著作物中に他人の著作物の全部又は一部を採録することをいい、これが右条項所定の「その引用は、公正な慣行に合致するものであり、かつ、報道、批評、研究その他の引用の目的上正当な範囲内で行なわれるものでなければならない。」との要件に該当するといえるためには、引用を含む著作物の表現形式上、引用して利用する側の著作物と、引用されて利用される著作物とを明瞭に区分して認識することができ、かつ、右両著作物間に、前者が主、後者が従の関係があることを要するものと解すべきである。
これを本件についてみるに、証拠(甲一、乙一)によれば、本件詩は一五行から成るものであるが、本件書籍にはその全文が掲載されていること、本件詩は、前記学年文集に原告の自筆による原稿が写真製版された形で掲載されていたところ、本件書籍の六五頁の中央部に、これがそのまま複写された形で掲載されていること、
右の頁は、本件詩の下部に「中学の文集でAが書いた詩。強い信念を感じさせる。」とのコメントが付されている以外は余白となっていること、本件書籍の本文中には本件詩に言及した記述は一切ないことが認められる。
右認定の事実によれば、本件書籍の読者は本件詩を独立した著作物として鑑賞することができるのであり、被告らが本件書籍中に本件詩を利用したのは、被告らが創作活動をする上で本件詩を引用して利用しなければならなかったからではなく、
本件詩を紹介すること自体に目的があったものと解さざるを得ない。
右のとおり、本件書籍のうちの本件詩が掲載された部分においては、その表現形式上、本文の記述が主、本件詩が従という関係があるとはいえない(むしろ、本件詩が主であるということができる。)から、被告らが本件詩を本件書籍に掲載した行為が、著作権法上許された引用に該当するということはできない。
3 したがって、原告は被告らに対し、複製権侵害に基づいて、被告らが本件詩を複製することの差止め(なお、複製権侵害に当たるのは本件詩を掲載した頁のみであるからこれを理由として差止めを求め得るのも右の限度に限られるが、前述のとおり、プライバシー権侵害を理由として、本件書籍全体の差止めが認められる。)及び後述の損害賠償を求めることができる。
五 争点5(損害の額)について1 右に判示したところによれば、原告は被告らに対し、著作権(複製権)侵害により被った財産的損害及びプライバシー権侵害により被った精神的損害につき、その賠償を求めることができる。
2 財産的損害につき、原告は、著作権法114条1項に基づいて、本件書籍の発行・販売行為により被告らが得た利益の額を原告が受けた損害の額として請求している。
被告らは、右の利益の額に関し、売却冊数五万五三四六冊分の販売価格が四六五九万六〇六一円、これに係る印刷代、出張費等の原価が九五九万三三〇七円であると主張しており、原告はこれを争うことを明らかにしていない。被告らは、右の原価に加え、断裁冊数六万九六五四冊分の原価一二〇七万三三六〇円並びに販売費及び一般管理費一一六六万八五三四円を右の販売価格から控除した金額(一三二六万〇八六〇円)が被告らの得た利益の額であると主張するが、被告らは右費目ごとの金額をあげて控除すべき理由を明らかにせず、また、被告らが提出した証拠を総合しても、これらの費用の具体的な内容は不明であるから、これをもって控除すべき費用に当たると認めることはできない。
したがって、被告らが本件書籍の発行・販売行為により得た利益の額は、右の販売価格から印刷代等の原価を控除した三七〇〇万二七五四円と認められる。
そして、本件詩が掲載されたのは、グラビア部分四頁及び本部分二三七頁から成る本件書籍のうちの一頁のみであるが、頁の全面に掲載されたものであり、読者に強い印象を与えるものであること、原告が自筆したものがそのまま写真複製されていることを考慮すると、被告らが本件詩を複製することによって得た利益は、少なくとも右利益額の約五パーセントに相当する一八五万円を下るものではないと認められる。
3 原告がプライバシー権侵害により受けた精神的損害については、右三で認定した侵害行為の態様、本件書籍に対する原告の不快感や、右2のとおり被告らが本件書籍の出版により約三七〇〇万円の利益を得ていると認められることを総合すれば、原告の被った精神的損害を金銭的に評価すると、その額は二〇〇万円を下るものでないというべきである。
4 したがって、原告は被告らに対し、右2及び3の合計額三八五万円及びこれに対する不法行為の後である平成一〇年四月一五日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の連帯支払を求めることができる。
六 以上によれば、原告の請求は、本件書籍の発行等の差止め及び右五で認定した金額の損害賠償を求める限度で理由があるから、主文のとおり判決する。
(口頭弁論の終結の日 平成一一年一二月一四日)
裁判長裁判官 三村量一
裁判官 長谷川浩二
裁判官 大西勝滋
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