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関連ワード 著作物性 /  創作性 /  著作者 /  著作者人格権 /  氏名表示権 /  著作権侵害 /  差止 /  損害賠償 / 
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事件 平成 10年 (ワ) 16632号 損害賠償等請求事件
原告 【A】右訴訟代理人弁護士 茅沼英幸
被告 【B】右訴訟代理人弁護士 池谷昇
被告 エンタプライズ株式会社右代表者代表取締役 【C】 右訴訟代理人弁護士 清 起一郎
裁判所 東京地方裁判所
判決言渡日 2000/05/12
権利種別 著作権
訴訟類型 民事訴訟
主文 一 被告らは、原告に対し、連帯して、金六〇九万九〇三〇円及びこれに対する平成一〇年八月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 被告らは、別紙書籍目録記載の書籍の印刷、製本、発売又は頒布をしてはならない。
三 原告のその余の請求を棄却する。
四 訴訟費用は、これを三分し、その一を原告の負担とし、その余を被告らの負担とする。
五 この判決の第一項及び第二項は、仮に執行することができる。
事実及び理由
請求
一 被告らは、原告に対し、連帯して、金一二八一万六五二〇円及びこれに対する平成一〇年八月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 主文第二項と同旨
事案の概要
本件は、原告が、「原告は、別紙著作物目録一ないし五記載の著作物(以下「本件著作物一」などどいい、これらをまとめて「本件著作物」という。)の著作権を有するところ、被告らが共同して発行した別紙書籍目録一ないし三記載の書籍(以下「本件書籍一」などといい、これらをまとめて「本件書籍」という。)は、
原告の本件著作物についての著作権及び氏名表示権を侵害するものである。」と主張して、被告らに対し、本件書籍の印刷、製本、発売及び頒布の差止め並びに損害賠償を求めている事案である。
一 争いのない事実等(括弧内に証拠を摘示しない事実は当事者間に争いがない。) 1 【D】(以下「【D】」という。)は、カイロプラクティックに関する本件著作物の著者である(甲一九ないし二四、弁論の全趣旨)。
2 【D】は、平成四年五月三一日に死亡し、原告が、【D】のすべての著作物の著作権を相続した(甲一二)。
3(一) 被告【B】(以下「被告【B】」という。)は、平成七年ころ、本件書籍一を著し、被告エンタプライズ株式会社(以下「被告エンタプライズ」という)は、同年五月二〇日ころから、右書籍八一六冊を定価一万七〇〇〇円で発行及び販売した。
(二) 被告【B】は、平成四年ころ、本件書籍二を著し、被告エンタプライズは、同年六月三〇日ころから、右書籍六二二冊を定価一万六〇〇〇円で発行及び販売した。
(三) 被告【B】は、平成五年ころ、本件書籍三を著し、被告エンタプライズは、同年一一月八日ころから、右書籍八〇〇冊を定価一万七〇〇〇円で発行及び販売した。
二 争点 1 本件書籍の一部が本件著作物の一部を翻訳したものであるかどうか (原告の主張) 被告【B】は、本件著作物の一部を原告に無断で翻訳して、本件書籍の一部としたものである。
(被告らの主張) 本件書籍は、被告【B】の米国留学中のノート、日本帰国後の研究会の資料、その後の自らの臨床経験における成果等を集大成したものであり、原告著作物を翻訳したものではない。
(被告【B】の主張) 本件著作物には、専門用語及びその説明など、創作性を認められない記述部分が含まれており、これらの部分については、原告の著作権は認められない。
本件著作物及び本件書籍は、共にカイロプラクティックのサクロ・オクシピタル・テクニック(以下「SOT」という。)に係る科学技術書であるから、その性質上、著作すべき対象、技術、理論が類似することは当然であって、本件書籍に本件著作物と類似している点があるからといって、本件著作物を翻訳したものということはできない。
2 本件書籍の著作販売が【D】の氏名表示権を侵害するかどうか (原告の主張) 被告らは、本件書籍の大部分が本件著作物の翻訳であるにもかかわらず、
一切その旨を表示せず、被告【B】の著作物として著作販売したものであり、この行為は、【D】の著作者人格権としての氏名表示権を侵害するものである。
(被告らの主張) 本件書籍においては、まえがき等において、SOTが【D】の創始に係るものであることを述べ、巻末の参考文献に本件著作物を列挙しているのであるから、本件書籍の著作販売が【D】の氏名表示権を侵害することはない。
3 原告の損害 (原告の主張) 本件著作物については、【D】とパシフィック・アジア・カイロプラクティック協会との間で、翻訳出版契約が締結されており、右契約においては、本件著作物の翻訳物の販売に関し、本件著作物一ないし三につき六〇米ドル/一冊、本件著作物四につき八米ドル/一冊、本件著作物五につき三〇米ドル/一冊の使用料が定められている。
本件書籍一において本件著作物一ないし三を翻訳した部分の割合は七八・七%、本件書籍二において本件著作物四を翻訳した部分の割合は二五・七%、本件書籍三において本件著作物五を翻訳した部分の割合は七二・九%である。
したがって、本件書籍について、原告が通常受けるべき使用料は、それぞれ次のとおりとなり、その合計に通貨レート(一四〇円/一米ドル)を乗じた八〇二万二八八九円が、著作権侵害による原告の損害額である。
発行部数 使用料 翻訳割合 小 計 本件書籍一 八一六冊 六〇米ドル 七八.七% 三万八五三一米ドル 本件書籍二 六二二冊 八米ドル 二五.七% 一二七八米ドル 本件書籍三 八〇〇冊 三〇米ドル 七二.九% 一万七四九六米ドル 合 計 五万七三〇五米ドル また、【D】の氏名表示権が侵害されたことによる損害額は三〇〇万円であり、これを右の著作権侵害による損害額と合算した(八〇二万二八八九円+三〇〇万円=)一一〇二万二八八九円が、原告の損害額の総計である。
(被告らの主張) 原告の主張する使用料は、通常の翻訳出版契約に比して著しく高額であり、これをもって通常受けるべき使用料ということはできない。
(被告【B】の主張) 本件著作物は、科学技術書であって、専門用語及びその説明に関する部分など、創作性が認められない記述も含まれている。
したがって、本件書籍における翻訳部分の割合もこれら創作性の認められない記述部分を差し引いて考えるべきであり、このようにして原告のいう翻訳割合を計算すると、原告主張の三分の一の割合となる。
また、最近の為替レートは一〇五円/一米ドル程度である。
争点に対する判断
一 争点1について 1 証拠(甲一ないし八、甲一五の一ないし二〇、甲一六の一ないし一〇、甲一七の一ないし一一)及び弁論の全趣旨によると、別紙対照表1ないし12(以下、
これらをまとめて「本件対照表」という。)の各左欄記載の本件書籍の部分は、同各右欄記載の本件著作物の部分を翻訳したものであることが認められる(ただし、
別紙対照表1ないし6の「Sacro Occipital Technic」の頁欄の冒頭に記載された数字0ないし2は、それぞれ本件著作物一ないし三を意味する。)。本件対照表の各左欄記載の本件書籍の部分のほとんどは、本件対照表の右欄記載の本件著作物の部分をそのまま直訳したものというほかない。一部には、本件対照表の右欄記載の本件著作物の部分をそのまま直訳したとまでいうことができない部分もあるが、次に例示するとおり、その違いはきわめて少ないから、本件対照表の各左欄記載の本件書籍の部分が、同各右欄記載の本件著作物の部分を翻訳したものであるとの右認定を左右するものではない。
(一) 本件書籍一 (1) 本件著作物三の九七頁二〇行目で「STAND TO HEAD OF TABLE. PATIENT BRINGS ARMS OVERHEAD INTO EXTENDED POSITION.」と記載されている部分は、本件書籍一の九六頁五行目において「ドクターはテーブルの頭方に立ち、患者は腕を伸ばして頭の上45度に持っていきます。」と記載されている。
(2) 本件著作物三の二五五頁三四行目から三六行目で「BOTH PATIENT AND DOCTOR CAN INHALE TOGETHER...WHEN INHALATION IS IN PROCESS,PULL DOWNWARD SLIGHTLY ONTO PATIENT'S CLOSED FIST AND HOLD FOR FIVE SECONDS ...PATIENT EXHALES AND SO DOES THE DOCTOR.」と記載されている部分は、本件書籍一の一四四頁五行目から七行目において「患者とドクターは一緒に息を吸い、息を吸い込んでいるときに、患者の握り拳にのせた手を軽く下方に引き3秒間保持します。患者が息を吐くときは、ドクターも一緒に吐きます。」と記載されている。
(二) 本件書籍二 (1) 本件著作物四の一七頁八行目から九行目で「GRASP SUPINE PATIENT'S INVOLVED ANKLE WITH ONE HAND,PLACE PALM OF FREE HAND INTO POPLITEAL SPACE,THEN FLEX LEG INTO JACK-KNIFE POSITION.」と記載されている部分は、本件書籍二の一一二頁一〇行目から一一行目において「患者を仰臥位にして問題のある足首を片方の手でつかみ、もう一方の掌を膝窩の空間に入れてから、脚を九〇度以下に屈曲させます。」と記載されている。
(2) 本件著作物四の一五頁二〇行目から二三行目で「PLACE LEFT HAND INTO POSTERIOR KNEE AREA TO FORM A WEDGE WITH ITS THUMB SUPPORTING LATERAL KNEE.LIFT FOOT SLIGHTLY FROM TABLE,JACK-KNIFE LEG TO CLOSE KNEE JOINT,ROTATING FOOT MEDIAL.」と記載されている部分は、本件書籍二の一二九頁七行目から九行目において「左手を膝の後ろに入れ、くさび形を作って拇指で膝の外側をサポートし、台から足を少し持ち上げ、内側に回転させながら膝の関節を縮めます。」と記載されている(同様に「JACK-KNIFE KNEE」を「くさび形」と表現する部分として、本件著作物四の一五頁九行目から一二行目を翻訳した本件書籍二の一三三頁六行目から九行目がある。)。
2 証拠(甲二ないし四、六、八)及び弁論の全趣旨によると、本件対照表の右欄記載の本件著作物の部分は、単なる用語やデータといったものではなく、ひとまとまりの創作性がある著作部分であると認められるから、著作物性を認めることができるのであり、これに反する被告【B】の主張は採用できない。
3 また、被告【B】は、本件著作物及び本件書籍は、共にSOTに係る科学技術書であるから、その性質上、著作すべき対象、技術、理論が類似することは当然であるとも主張するが、右1認定のとおり、本件対照表の各左欄記載の本件書籍の部分は、同各右欄記載の本件著作物の部分のほとんど直訳というべきものであるから、共にSOTに係る科学技術書であるから必然的に類似したというようなものでないことは明らかである。
4 右1認定の事実及び弁論の全趣旨によると、被告【B】には、本件著作物の翻訳による右著作権侵害について故意又は少なくとも過失があったものと認められ、また、被告エンタープライズには、右著作権侵害の事実があるにもかかわらず、出版社として十分な調査、検討を行うことなく、本件書籍を発行したことについて過失があったものと認められる。
二 争点2について 著作者の遺族には著作者人格権侵害による損害賠償請求権は認められないところ(著作権法116条1項)、【D】の遺族である原告には【D】の氏名表示権侵害による損害賠償請求権が認められる余地はないから、争点2について判断するまでもなく、原告の右請求は認められない。
三 争点3について 1 前記第二(事案の概要)一(争いのない事実等)3(一)ないし(三)のとおり、本件書籍の価格及び出版部数は、次のとおりであると認められる。
価 格 出版部数 本件書籍一 一万七〇〇〇円 八一六部 本件書籍二 一万六〇〇〇円 六二二部 本件書籍三 一万七〇〇〇円 八〇〇部 2 証拠(甲一ないし一一)及び弁論の全趣旨によると、本件書籍において、
本件著作物を翻訳した部分が使用された割合は、次のとおりであると認められる(本件書籍各頁中の翻訳部分の割合については別紙翻訳割合表1ないし3参照)。
本件書籍一 七六.九% 本件書籍二 二五.七% 本件書籍三 六八.三% 3 証拠(甲二五)及び弁論の全趣旨によると、【D】は、パシフィック・アジア・カイロプラクティック協会に対し、「1984 SACRO OCCIPITAL TECHNIC MANUAL」について一冊六〇米ドルで、本件著作物四について一冊八米ドルで、本件著作物五について一冊三〇米ドルで、それぞれ日本語への翻訳を許諾していること、原告が本件著作物の翻訳を許諾する場合の許諾料は、本件著作物一ないし三を翻訳したもの一冊につき六〇米ドル、本件著作物四を翻訳したもの一冊につき八米ドル、本件著作物五を翻訳したもの一冊につき三〇米ドルを下回ることはないこと、以上の事実が認められるから、本件著作物の翻訳許諾料は次のように認めるのが相当である。
本件著作物一ないし三 六〇米ドル/一冊 本件著作物四 八米ドル/一冊 本件著作物五 三〇米ドル/一冊 なお、被告らは、右翻訳許諾料が不当に高額である旨主張するが、右金額が実際の契約に基づくものであることなど右認定の事実からすると、右翻訳許諾料が不当に高額であるとは認められない。
4 以上によると、本件書籍につき、本件著作物の著作権者である原告が通常受けるべき金銭の額に相当する額は、次のとおり、本件書籍のそれぞれについて、
右3の翻訳許諾料に、右2の翻訳部分の割合及び右1の出版部数を乗じた額であるというべきである。
翻訳許諾料 翻訳割合 出版部数 本件書籍一 六〇米ドル 七六.九% 八一六部 三万七六五〇米ドル 本件書籍二 八米ドル 二五.七% 六二二部 一二七八米ドル 本件書籍三 三〇米ドル 六八.三% 八〇〇部 一万六三九二米ドル 合 計 五万五三二○米ドル 5 本件口頭弁論終結時における日本円と米ドルの交換レート(東京外国為替市場における終値)が一一〇円二五銭〜二八銭/一米ドルであることは当裁判所に顕著であるから、原告が本件書籍につき通常受けるべき金銭の額に相当する額は、
(五万五三二〇米ドル×一一〇.二五円=)六〇九万九〇三〇円となり、右金額は原告の被った損害の額であると認められる。
四 以上の次第であるから、原告の請求は主文掲記の限度で理由がある。
裁判長裁判官 森義之
裁判官 杜下弘記
裁判官 榎戸道也